29.情念渦巻く歓迎会
所変わって魔王城の食堂。普段は疎らに集まる広いテーブルに、今日は四天王四人と魔王様が揃い踏みとなっていた。
「なっはっは! メルは飯も上手いんだな!」
「恐れ入ります」
勿論、この大魔王様を持て成すために。
と言っても、ちゃんと持て成しているのはオサンドンさんのメルフィアさんくらいで、あとは銘銘普段通りに好き勝手をしている。
件の大魔王様が隣に座ってらっしゃるので、俺は別だが。
「メルフィアさんの手料理なんて、以前から食べていたんじゃないんで……ないのか?」
「我の城には専門のコックがいるのでな。部下といえど専門外の事はさせられんのよ」
「わたしは、おかしをよくもらってたよ~」
上役の苦労を大袈裟に語るスタークの横で、リムがにぱーっと笑っている。
そういえば、気苦労がある奴がもう一人いたな。
涙ぐましくも未だに少女っぽく振る舞っておられる。
実は少し前、食堂に向かう折にリムに「もうバレてるみたいだから子供のフリはやめたら?」と聞いてみたのだが、リムは半べそで「ふっ。か、確認するまでは分からないから……」と震える声で強がっていた。
同じセリフをメルフィアさんの時にも言っていたはずなんだが、意味が丸っと違って聞こえるな。流石に実の父親に猫被りがバレるのは、心中穏やかではいられないようだ。
どう転ぼうと俺に害は無さそうなので、リムの引くに引けない乙女心というか悪戯心を応援してやることにした。
決して、リムの惨状を楽しんではいない。
その後も、「リムは勉学も頑張っているそうだな!」などとスタークが水を向ければ、「う、うん! がんばってるよ!」と破れかけた猫の皮を必死にかぶっている。
そんな親子以外に視線を移すと……。
「ああ、リム様がこんな近くに……。頬に付いたソースを拭って差し上げたり……きゃあきゃあっ! どうしましょう!?」
リムの隣にはぬふーぬふーと鼻息を荒くする変態が座っていた。
いや、まあ……普段はリムだけは食事を別にされているから、リム大好きなアリエルが興奮するのも分からんでもないが……。流石にちょっとな。
形容しがたい蕩けた表情を浮かべるアリエルから視線を逸らすと、今度は一転して平時と変わらない無表情のティアがいる。
こちらはいつも通り、黙々と食事を続けている。……いや、どことなくだが、普段よりも楽しそうか? 表情は変わらないから分かりにくいが……。
あいつも何気にアリエルに負けないリム愛に溢れてるからな。
最後の一人のカリンはどうしてるのかと視線を巡らせると、こちらも至って平静で……うん?
カリンの様子がおかしい。頬が妙に紅潮していて、チラリチラリと熱っぽい視線を送る先には――いや、うん。俺は何も見ていない。
見てはいけない物を目撃してしまったと一人震えていると、メルフィアさんが温かいお茶のカップを置いてくれた。
「失礼します。……どうかなさいましたか?」
「メルフィアさん……。いえ、ちょっと人間関係に悩んでしまって」
俺以外の、だが。
「まあ、そうなんですか? 私で良ければいつでも相談してくださいね?」
唯一人俺を憂いてくれたメルフィアさんが耳元で囁いてくれると、俺の荒んだ心も温かくなるというものだ。
仕事になると厳しい人だが、やっぱりいい人だ。
そんなメルフィアさんは、大魔王様を前にしても普段通りだ。
食堂に集っている人数が多いだけに忙しそうではあるが、四天王の面々やリムのようにスタークに何か思うところがあるという事はないようだ。
元腹心だというのに、こんなに淡泊なものなんだろうか?
皆のスタークへの予想外な反応に、俺も疑心暗鬼になっているんだろうか。いつも通りなメルフィアさんが、逆に何か抱えているのではないかと思えてならなかった。
◇
「いやあ、美味かったなあ」
「……そうだな」
陽気に高笑いするスタークのことばを、俺は不承不承肯定した。
息苦しい食事が終わった途端、「彼と話があるから」とスタークに連れ込まれたのは、広間から大階段を上った先の大扉の向こう。普通の城ならば謁見の間だ。
この魔王城のものも内装は煌びやかで、奥に鎮座する玉座はまさしく魔王様が座るのに相応しい威容を放っている。
リムが使っているのを見た事はないが。
魔王城にとって重要な部屋に、気分的には外様であるスタークに連れて来られた事に内心で不信感を募らせていると、スタークはおもむろに玉座へと近寄って手を伸ばしていた。
「っ!?」
思わず呼び止めそうになって、ぐっと飲み込んだ。
主のいない玉座の背を撫でるスタークの目は優しく、正しく父親の顔をしている。
「あの子が元気そうでよかった。お前には感謝している。あの子はとても楽しそうだ」
「そんなに大事なら手元に置いたらどうなんだ?」
俺の率直な感想に、苦笑を浮かべたスタークが首を振った。
「我には敵が多くてな。あの子には伸び伸びとしていて欲しかったんだ」
「にしたって……。ここで魔王なんて名乗らせてるのなら、似たようなもんじゃないか?」
「メルがいるから大丈夫だ。それに、ここは他種族の生息域からも程よく離れていて不便だからな。適度な強さの冒険者を集めてくるのに丁度いい」
「あの娘たちは中々見所があったな」とスタークがほくそ笑む。マオとラフローネの事だろうか。
マオはともかく、後になって魔族の噂を確認しに来たラフローネなどは、この男の差し金じゃないかと邪推したくなる。
もしかして、これから徐々にラフローネのようなベテラン冒険者たちが集まって来るんだろうか。
体調不良だったとはいえ、マオとラフローネの二人に打ち負かされた時の腹の痛みを思い出して、一人ぞくりと寒気に震えるのだった。




