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王女の初恋

 私──フランシスカは避難所の1つに指定されていたギルド前でリヒトんと別れた。


 なんでも急ぎの用事があるとか。

用事が終わり次第ここに戻ってくるから、それまで私はここで待機。

ギルドの壁際でしゃがんで膝を抱える。


 にしてもあのリヒトんがくだんの王国騎士を目指していた約束の相手だったなんて。

リーンハルトの監視の目をくぐってのやり取りだから文字数にも限りがあった。

名前よりも外見的に一目で分かる特長を伝えた方が探しやすいと思ったんだろうけども。



「でもリヒトんは肝心の目印を隠しちゃってたし、名前もあっちを伝えてたなんて」



 エーファという名前は姫である私の名前として知れ渡ってる。

だから城を出てからはフランシスカとだけ名乗ってたけど。

お互いに事情があると思って詮索せんさくしないようにしたのが裏目に出たなー、もー。


 私はふう、と息をついて。


────迫り来る銀色の巨体。

あおく燃える瞳に巨大な口。

目前にまで迫った絶対の、死。


 その時、突然脳裏にフラッシュバッグした記憶。


 私の体がカタカタと震え出した。

ふとした拍子に、あの瞬間の事を急に思い出す。


 死んでいたかも知れなかった。

本当なら死んでいた。

そう思うと冷や汗が吹き出す。


 私は自分の肩を抱き、必死に震えを抑えようと。



「…………っ」



なおも止まらない震えを抑えつけるために、私は強く強く肩を抱いた。

それで思い出す。

力強く私を抱きとめたあの人の手を。


 私の心臓がバクバクする。

胸が苦しい。

でもこれは死を目前にしたあの時のとはどこか違う気がした。


 冷たいけど力強い手。

無事で良かった、と不気味だけど優しい声であの人は言った。

私がエーファ=フランシスカ・ロア・キングスブライドだなんてきっと知らなかったはずなのに。

あの人にとってはお姫様ではなく1人の少女でしかない私の身を救ってくれた。

私を見てくれた。



「あの人はあの時、どんな表情かおをしてたんだろう」



 どんな眼差しを私に、向けてくれてたんだろうか。


 その闇に覆われた素顔を私は想像する。

いろんなイケメンの顔を想像して。

いでぶんぶんと首を振る。


 よくよく考えたらあの人、人間とは限らないんだった。

魔物と闇を操ってたし、きっと人間じゃない。

それでも私はあの人に……かれている?



「え、うそ」



 思わず声に出た。

激しく首を振る。



「どうかされました? 大丈夫ですか、顔色も良くないようですが」



 その時、1人の女性が私に声をかけた。

顔に覚えがある。

確かここのギルドの受付嬢の1人だ。



「今、お水をお持ちしますね」



 受付嬢はそう言って、私の返事も待たずにとてとてと走り去ってしまった。

少しすると受付嬢さんが水の入ったコップを持って戻ってくる。



「どうぞ」



 受付嬢さんが優しい笑顔を浮かべて私にコップを差し出した。



「…………」



 私は少しの間を置いて、その厚意を受け取った。

両手でコップを持って水を一口飲む。


 受付嬢さんは私の隣に並んだ。

ゆっくりと座る。



「何かお困り事はありませんか。私にできる事なら力になりますよ」



 受付嬢さんが胸に手を当てて言った。

……私より、おっきい。

私は自分の胸を確認するように視線を下げる。

やっぱり私より、おっきい。

私と違って受付嬢さんは大人びた雰囲気で、とても綺麗だった。

大人のレディといった感じだ。



「話しにくい事でしたら無理に話さなくてもいいんですよ」



 顔を伏せた私を見て、受付嬢さんが言った。

どうやら余計な心配をさせたみたい。


 私は何を話せばいいか分からず、なんとなく思い付いた言葉をそのまま口にする。



「気になる人がいるんですけど」


「まぁ、それは恋のお悩みですか!」



 受付嬢さんの言葉に私はびくりとした。

恋?

やはりこの気持ちは恋なのだろうか。

今まで憧れた人はいた。

好きな異性の友人もいる。

でもそれは恋愛とは違っていて。

そして今、私があの人に感じているものは今まで感じてきたそのどれもと違う。

ならこれは、恋……なのだろうか。



「恋かも…………知れないです」



 私は自分の発した言葉に恥ずかしさが込み上げた。

顔全体、さらには耳まで熱くなる。



「なるほど。恋、恋ですか」



 受付嬢さんはうんうんとうなずきながら繰り返す。



「うぅ、ごめんなさい。私じゃ、力になれないですぅ…………」


 いで受付嬢さんの顔がくもった。

その瞳から光が消え、無表情で床を見つめる。


 ええ、なんで?

なぜか受付嬢さんはしょんぼりしてしまった。



「お力に、なれなくてごめんなさい。誰かのお役に立ちたいのに、私いっつも役立たずです……ぐすん」



 涙ぐむ受付嬢さん。

この街に来て日の浅い私だし、彼女の姿を見たのも数えるほどしかないが。

でも人一倍頑張ってる様子の彼女はミスが多いのか悲観的なのか、少しすると注意されたり1人で落ち込んでいる姿ばかり。



「受付嬢さんも頑張ってるんですよね。元気出してください」


「うぅ、ありがとうございます…………」



 すっかりブルーな様子の受付嬢さん。

その悲しげな面持おももちを前に、私の話どころではなくなってしまった。



「……えと、良ければお話、聞きましょうか?」


「すみません、皆さんのサポートをするのが私のお仕事なのに。でも、お言葉に甘えて、少しだけ聞いていただけますか」



 状況逆転。

流れで私が受付嬢さんの話を聞くことになった。


 今は受付嬢さんの話を親身に聞いて上げよう。

ちょっとズルい話になるが、ギルドの受付嬢さんと仲良くなればリヒトんのギルドの活動がスムーズに進むかも知れないし。


 私は受付嬢さんの話を聞きながら、リヒトんの事を思い浮かべた。

私を1人の女の子として初めて接してくれた人。

2人で街を回った時間はとてもとても楽しかった。

でも。

私がお姫様だと知った時の彼の態度は正直、こたえたな。

やっぱり私は1人の人間としてではなく、お姫様として見られるんだって。


 あの人だけが、私を私として見てくれた。

あの人の事を考えると胸が高鳴る。

ああ、きっと。

これが、恋なんだ。

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