騎士団の現状
「────まだ、終わらないのか」
私は苛立たしげに、報告を上げてきた無能を睨む。
「申し訳ありません。リーンハルト様」
「戦闘を終えてからすでに3日経っている。なのにまだ璧外の闇払いが完了していないだと? ずいぶんと怠けているようだな」
「いえ、決してそのような事は」
……無能が。
この私に口答えするなよ。
私はチッ、と舌打ちを漏らした。
トントンとデスクの上の資料を指で叩く。
「いいか、今回の魔物の進行はかなり小規模だった。前回のレッド・ドラゴンのような強力な個体もいなければ、進行してきた魔物の総数も半分以下。なのになぜ終わらない? 前回は2日で完了していたんだぞ」
「こ、今回は進行してきた魔物は前回より少なく、大地を侵す闇の総量も比例して減少しています……」
「その通りだ」
「ですが、前回までは闇が纏まった状態でした。その要所だけ闇を払えば良かったのです。ただ今回は闇が広く散らばっていて、人員が分散されてしまっています」
「知らぬな」
私は聖騎士団総団長の椅子に深くもたれて。
「東の街で大規模な魔物の襲撃があった。そこの領主は王国議会にもパイプがある貴族の名門。私の一族とも懇意にしてくださり、私が総団長の座に就くのに力添えをしていただいた方だ」
「は、はぁ」
私の話を聞いた無能が気の抜けた返事を返した。
これだから平民は、嫌いなのだ。
議会とも繋がりのある貴族の名門。
それがどれほどの力を持ち、どれほど有益なのかが分からないとは。
まともな頭ならすぐにでも闇払いの応援を出さねばならないと。
だから璧外の闇払いを悠長にやっている場合ではないのだと、すぐにも理解できるはずだが。
私はやれやれと頭を振った。
不出来な平民生まれの愚図を前に、怒りを通り越して呆れてしまう。
これが血統と教養の差。
やはり私の騎士団に相応しいのは選ばれた血筋の人間だけだ。
ヴィルヘルムやあの闇属性のガキと同じく。
いずれこの無能共をまとめて、私の騎士団から追放してやる。
「いいか────」
私は無能を半眼で見ながら言う。
「今後もより良い関係を築くためにも早急に闇払いの大隊を派遣せねばならん。今すぐ人員を集めろ。総出で璧外の闇を払い、その足で東の街へと赴くのだ」
「……畏れながらリーンハルト様。今回の戦いは負傷者も多く、闇払いの完了も派遣も難しい状態にあるかと。最初の陣形の配置ミスやその立て直しの隙をつかれ────」
無能の。
愚図の。
平民ごときの。
その言葉に寛大な私もさすがに怒りを隠せない。
「その指揮は私が執ったものだ。お前のような位の低い者が、聖堂都市の守護を担う聖騎士団総団長のこの私に意見するのか……?」
「滅相もございません!」
無能が頭を下げた。
私は足を組み、頬杖をついて無能を睨む。
「…………進行ルートや魔物の種類から私はあの陣形を選んだ。ここ数年での基本的な配置、定石だ。それで多くの犠牲者が出たと言うのなら、それは貴様らの失態だ。違うか?」
「ですが、前までと今とでは明らかに違う点が」
「違う点?」
「その……ゆ、遊撃手が。前までは独立して対応していた遊撃手が、その、おりませんでした」
遊撃手──あの忌まわしい闇属性のガキの事だ。
無能はさらに話を続ける。
「僭越ながら、今回の闇払いの遅れも、闇を集めていた遊撃手がいなくなったためで…………。あいつが、リヒトがいなくなったために」
「ははっ」
怒りも呆れも通り越し、もはや乾いた笑いしか出ん。
「あいつは騎士団全体で疎まれていた。貴様だって前回の戦いの最中にあいつの命を狙っただろう? それなのにいまさら、あんな平民生まれの忌まわしいガキの力が必要だったと?」
あのガキを、追い出した私が間違っていたとでも言うのか。
「恥を知れ」
私は無能に言い放つ。
だが確かに、あいつがいなくなったために対応が遅れて…………いや、そんな事は。
もしもその無能が言うようにあいつがそれほど重要だったのなら。
ヴィルヘルムはそれを考えてあいつの退団を取り消し、遊撃手の任を?
