始まり
―魔王城79階層―
ユールシア大陸の中央で、忌々しくも天高くそびえ立つ魔王城の中に俺たちはいた。
城の中とはいえ狭さを感じさせないほどの1億平米にもおける空間の隅っこ、上への階層へと続く階段の前で100を超える人々が集まっている。皆、101階層にいる魔王ソロモンを討伐するためだけにここにいた。
魔王ソロモンとは、魔人や魔獣たちの王とされており、俺たち人類の平穏を脅かす存在だ。
世界の8割を支配したことがあり、人類の前に登場してからすでに1000年が経つ。
「我々はこれから、前人未到の80階層へと進軍を行う。この先、何が待ち構えているのかはわからない。進んだ先にあるのは、即死の魔法か、延々と地獄のような痛みを与える呪いか、はたまた魔王ソロモン自身かもしれない。だが、案ずるな。未知へと怯える必要はない、先陣切るのはこの私だ!1年前まで56階層までしか侵攻できなかった人類を79階層まで導いたのは誰だ!?ここにいる私だろう!東の勇者と呼ばれるこの私だ!皆の共、私に続け!」
東の勇者が演説を行い、集まった人々を鼓舞する。
勇者……魔王ソロモンの配下である魔神を討伐したものへと与えられる称号。魔神は72体しか存在しないと言われるのだから、この称号がいかに貴重で、重要なものかは皆知っている。
とくに東の勇者は、3体もの魔神を倒した強者だ。
絶対的強者が先導者なのだ、だからこそ、勇者の鼓舞によって勇気をたぎらせていく。
「「勇者!勇者!勇者!」」
「ふぅ、俺も頑張らないとな」
俺……アルベルト・ルン・ゲルゲンが発したつぶやきは、高揚した人々の口から湧き上がる「勇者」コールにかき消されていく。
誰よりも早く101階層に到達せねば。階層が進むにつれて、焦りが心からにじみ出る。
「「魔王を倒せ!平和を我らの手に!」」
高揚した人々の声。
魔王を倒すのが目的なのだから、湧き上がってもしかたないことだ。
全101階層からなる魔王城の攻略と魔王の討伐は、人類の悲願であり目的。
俺の目的は違う。101階層……魔王の住居に放置されている「あるもの」の抹消が目的で、この魔王城へと足を踏み込んでいた。
魔王討伐?んなもの勝手にしていればいい。やるだけ無駄だ。なんせ魔王討伐は、もはやすでに敵わぬ夢なんだし。
ここにいる人たち、いや、全人類は知らないだろう。
とっくの昔に魔王は老衰で死んでいることに。
でも俺だけは知っている。なぜなら、俺こそが元魔王……魔王ソロモンの生まれ変わりなのだから。