私を助けてくれるのはいつだって
フランの身の安全を最優先。
フランを助けるためなら少し手荒な手段になっても構わないと思ってる。
だけどまだフランがここにいる確証はない。
俺は周囲の闇へと意識を広げた。
ここは大きな町の郊外。
闇払いも定期的に行われるようで闇が薄い。
触覚による把握はできないけど、代わりに闇に伝わる振動を音として知覚する。
一定の範囲に絞り、フランの声や彼女の話が聞こえないかチェック。
周囲に設営された仮説キャンプの1つ1つ。
併設された宿舎。
閉鎖された区画の中心にある屋敷の西館、本館、東館。
そして別館に範囲を移したところで知ってる声を捉えた。
リーネ=ヒルデガルド王女の声。
そして彼女に答えた声はフランのものだ。
『間違いない』
闇越しに呟いた俺の声が歪む。
俺はクレイモアに闇を纏わせた。
闇を薄く広げ、剣のシルエットを十字剣から大剣へと偽装。
俺はフランのいる別館に向かってまっすぐ進んでいく。
「止まれ」
兵士の1人が俺に気付いた。
「ここから先、は────」
そして俺の姿を見て言葉を失って。
闇の仮面で顔を覆い隠し、暗黒の大剣を持つ俺を見て震え上がる。
「魔物だ!」
「敵襲……!」
他の兵士も俺に気付いた。
すぐに兵士達が集まり、俺を遠巻きに取り囲む。
あまり怪我をさせない程度に。
俺は細心の注意で手加減しつつ、兵士の軍勢めがけて闇の大剣を振るった。
「それは無理な相談ですわ」
お姉様が──リーネ=ヒルデガルドが言った。
「お父様も心配なさってましたわよ。また可愛い娘が酷い傷を負ったり。あるいは殺されてしまったんじゃないかって。誰にそそのかされたのか知りませんけれど。あなたの脱走を手引きした裏切り者の侍女は皆、すでに処刑いたしました」
「なんて酷い。私は私の意思で城を出た。皆は……何も悪くない」
私──フランは皆の顔を思い出して泣きそうになった。
皆、私によく仕えてくれていた。
中には小さな子供がいる人だっていたのに。
「外は危険ですわ。安全な城へと戻り、お父様にお顔を見せて安心させてあげなくては」
「城が安全? 跡目争いで暗殺や計略が渦巻いてるあそこのどこが安全だって言うの? 私は身の危険を感じてた。そして私は、ヒルデ姉様から逃げたのよ」
「でも残念。あの聖堂都市で匿っていただくつもりだったようですけど。頼りにしていたヴィルヘルムさんはすでに国外追放。代わりに実権を握ったのがあの男ですものね」
お姉様が私を見て意地の悪い笑みを浮かべた。
ヴィルヘルムおじいちゃんはお父様とも懇意にしていて、私達姉妹の事もとても可愛がってくれた。
それがまさか、追放だなんて。
全てはリーンハルトという男と、彼を騎士団総団長に祭り上げた奴らの仕業。
私は城に戻れば命を狙われる。
だから私はリヒトんに協力する事を決めた。
リーンハルトを糾弾し、ヴィルヘルムおじいちゃんが聖騎士として戻ってきてくれればきっと私に力を貸してくれるはずだから。
なのに。
よりにもよってヒルデ姉様に見つかるなんて。
「……そうですわ」
お姉様が何か思い付いたよう。
嬉しそうに私を見る。
その爛々と光る緑の瞳が、恐ろしい。
「1人で城に戻るのが不安ならリヒトを連れて戻れば良いのではなくて?」
リヒト? なんでリヒトんの名前がお姉様の口から出てくるの?
「エーファも人が悪い。いえ、私と同じで存外めざといのかしらね。希少な光の属性持ちを囲っていたなんて。ギルドの登録情報を見ましたわ。貴女でしょう? リヒトの属性を隠して無属性だなんて申請させたのは」
お姉様が何を言ってるのか分からない。
でも混乱する私が言葉を返さないのを無言の肯定と捉えたのか。
お姉様はくすくすと笑う。
「まぁ彼はすでに私の虜ですけれど、ね。第1王女であり、美貌と権力を兼ね備えた私と貴女とでは格が違う」
「何を……言っているの?」
「まだ分かりませんこと? どうして身を隠していた貴女の居場所が私にバレたのか」
お姉様が私に迫った。
私と同じ灰の髪を耳にかけ、冷たい宝石のような瞳で私を横目見て。
吐息が耳に触れるほど近くで言う。
「リヒトが貴女を売ったのよ」
「嘘よ!」
私は思わず叫んだ。
そんな事、絶対にあり得ない!
