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3.素敵なメイドさんのいる職場です


 早速戸締りを終えて通用口の鍵を開けると、そこには一転して光が反射する程に磨き上げられた清潔な廊下が伸びていた。


「は?」


 思わず振り返ると、背後には趣ある古城の広間の光景が当然のこと、残っている。

 よく観察してみれば、壁際に無骨な甲冑が並びおどろおどろしさを感じさせる広間には、塵一つ落ちていなかった気がする。掃除は行き届いているのか。その割に壁や床のくすみとかがそのままで、いっそう古めかしさを感じさせられる。

 一方でこちらの通用路。ピカピカに磨き上げられている。この城を管理している人は、本当はこうしたいんだろうなと感じさせる。

 そんな顔も知らぬ誰かの仕事ぶりに感心して歩いていると、布の塊と出くわした。


「うぉ!?」

「んー? あ、お兄さん? 来てくれたの!? わわっ!?」

「危ねぇ!」


 山と積まれたシーツの隙間からクリッとした青色の目を覗かせて、少女の声がふがふがと聞こえてきた。

 途端に、よたよたとシーツの塊が左右にぶれ始めたのを見て、慌てて手を差し伸べる。

 半分ほど持ってやると、シーツの下から銀色の髪がさらりと姿を現した。

 あのチラシ配りの少女だ。


「全く。無茶するなよ」

「ごめんなさい。新しい人が来てくれるって聞いて、お手伝いがしたくて……お兄さんが来てくれたんだね?」

「あ、ああ……。まあ、よろしく」

「うふふ。わたしはリム。よろしくね」


 柔らかく細められた純真な瞳に見つめ返されて、叱責の言葉もついつい勢いをなくしてしまう。軽く息を吐いて少女の頭をぽんぽんと撫でると、遠くから「リム様~!?」と少女を呼ぶ声が聞こえてきた。


「リム様!? もう、また勝手に……。あら。あなたは?」


 駆け寄って来たのは古風なエプロンドレスのメイド服を纏った女性で、リム同様にシーツを抱えた俺を見て形の良い柳眉をひそめた。

 魔族領では珍しい艶やかな黒髪に揃いの黒い瞳に射竦められると、思わず背筋も伸びてしまう。


「あ。ええと、俺は新人の……」

「ああ……。土の方ですか」

「……はい、そうです」


 警戒は解けたようだけど、代わりに哀れみの視線を向けられて気落ちしてしまう。四天王になるってそんなになのか?

 メイドさんは俺からシーツを取り上げると、そのまま器用に頭を下げた。


「私はメルフィアと申します。この城の侍従長を仰せつかっています」

「これはご丁寧にどうも。……その子のはいいんですか?」


 メルフィアの隣でニコニコと愛想笑いを浮かべているリムに水を向けると、露骨に目を見開いた彼女はピンと背筋を伸ばして顔を明後日の方向へと背けた。

 そんなリムを横目にメルフィアはため息を吐くと、


「この子は言っても聞きませんから……」

「えへへ……。メル、ごめんね?」

「ふぅ。謝るくらいなら、お部屋に戻って勉強してくださいね?」

「♪~」


 メルフィアさんの呆れ顔に、レムは年相応の子供らしい無垢な笑顔で小首を傾げて見せたのだけど、ビシリと言い返されて慌ててまたそっぽを向いてしまった。

 見比べてみれば、メイド服のメルフィアさんに対してリムはお嬢様然としたワンピース姿だ。扱いもメルフィアさんの身内という感じでもないし、四天王の誰かの妹か娘さんだろうか。


 ランドリールームへと向かう二人に付いていくと、「そういえば、お仕事はよろしいんですか?」と振り返ったメルフィアさんの問い掛ける視線に、「実は……」と思い出したように空きっ腹を抑えて見せた。

 その様子にメルフィアさんはくすりと相好を崩し、


「昼食ですか。……少し早いですが、新任祝いとして用意しましょう」

「え? 本当ですか!? ありがとうございます!」


 穏やかに苦笑いを浮かべるメルフィアさんにペコペコと頭を下げていると、リムがおずおずと声を上げた。


「あの……わたしも一緒していいかな?」

「え? いや、いいんじゃ、ないかな?」


 何故か俺へと向けられる視線に首を傾げながらメルフィアさんへと視線を向けると、一つ大きく息を吐いたメルフィアさんが、「今日は特別ですよ?」と柔らかな微笑みでリムを(たしな)めると、「えへへ」とはにかんで誤魔化した。

 そんな二人に思わず見惚れてしまう。


 アリエルさんもそうだったけど、この城は美人さんばっかりだな。流石魔王様の城だ。俺なんかが居ていいのか?

 自分の場違いさに不安を覚えていると、「どうかしましたか?」と先を行くメルフィアさんが可愛らしく首を傾げていた。リムも同様にクリクリとした瞳でこちらを覗き込んでいる。

 俺は誤魔化しの愛想笑いを浮かべて二人に追従した。




   ◇




「美味い! 美味いっす!」

「そんな大袈裟な……」

「そんな事ないですよ! なあ、リム?」

「んぐ……。うん、メルのゴハンはおいしいよっ!」

「ふふっ。ありがとうございます」


 食堂へと案内してもらうと、そこは意外とこじんまりとしていた。十人くらいが同時に座れそうな大きなテーブルが一つあるきりだ。

 従者用の食堂なのだろうか? 幹部らしい四天王もここなのか?

 訝しんでいる間にも、メルフィアさんは「お掛けになって待っていてください」と厨房へと入って行ってしまって、既に席に付いていたリムがポンポンと隣の椅子を叩いた。


「なあリム。四天王は皆ここで食べてるのか?」

「うん。みんなここだよ?」

「そうなのか。」

「わたしは……いつもは違うけど」

「うん? それって――」

「お待たせしました」


 ご機嫌だったリムがその元気溌剌な表情にどことなく影を落とした気がして、顔を窺うと思った所にメルフィアさんが料理を持ってきた。

 テーブルの上に並べられる湯気を立てる温かな食事に気を取られている間に、気が付けばリムも俺と同じように料理に目が釘付けになっていた。

 気のせい、か?

 胸に引っかかりを覚えながらも、進められるままに食事に手を伸ばした。




「美味い! 美味いっす!」

「そんな大袈裟な……」

「そんな事ないですよ! なあ、リム?」

「んぐ……。うん、メルのゴハンはおいしいよっ!」

「ふふっ。ありがとうございます」


 久しぶりにゆっくりと味わう温かな食事は、それを抜きにしても最高に美味かった。

 俺とリムがワイワイと賑やかに食事を続ける傍ら、メルフィアさんは困ったようなまんざらでもなさそうな感じで席を共にしていた。

 始めはメイドだからと拒絶していたのだけど、リムの潤んだ瞳に見つめられて折れた格好だ。


 しかし、メルフィアさん一人で調理から配膳までこなすなんて……この城は人手不足なんだろうか?


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