幕間・2誰よりも多忙なあなた
章を変えるタイミングを間違えた!(というかうっかり繋げてしまった!)
反省としてそのままにします。まあ元々大したシナリオの連続性はありませんし……。
俺の家庭菜園の完成を密かに一番楽しみにしているのは、メルフィアさんだろう。
開墾に当たって妙に圧力を掛けてきたのは記憶に新しいが、毎日中庭に顔を出しては「収穫は何時頃になりますか?」とまだ芽も出ていないうちから訊ねてくる。
何故それほどに気に掛けるのか、その答えは思わず自らを省みたくなるものだった。
「おや、お出掛けですか?」
菜園の手入れを終え、手持無沙汰となった正午の事。
魔王城の外に見慣れたメイド姿のメルフィアさんを見かけて声を掛けると、「ええ、少し……」と穏やかな微笑みで答えてくれたメルフィアさんは、少し考え込んで「よろしければ、ご一緒しますか?」と俺を手招いた。
何事かと外へ出ていくと――
「これから買い出しに向かうんですが、ご一緒なさいますか?」
「買い出し? メルフィアさんがわざわざ?」
「ええ。このような僻地まで、商人さんにお越しいただくのも難しいですから」
「ああ……それは確かに」
この城に来るまでに丸一日は掛かったからな。その間に休める場所もないし、転移魔法でも使えれば楽だろうが、あの魔法は質量に依存して魔力を食うので、今度は荷物が限られてしまう。
魔王城の皆はそれぞれ何かしらの役割を担っているから、魔王城の管理者であるメルフィアさんが自ら出掛ける他にないのだろう。
「あれ? でもこれから出掛けるんですか?」
この魔王城に来て半年以上。メルフィアさんが丸一日姿を消していた日なんてなかったと思うのだが……。
首を傾げていると、おかしそうに微笑んだメルフィアさんが「私が向かうのはこちらですよ」と正門前から続く獣道へと指差した。
その道は、冒険者たちが切り開いた道で……。
「え?」
「じゃあ転移いたしましょうか」
「は?」
「はい、では眩しくなりますよ」
メルフィアさんが言い終わるのが早いか、足元から放たれた青白い光が俺たちの全身を包み込み……気が付くと、いつもの麓の村が見えた。
展開が早すぎて思考が追い付かない。今の一瞬で転移したのか?
……今のが転移魔法か。凄いもんだな。
見慣れた場所であるはずなのに、思わずキョロキョロと辺りを見回すと、小さく肩で息をしていたメルフィアさんが額の汗を拭う素振りをした。
「メルフィアさん? 大丈夫ですか?」
「ええ、これくらいでしたら……帰りは楽ですからね」
「そう、ですか……しかし、メルフィアさんはいつもあそこで買い物をしていたんですか?」
転移魔法の事はよくわからないので、メルフィアさんの微笑みにそれ以上は続けず、話を逸らすと、息を整えたメルフィアさんが一つ頷いた。
「そうですね。最近は冒険者さんたちのおかげで流通が良くて助かってます」
楽しそうに微笑む姿にほっとして「じゃあ行きますか」と足を踏み出そうとすると、「ちょっと待ってください」と呼び止められた。
「まだ幻覚も使ってないじゃないですか」
「へ?」
何のことですか、と訊ねる前に、淡い光がメルフィアさんを包み込み、次の瞬間にはメルフィアさんの美しい角が無くなっていた。
「な!?」
「何を驚いてらっしゃるんですか?」
「だってメルフィアさん! 角が! 無くなってますよ!?」
「幻覚なのでそう見えないと……きゃっ!?」
思わずメルフィアさんの黒髪に手を伸ばして掻き乱してしまうも、返って来る手応えはサラサラと流れる艶やかな髪の物だけだ。
「あの、くすぐったいのでやめていただけますか?」と弱々しい声で気が付けば、恥ずかしそうに視線を落としたメルフィアさんが頬を赤く染めていた。
「す、すいません! 驚いて、つい……」
「……二度は許しませんよ?」
「はい……」
頬は紅潮させたままに、ぎろりと鋭い視線を向けるメルフィアさんに、素直に頷く他になかった。
