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0ープロローグー

 生まれてから一度も、全力で何かに取り組んだことがない。


 35歳童貞の佐伯さえき友彦ともひこは他人事のようにそう思った。


 今日も母親の作ってくれた夕食を食べ、深夜のコンビニのアルバイトに向かっている所だった。


 一応働いてはいるが、時給900円のコンビニバイトにやりがいなんてものはない。


 深夜という時間を選んだのだって、できるだけ人と関わりたくないからだ。


 それでも、実家に月5万は入れているし、母親と父親との仲も安泰だ。


 両親が死んだとしても一生フリーターで食っていける。


 後は毎日バイトが終わって帰宅する朝7時から撮りためている深夜アニメを見て、昼過ぎに寝る生活を続けるだけだ。


 友彦はその生活に満足していた。


⭐︎


「ありがとうございましたー」


 機械のように発される友彦の声は、コンビニ客に向けられたものとは到底思えない無機質な響きをもって店内に響き渡った。


 客の方も深夜のコンビニ店員の顔なんていちいち覚えないし、友彦としてもそちらの方が気楽だった。


「おはようございまーす」


 そう適当な挨拶をしながらレジに来たのは7時で友彦とレジ番を交代する予定のバイト、市川いちかわ志保しほだ。


 志保は26歳の大卒で容姿も整っているくせに就職もせず何故かこのバイトを続けている。


 理由を聞いてみたいとは思うが、質問する勇気は友彦にはなかった。


「おはようございます」


 友彦は丁寧な調子でそう返した。


 志保はそれを聞いても友彦の方を見もしない。


 きっと俺のような不細工のことなんか道端にいる蟻のように思っているんだろう。


 そう友彦は他人事のように思う。


 そう、何もかも他人事だった。


 人を好きになったこともない、全力で努力したこともない、何か目標や夢がある訳でもない。


 普通ならそんな自分に嫌気が差すのだろうが、友彦はそんな自分が好きだった。


 満足していた。


「お疲れさまです」


「お疲れーっす」


 とても歳下の相手とは思えない挨拶の応酬をし、一人帰路につく友彦。


 今日は一週間に一度の最大の楽しみである、『夕焼け前より朱色な』という深夜アニメの放送日だ。


 リアルタイムでの視聴はできないとは言え、自分がまだ趣味エロゲに打ち込んでいたころの作品のアニメ化ともあって、友彦の頭はそのことで一杯だった。


 だからだろうか。


 友彦は自分に突っ込んでくる車に気づかなかった。


 友彦の不注意による事故か、車の運転手の不注意による事故か。


 その判断もつかないまま、友彦はひき肉のようにミンチになって死んだ。


⭐︎


「おぎゃーおぎゃー」


「あら、元気な声よ」


「そうだな、顔もお前に似て綺麗だ」


「まあ、貴方ったら」


 何だ?この光景は?


