7ー自己犠牲ー
「待って!!」
教室のから出て、廊下を走り出そうとしたイスカを呼び止める声がある。
サーシャだ。
「今度は何だ?」
億劫そうに振り返るイスカ。
そのイスカに対してサーシャは必死な形相で詰め寄る。
「あなたがイスカなんでしょう!?」
「そうだが?」
さっき教師がそう言っていただろう、とイスカは付け足そうとしたが、サーシャの顔を見て思いとどまる。
「どうして学園に残らないの!?
シンは......ミルフィーユはあなたを必要としているのに!」
サーシャは完全に私情で言葉を発していた。
イスカがミルフィーユとくっつけばシンを自分のものにできるからと。
だがイスカにそんなことは関係なかった。
ミルフィーユがシンと寝た以上、ふたりにとってイスカが必要とは到底思えなかったのだ。
「俺は......ミルフィーユに相応しい男じゃない」
「......何、それ......」
しかしイスカの口から出てきたのは、紛れもない本心だった。
フリーターとして何の目標もなく生きてきた前世の自分。
そんな自分が誰かと一緒になることなど烏滸がましいと、そんな考えが口をついて出た。
「そんなの、ミルフィーユの気持ちはどうなるの!」
サーシャはミルフィーユのことなんて毛ほども考えてない。
シンとサーシャ自身のことしか考えていない。
しかし口をついて出るのは、そんなイスカの心を抉るような言葉だった。
「ミルフィーユには......シンが居るだろ」
そう言い残し、その場を去るイスカ。
サーシャが後ろから何かを言っているのは聞こえていたが、意識の内には入って来なかった。
⭐︎
学園の敷地を出ようとしたところで、イスカはまたしても呼び止められた。
振り返ると、そこにはミルフィーユが立っていた。
「ミルフィーユ......」
何か言葉を発しなければならない。
そう思いつつも、続く言葉が出て来なかった。
しかしイスカよりも早く、ミルフィーユが口を開く。
「イスカ、私あなたと出会えたこと、あなたと幼馴染だったこと、後悔していないわ」
「え......」
予想外の言葉。
「だから、あなたもこれから、頑張ってね!
私もシンと一緒に、頑張って行くから!」
「......そうか」
その言葉だけで、全てを納得した。
ミルフィーユには自分ではなく、シンがいる。
その事実だけが重要で、他のことは些細なことに思えた。
ならば、
「ミルフィーユも、頑張れよ」
「......うん!」
俺が掛けられる言葉はこれだけだろう、とイスカは思った。
ミルフィーユの元気な返事を聞いて、ミルフィーユとは反対方向に歩き出す。
後ろはもう振り返らない。
ーー俺たちはこうして、別々の道を歩いていくんだ。
⭐︎
イスカが私から遠ざかって行く。
その背中は堂々としているような、気弱なような、不思議な雰囲気を纏っている。
私はイスカが好きだ。しかし、だからこそ、ここでイスカを呼び止めるようなことをしてはいけない。
私がそばにいたら、イスカは幸せになれないからだ。
イスカの背中を見ながら、自分に嘘をつくようにそう思い込もうとする。
しかし流れてくる涙は、止まってくれなかった。
⭐︎
「シン!」
「サーシャ.......」
「良かった、無事で。
ミルフィーユは?」
「クラスメイトたちと一緒だよ」
「そう、安心した......」
テロリスト撃退後の校舎の入り口。
シンとサーシャは向かい合っていた。
「サーシャ、実は......」
「ん?なに?」
「いや、なんでもない......」
「?」
シンはサーシャに、自分が父親殺しだと名乗るべきか迷った。
しかし、イスカの姿を思い出して思いとどまる。
イスカは自分の道を歩いていくだろう。
誰とも交わらない道を。
なら俺は。
俺だけは。
ミルフィーユとサーシャ、そして周りの人達を幸せにしていこう。
そうシンは決心した。
これから先、シンには辛い日々が待っているだろう。
自分が襲った好きな女と、自分が殺してしまった父親の娘。
そのふたりと、罪悪感の中で、シンは一生生きていく。
それは拷問にも等しい時間だろう。
サーシャの父親は恐らくテロリストが殺したことにされる。
シンが罪を裁かれることは、許されることはなくなった。
しかしシンは、それを耐え抜いていくと、心に誓った。