5ーイスカ登場ー
学園入学から約1週間が経った日、ミルフィーユが登校してこない日が訪れる。
これをシンに接触する好機だと思ったサーシャは、シンに話しかけた。
「ミルフィーユのこと知らない?」
表向きはミルフィーユの親友として。
しかしそのあとシンに神経を逆撫でされるようなことを言われ、
「私はミルフィーユの親友よ!
それに、シンの......友達でもある」
と言ってしまう。
出会って1週間で親友も何もないだろうし、ほとんどシンと話したこともないのに何を言っているんだろう、と自責の念を抱きつつあるサーシャ。
その場からシンが逃げ出すことで、より一層憂鬱な気分になる。
シンの異変に気づくことができたのは、ミルフィーユが登校していないことから逆算して考えたからでもあるし、誰よりもシンのことを見てきたからでもあった。
⭐︎
午後の授業が始まった。
いつもと変わらない、退屈な内容。
学園に通うようになって分かったことなのだが、詠唱棄却できるサーシャのような人間にとって、学ぶことなどほとんどないのだ。
今まで習ってきたことの復習と言えば為にもなりそうだが、その役割さえ果たされていない。
周りの目を気にせず豪快に眠りにつきたいところだが、それは何とか自重した。
午後になってミルフィーユだけではなくシンの姿まで見えなくなっている。
恐らくシンがミルフィーユの所に見舞いにでも行ったのだろう。
そう思うと、悲しい気分になる。
そう思っていると、突然教室のドアが開かれた。
「き、君たち何の用だね!?」
突然の来訪者に驚き、ざわめく教室の中で誰よりもはやくまともな言葉を発したのは、授業を行っていた教師。
その対応力は流石と言ったところか。
「俺たちはサーシャという女を探している。
おまえ、何か知っているか?」
そう教師に尋ねたのは、野獣のような光を目に宿した、姿も野獣のような男。
「彼女に何をするつもり......ゴハッ!!」
教師が何かを言い返そうとしたが、その言葉を言い終わらない内に教師が首を野獣男に片手で掴まれる。
「無駄な口論は嫌いだ。
知っているか知らないか、その事だけに答えろ」
「止めろバート、それでは知っているものも答えられん」
野獣男の背後から新たな男が顔を見せる。
その男は30代と思われる野獣男よりも遥かに若い。
歳はおよそ16、17。サーシャたちと殆ど同じ年齢だろう。
目鼻立ちは整っていて、赤色の髪は綺麗に手入れされている。
「リング、そこが面白いんだろう。
分かってねえな」
そう言って野獣男は教師の首を締め上げていた手を離す。
赤髪の男はリング、野獣男はバートと言うらしい。
そんなどうでもいい知識を得ながら、サーシャは同時に教師に対して称賛を覚えていた。
明らかに敵対的な男たちに迫られても、サーシャのことを言わなかったことに対して。
あくまでも上から目線の称賛でもあったが。
「サーシャの姿形は分かっていることだ」
そうリングは言い、ゆっくりと生徒たちの顔の上に視線を走らせる。
その目に見られた男子生徒の唾を飲み込む音が聞こえた。
「私がサーシャよ」
その唾を飲み込む音が耳障りだったからか。
それ以上そんな音を聞きたくないと思い、男の視線が私の顔に辿り着く前に名乗り出るサーシャ。
「ほう」
そんなサーシャの堂々とした態度に意外感を覚えたのか、赤髪の男、リングは感嘆の溜息を溢す。
「見上げた女だな。
殺していいか?」
「やめろバート。
無駄な脅しは。
この女はそんな脅しに屈するようなタマじゃない」
「あら、初めて会う人間のことを随分と分かったような口を聞くじゃない」
「顔つきを見れば分かるさ」
そう断定する赤髪の男を見て、サーシャは若干気圧される。
自分は今まで誰にも負けないつもりで居た。
例え相手が誰であろうと。
しかしこの1週間で自分と同じ、あるいは格上の相手がこの世界に存在することを知った。
それはシンであり、未だ会ったこともないイスカという名の男。
その事実からか、今目の前にいるリングという名の男も自分より格上の相手なのではないか。
そんな焦りがサーシャを支配していた。
「おいリング。
何ふたりで分かったような会話をしてるんだよ。
俺も混ぜろ」
そう割り込んできたバートという名の野獣男に対して、サーシャは言い放つ。
「部外者は黙ってなさい」
「......部外者だと?」
男の額に青筋が浮かび上がる。
この男が三流であることなんて、少しの間会話しただけでも分かる。
そのことを伝えようとしたサーシャだったが、サーシャが口を開くより早く、
「おまえ、ウザイよ」
とバートがサーシャの目の前にまで迫っていた。
それは予想外の行動だった。
まさか学校を襲撃してまで手に入れようとした目的の人物を殺そうとする人間がいるなんて及びもつかない。
それはサーシャの油断でもあり、バートの短絡的な思考が生み出した奇跡的な勝利のチャンスでもあった。
サーシャは完全に虚を突かれ、何も出来ずにバートの手が自分の首を手刀で一閃するのを見ることしか出来なかった。
ーー筈だった。
サーシャが殺されようとする直後、何処かから爆発音が響き渡った。
それはバートの手を止め、リングの興味を惹きつけた。
「何の音......?」
そう呆然と呟く女子生徒の小さな声が教室中に響き渡る。
「この爆発音......スペルのものじゃないな」
そう呟くリング。
スペルとは誰だ?
