4ーただならぬ関係ー
学園長スレイヴの娘、サーシャには特別(だと周囲は思っている)な力がある。
それは詠唱棄却という技術。
魔法発動に必要な呪文を省略できるその才能はひとつの国にひとりいたら充分な程の確率でしか産まれないと言われている。
周囲にはアストガルデ唯一の才能だと思われているサーシャはしかし、自分の他にもその才を持つ者がいることを知った。
シンと呼ばれるその少年と出会ったのはたったの1週間前。
学園に入学したその日である。
詠唱棄却の技術があることを知ったのはとある会話を耳にしたからである。
その会話こそ、シンと、シンが好いているであろうミルフィーユとの間に成された会話だった。
「聞いた?新入生代表のはなし」
ミルフィーユがシンとふたりっきりのときそう会話を切り出すのをサーシャは盗み聞きしてしまった。
自然と身体が強張るサーシャ。
それも仕方ないことだろう。
新入生代表とは他ならぬサーシャのことだったのだから。
「ああ、聞いたよ。
たしかサーシャとかいう」
その少年らしからぬ低い声はシンのもの。
シンのその声を聞いて、サーシャは何故か高揚していた。
「彼女、詠唱棄却できる腕を買われて新入生代表になったんだって」
そう言ったミルフィーユに、
「そうらしいな」
と落ち着いた声音で返すシン。
サーシャは自分のことを褒めてくれるのか、と思ったが、シンの反応は予想外だった。
明らかに興味すら持っていないような声。
それを聞いて、サーシャは何故か自分が恥ずかしくなった。
「いいの?シンもできること言わなくて」
そのミルフィーユの言葉を聞いて、サーシャは自分の耳を疑った。
できる?シンも?......まさか?
「別にいいさ」
そう言い放つシンの態度は優雅なものだった。
明らかに虚勢を張っている訳ではないその態度に、サーシャは思わず身を乗り出そうとする。
しかしその直後、
「......イスカもできるのになあ」
というミルフィーユの言葉を聞いて固まった。
幼い頃からずっと神童と謳われてきたサーシャ。
そのサーシャが努力の果てに掴み取った技術を持つ人間がふたりもいる?
その話は俄かに信じがたいものだった。
サーシャはその衝撃的な内容に、一周回って冷静になってしまった。
そして何となく見たシンの顔。
「......そうだな」
そう答えたシンの悲しげな瞳の色を見て、サーシャは別の思いに囚われる。
こんな色の瞳をする人がいるのかと。
こんな悲しげな瞳をする者がいるのかと。
そして少年が悲しげな眼をしたことに隣で話す少女は気づいていない。
少女は能天気な、輝くような目をしながら隣にいる少年とは別の少年のことを語り出した。
そのときからだろう。
シン、ミルフィーユ、イスカ。この3人がただならぬ関係で繋がっていると知ったのは。
⭐︎
シンのことが気になり始めたサーシャはすぐに行動を起こした。
シンと近づく為に、まずはシンと仲の良いミルフィーユに近づくことにしたのだ。
異性よりも同性との方が近づくのに躊躇しないというのはどこの世界も同じだ。
「こんな所に呼び出して何のよう?