私は体勢を崩して、縛り付けられた椅子ごと倒れた。
顔だけを上げてお姉様をキッと睨む。
「リヒトは王国騎士を目指していた。そして私なら彼をすぐにでも王国騎士にできる。そうなれば肩書きだけのお姫様の貴女はリヒトには不要ですわ」
そう言ってお姉様はレズモンドさんに視線を向けた。
「御意」
部屋の入口に立っていたレズモンドさんは腰の剣を抜いた。
でもその剣は真ん中で折れている。
「リヒトがレズモンドの剣を折った。私からの推薦があろうと、王国騎士になるには実力が伴わなければならない。その証明のための決闘でリヒトは勝利し、王国騎士となる権利を得たのよ」
嘘だ。
嘘に、決まってる。
でも同時に。
全てが嘘じゃないと感じてる。
嘘と真実を織り混ぜる。
嘘つきの常套手段だ。
でもじゃあ何が本当で何が嘘なのか。
「貴女をリヒトが助けに来ないのは、リヒトがそれを承諾してるから」
その言葉にだけは確信が持てた。
「それは嘘。リヒトんが助けに来ない理由があるなら、それは私が捕まってるって知らないからよ」
「……目障りね。その瞳」
どこか意地悪を楽しんでるようなヒルデ姉様の雰囲気が変わった。
声が凍りついたように冷たい。
なのに私を見下ろす緑の瞳は炎のように燃えて見える。
「せめてまずはお父様に無傷の貴女を見せて喜ばせてあげようと思ってましたけど。生きてるだけで良し。その眼、えぐりとって差し上げますわ────」
ゴン、という音と衝撃。
遅れて後頭部がズキズキと痛んだ。
お姉様の手が髪を掴み、私の頭を床に叩きつけていた。
もう一方の手で護身用の小さなナイフを取り出して。
その切っ先が私の瞳に突きつけられる。
「エーファの顔、私は好きですのよ。幼い頃の自分の顔を見てるようで。でもその瞳だけは別。全てにおいて私に劣る貴女だけど。そのお母様と同じ青い瞳だけは子供の頃から妬ましかった……!」
ヒルデ姉様は4姉妹の中で唯一お父様と同じ緑の瞳。
そして灰色の髪と青い瞳。
両方がお母様と一緒なのは私だけだった。
私は助けを求め、すがる思いでレズモンドを見た。
すると彼はその視線に気付いて。
お姉様の視界の外。
真顔のまま親指と人差し指で輪を作り、金があるなら助けましょうとジェスチャーで告げる。
「……っ!」
お金なんて、あるわけない。
今にもお姉様は私の目にナイフを突き立てる勢い。
必死に抵抗しようとしても椅子に縛り付けられた私は身動ぎができない。
目玉をえぐりとられる痛みを想像するだけで恐ろしい。
光を奪われて一生、闇の中を生きる事を想像すると震えが止まらない。
私は必死に助けを祈る。
お願い、リヒトん。
アイゼンさん。
お願い誰か────
固く目を瞑った瞼の裏で。
“無事で良かった”と。
あの人の姿が浮かんだ。
「殿下……!」
その時、レズモンドの声。
そして激しい轟音。
私が恐る恐る目を開けると、お姉様はレズモンドに抱き抱えられて距離をとっていた。
ロウソクの灯に照らされていた部屋はいつの間にか青白い月明かりに塗り替えられてる。
私は私の肩を抱く冷たい手に気付いた。
冷たくて、でも力強い手を私は知っていた。
もう一度会いたい。
そう思ってた、あの人の。
『助けにきた』
くぐもった声。
見上げた先には闇で顔を覆い隠したあの人が、倒壊した壁と夜闇を背に大きな黒い剣を構えていた。
その人の姿を見て胸が高鳴ったのを感じる。
さっきまでの恐怖はどこかに消えた。
また助けに、来てくれた。
私を助けてくれるのはいつだって、この人だ。




