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6.友達になった。


「それで、お前はこれからどうするんだ?」

「どうしよう……。勇者にはなれないし、戦争を求めて傭兵になるのも、なんかやだな……」


 憂うマオの横顔は儚げで、とても勇者を目指す少女には思えない。けれども、下手に実力があるだけに、村に帰るという決断も出来ないのだろう。

 こんな魔族領からも人間の国からも離れた場所にある城へとやって来れた彼女だ。いつかは英雄と呼ばれる存在にもなれるだろう。きっと、いつかは。


 だが、それには途方もない時間が掛かるだろう。少女が少女でなくなるくらいには。

 どうしたものかと視線を巡らしているうちに、目に入ったのはアリエルから貰ったマニュアルだった。


「じゃあ、魔王様に挑んでみる?」

「へ?」

「流石に魔王様を倒してもらっちゃ困るけど、魔王様に力を認められれば、それは勇者と名乗ってもいいんじゃないか?」

「でも、そんなのいいのかな?」

「何となくだけど、魔王様のお考えもそれに近いんじゃないかなって思うだよ」


 そう言ってマオに見せるのは、マニュアルに書かれた最初の一ページ。『死ぬな。殺すな』の一言。

 これは殺し合いによる憎しみの連鎖ではなく、自分の力を試すアミューズメントのようなものを目指しているのではないだろうか。


「当てもなく旅をして、戦争を望むよりもよっぽど建設的だと思うよ」

「うう……。じゃあ、お願いできる?」

「はい、一名様ご案内っと。えーと。これ書いてもらうみたいだ。よろしく」


 マニュアルに別冊で付属していた紙束から一枚を切り取り、マオに手渡す。


「『私はこの城内で人を殺さないと誓います』? すごいね、これ」

「文言だけじゃないぞ。これは呪術書になっていて、サインしたら呪いが掛かるんだ」

「呪いって、どんな?」

「誓いを破ると死ぬ」


 ピタリと筆を止めたマオが、血の気の引いた顔でこちらを見やる。

 サインは既に終わっていた。


「ねえ、まさか『騙されたな愚かな人間め』とか、ならないよね?」

「ふっふっふ……ごめん、冗談だから泣かないでくれ。俺も書いたから」


 思わせぶりな態度を取ったら拳を握り締めて震えてしまったマオを(なだ)めるべく、俺も自分の名前が書かれた呪術書をマオの前に出す。

 まあ俺は書いた記憶なんてないんだけどね。

 面接でサインした労働契約書の紙質に似ているなーとは思うのだけど、尋ねるべき相手はここにはいない。


 俺が内心で涙目になっている一方で、マオはホッと胸を撫で下ろして「よろしくね」と満面の笑顔を浮かべた。

 この笑顔のためなら、俺が同僚にいじめられているのなんて可愛い物、か?