サーシャさん」
人のいない学園の裏にミルフィーユを呼び出したサーシャ。
サーシャは単刀直入に切り出すことにする。
ミルフィーユ相手に生半可な行動は逆効果だと思ったからだ。
「......シンのことだけど」
しかしサーシャが選択したのは2番目に切れ味が良さそうと思っていた話題だった。
1番目の話題はいささか唐突で意味不明だと思えたからだ。
「シンがどうかした?」
案の定ミルフィーユの食いつきもあまり良くない。
しかしサーシャも話し始めたからには止めるわけにはいかない。
「シンが詠唱を棄却できるっていうのは、本当?」
「......私たちの話を聞いてたのね?」
ミルフィーユの目に剣呑な光が宿る。
予想以上に察しがいいミルフィーユに若干気圧されそうになりながらも、それに対してサーシャは、
「さあ、どうかしら」
と曖昧な答えを返した。
「......何が望み?」
「望みって......別にどうもしないわよ。
この情報を使ってあなたたちにどうこうしようって話じゃないわ。
ただ、その代わり、私をあなたたちの輪に加えてくれない?」
そう言うとミルフィーユの目が細められる。
真の目的は別にあるように聞こえているのだろう。
「そんな顔しないで欲しいわ。
ただ、自分と実力が近い者同士でつるんだ方が互いの為にもなるって言ってるの」
「つるむね......あなたには私たちの関係がそんな薄っぺらいものだと思っているの?」
「別に薄っぺらいことを言っているつもりはないけど?
それに、私にはあなたたちの関係はそんなに互いを思いあってるようには見えなかったし」
「何を根拠にそんなことを言うの?」
「イスカ」
平行線を辿る会話を打ち切るつもりで、サーシャは1番目に切れ味のいい話題を出さざるを得なくなった。
「......何故あなたがその名前を......」
今度は盗み聞きしていたとは言わないのか。
そんな風に思いながらも、サーシャは、
「あなたの知らない彼を知ってる......って言ったら?」
その嘘100%の話題にミルフィーユは、
「どういうこと?」
と食いついてきた。
「私をあなたたちのグループに入れてくれれば、いずれ教えてあげるわよ?」
そう発破をかけるサーシャ。
それに対してミルフィーユは、
「バカバカしい......」
と一言で切って捨ててその場を去ろうとする。
「ま......待ちなさい!」
去っていくミルフィーユをなんとかその場に留めようと、サーシャは大声を張り上げる。
それを遮るようにしてミルフィーユは、
「あなたが何を知っていようと」
と自分の心を曝け出す。
「私たちの関係が揺らぐことはない。
イスカもシンも、私の大切な友人。
それは変わらない。
それに対してあなたは赤の他人。
これが唯一の事実よ」
「そんな風に現実逃避してちゃ、何も始まらないし、進まないわよ?」
「現実逃避?」
「そうでしょ?
あなたにとってイスカは大事な存在なのかもしれないけど、今この学園にはいないわけでしょ?
そんなの空想上の人物を想っているのと変わらないじゃない」
そうサーシャが言うと、
「あなたにイスカの何が分かるの!!」
とミルフィーユが激昂した。
そしてその場を走って去っていく。
その後ろ姿を眺めながら、少しやり過ぎたな、とサーシャは自戒するのだった。
⭐︎
その次の日。
「おはようミルフィーユさん?」
「......」
まるで毎日のモーニングコーヒーを嗜んでいるときの笑顔のような表情でサーシャはミルフィーユに話しかけた。
クラスでもトップの実力&美貌を持っていると周知されているサーシャと、美貌だけなら彼女にも負けていないミルフィーユの邂逅に、周りの生徒たちがざわつく。
「見て見て、あの2人が話しておられるわよ!」
「私たちも混ぜてもらいましょう!」
「俺もあの百合畑の中に......」
と言った具合で、一気にミルフィーユはクラスのトップカーストに無理やり押し上げられるのだった。
⭐︎
その後も、
「おはよう、ミルフィーユ」
「ランチタイム、ご一緒しない?」
「帰りは私の見つけたカフェに行かない?」
と事あるごとにミルフィーユを誘うサーシャ。
ミルフィーユはサーシャのそんな取り繕った笑顔の裏に邪悪な心があることを知っているが、周りの生徒たちを敵に回すわけにもいかないと思い、表向きは笑顔で対応する。
生徒たちに嫌われるのが怖いというのもあるが、シンに、そして何よりイスカに心配を掛けたくないという思いの方が強い。
ミルフィーユとサーシャはそんな訳で、表面上は親友のような関係になった。