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死者との再会

 提案を断られたリーンハルトは一瞬表情を歪めた。


「……くっ。そ、そうか、聖騎士に未練はないか。ああ、確かにそれほどの力があればそうだろう。だがその力、人前では使えまい?」


 リーンハルトは必死な様子で続ける。


「どれほどの力があっても使う環境がなければ宝の持ち腐れだ! お前とて人だ。魔物だ化け物だと後ろ指を指されて孤独に生きるのは辛かろう。聖騎士団でなら昔のようにその力を振るいながらその秘密を守れる! 待遇は約束しよう。副総団長の座だ。莫大な金と権力が得られるぞ!」


「……興味がない」


 俺が聖騎士を目指したのは人々を救う姿に憧れたから。

でもヴィルヘルム様が団を追われ、さらに他の団員も多くが追放。今やそういった志を持った騎士のいない聖騎士団に未練はない。


「お前は知らないかもしれないが今聖堂都市の防衛がかなり厳しい」


 知ってる。


「だがお前が我が団に戻れば立て直せる。お前自身の力と、お前の補助によって力を高めた私の光の力があればどんな魔物も敵じゃない。……このままでは聖騎士団も聖堂都市も崩壊する。もちろん聖堂都市の封印も保てない。だから────」


「俺の力がないと聖騎士団が崩壊する? 邪神の封印を保てない? 俺に言わせれば聖騎士団も聖堂都市もすでに滅んでるも同じだ」


 俺は鋭い眼差しでリーンハルトを(にら)む。


「あんたが聖騎士団を変えた。金と権力だけに執着して。人々を救わず、村や町の人々を切り捨てた。そして俺の両親は、死んだ。お前が闇払いをやめさせたからだ」


 俺の視線と声に混じった殺気に気圧(けお)され、リーンハルトはたじろいで1歩後ろに下がった。

顔が青ざめる。


お前も(・・・)なのか」


 俺に追い付いたアイゼンが背後から言った。


 リーンハルトや他の騎士達はアイゼンの姿を見て警戒したけど、俺が身振りで敵でない事を示す。


「俺がここに来たのは死んだ家族のためだ。俺に魔物の力をよこした男から聞いた。ヘルは死者を支配する。そしてその死者はこの国で死んだ全ての人間が対象だってたな」


「それってどういう」


 俺は肩越しにアイゼンに振り返った。


「居るんだよ、ここのどこかに。俺の家族も、お前の両親もな。そしてヘルは伝承にある通り残忍な魔物。囚われた死者は責め苦を受け続けてる。俺はそれから家族を救い出すためにヘルを討ちにきた」


 俺の両親もここに?

