2ー幼き日々ー
「もういいよ。おまえと魔法を学ぶの、息苦しい」
そう言って去っていく友人だった人間を見送るシン。
シンとイスカ、そしてミルフィーユの故郷でもあるその国で、魔法を学ぶ最高学府である魔法学園を目指して勉強する者は大勢いた。
その中でもトップの成績を誇っていたのがイスカだ。
シンは何処までいっても二番手。
ミルフィーユは三番だった。
魔法に限らず、何かの分野を極めようと思えば、実力者と切磋琢磨することが最善手だとシンは思っていた。
シンは普通なら唯一自分より上の実力を持つイスカと魔法を競い合うべきだったが、感情面でそれを拒んでいた。
その理由はミルフィーユにある。
シンは一目見たときからミルフィーユに惚れていた。
だが、ミルフィーユに初めて声を掛けようとしたとき、そのミルフィーユが恋する女の目で見ている存在がいることに気がついた。
その相手が、イスカだった。
イスカはミルフィーユ以外の相手と仲良くしようとしなかったが、
そのこともシンの神経を逆撫でした。
何で誰とも仲良くしようとしない人間と自分が仲良くしなければならないのか。
何故ミルフィーユは自分ではなくイスカを見ているのか。
そういった感情から、シンはイスカと仲良くする気が起こらなかった。
だからこそシンは、イスカ以外の人間と魔法の技術を高め合おうとしたのだが、シンの魔法に対する意識が高すぎるのか、最初は多くいた友人も段々と少なくなっていった。
そんなとき、あろうことかイスカに声を掛けられることになる。
⭐︎
「シン。ちょっと話がある」
シンたちがまだ魔法学園に入学する遥か前。
日々魔法の勉強に明け暮れていたシンは故郷である国の国立魔法図書館からの帰り道、イスカに声を掛けられた。
「おまえが人の名前なんて覚える人間だとは思わなかったぜ」
「そういうシンは俺の名前、知ってるか?」
「当然だろ。
自分より成績がいい人間は一人しかいない。
ソイツの名前も知らないようじゃ問題外だ」
「ならよかった。
最初にも言ったが、少し話がある。
場所を移そう」
イスカがシンに声を掛けたのは往来のど真ん中。
ここでする話ではないとイスカは感じていたのだが、シンはそれを拒絶する。
「別にここで済ましてもいいだろ?」
「......まあ、俺は一向に構わないが」
そのハッキリしない態度に、シンは苛立ちを隠せずに言う。
「それで?話ってのは何だ」
そう問うと、イスカは一瞬だけ目を足元に向けた。
そして意を決した顔をシンに向けて、言った。
「単刀直入に言う。
誰かと一緒に魔法を学ぼうとするのは辞めろ。
魔法ってのは、いや、何を学ぶときもそうだが、
基本的に一人でやってこそ価値のあることだ」
思わず息を止めるシン。
予想外の言葉に一瞬空白の時間が訪れたが、それは笑い声で破られる。
「くっ、くく。
何を言い出すかと思えば、この俺に説教だとはな。
他人に興味なんてない人間だとは思っていたが、これは想定外だぜ」
「確かに俺は他人になんて興味はない。
これは過去の自分に言ってるようなもんだと思ってくれ」
「過去の自分?」
気になったフレーズに反応するシン。
その言葉を聞いて、イスカが何故かしまったという顔をする。
「俺と同じ年しか生きていないおまえに、何が分かる?」
「済まない。今のは失言だった」
「は?」
「とにかくだ。
魔法ってのを他人と競い合っても意味なんてない。
自分一人で頑張るからこそ、技術は向上する」
「証拠でもあるのか?」
そうシンが問うと、イスカは不安そうな顔で、
「俺がおまえより上なのがその証拠だ」
と言った。
「テメェ、喧嘩売ってんのか」
シンの疑問も最もである。
殆ど初めて会話を交わす相手に自分が上だと言われれば、誰でも反感を持つに違いない。
「そういう訳じゃない。
ただ、無駄な努力をする人間は見てられないんだよ」
「無駄な努力とは、言ってくれるじゃねえか」
そう言ってイスカの胸ぐらを掴もうとしたところで、