この男たちの仲間だろうか?
そんな風に思ったサーシャだったが、すぐに他にやるべきことがあると気づく。
「まさか......スペルが殺られたってのか!?」
そう驚愕の声を上げるバート。
仲間がやられたとなればそれは一刻を争う事態だろう。
しかしその動揺は、一瞬の命取りとなった。
「余所見してる場合?」
「!?」
一瞬の油断。
バートは虚を突かれ、サーシャの攻撃を許してしまう。
サーシャはバートの胸の上に手のひらを強く押しつけ、魔法を発動させた。
電撃を僅かに発生させる魔法。
それによって、バートの心臓は電気ショックによって揺さぶられた。
地に伏すバート。
その様子を見て、リングは冷静に呟く。
「こっちもあっちも手練れ揃いか......流石は魔法学園だな」
「次はアンタの番よ?」
挑発するサーシャ。
しかしリングはそれに乗ってこなかった。
ーーあるいは挑発に乗っていれば、そのときのリングに勝利の可能性もあったのかもしれない。
ーーリングは気づいていない。今すぐにサーシャに攻撃して攫い、この場を逃げ出すことが最善の道だということに。
リングが何もしてこない事に多少の苛立ちを覚えながら、サーシャは言う。
「随分と余裕があるのね。
生徒の1人でも盾にして身を守るべきじゃない?」
「そんなことをする余裕はないさ。
おまえが相手なら尚更な」
「......そう」
これ以上の会話は相手のペースにハマるだけだ。
そう判断したサーシャは右手の人差し指をリングに向ける。
ーーその瞬間、サーシャの身体は後方に勢いよく吹き飛ばされた。
「ぐっ......!!」
教室の後方の壁に叩きつけられるサーシャ。
何が起きたのか理解が出来なかった。
「詠唱棄却できるのは流石と言ったところだが......」
そう賛辞の声を上げるリング。
しかし言葉とは裏腹に、その表情は愉悦に浸っていた。
「......何を......したの......?」
「答える義理は無いさ」
サーシャの質問を一刀両断し、リングはサーシャの元にゆっくりと近づいてくる。
周囲の生徒たちは堂々と教室を横断するリングに何もできない。
そんな生徒たちを、サーシャは薄情だとは思えなかった。
誰だって命の危険に晒されれば、自分よりも圧倒的に格上の相手と相対すれば、なすすべもなくなるに違いない。
そう他人事のように思った。
リングがサーシャの目の前に辿り着く。
そして、
「おまえは俺と来い。
そして我らの一員になれ」
と言う。
「ハッ!馬鹿ね。
あなたたちみたいなのの一員になるぐらいなら、死んだ方がマシだわ」
そう言いながら、サーシャは1週間前のことを思い出していた。
思い出してみれば、無理矢理グループを形成しようとする点で、このリングという男も、シンやミルフィーユの間に入ろうとした私も、同類だったのかもしれないと。
「そう言うと思ったよ。
安心しろ。
今のおまえを仲間に引き入れるつもりはない」
そう冷徹に言うリング。
男はさらに続けた。
「今のおまえを洗脳し、新しいおまえを作り出す。
サーシャは死ぬが別の名前の人間がこの世に誕生するだけだ」
「......なるほどね」
サーシャは自分の運命を受け入れた。
人の意思を捻じ曲げようとする点で、このリングという男も、ミルフィーユの拒絶を無視して仲良く振る舞わせようとした私も変わらないのかもしれない。
そう思ったからだ。
「じゃあな。サーシャ」
リングはそう言って、なんらかの魔法を発動しようとした。
しかしその瞬間、リングが真横に飛ぶ。
そしてリングが居た場所に電撃のような光が走った。
「なるほど、今の一撃を躱すか」
その声は、シンの低い声とは逆に、男にしては高い声だった。
どちらも印象的な声という意味では同じだったが。
声の方を向くと、ひとりの少年、サーシャと同じくらいの歳の少年が立っていた。
初めてシンを見たときと同じくらいの衝撃を受けるサーシャ。
そしてサーシャは直感的に悟る。
「......イスカ」
サーシャを助け出した少年は、シン、ミルフィーユと同郷の男、イスカだった。