「それじゃあ、気を取り直して行きましょうか!」と空元気を絞り出すと、「えっ?」と今度はメルフィアさんが目を丸くした。
「あの、幻覚は使われないので……?」
「へ……?」
◇
「あら。メルちゃんじゃないの。毎度ありがとうねぇ~」
「いえ。この村のお野菜は素晴らしいですから」
ニコニコと愛想のいいおばちゃんが、愛想笑いを浮かべるメルフィアさんにカゴいっぱいの野菜を手渡している。
あのおばちゃん、俺がマオたちを運んでいるといつも悲鳴を上げて逃げていく人だよな。本当に買い物してるよ……。
俺の方へと戻って来たメルフィアさんが「どうかしましたか?」とキョトンと首を傾げるのに、「いいえ別に」と答えて荷物を受け取る。向こうでは、おばちゃんが俺にまで手を振っている。
「あの人、俺と目を合わせたことすらないのにな……」
「ふふっ。よく似合っていますよ」
俺のボヤキに、メルフィアさんがくっくと楽しそうに笑ってお返しとばかりに俺の黒くなった髪の毛をくしゃりと撫でる。
普段から角を丸出しで村に入って来ていたと伝えると、信じられないという顔をしたメルフィアさんが、俺の角を隠すついでに髪の色まで変えてしまったのだ。
いつも俺に呆れた目を向けていた門番の村人も、メルフィアさんが挨拶するとデレデレと鼻の下を伸ばして完全スルーだった。
お前いつも俺の事白い眼で見ていたじゃないか!
後ろで憤る俺はメルフィアさんの弟として紹介され、門番に愛想よく迎え入れられてしまったのだ。
「まったく! みんな、メルフィアさんだと態度が変わりすぎだろ!」
「ふふっ。それだけあなたの行動が衝撃的だったということですよ」
ぶつぶつと文句の溢れてくる俺に、手のかかる弟の相手でもするように柔らかい苦笑を向けたメルフィアさんは、突然「そうだ」と立ち止まった。
「どうでしょう、少し一人で村を散歩してみては?」
「え? いや、荷物持ちは?」
「帰り道だけ手伝っていただければ十分ですよ。では」
どこぞの悪戯娘のような微笑みを浮かべたメルフィアさんは、そう言い残すと俺の反論を許さずにそそくさと次の店へと向かってしまった。
一人取り残された俺は、手持無沙汰にふらふらと村の中を当てもなく彷徨う他になかった。
いつもは夕暮ればかりということもあって、日中の日差しの温かい村の中には、井戸端会議に興じるご婦人方や走り回る小さな子供たちなど、まるで別の場所に来たかのようだ。
見慣れない俺にジロジロと視線は送られてくるのだが、一時期冒険者が増えたせいか誰に呼び止められる事もなく足は進む。
「む。ここは……」
気が付けば、いつもの教会前まで来てしまっていた。
別に用はないのだから、と踵を返した時、間が悪く教会の扉が開けられた。
「こんにちは。お祈りですか?」
「い、いや……」
顔を覗かせたのは、いつもの暴力シスター、アンリだ。彼女は立ち去ろうとする俺の正体に気付いていないのか、「何かお悩みですか? よろしければ中でお伺いしますよ?」と普段は絶対に見せない微笑みと共に優しく声を掛けてくる。
驚くよりも何よりも、後でバレたらまた五月蠅く騒ぐに違いない。
俺は冷や汗を流しながら「買い物の途中なので!」とアンリの前から逃げ出した。
「ふぅ……心臓に悪い」
「何が?」
「何がって……うぇ!?」
しばらく走ってひとけのない場所へと逃げ込んで一息つくと、いつの間にか背後に見慣れた冒険者の娘、マオが立っていた。
「あの、何か……?」
「んー? 見慣れない人が挙動不審だって皆が噂をしてるから、様子を見に?」
背筋に滝の様な冷や汗を流す俺の質問に、マオは小首を傾げながら語尾を上げて答える。
なんで疑問形なんだよ。
いつもの調子でツッコミそうになりながら、ぐっと堪えてマオの出方を見守る。
一方のマオはといえば、「お兄さん、なんか見た事あるような……」と俺の顔を見て首を捻っている。
まずい! バレる!
