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クリエの絵本  作者: 彼方タクト
4/9

三章


まただ。また地底の洋館だ…


「ガルシア夫人お呼びでしょうか?」


「こっちに来て座って頂戴」


少女は夫人の向かい側に静かに座った。

使用人が少女の分のお茶を注ぐ。


「そう言えば、貴女の名は?」


「275番です」


「違うわ。

番号じゃなくて、

貴女の本当の名前よ」


「昔の名を名乗る事は、

禁止されているので…」


「そう…。なんだか

テンプレートな会話で

つまらないわね。

まぁ、貴女の立場なら

仕方ないのだろうけど。」


「ガルシア夫人、

無礼を承知で申し上げますが、

私のようなものと必要以上に、

関わらない方が宜しいかと存じます。」


「本当に失礼な人ね…。

そんな事で怒らないわよ。

それにこんな穴蔵生活暇で暇で。

話し相手なんて貴女くらいだもの

毎日ここにお茶を飲みにいらしてね

主人の手前食事は一緒に取れないから…」








少女は夫人の言い付け通り

午後のお茶の時間には

夫人の部屋へ訪れるようになった。

それが習慣になっていたが、

今日だけは顔を合わせづらかった。

なかなか来ない少女を

待ちくだびれた夫人は、

少女を呼び付ける。


「今日は遅かったわね

具合でも悪いの?」


「…今日は、その…排卵日なので」


バツが悪そうに下を俯きながら

夫人に近づき、

少女はボソリと呟いた。


夫人は一瞬驚いた顔をしたが、


「あははは、おっかしい!

なるほどね。そういう事か!」


椅子から転げ落ちそうな勢いで

腹を抱えて笑いだした。


「…夫人?」


「あの人ね、不能だから、

子孫なんて残せないわよ!」


「へ…?」


「間抜けな顔しちゃっておっかしいぃ!

こんなに笑うのは久しぶりだわ!

緊張の糸が切れたのね。無理もないわね。

私との初夜だってね、なんもなかったのよ。

それからずーっと何もなし!

あの人、世間体だけは気にするから

周りの期待からも貴女を欲しがったのよね。

大丈夫。今夜も部屋で安心して寝なさい。」


「え、そうなんですか…?

前のお宅では肩身が狭くて…」


「もうそちらでは子供を産んだの?」


「はい、娘が一人…

授かれば出産してから3ヶ月後

他のお宅に派遣されますし、

授からなくても1年前後で別のお宅へ…」


「授かっても授からなくても

タライ回しだなんてね…」


夫人は立ち上がり、

壊れ物に触れるように少女の肩を抱く。


「まだ初潮を迎えて間もない年だろうに…

性的虐待だわ。

ここに居られる内だけでも

心穏やかに過ごせるといいわね…」


「たくさん怖い思いをしてきました。

でも、こちらでは夫人が

良くしてくださるので…

私は恵まれています。」








〘テオおはよう〙

〘 まだ具合が良くないのかしら…〙

〘 ごめんなさい。

食べ慣れないもので

体に合わなかったのかしら…〙


鳴り止まない通知音。

俺は重い体をゆっくり起こした。


どうやって帰ってきたのか覚えてない。


アナベルが心配しているのだろう。

無理もない。急に帰ったりしたから…。


〘 昨日は急に帰ったりして

悪かった。昨日ほどじゃない。

これから仕事に行く。〙


〘 そう、なら良かったわ。

無理しないでね。〙








仕事を終え、マンションに帰ると、

エントランス前にアナベルが立っていた。


「…ストーカーかよ。家教えてないよな?」


「貴方が心配で調べたの…ごめんなさい。」


彼女は俺の頬を優しく撫でる。


「良かった。顔色は昨日ほど悪くないわね」


今にも泣き出しそうだったのに

ほっとした顔を見せる。


「君を見ていると正気で居られなくなる…」


どうも夢に見るガルシア夫人と

アナベルの顔がなんとなく重なるんだ。

別人のはずなのに…


気がおかしくなりそうだ。


「悪いが帰ってくれ

疲れてるんだ。」


引っ越そうすぐにでも。

彼女と関わってはいけないと

脳が警告しているようだった。

頭痛と吐き気。

全身の血が沸きあがるような感覚。

意識が遠のきそうになる。


「待って、本当に大丈夫なの?

また顔色が…」


俺に差し出される手首を掴み、

自分の方へ引き寄せた。


「アナベルは、手を繋いでデートしたり、

キスしたり、セックスしたり、

前世の俺って奴と

同じ事をしたいんだろ?」


「からかってるの…?」


「…違うのか?」


「違くないけど、なんか違うのよ

なんて言うか…って何?!」


俺を見上げる瞳には戸惑いが映る。

俺はアナベルの手を引いて、

エレベーターに乗り込んだ。


「テオ、痛いわっ」


「…………」


エレベーターのドアが開くと

抵抗する彼女を無理やり引っ張り、

灯りをつける余裕もないまま

部屋の中に突き飛ばす。

体を床に打ち付けて

痛みに怯むアナベルの上に

すかさず跨り、

彼女を見下ろしながらネクタイを緩めた。


「くそ…っ」


まただ、頭痛が止まない。

アナベルから離れ頭を抑え込む。


止まれ、止まれよ…っ!!


「悪い…もう君の茶番に付き合えない。

消えてくれ。」


「いやよ。」


「頼むから…消えてくれよ…」


「絶対に無理。」


これが俺の本心のはずだ。

勝手につきまとい家の住所まで調べて、

普通に考えたらとんでもない女だ。

ただのストーカーだろ。


それなのに、こんなにも離れ難いなんて…

内心俺の言葉を拒否する彼女に

救われた気にすらさせられるんだ。


「どうして貴方が泣いているの…?」


「分からないんだ。

君と関わってから

頭がずっとぐちゃぐちゃなんだ。

そうだよな、泣きたいのは君の方だ…

怖かったよな…悪かった…」


「怖くないわ。

まぁ、ちょっぴりびっくりはしたけど…」


彼女は膝を着いて

頭を抱える俺の肩に腕を回して、

優しく抱きしめてくれた。

それから泣きじゃくる子供をあやすように

背中をさする。


「記憶がなければ…

いっそ忘れてしまえたら、

どんなに楽だったかしら。

でもきっと、

貴方を忘れることは出来ないわ…」












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