4.部屋を手に入れた……?
「そういえば、俺の部屋ってどこになるんでしょう?」
「へ?」
「居住区は決まっていますが……?」
「何処なんですか?」
きょとんと不思議そうに首を傾げるリムとメルフィアさんに、アリエルさんから貰った見取り図を広げて見てもらう。
「四天王の皆さんはこちらに。部屋も空いているはずで……あ」
「メル?」
「どうしました?」
見取り図をなぞっていたメルフィアさんの細い指がピタリと止まった。そのその示された場所は、四つの部屋が集まっている区画で……書かれている文字が真新しいインクで塗りつぶされていた。
「えーと、これは……?」
「四天王の方は女性ばかりですので、男性が来るということで慌ててしまったのかもしれません」
「そんな事を言われてもなあ……」
こちとら衣食住の食住が完備と聞いて来ている。
というか、この魔王城は人里離れた僻地にある。近隣の街や村からの通いでどうにかなるような環境ではないだろう。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
「リムが謝る事じゃないさ。ですよね?」
俺を誘った事に責任を感じてしまったのか、しょんぼりと肩を落としてしまったリムの頭をわしわしと撫でて、メルフィアさんに目配せをする。
「……そうですね、他の四天王の皆さんには私から伝えますので、やはり居住区の方へ……」
「いや、それは止めておきます」
「どうして?」
何事か思案したメルフィアさんが提案するのに断りを入れると、リムが不思議そうに目を丸くした。
「どうしてって……女の人ばかりの所に男が入ったら不安に思わせてしまうだろう?」
「そうなの?」
「まあ、たしかに急に男性が傍にいるというのは落ち着かないかもしれませんが……では、どうしましょう? その……。私のいる使用人区画に来られますか?」
「いえ、それも!」
部屋の近くにメルフィアさんみたいな綺麗な人がいると思ったら、俺が落ち着かない。
困り顔のメルフィアさんに申し訳なく思いながらも、二人で見取り図を前にうんうん唸っていると、リムが突然「そうだ!」と声を上げた。
「どうした?」
「お兄ちゃんが自分で作っちゃえばいいんだよ!」
「へ?」
「だから、お兄ちゃんは土魔法使いなんだから、自分で作っちゃえばいいんだよ?」
「そんな無茶苦茶な……ねぇ、メルフィアさん?」
「え? はい、そうですね――まあいいんじゃないでしょうか」
「はいっ!?」
リムの唐突な提案に苦笑してメルフィアさんになだめてもらおうかと思ったんだけど、なんとメルフィアさんはリムをちらりと見て、頷いてしまった。
「え? え? そんなのダメじゃあないんですか!?」
「いえ……外観を変えるのは問題がありますが、内部を拡張するのであれば……」
「こことかどうかな!」
「いえ、それよりはこちらに――」
困惑する俺を他所に、リムとメルフィアさんは楽しそうに見取り図を指差してはきゃっきゃとはしゃいだ声を上げている。
しばらくして、
「では、こちらの方にご自分で部屋を拡張して頂くということで」
「はぁ……。あの、俺あんまり建築魔法は得意じゃないんですが……」
どこにも師事出来なかったし、正直あまり他人様に見せられるような腕前じゃない。
気後れする俺に、「気にしなくていいよ」とリムは能天気に、「練習だと思って気楽にやってください」とメルフィアさんは穏やかに梯子を外しに掛かる。
俺は深くため息を吐いて、流されるままに受け入れる覚悟を決めた。
◇
「ここでいいのかな? ……はぁ。俺、何やってるんだ」
一人広間に戻って見取り図を片手に頭を悩ませる。見取り図には拙い文字で「ここ!」と部屋を拡張する図が描かれている。誰が描いたのかなど今更思い返すまでもない。
手伝ってくれるのかと思った二人は、一人はお勉強の時間で、もう一人は「仕事がありますので……」とそそくさと立ち去ってしまったのだ。
なんとも物寂しさを感じながら、俺は許可された階段脇に新たな出入り口を作り出していた。
「これで……ぜぇぜぇ。なんとか……はぁはぁ。誤魔化せる、かな?」
二人に宣言した通りに、あまり俺の建築魔法の腕前はよろしくない。
古びていながらも滑らかな石壁をくり抜いて、扉を作る。とにかく違和感が出ないように古めかしく見えるように、と意識するのだけど、やはりどうにも白っぽくてざらざらとした質感を隠せなかった。
リムたちは笑って見逃してくれそうだけど、アリエルさん――もうアリエルでいいか。同僚なんだし。アリエルや他の四天王は無様な姿を晒す事を良しとしないかもしれない。
「まあ練習するしかないか。時間は幾らでもあるんだ。……っ!? なんだ!?」
自分の魔法技術の不器用さにうんざりしていると、ガンガンガンとけたたましい音が広間中に響き渡った。
音の出所は……俺が昼食にありつくために、しっかりと戸締りした正門だ。
「あ……」
すっかり忘れていた。俺はこの城の門番でもあるようなのだ。
いきなりの失態に冷や汗を流しながら、俺はマニュアルを片手に正門へと足を急がせた。