「あ、姉がこの村によく来ているようだぞ。ホラ、同じ黒髪の……」
俺は咄嗟に手札を切った。黒に見えているはずの髪を指差して、マオの出方を窺う。
マオは「黒髪……」としばらく頭を悩ませて、「ああ、メルさんの? へぇ~。弟さんがいたんだ」と大きく頷いた。
ふぅ。よかった。騙されてくれた。
しかし、メルさん呼びか……。どれだけ村に馴染んでるんだ、あの人。
二人は魔王城内で顔を合わした事はないはずだが、不穏極まりないな。
微妙な人間関係に頭を悩ませていると、またしてもマオが「でもお姉さんには似てないよねぇ? でもやっぱりどこかで見たような……?」と首を捻り始めたので、「あの、そちらは?」と話題を変えた。
「僕? 僕は冒険者のマオだよ。ほら、じゃじゃん。プラチナプレート!」
どうだ! と言わんばかりに小鼻をぷくぷくと膨らませたマオが、胸を張って首から下げた白銀の冒険者プレートを見せつけてくる。
それが凄いらしい事は彼女本人から教わっているので、「へへぇ~」とわざとらしく頭を下げてみる。
すると、「わわっ! そ、そこまでじゃないから! 頭を上げてください!」とワタワタと慌てるマオが面白い。
このまま彼女をからかいたい所ではあるが、あまりやりすぎるとバレてしまうか。
「えーと、マオさんはこの村の人なんですか?」
「ううん。魔族の人が現れたって聞いて、遠くの村から来たんだ」
「ああ、噂の……」
ああ、この話の流れは良くない。
ドクンドクンと心臓が妙に大きくなるのを感じながら、俺は話の流れを断ち切れずにいた。
「――もう戦われたので?」
「うん。すっごく強かった。まだ勝てないんだ」
あっけらかんと敗北を語ったマオは、「あ。でもね!」と慌てたように付け加えた。
「彼はとっても強いけど、みんなに危害を加えたりする人じゃないから! 大丈夫だからね!?」
頬に朱が差したマオがこちらの顔色を窺うようにじっと見つめるのに、俺の心臓はバクバクと跳ねあがり、彼女の顔を直視することができなかった。
なんだ、これ。どうしよう。
そんな挙動不審な俺を不審に思ったマオが「大丈夫ですか?」と顔を覗き込んでこようとして――
「ああ、ここにいましたか」
「っ!?」
満杯の買い物カゴをぶら下げたメルフィアさんがやって来て、俺は掠れた声で「姉さん……」と呟いた。
マオは慌てたように俺から距離を取ると、
「あ、メルさん! すいません、お話していたら弟さん、気分が悪くなっちゃったみたいで」
などと口にした。誤解だ、という俺の声は喉につっかえてしまったが、俺に苦笑を向けたメルフィアさんは、「いいえ。可愛らしいお嬢さんと話して緊張しているだけですよ」などと言い出して場を取り成した。
「そんな~」と照れ笑いを浮かべるマオたちに、俺は辛うじて掠れた声で「違う」と呟くのが精いっぱいだった。
……メルフィアさんはいつから聞いていたんだろうか。
恐ろしくて訊ねる気にはならなかった。
◇
「お散歩は楽しめましたか? お・と・う・と・君?」
「……おかげさまで」
悪戯っぽい微笑みを浮かべるメルフィアさんに、俺は細めた目で睨み返す事しかできない。
本当に、この主従は……。
村から離れたところで、俺たちは両手いっぱいの荷物をメルフィアさんの収納魔法の中へと仕舞った。おかげで手ぶらだ。
これなら俺はいらないのでは? と思っていると、察したメルフィアさんが「帰りは歩きですからね。護衛、お願いしますね」と微笑む。
収納魔法は物を収納するだけで魔力を食うので、さしものメルフィアさんも転移魔法を扱えなくなるのだそうだ。
納得した帰り道、俺は終始マオに対してメルフィアさんの弟のフリをしていた事から色々といじられ続けた。
欲しかったのは護衛じゃなくて、帰り道の暇つぶしだったんじゃないか……?
やっとの事で帰り着いた魔王城で、広間の床に座った俺は、ようやくそこに思い至ったのだった。
この話は当初の予定から明後日の方向へぶっ飛んで行ったんですが、これはこれで楽しんで書けました。