 目の前には自分のことを慈愛に満ちた表情で見つめる女の顔。


 その隣には凛々しい男の顔もある。


「おぎゃーおぎゃー」


 そして赤ん坊の泣き叫ぶ声は自分のもののようでいて、どこか他人の声のようにも聞こえた。


ーーーそれは何事も他人事のように捉えていた友彦が、最後に自分の行動を他人事のように感じた瞬間であった。


⭐︎


 生まれたときからの幼馴染がいた。


 その幼馴染の少女はミルフィーユという。

「ほら、ミルフィーユ。

 ここをこう弄ると、でっかくなっていくだろう?」


「ホントだホントだ!面白い!」


 そう言いながら少年ーーー佐伯友彦の人格を持ってこの異世界に転生し、名前をイスカと付けられたーーーのアソコを触るミルフィーユ。


「イスカのここ、プルプルしてて可愛い!」


「ちょ、おま、おまえ。あんま触んなよ!」


「えー!触れって言ったの、イスカじゃん!!」


「何事にも限度ってものがあるだろう!」


「ケチー!」


 イスカとミルフィーユは7歳になっていた。


 イスカは元いた世界での記憶を残しているため、ミルフィーユに性的な感情は抱いていない。


 佐伯友彦はロリコンではなかった。


 しかし、いや、だからこそだろうか。


 ミルフィーユに自分の大事な物を見られても、何も恥ずかしいと感じなかった。


 ミルフィーユとしてもこんなことをしてくれる相手はイスカしか居なかったため、新鮮な経験をして心の底から楽しんでいた。


「おまえら、何してるーーー!」


 そう割り込んできたのはイスカの父親、リオだった。


「何って、俺のーーー」


「説明するな!それよりもそんなことはやめろ!はしたない!!」


「えーー!」


「えーじゃない!」


 リオは非常に常識人であったために、イスカの露出芸を止めるのだった。


⭐︎


「イスカ......私と付き合ってくれない?」


 そしてイスカとミルフィーユは12歳になった。


「え?」


「え?じゃない。私と付き合って」


「それってつまり、俺のこと好きってこと?」


「そうよ」


 突然の告白。


 佐伯友彦として生きてきた頃からは考えられないほど打ち解けてきた一人の少女。


 そんなミルフィーユに告白されて、イスカの脳内は真っ白になってしまった。


 確かに自分はミルフィーユのことが好きだ。


 確実に前世での自分の両親に対して持っていた以上の感情をミルフィーユに対して抱いている。


 しかし付き合うとなれば話は別だ。


 ミルフィーユとは生まれた頃から一緒。


 もちろんイスカとして生まれた頃から。


 普通なら幼馴染として意識もするだろうが、イスカは転生した身。


 だからこそ、ミルフィーユのことは遥か歳下の少女としか見れなかった。


「ごめん、ミルフィーユとは......付きあえない」


 イスカとしては、そう答えるしかなかった。


⭐︎


「イスカ、ミルフィーユからの告白、断ったんだって?」


「あ、ああ」


 そしてその日の翌日、イスカは男友達の中で最も仲の良かった友人、シンと話していた。


「どうして?」


「どうしてって、恋愛の対象としてはとても思えないからだよ」


「今はそう思えなくても、いずれはどうなるか分からんだろ」


 いや、12歳と35+12=47歳だぞ。


 どう考えても無理だろ。


 そう思うイスカだったが、


「頼む。親友としてのお願いだ。

 アイツと......付き合ってやってくれ」


「...あ、ハイ」


 シンはイスカが通う学園の中心的存在だ。


 そんなシンに逆らえば同級生の間でどんな扱いをされるか分かったものではない。


 そう思ったイスカは思わず頷いていた。


⭐︎


 イスカはそんなわけでミルフィーユと付き合うことになった。


 そしてイスカはこと恋愛においては消極的だったが、積極的に打ち込んでいたものがある。


 魔法だ。


 前世でアニメにハマっていたイスカからしてみれば、魔法というのは興味の対象だった。


 イスカは前世からは考えられないほど魔法に打ち込み、そして勉強を重ねていった。


 それこそ恋人のことなど忘れることも多々あるほどに。


⭐︎


 だからだろうか。


 この世界で最大の魔法学園の入試に落ちたときはショックだった。


 友人のシンと恋人のミルフィーユが合格したこともイスカにダメージを与えた。


 前世で一流大学中退だったこともイスカの学歴コンプレックスをさらに大きいものにしていた。


 今回だけは、全力で頑張ったのに......。


 イスカは絶望の中、そう思うのだった。


⭐︎


 イスカが魔法学園に落ち、ミルフィーユが合格たことで、二人の仲は次第に疎遠になっていった。


 ミルフィーユはイスカのことをまだ好いていたが、イスカが劣等感からミルフィーユに対して気後れするようになり、そのことをミルフィーユも感じて身を引こうとしていた。


 そんなとき、イスカのいない魔法学園をテロリストが襲撃する。

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