「ちょっと待ったーーー!」
と声を掛けてくる第三者がいた。
シンとイスカが声の方に振り向く。
その視線の先には、ミルフィーユが居た。
ドスドスという音が聞こえてきそうなほど大股で歩いてきたミルフィーユはシンたちの前で立ち止まると、
「少し前から話を聞いていたけど、今のは明らかにイスカが悪いね。
謝りなさい」
とイスカに向けて言った。
「いや、何も謝らなくても......」
そう抗議するイスカだったが、
「問答無用!」
と叫んでイスカの頭にチョップを叩きつけるミルフィーユ。
そのやり取りを見ているだけで二人の仲の良さを感じてしまい、少しでもこのやり取りを早く終わらせるためにシンが口を開く。
「もういいって。
ケンカ売ってきたことも忘れてやる」
そう言ってこの場を去ろうとするシン。
その手をミルフィーユが掴んだ。
「ちょっと待って」
心が動揺するかと思ったシンだが、不思議とそうはならなかった。
その代わり、シンの目はミルフィーユの目に惹きつけられていた。
「ケンカを売ったのはイスカが悪い。
でもシンの考えには賛成」
「「は?」」
思わず声が重なるシンとイスカ。
二人に向けて、ミルフィーユは満面の笑顔を向ける。
「だから、人と切磋琢磨して魔法を学ぼうとする姿勢には賛成ってこと。
シンにとってはイスカと学ぶことが魔法を極めるのにいちばんの近道ってことでしょ?」
「いや、俺は別にコイツとは......」
「そ・れ・に!!」
反論しようとしたシンを封殺して、ミルフィーユは言った。
「私もイスカにだけ教えてもらうことには飽きてきていたの。
第三位の私が第一位と第二位に教えて貰えれば、一石二鳥でしょ?
だから、シンも私に魔法、教えてよ!」
「「......」」
一石二鳥の使い方はそれで合ってるのか、とツッコミを入れる間もなく、シンとイスカは合意を迫られた。
「いや、シンとミルフィーユにとっては良いことかもしれないが、俺には利点がないだろ。
ただでさえミルフィーユに教えてる時間がもったいないのに、加えてシンにまで教えるなんて......」
「い・い・わ・よ・ね!?」
「はい」
ミルフィーユの気迫に押されて即答するイスカを見て、思わず笑ってしまったシンだった。
⭐︎
「ありがとね」
その後毎日のように一緒に魔法の鍛錬を重ねている三人だったが、とある日にミルフィーユとシンが二人きりになる瞬間があり、そのときにミルフィーユが言った。
「何だ?唐突に」
そう返すのがやっとのシン。
ミルフィーユの横顔は夕暮れの光を遮り、眩しいほどに輝いて見えた。
「あはは、確かに唐突だったかも。
でも、どうしても感謝を伝えたかったの。
私のわがままを聞いてくれたこと、あと、イスカのことを考えてくれていることに対して」
「は?」
目を白黒させるシン。
何のことか分からないシンだったが、そんな彼に構うことなくミルフィーユは言う。
「イスカって、友達いないでしょ?
私はまあ、幼馴染だからアレだけど、男友達ですら一人もいないじゃない?
だからシンがイスカと仲良くしてくれることは、凄く嬉しいな」
何を勘違いしているんだろう、とシンは思った。
自分としてはイスカに魔法を教えてもらうことを利点に感じているし、ミルフィーユの迫力に呑まれてこの関係を始めることに承諾してしまっただけに過ぎない。
断じてイスカのことなど考えていない。
そう口にしようと思うシンだったが、どうしても言葉が出てこなかった。
何故なら、ミルフィーユがどれだけイスカを大切に思っているかが分かってしまったから。
自分の入る隙間なんて無いと分かってしまったから。
⭐︎
それから程なくして、シンの周りには再び人が集まり始めた。
魔法の競争相手を他人ではなく友人に求めるようになってから、友人以外と認識している相手には心なしか優しく接することができるようになっていた。
シンの周囲は人で溢れかえり、イスカの周りにはシンとミルフィーユしかいない日常が続いた。