03 全ての始まり-3-
ふと、タキはノックの音で目を覚ます。
「………あれ?」
気づかぬ間に眠ってしまっていたらしかった。
頭が霞がかったようにぼぅっとしている。タキはそれを振り払うように、軽く顔を横に振った。
そして、先ほどの記憶を思い出して部屋を見回した。
そこにはやはり誰もいなくて、夢を見ていたのか、とタキは軽く笑う。
夢の中のジークフリードは、自分の記憶にある言葉を話していた。
一言一句違わずに。
「……答えのない出来事なんて、存在しない……」
タキはジークフリードの言葉を口に出して、何かを思考するように目を閉じた。
次の瞬間には唇をきゅっと引き締め、凛とした表情で前を向く。
「タキ様?「」
部屋の外から呼びかけと同時に、2回目のノックがなる。
「開いてる。入って良いよ」
タキがそう声をかけると、ゆっくりとノブが回り静かな音で戸が開いた。
遠慮がちに、イヴルが室内へと入ってくる。
落ち込んでいると思っていた。
憔悴した顔で、座り込んでいると思っていた。
なのに
慰めるつもりで入った部屋の中にいたタキはそのどちらでもなく、真直ぐにイヴルを見ていた。
その目には何故か強い光が宿り、何かを決意したような覚悟したようなその顔はとても綺麗で、イヴルは思わず見とれてしまった。
「イヴル、頼みがあるんだ」
迷いのない声で、タキは言う。
「僕を地上に行かせてほしい」
「………え」
イヴルは間の抜けた声を出す。
タキが言った言葉をいまいち理解しきれていないとでも言うように。
「ジークフリードを捜したいんだ。できることなら、再びここにかえしたい」
「……何……を……何を言っておられるのです?! 地上など……貴方様はどんな所か知っておいでですか!?」
「様々な種族が住んでいるんでしょう? そして、少なからず天使も……魔族もいる地。知識としては、知ってるよ」
「魔族がいるとわかっていて、そんな所に送り出すわけにはっ」
「でもっ、……多種族が住む場所だからこそ、知らない事もある。未知の可能性がある大地だからこそ、行く価値があると思う。……ジークは天使であることを誰よりも誇りに思っていた。そんな彼が、望んで堕天するわけないよ……何か理由があったとしか考えられない! ジークは地上にいる。魔界に留まるほど、堕ちていない」
少しもイヴルから目をそらさずに、タキは話す。
動揺しながらも、イヴルはタキの決意が揺るぎないものだと感じていた。
「お願いだよイヴル、天上を歩けない僕にはもうこれしか残ってない。待ってても、きっと答えは見つからない。僕は……自分自身で、真実が知りたいんだ」
「………条件が…あります」
少し逡巡してから、戸惑いがちにそうきりだした。
「条件?何?」
「少しの間、タキ様の時間を頂けますか? 今のタキ様では、地上は本当に危険です。魔族もそうですが、本能のみで人を襲う魔物もいますから……。それに知識も多くはないでしょう。……私が教えられること全てをお教え致します。ジークフリード様には敵いませんが、戦い方もお教えしましょう」
「……わかった。従うよ」
本当はすぐにでも行きたかったが、イヴルの言うことも最もだ。無知なままで行っても、できる事は限られてしまう。
なるべく多くのことを吸収して、何があっても対処できるようにならなければ。
「有難う御座います。地上への準備は私がしましょう。ジークフリード様の捜索も。地上にいるのなら、微弱でも感じることができるはずですからね」
仮にも、長年仕えていた。例えどんなに弱くても、ジークフリードだと判る自信がイヴルにはあった。
「ありがとう。……あと、もうひとつ。用意して欲しいものがあるんだけど」
「何でしょう?」
「確か種族を誤魔化せる石っていうのがあったよね? 身に着ければ人間と同じ姿になれて、力もその体に合ったものに抑え込んでくれるっていうヤツ」
「ええ、あったと思いますが…何故それを?」
「何故って…僕が天使だってばれたらまずいでしょう? 地上にだって天使はいる。名前がない上に、普通の天使より力がある。羽だって2枚じゃない。そんなのが現れたら、誰だって放っておかないよ」
それくらいの事はわかる、と少し困ったような、それでいて寂しそうな顔でタキはわらった。
「……かしこまりました」
イヴルは口を開いて何かを言おうとしたが、出た言葉はその一言。軽く会釈をして早速取り掛かります、と部屋を出て行った。
また1人になった部屋で、タキは深く息を吸いそれを吐き出す。
始まってしまった。
もう後戻りはできない。
自分を信じて進もう。
選択を繰り返して、自分が知りたい答えを見つけるために。
「必ず、見つけ出してみせるから」
全ての幕は、上がったばかりだ