聖騎士を目指して町を出てから1度も会うことなく魔物に命を奪われた両親。

あの優しかった2人がこんな暗くて冷たい場所で、黒蛇竜がやっていたような苦痛を与え続けられていたとしたら。


 俺はクレイモアの柄を握り直した。

強く握りしめる。


「ヘルは巨大な黒竜の守る先にいる。俺は男からそう聞いてあの黒蛇竜を倒したが、まさかあれがまだまだ小物でもっと巨大な本命がいたとはな」


 アイゼンはこちらを見下ろす黒龍を見上げて言った。


「あの巨体。あれが伝説のヨルムンガンドなのかな」


『────ヨルムンガンド? くふふふ。あやつがあんなに矮小(わいしょう)なはずなかろうて』


 俺の声に答えるように。

周囲の空間から声が響き渡った。


『ようこそ、(わらわ)の死者の国へ』


 美しい女性の声。

だけどその響きはどこか冷たく恐ろしく感じる。


『生者の客など初めてよ。あの瘴気の河を渡る者や、あの紛い物に助力を受けた半人半魔の客人の来訪とは』


 その時、あの黒龍が動き出した。

俺達はすかさず身構える。


『あやつの名はニーズヘッグ。そう警戒するな。手は出させん。あやつは(わらわ)の大切な翼。約束の時を迎えるまでに傷つけられたらかなわぬものな』


 ニーズヘッグが退いた背後から宮殿が現れた。


『来るが良い。もてなしとして、そなたらが再会を望む死者を用意しようぞ』


 そう言うと声の主──おそらくヘルが不敵な笑い声をこだまさせる。


 俺達は宮殿へと向かった。

ニーズヘッグの横を通り抜け、結晶と石で築かれた巨大な宮殿の前へと来る。


 宮殿の扉は開かれていた。

罠を警戒しつつ先へと向かって。


 宮殿の広間には数人の人影。

そのうち2人には見覚えがあった。

俺の記憶の中の姿よりなぜかいくぶん若く見えて。

だけど面影はそのまま。

そして俺の顔を見ると、辛く苦しそうだった顔に笑顔が浮かんだ。


 間違いない。

父さんと母さんだ。


 俺の両親の隣に立つ3人はおそらくアイゼンの家族。

小さな少年の顔はアイゼンとよく似ていた。


『喜んでもらえたかな』


 ひたひたと小さな足音と共にそれは現れた。

一見すると青い肌の女性。

生気のない青い肌は死を連想させ、真っ白な髪が水中にいるかのように重力に逆らって揺蕩(たゆた)っている。


 その顔には嘲笑(ちょうしょう)にも似た笑み。

だけど同時に、既視感がある。

似ている顔を俺は知っている。


 その顔はハティとスコルに──いや、というよりアンさんに?

なんでヘルの顔を見てアンさんを思い出すんだ。


『さて、申し訳ないが心行くまで言葉を交わすような時間はなくてな。その顔を拝めただけでも良しとせよ。無論、死者の輪に加わるならこれから先、約束の時まで共に過ごす事ができるがのう』


 ヘルはそう言って手を払った。


 俺の両親とアイゼンの家族の足元から小さな檻が1つずつそそり立ち、みんなを捕らえる。


 檻の中には無数の刃。

血は出ないがその刃に身体を貫かれ、みんなが苦悶(くもん)に顔を歪めた。


「にいちゃん!」


 痛みに涙を流しながらアイゼンの弟が叫んだ。

助けを求めて小さな手をアイゼンに伸ばす。


「…………っ!」


 アイゼンがとっさに駆け出す。

だけど右腕のないアイゼンは少しゴーレムの組成で補強されてるだけの生身の人間。

向かっていくにはあまりに無謀すぎる!


「アイゼン!」


 俺の制止は届かない。


()れ者めが』


 ヘルが呆れたように呟いた。

同時に床から這い出す(むくろ)の手。

(しかばね)の魔物が這い出し、アイゼン行く手を遮る。


 魔物は巨大な槍を持っていて、アイゼン目掛けてその刃を振り下ろそうと。


 俺は素早く闇を操作。

闇で魔法陣を描いた。

それは俺には使えない代物(しろもの)

だけど用意したこれはあちら側からでも使役できる。


「ビショップアーキテクト!」


 俺は魔物の名を呼んだ。


 魔法陣の内側の空間から門を開き、厳かな白のローブをはためかせてその姿を現した。

金色の髑髏(しゃれこうべ)が魔物を捉える。


『□□□□』


 呪詛(じゅそ)を反転させた術式が魔物の腕を囲った。

小さな魔法陣が描かれると共に腕が落ち、魔法陣にずぶずぶと沈む。


 ビショップアーキテクトは魔法陣の内側に空間を形成して支配していた。

普段はその空間に身を潜め、今みたいに俺が魔法陣を描く事で自在に出入りさせる事ができる。


(わらわ)の母の──いや、我らが祖と同じ力か』


 ヘルは俺が創造したスケルトン・ビショップアーキテクトを見て目を細めた。


『これもあの紛い物の仕業か? なんにせよ、生かしておくのは危険だろうて。死者の国に踏み言ったのだ。代償にその命、もらい受けるぞ』



 ヘルが言うとさらに無数の魔物。

そして俺とアイゼンの家族を捉えていた(おり)も形を変えて魔物へと変貌(へんぼう)する。


 家族の魂を取り込んだ魔物が相手になった。


 責め苦を与え、魔物へと変える。

どれだけ死者を(もてあそ)べば気が済むのか。


 俺は。

そして目の前で家族を魔物に取り込まれたアイゼンも。

2人同時にヘルを(にら)んで言う。


「許さない!」


「許さねぇ!」

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