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Dear.~君に続く未来へ~  作者: ばんぺいゆ
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01 全ての始まり-1-

その“出来事”に前触れは無く

ただ、そこにあるのが当たり前だとでも言うように

ただただ、無情で無機質な“真実”だけをつきつけた


「嘘だっ!」


手に持っていたグラスが床と接触し硬い音をたてて割れ、中に入っていた液体がその存在を主張するように絨毯に染み込み、領域を拡大していく。

だが、タキはそれが見えていないとでもいうように眼前の青年を見ていた。


「……このような嘘を、どうして私がタキ様に言えましょう?」


青年はタキの足元にかがんで、割れたグラスの破片を集める。

タキは何も答えない。

ただ青年が立っていた場所を凝視して、指の色が変わってしまうほどに強く、自分の服を握っていた。


「……嘘だったら……嘘であれば、どんなに救われたでしょうか」


青年は自嘲気味に笑んで、独り言のようにポツリと呟いた。

ガシャリ、と割れたグラスの破片が、グラスの置いてあった盆の上にのせられる。


「………本当に……イヴル、本当に……ジークが?」


「……確かにジークフリード様は堕天なされました。……ご自身の……意志で」


搾り出すように発せられる言葉。

微かに震えるその声に、嘘はなかった。


「……っ、どうしっ……どうして! ジークが……ミカエルが堕天するなんてありえていい訳が無い! それに……自分の意思って……あんなに天使であることに誇りを持っていたのにっ…………ラファエルは? ガブリエルにウリエルは?! 何て言ってるの?!!」


「いくら問い掛けても、お三方は何ひとつ、話してはくれませんでした」


「そんな……ラファエルまで……?」


表情全てで、信じられないとタキは言った。

しかしそれは紛れもない事実。本当は、この話が耳に入った時点でそう感じていた。


ジークフリード・リディ・ミカエル


誰よりも何よりも神の傍にいて、神を守り、神の言葉を伝える4大天使の1人、そしてその中で神に最も近しい存在。

タキの教育者にして数少ない存在証明者。

全てを赦し、全てを愛し、何よりも強かった彼。

天使としてたったひとつ、小さいけれど重要なモノが欠けていたタキにも、惜しみない愛情をくれたこの地で一番大切な人。


そんな彼が堕天した。しかも罪を犯したのではなく、自分の意思で。

その事実を頭で理解しても、心はそれを認めなかった。


突然、不意をつくように走り出しイヴルの横を通り抜けタキは部屋の外へ駆け出した。


「タキ様!?」


背後で自分を呼ぶ声に振り向きもせず、ただ一直線に今まで近づきもしなかった場所、エントランスへと走り抜ける。


今まで、この屋敷から外に出るためのここへタキが来る必要は無かった。


早鐘のように打つ鼓動を抑えながら、その場所の扉に手をかけたが、その行為は横から伸びてきた腕により中断される。


「何をっ……なさるおつもりです?!」


タキの後を追って走ってきたのだろう、言葉も絶え絶えにイヴルはタキの手を扉から引き剥がし、タキを自分に向かい合わせる。


「直接3人に聞きに行くに決まってる! 放して!」


「なりません! 貴方様に屋敷の外は危険すぎます!」


「ジークが堕天したって言うのに、それをはいそうですかって納得できるわけないじゃないか! 3人は絶対何か知っているはずなんだ!! 僕は堕天の真意を知りたいだけだ!」


「お三方に会うのは無理です! 何より、名のない貴方様は外に出ることを禁じられているでしょう!」


その言葉を聞いて、掴まれている手を振り解こうとしていたタキはピタリと動きを止めた。

天使なら誰でも持っている、持っていて当然の、生まれて最初に神から与えられる「el」の付く名。

それは神から愛された証。存在を認められた証。

背に白い羽を持つ者にとって、その「名」は何にも勝る誇りなのだ。

だがタキはその名を持っていなかった。タキは、「タキ」でしかなかった。

背にはきちんと白い羽がある。

外見だってどこからどう見ても天使だ。


「名」がない。


ただそれだけで、タキは天使でありながらも天使ではなく、それ故にその存在を周囲に隠され続けていた。


「……ご自分の立場を、ご理解ください」


「主の居ない屋敷で……何も知らないまま過ごせと言うの……?」


大きく見開かれた目が段々と影を落とし、顔が徐々に下を向く。

静かでなければ絶対聞こえないであろう声量で、タキは聞いた。


「……真意は、私が必ず見つけ出してみせます。だから……今はどうか部屋へお戻りください」


その言葉と同時に、ゆっくりと手が解かれる。

今伝えられた事柄以上のことを、この地において長の次位である者たちが口を閉ざすことを、秘書という身分でしかないイヴルがどうやって調べると言うのか。

そんな当たり前の疑問すら口に出来ず、タキただ俯いて立ち尽くすのみだった。

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