私の失態?
私が団長としてヴィルヘルムに劣るとでも?
いいや、私は何も────
「リーンハルト様は何も間違えてなどおりませんよ」
パタンと扉を閉じる音と共に、その男は入ってきた。
「ロキ様!」
私はその突然の訪問に驚いた。
いつ部屋に入ってきたのか、そのお方は気配もなく突然現れて。
「お久しぶりです、リーンハルト様。お話の途中に失礼いたします」
そう言って私に向かって会釈する。
「リーンハルト様は私の見出だした選ばれし者。総団長の座に相応しい、光の属性の担い手。あなたは聡明なお方だ。闇属性の適正者を追い出したのも正しい判断です」
ロキ様がそう言ってにこりと微笑んだ。
「私もそれが正しい選択だったと思います」
そう付け加える。
ロキ様の言葉に私の迷いが晴れる。
やはり私は間違ってなどいない。
ヴィルヘルムを失脚させて私が総団長の座に就けたのも、ロキ様が他の名門貴族や王国議会の橋渡しをしてくださったからだ。
東の街の領主もその1人。
ロキ様こそが私の最大の後ろ楯。
そして私の正しさの証明だ。
「リーンハルト様もさぞや大変でしょう。今は一刻も早く東の街に闇払いを派遣したいところでしょうに」
「ええ。全くもってロキ様の仰る通り。ですが璧外の闇払いが遅れていて」
「ええ、璧外の様子は見てきました。確かに闇は残っている。ですがそれほど強いものでもない。魔物は生まれますがそれほどの力も数も湧かないでしょう」
「と言うと」
「今は璧外の闇払いよりも東の街の派遣を優先すべきかと」
ロキ様の言葉に、無能が首を左右に振った。
「な、なりません。聖堂都市の守護が最優先。邪神の封印を守るこの聖堂都市の防衛こそ何よりも優先されるべきものです」
「貴様、ロキ様に向かって!」
私は慌てて立ち上がり、何も分からない無能に向かって声を荒らげた。
「良いのです。リーンハルト様」
ロキ様が穏やかな声音で言った。
「この聖堂都市の守護は最優先。その考えは間違えておりません。ですが目先だけで判断はできないものです。総団長様は先を見据えて指揮を執られている。ここで恩を売ることは先々でのこの都市の防衛に大きな力添えとなって返ってくるはずです」
「ですが」
「────あまり、ボクとリーンハルトを煩わせるなよ?」
ロキ様の、声音が変わった。
その冷ややかな声と鋭い眼光に、それを向けられた無能だけでなく私も怖気立つ。
「……失礼」
ロキ様がまた穏やかな口調に戻る。
「この街の守護には最大の砦たるリーンハルト様がいます。すでに魔物の軍勢は東の街の進行でまた大きくその力を消耗している。恐れているような事態にはならないかと」
「ええ。そうですとも。この私がいる以上、この聖堂都市の守護は磐石です」
私の言葉にロキ様はうんうんとうなずいた。
穏やかな笑みを浮かべる。
「それでは早急に派遣する闇払いの召集をされるのが良いかと」
「ええ、すぐにでも。……おい」
私は無能に言う。
「総団長の権限において召集命令をかける。最低限の守護を残し、残り全ての騎士を派遣。速やかに伝達しろ」
「……かしこまりました」
無能は不服そうな顔だったが、私とロキ様の顔を交互に見ると敬礼して部屋を出る。
「無能の平民には困ったものですよ」
私はため息に混じりに言った。
総団長の椅子に腰かける。
見るとロキ様は窓から璧外の様子を眺めていて。
闇に覆われた大地を見るその横顔が────どこか笑っているように見えた。