27.大魔王様襲来
今日は、何だか朝から騒がしかった。
普段は裏方に徹しているメルフィアさんが俺の部屋――つまりは広間へと何度も足を運んでは、念入りに床を磨いていたのだ。
他にも、いつも裸同然の恰好をしていたカリンが普通の町娘のような恰好をしていたり、ティアがしきりにお面を磨いていたり、アリエルが花に水をやったりと皆なんだか忙しない。
いや、最後のいつも通りか。
「なあ、アリエル。皆の様子が変なんだけど、何かあったのか?」
「そうですね……。今朝方、スターク様がお見えになると連絡があったそうです。それでしょうか?」
「スターク様……聞き覚えがあるような? 誰だっけ?」
「リム様のお父様です」
「ああ、リムの……って事は魔王様!?」
そりゃあ聞いたことがあるわけだ! 子供の頃から聞かされてきた名前じゃないか。
「この城の中では、スターク様は西の魔王様です」
「リムはそういうけどさあ……」
「西の魔王様です」
「……はい」
俺の驚き様に対して、アリエルは淡々としたものだ。
ここにもリムが俺たちの魔王である事を譲らない人がいたか。
魔王城内としては少数派だと思うんだがなぁ……。
「アリエルは魔王様……スターク様が嫌いなのか?」
「いえ、そのようなことはありませんが。魔族に平和を導いた素晴らしい人だと存じていますよ」
「じゃあ、なんでそこまでリム推しなんだ? スターク様が魔王様でいいじゃないか?」
「…………アレは、私がスターク様の居城に侍女として雇われた頃の事です。不器用だった私は、裏庭の手入れに一日のほとんどの時間が割かれていました」
それは庭師の仕事ではないかと思うのだが、生真面目なアリエルの事だ。先輩侍女に疎まれていたのかもしれない。
「行儀見習いとして学んできた事が何一つ役に立たない土いじりに嫌気が差していた頃、裏庭に天使が舞い降りたのです」
……天使ねぇ。
「そこでリムと出会ったと」
「私が手ずから育てたカラムの花を見て、『なにこれ~、きれい!』と!」
「あー、そうですか」
「そして私は、『この方の為に花を育てよう』と決めたのです!」
熱の入るアリエルの思い出話を、俺は話半分に適当に聞き流していた。
思い出というのは美しいものだからな。野暮は言うまい。
幼いリムが純真だったなら、あいつは今も見た目だけは良いのだし、可愛らしく見えたのは仕方のない事なのだろう。
しかし、アリエルの幼リムの真似は中々に滑稽だな。今度、本人の前でやってみてほしい。
あいつの身悶える様が是非見たい。
アリエルは散々リムへの愛を語って満足したのか、日課の花の健康管理を始めてしまったので、部屋を後にした。
戻って来た広間には、何故かリムがいた。
いや、別にあいつが広間に来るのはいいんだが、通用口から広間の中をこそこそと覗き込んでいるのだ。
らしくない……いや、あいつの悪癖を思えばらしい行動だろうか?
「おい、何してるんだ?」
「っ!? なんだ、貴方か……。別に、ちょっと玄関の様子を見てただけよ。貴方こそ、持ち場を離れすぎなんじゃない?」
「魔道具があるんだからいいだろ?」
正門と繋がっている呼び出し用の魔道具をヒラヒラと見せつけると、「そうだけど……」とリムが子供のように頬を膨らませて不満を露わにしていた。
腹黒娘にしては珍しい素直な反応だ。
普段がこうなら可愛げもあるんだがな、などと思っていると。
突然、手の中の魔道具がブルブルと震え始めた。
「うわっと!?」
「来客じゃない!?」
「分かってる! 分かってるから押すなって!」
気の急くリムに通用口から押し出されて正門を開けると、そこにはマオとラフローネの冒険者コンビが意気揚々と立ちはだかっていた。
「やあ! 挑みに「なんだ、マオか……」来た、よ?」
「なんですの? あの子は?」
「ああ……ただの見学者だから、気にしないでくれ」
元気良く挨拶を交わそうとしたマオの出鼻をくじいたのは、通用口からこちらを覗き見ていたリムだ。
そのジットリとした謂れのない恨めしい視線に、初対面のラフローネが眉根をひそめた。
邪魔だからとシッシと追い払っても、リムはそこを動く様子を見せない。
「はあ……。すまん。アレは気にしないで始めさせてくれ」
まさか幼い魔王様が直々に視察してる、などと事情を知らずにいる二人に話すわけにもいかず、俺は溜息混じりに二人を広間へと招き入れるのだった。
◇
体調が万全であれば、いかなベテラン冒険者と言えど後れを取る事は無い。
しかも、今日は視界の端にチラチラと不審な幼女が映るというおまけつきだ。
集中力に掛けたマオとラフローネは、判断ミスであっけなく戦闘不能となってしまった。
「じゃあ、俺は二人を村まで送って来るから」
「なっ!? お父様を出迎えるのに門番がいないじゃない!」
「お前が暇なんだから、出迎えて差し上げろよ」
ぽいと呼び出しの魔道具を投げ渡して、俺はマオとラフローネをリヤカーに乗せて魔王城を後にした。
スターク様も子煩悩であるようだし、娘に出迎えられるのも喜ばれるだろう。
そんな事を思っていた帰り道。無事に教会のやかましいシスターにマオとラフローネを預けた俺は、重い足取りで魔王城への帰路についていた。
「はあ……」
「何を悩んでいるんだ?」
「これから魔王様……スターク様が来られるかと思うと、気が重くてな」
「どうしてだ? 立派に働いているじゃないか?」
「そのつもりだが、女ばかりの中に男一人というのは傍目に見てな……うん?」
俺は誰と話しているんだ?
マオとラフローネを置き去り、空のはずのリヤカーが妙に重い。足取りが重いのも気分のせいばかりというわけでもなかったようだ。
立ち止まって振り向くと、見知らぬ男がリヤカーにどっかりと座り込んでいた。
しばらく投稿日が不安定になりそうです。