 広場の中心に立って、向かい合う。

 お互いに打ち解けてしまった後なだけに妙な空気ではあるけれど、軽い手合わせだと割り切ろう。


「さてっと……」

「うん」

「…………?」


 いつまで経ってもマオが動かない。こちらから仕掛けてもいいのだけど、一応向こうが挑戦者だしな。


「マオ、来ないのか?」

「あれ? さっきのセリフはいいの?」

「……二度目は省略!」


 どことなく悪戯っぽい微笑みで首を傾げるマオに、石飛礫(いしつぶて)を撃ち出した。

 当たったところで痣になるくらいの石ころを、マオは素早く抜き放った剣で全て打ち払って見せた。


「へえ……やるなぁ」


 抜かれた剣の刀身は短く、彼女の背丈の半分ほどしかない。しかし身は厚く、多少の無茶でも耐えられそうな実用性を感じさせる。

 壁に掛かっている儀礼用の剣とは違うな。


 勇者候補と言われるだけあって、マオは剣術の方も大したものなんだろう。対する俺はそもそも戦う準備をしていなかったので、武器など持ってもいない。

 それをマオが気にしているようなので、手足に岩を纏わせて装甲として構えて見せた。


 ようやく躊躇の消えたマオの剣戟を、俺は捌き続けた。




   ◇




「はぁ……はぁ……。魔族が、こんなに強いなんて……知らなかった……」

「俺って意外と強かったんだな」


 大事な剣を杖代わりにして、息も絶え絶えのマオにそう(うそぶ)くと、唇を尖らせて不服そうな表情を浮かべてしまった。


「嘘だ。戦い慣れてるじゃないか」

「そう言われてもな。ついこの間まで家事手伝いだったんだぜ?」


 お道化たように肩をすくめると、マオは眉をしかめて唸り声を上げる。

 本当なんだけどな。ただ、その家事の中に魔物退治が含まれていたくらいで。

 魔族の人口は他の種族と比べても少ないらしくて、戦闘専門の人なんてほとんどいないらしい。

 町や村を守る自警団なんて専門でやらせる余裕なんてないから、老人から子供まで、満遍なく戦わされるんだ。


 そんな話を、ぐてっと床に身を投げ出したマオに聞かせると、彼女はふーんとつれない返事をする。


「それで……負けた僕はどうなるの? 外に放り出されるの?」

「そんな状態で外に出したら危ないよなぁ。ちょっと待っててくれ」


 辺鄙な場所だ。城のすぐ近くとはいえ、どんな魔物が潜んでいるかわかったもんじゃない。

 俺はマニュアルを開いた。


「えーと、挑戦者に勝ったら、かな。『所持金の半分を徴収して最寄りの村へと運ぶ』だって」

「えぇ……。なにそれ」

「俺に言われても。決まり事みたいだし」


 俺だってそんな強盗みたいな真似したくないけど。呪術書は使ってしまったから、マオが来なかった事には出来ないだろう。

 半泣きになったマオが差し出す財布を受け取ると、ずっしりと重い。覗き見るだけで、金貨の輝きが眩しい。

 明らかに俺より持ってるな……。


「結構金持ちなんだな……」

「冒険者やってるとね。稼げちゃうんだ」


 思わずじっとりとした目で見つめてしまうと、力なく座ったままのマオが胸元からプレートを取り出す。

 銀……いや、白銀か?


「買ったのか? 似合ってないぞ」

「貰ったの! これでも認められた人にしか配られないんだから!」

「ふ~ん。人間は変わった事をやってるんだな」


 人間の国は物価が特別に高いという訳でもなさそうなので、遠慮なくマオの財布からジャラジャラと金貨を取り出す。「ああっ!?」という悲痛な悲鳴が聞こえるけれど、決まり事なので仕方がない。

 ……決して俺より稼いでるマオに嫉妬したから意地悪しているわけじゃない。


 ぽいっと財布を返すと、泣きべそをかいたマオが財布を覗き込んで肩を落とした。


「それで、一番近い人間の町はどこにあるんだ?」

「うぅ……うん? 森を東に行けば開拓の村があるはずだけど。歩いて一日くらい」

「意外と近いんだな。頑張って走るか……ホラ」


 屈んで背中を向けると、マオがきょとんと首を傾げる。


「何してるの?」

「村まで負ぶってやる」

「はぁ!? いやいや、いらない! 自分で歩ける!」

「おい、無茶すると――あぶねっ」


 よろよろと立ち上がろうとしたマオはあっさりとバランスを崩したので、慌てて支えてやる。


「言わんこっちゃない。お前がそんなにフラフラなのは俺の所為でもあるんだし、素直に従っとけ」

「うー……」


 顔を真っ赤にしたマオは頷きこそしなかったものの、再び向けた俺の背中に戸惑いながらも身を預けてくれた。




「…………うん、いるよな」

「なんだよぉ。言いたい事があるなら言えよぉ」

「いや。背中に何の面白みもないなって――あいてっ!?」


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