26.趣味の範囲でお願いします。
手の平を地面に当て、魔力を土に浸透させていく。
程よく行き渡った所で魔力を活性化させる。複合魔法≪耕地化≫!
踏み鳴らされた中庭の地面がボコボコと盛り上がり、固まった土も小石も雑草まで粉々に砕かれてふんわりと均されていく。
あっという間に一面農地の完成だ。
「すごい……」
掻き混ぜられてほんのりと熱を持った土を摘み上げて、アリエルが感嘆の声を漏らした。
花壇の世話という土いじりを趣味にしている彼女にはこの魔法の便利さがよく分かることだろう。
「まあ、ちょっとした特技だな」
「どうして農家にならなかったんですか?」
「う……」
生成の魔法の才能はとんと無いくせに、こういった操作系の魔法はそれなりに使えてしまうのだ。
俺が得意になって鼻を掻くと、アリエルが不思議そうに訊ねて来た。
痛い所を平気で突いてきやがるぜ……。
「たしかに実家は農家だな」
「それでは尚更、お継ぎになればよろしいのでは?」
「上に兄が二人いるんだ。俺がお手伝いで農地を耕しても、全部兄の物になっちまう」
「お兄さんが……。独立は考えなかったのですか?」
「新興農家だと生活の保障がな。そこまでの熱意を持てなかった」
何とも情けなくて、ばつの悪い話だ。
俺が顔を背けながら白状すると、案の定アリエルがクスクスと笑っていた。
「それでも家庭菜園はやるんですね?」
「嫌いじゃあないからな。これくらいで丁度いいさ」
与えられたスペースは、家庭菜園というには少しばかり広いが。
「……追い出してくれたお兄さんたちに感謝ですかね」
「うん? それはどういう意味だ?」
楽しそうに微笑んだままに聞き捨てならない事を呟いたアリエルへと詰め寄ると、ワタワタと慌てたアリエルは「ああ、えと、その……野菜です!」と顔を紅潮させて絞り出した。
「野菜? そりゃ作るけど、それが?」
「いえ、このお城は人里から離れていますから。食材の買い出しが大変なのだとメルフィア様が頭を悩ませていたんです」
「…………まさか俺に、この城の全員分の野菜を賄えと?」
「いえ。流石にそこまでは。――ただ、メルフィア様は『楽しみにしている』と……」
言ってるも同然じゃないか!
「あ、それとこちら。メルフィア様が集めてきた各野菜の種です」
しかも本当に楽しみにしてる!
アリエルが悪気無く差し出す小袋を受け取って、俺は一人プレッシャーに打ち震えるのだった。
◇
「師匠、進捗はどう?」
「お。ティアか。種蒔きまでは終わったよ」
作業を進めていると、仮面を手に持ったティアが中庭へとやって来た。
魔王城のライフラインの一角を担っているだけあって、彼女は普段はあまり出歩かないのだが、中庭という自室に近い立地と水を大量に必要とするという事で、様子を見に来たのだろう。
早速ティアに水の手配を頼むと、「今日は特別」とティアが耕したての農地に手をかざした。
サーッと春先の雨のように細やかな水滴が、霧の様に吹き出して地面を潤していく。
ティアが拳をきゅっと握るようにして春雨のシャワーを止めると、地面はしっとりと程よく濡れていた。
土に触れてその湿り具合を確認した俺は、思わず拍手をしてしまった。
「凄い魔法技術だな」
「これを作った師匠の土いじりの魔法も十分凄い」
「お、おう。そうか」
俺の真似なのか同じように土を摘み上げたティアが真っ直ぐにこちらを見つめて来る。
その淀みのない眼差しに見つめられると、どうにも座りが悪くなる。
気恥ずかしさに視線を逸らすと、ジトッとした目でこちらをねめつけているアリエルがいた。
「私が褒めた時はそこまで照れていなかったように思いますが?」
「いや、褒め言葉の中に棘がね?」
「どうせ、私は可愛げがありませんっ」
へそを曲げたアリエルは、ぷいと顔を背けてスタスタと中庭を後にしてしまった。
「そんなつもりはなかったんだがな……」
「師匠、アリエルにも優しくしてあげて」
「いや、決して苛めているわけじゃあ――」
俺の言い分を最後まで聞くこともなく、「水やりはワタシがする」と言い置いて、ティアもアリエルに続いて城内へと戻ってしまった。
どうすれば正解だったんだ?
中庭に一人、頭を抱えていると、何処からか温かい――というよりも熱い空気が流れてきた。
出所を探すと、城壁に開けられた窪みから熱風が噴き出して来ている。
四天王の火であるカリンが熱を送ってくれているのだろう。
俺のためにわざわざ、と思わず感動しそうになったが、よくよく考えるとここは物干し場でもあるようなのだ。この送風口も熱風を送る行為も、その為のものだろう。
「菜園、出来たって?」
送風口でカリンによる空調の温度を調べていると、幼い弾むような声が投げかけられた。
特徴的な相手を聞き違えるわけもない。
「ああ、と言っても今はまだ、ただの種入りの土――お前、その恰好はなんだ?」
説明がてら振り向くと、麦わら帽子に袖なしのワンピースという避暑に来たお嬢様のような恰好をしたリムが立っていた。
いや、一日中下着みたいな姿の奴もいるんだから、どんな格好をしていようと自由だとは思うが――
「秋だぞ?」
「そうね。でも、ここはカリンのおかげで暑いでしょう? 油断すると汗をかいてしまうのよね」
そういう事はもっと早く教えてほしかった。
楽しそうに出来たばかりの畑を覗き込むリムへと、じっとりと顎を伝う汗を拭いながら、俺は恨めしい視線を送るのだった。




