28.似ている笑顔
端正な凛々しい顔付きに赤い瞳が鋭いその男は、銀髪を陽光で輝かせていた。銀色の隙間から伸びる闇色の二本角は、魔族の証だ。
いつの間にか我が物顔でリヤカーに腰を下ろしていたその男は、俺の視線に気付いてにかやかに片手を上げた。
「一体、何時の間に!?」
「なっはっは。村で荷が空になったからね。帰りは乗せてもらおうと思っていたのさ」
男は悪びれもせず、人好きのする笑みを浮かべた。
「……一体いつから見ていたんだ?」
「うむ? お嬢さん方をお前さんが滅多打ちにしている時からだな」
「いや、アレは仕事で……」
「ああ。見事な手加減だったな」
「マニュアルを書いた甲斐があった」と男はカラカラと高らかに笑う。
…………うん?
マニュアルということは、もしかして。
「あの、つかぬ事をお訊ねしますが……お名前は?」
「ああ。スタークという。よろしくな」
「ス、スターク様!? ご無礼申し訳ございません!」
「あー、いや。気にするなよ。ホントに」
膝を地に着き、額で地面を掘るほどに深く頭を下げると、頭上からは俺を宥めるように柔らかく声をかけられた。
「お前さんの砕けた感じ、懐かしくて嫌いじゃないぜ?」
「お戯れを……」
「そんな事言わずにさ」
「ご勘弁ください」
俺の肩を掴んで起き上がらせようとするスターク様に抗って、俺は地面に向かって謝罪を繰り返す。
あの娘にしてこの父あり。絶対にこれを飲んではいけないのだ。そう俺の第六感が警告を発していた。
徐々に俺の肩を掴む手にも力が入るが、俺がテコでも動かないでいると、頭上から「仕方ない。お前に無礼を働かれたとリムに言うか」などという恐ろしい呟きが聞こえてきた。
「それはっ!?」
生活が、と慌てて顔を上げると、何処かで見たようなニヤニヤ笑いを浮かべた魔王様の父親がこちらを見下ろしていたのを見て、俺は全てを諦めた。
◇
「っ! ……なんだ、貴方か。おかえりなさい」
「なんだとはご挨拶な奴だな」
魔王城へと帰館すると、広間でリムに出迎えられた。思い返すまでもなく、彼女が俺を出迎えたのは今日が初めてだ。
理由もまた、考えるまでもない。
「そんなに陛下……スターク様が来られるのが楽しみなのか?」
「バ、バカ言わないでよ! そんな訳ないじゃない! お父様なんてどうでもいいわ!」
「ほ~う……」
照れ隠しかつんっと取り澄ますリムだが、可哀想な事に今日は日が悪い。
「だそうですが」
「誰に向かって――っひぐ!?」
俺が背後へと振り返ると、訝しんだリムが釣られて視線を向け、引きつった悲鳴を上げた。
まあ、リムの気持ちは分からないでもない。
俺の陰には、にこやかに微笑む大好きな父親がいたのだから。
「ふっふっふ。我が娘よ、楽しそうで何よりだ」
「い、今のは違うよ! こんな奴と仲良くなんてないよ!」
かんらかんらと高笑いするスターク様に、慌てふためいたとリムが否定の言葉を口にするが、このお人には逆効果だろうなぁ……。
あ、今ほくそ笑んだぞ。
「要らないというなら、我が貰っていってしまおうかなー?」
「っ!? お父様の所には、優秀な人がいっぱいいるでしょ?」
「いや。メルフィアをお前にあげてしまったからな。こっちだって人手不足だ。どうだ? リムより給料を出せるぞ? なんたって魔王だからな」
なっはっはと高笑いをするスターク。以前ならとても魅力的なお誘いだったんだろうが……
「給料ばかり高くてもな。ここじゃ、衣食住付きでほとんどを貯金に回さしてもらってるしな」
「そうだよ! わたしちゃんと払ってるもん!」
今更ながらに少女らしい見た目に合わせた喋り方をするリムが、コクコクと頷いた。
もうリムの本性はスタークにはバレている気もするが……。
取り乱すリムの姿に心底楽しそうな笑みを浮かべたスタークは、
「だが、この仕事でぇあいつ怪我をして働けなくなるか分かったものではないだろう? 少しでも高給取りになっていた方がいいんじゃないか?」
「ううむ。そう言われると……」
「えっ!? ちょっと!?」
甘い言葉に思わず聞き入ってしまうと、泣きそうな顔のリムが俺の袖を引っ張っていた。
いや、うん。まあ、そうだよな。
俺はスタークへと向かって首を振った。
「悪いな。雇ってもらった恩がある」
「それではしょうがないな」
残念そうでもない苦笑いを浮かべたスタークが肩を竦めると、「メルの顔でも見てくるよ」と勝手知ったる娘の城と迷いなく通用口へと消えていく。
後に残された俺たちは、何とも居心地の悪い空気にお互いを牽制するように視線を絡み合わせると、リムが赤らんだ顔をニヤリとほくそ笑ました。
「お父様より私の所の方がいいのね?」
「まあな」
「あら……素直ね」
「俺の可愛い菜園(予定)を、置いて行くわけにはいかないからな」
ニヤリと笑い返すと、拍子抜けしたの子供の様にキョトンとしたリムが、顔を真っ赤にして拳を振り上げた。
「ちょっと! 何よそれ!」
「はっはっは。それ以外の理由などないわバカめが!」
人間の娘とは違って、一発一発に魔力の込められた拳でボコボコにされながら、俺はやせ我慢の高笑いで己の矜持を貫く。
しばらくして、通用口からニヤニヤと覗き見ているスタークにリムが気付くまで、魔王様からの折檻は続いた。




