09 図書館-4-
「ラ~シェ~ル~」
ミシルの笑顔の中に、明らかな怒気が含まれている。
「あ、もう痛みひいたの?」
「まだジンジンしとるわ! って言うか何で叩いた?!」
「これこれ♪ 普通の紙だったらあんまりいい音しなかったからさ、型紙にしてみたんだ♪」
楽しそうに言って、ラシェルは達筆で「斬鉄剣」と書かれているハリセンをミシルに見せた。
「大雅に書いてもらったんだ~かっこいいよね」
「何でお前はいつもいつも…何か仕掛ける事しか考えとらんのか?! どの距離から落ちてきたのか知らんけど、間違えば気絶してたぞ!!」
「だーってミシルいないし、待ってる間暇だったんだもーん」
「可愛い子ぶってんじゃねぇーっ!」
今その場にちゃぶ台があったら確実に引っ繰り返していたであろう形相でミシルはラシェルに怒鳴りつける。
「あ……あの……」
「ただ遊んでるだけですのだ。いらぬ火の粉浴びずに待っていれば良いでござりまする」
突如始まってしまった言い合いを、タキはしばらく唖然とした表情で見ていたが、そのうち止めた方がいいのかと言う考えが浮かんで口を挟もうとした。だが直後モエがタキの肩を叩き、いつもの事だとでも言うような顔をして無駄だと手を横に振る。
「で、でも……」
「アドルさんにはアレが本気に見えるでござりますか?」
2人に人差し指を向けてモエは問う。
「見えませんけど……」
聞いていてどっちもどっちだ、と思うような言い合いを未だ続けている2人。それを見ていて感じるのはむしろ微笑ましい、と言える感覚で。
「でしょう?あれはケンカと言うより、むしろ漫才の粋でござりまするだ」
「漫才……ですか」
「そう。しかもジャンルに分けるなら夫婦漫才」
「ちっがーう!」
こちらの会話が耳に入ったのか、モエの言葉を遮る形でミシルは勢いよくこちらへ顔を向け言い合いそのままのノリで叫んだ。
「どこをどう聞いたらこれが漫才の部類に含まれるんだ?! しかも夫婦?! 設定に無理があるだろうが!!」
「やだハニーったらつれなぁい★」
「お前もノルな! っつか俺が妻かよ?!」
「ダーリンでも構わないよ?」
「そういう問題じゃねぇぇええっっ!!」
「ミシル言ってることが無茶苦茶~。……っていうか、そろそろ静かにした方がいいんじゃなぁい?」
ラシェルがまた悪戯っぽい笑みを深める。
「ここがどこだか忘れてる? 司ー書さん?」
そう言われて、初めはキョトンとした顔となっていたミシルだが、徐々に顔全体が「やばい」という色で一杯になった。
「「ここは図書館なのに、静寂を守るはずの司書が一番煩いって言われる」……そっくりそのままミシルにお返しするでござりまするだ~」
してやったり、と言うような顔でモエは笑う。
辺りを見回せばクスクスと笑っている生徒や、冷たい視線を投げる生徒がミシルの目に捉えられる。
「……ラシェル……お前後で覚えてろよ」
未だ笑顔のラシェルに、恨みがましい視線を向けてミシルはボソリと呟いた。
「え、どーしよっかなー。最近物忘れひどいんだよね~」
「お前はっ………はぁ~あ……ったく、あと少しで閉館だから、おとなしく待ってろ」
「はーい♪」
とぼけるラシェルにミシルはまた声を荒げそうになったが、溜息で抑え脱力感のある声でそう繋げた。
「……じゃあ、俺は失礼しますね」
今がチャンスだと言わんばかりにタキは口を開く。これを逃せば多分またこの場を離れづらくなるだろう。
「ん、ああ。悪かったな。何か引き止めちまったみたいで」
「いえ、今日は本当にありがとうございました」
「またのご来館お待ちしておりまするだ」
ぺこり、とモエが深くお辞儀をする。それにつられたようにタキもまた頭を下げ、それから図書館の出入り口へと足を向けた。
タキが完全に見えなくなったのを確認すると、モエは仕事の続きがある、とその場を離れた。
何も、気づいていないとでも言うように。
いや、本当に気づいていないのだろう。ラシェルの微妙な表情の変化など。
「……どうかしたのか?」
ラシェルに視線を合わせず、ミシルは未だ出入り口を見つめたまま口を開いた。
「あ、わかっちゃった?」
おどけたような声で言うラシェルに、ミシルは当然だとでも言うように鼻を鳴らす。
「何年一緒にいると思ってる。……アドルに何か感じでもしたか?」
「……んー……あの子、種族何なのかな」
「人間だろ。外見は」
ラシェルの疑問に、ミシルはそう答えた。
「種族なんて、いくらでも隠そうと思えば隠せる。頭で考えるだけ無駄だ。視覚に頼るしかない」
どうでもいいと言う様に淡々とミシルは語る。
「でも……なぁ……」
「魔族の気配でもしてたってか? お前は昔からそういうのに敏感だよなぁ」
「魔族ではない。ないんだけど……なんだろ、上手く言えない」
ふうん? ……ま、何にせよ訳ありである事は確かだ。初めから未解読書が目当てで来たみてえだし」
「彼、初めから未解読書の案内を求めたの?」
「そ。まだほとんど誰も知らない歴史の中の何かを追い求めてるって事だな」
そう言って眉根を寄せ、口元に手をやり床に目をおとした。それを見たラシェルは腰に手を当て、大げさに溜息をつく。
「……ねぇ、まぁた首突っ込もうとしてない?」
何か思考する時、ミシルは必ずと言っていいほどにそういう体勢をとる。今のミシルの思考対象は流れからしてタキで間違いないだろう。
「ミシルは訳ありに弱いよねぇ~。自分がそう確信したら止めるのも聞かないしさ」
「うるせえなぁ……気になるモンはしゃあねえだろ」
「おせっかいというか考えなしというか……ま、僕は嫌いじゃないけどね。……君が思うように動くといいよ。必要だったら、手を貸してあげる」
呆れ気味に、でも楽しそうに言う。そんなラシェルに、お前も何だかんだ言って結局付き合うんだな、とミシルは言おうとしたが、飲み込んで苦笑した。
「……サーンキュ」