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5.勇者が現れた?


「はいはい、今開けますよっと」

「たのも~っ。たのも~っ!」


 正門へと近づく間にも、鋼鉄製の門は無作法に甲高い音を響かせていた。

 いくらこちらの手違いで締め出してしまっていたとはいえ、魔王様の居城に向けてこのような振る舞いは如何な物か?


「はーい。どちら様ですかっと」

「たの――わっ!?」


 正門の(かんぬき)を外して押し開くと、びくっと飛び跳ねる女の子の姿が目に入った。

 明るい栗色の髪を短く整えたあどけない顔だちの女の子は、門を叩いていた手を慎み深い胸元の前でぎゅっと握り込んで、固唾を飲んでこちらを窺っている。


「えーと、君は――っ!?」


 不躾な視線でジロジロと見てしまったのだけど、おかげで分かったことが一つ。つるりとした印象の種族としての特徴を持たない彼女は、それ自体が一つの特徴であり、それ即ち。


「人間!?」

「ま、魔族!? じゃあこの城は本当に魔王の!?」


 自分で訪ねて来ておきながら、何故だか俺と同じくらい驚いている人間の女の子。

 周囲に視線を巡らせても、他に人影はない。単身乗り込んで来たのか?


 俺の視線に逐一ビクつく人間の女の子を見やる。

 肉付きの物足りない細身の身体は年相応のものだろうか。

 いやまて。人間は短命種だ。この見た目で、その年齢はあの小さなリムよりも下かもしれない。

 いやいや、だからといって侮っていいというわけでもないだろう。


 どちらが先に動くのか、奇妙な硬直状態がしばらく続いて――


「とりあえず、入る?」


 マニュアル片手に呼びかけると、人間の女の子はおずおずと頷いた。




   ◇




「えーと、『ご来城の目的は?』」

「あの、ここに魔王がいると聞いて……」

「ふむふむ。挑戦者ってことでいい?」

「へ? あ、はい。そうです……多分?」

「ごめん、ちょっと待ってね。えーと、挑戦者挑戦者っと……」


 不安そうにキョロキョロと広間を見渡す人間の女の子が頷くのを確認して、パラパラとマニュアルを捲る。


「『ふははは、よくぞ来たな愚かな人間よ! 魔王様がお相手をするまでもない! ここは四天王の土を司る私が貴様らの力を図ってやろう!』」

「ふぇぇ!? ど、どうしたんですか!?」

「……ごめん、こう言えって書いてあるから」

「あ、そうなんですか。邪魔をしてすみません」

「いやいや、こちらこそ驚かせちゃって。ごめん」


 無駄に広い広間の真ん中で、ぺこぺこと頭を下げ合う。

 なんだか普通の子だな。本当に魔王様を害しに来た挑戦者なんだろうか?


「あの、本当に挑戦者?」

「……はい。一応は――」


 そして俺は、人間の女の子――マオの事情を聞かせてもらった。

 マオは田舎の農村の生まれで、偶然光系統魔法の才能に開花してしまったそうだ。

 光系統は攻撃と治療の魔法が多く、それを扱えるというだけで兵士みたいな荒事向きだと捉えられる。これは魔族も人間も一緒みたいだ。


 そして哀れな人間の娘マオは、魔法の才能にも秀でてしまった。これがそこそこの剣の才能程度であれば、村の自警団に入れられるくらいで済んだのだろうが、マオはそこそこの剣の才能に加えて、優れた魔法の才能を発揮してしまったのだ。

 当然、村人たちは期待してしまう。我が村から英雄が――勇者が生まれたぞと。


 英雄。これは歴史に名を遺すような功績を上げた者に付けられる呼び名だが、勇者はその中でもさらに一握りだけ。人類の存続に関わるような何かを成し遂げた者にだけ与えられる栄誉だ。

 戦争を勝利に導けば英雄、魔物の大群から人類を守れば勇者、といった所なのだが……。


「今は戦争なんて起きてないしさ。名を上げるにはもう、魔王を倒すしかないかなって……」

「そうか……。ちなみに、今魔族と人間は休戦協定を結んでいるはずなんだけど、知ってるか?」

「へ? なにそれ?」

「やっぱりか。いいか、そもそもだな――」


 首を傾げるマオに、俺は魔王様たちが激戦の末に、当時の勇者と休戦協定を結んだらしいという魔族の常識を教えてあげた。


「というわけでな。もしも魔王様を倒しちゃったりしたら、それこそ魔族対人間の全面戦争が起きかねないぞ」

「知らなかった……。村長たち、そんな事一言も教えてくれなかったよ……」

「あー……、うん。俺が生まれる前の話だそうだからな。短命の人間が忘れてしまうのもしょうがない、のか? もしかしたら人間の偉いさんたちは覚えてるのかもしれないけどな。田舎者にはわざわざ教えてなかったのかもな」


 すっかり肩を落としてしょぼくれてしまったマオの背中を撫でながら、思いつくままに見ず知らずの田舎の爺共を擁護してやる。


 もしも魔族と人間が争っているままであれば、こいつも勇者か英雄になる道もあったのだろうか。

 いや、そうなると、恐らく俺も兵士になっていただろうし、こいつと殺し合っていたのかもしれないのか……。


「……どうしたの?」

「っ!? いや、すまん。何でもない」


 思わず手を止めてマオの顔をマジマジと見つめてしまって、視線を察したマオに不思議そうに見つめ返されてしまった。

 種族が違うというだけで嫌悪感を示す奴もいる中で、こんな素直な奴は珍しい。戦争を終わらせてくれた魔王様と勇者に感謝するべきだよな。うん。


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