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25.油断


 仮設の戸を開けたアリエルに急かされて中庭へと出ると、そこは予想外に開放的な空間となっていた。

 城壁で口の字にすっぽりと覆われているが、空からは燦々(さんさん)と夏の名残の日差しが降り注ぎ、まるで高原の原っぱのようだ。

 これだけ広ければ、その一角を家庭菜園で使うぐらいは構わないか。

 そう思って視線を巡らせていると――ヒラヒラとたなびく幾つもの白いシーツが目についた。どう見ても、ズラリと干されている。


「ん? おい、アリエル。あれって……」

「シーツがどうかしましたか?」

「いや、こんな所に干していいのか? 来客に見えちまうんじゃ?」

「その心配は無用です。よく思い出してください。『順路』に窓はありませんから」


 そう言われてみると、挑戦者用の廊下は雰囲気づくりのためか、やたらと薄暗い。

 廊下だけでなく、各四天王の間にも窓はほとんどなかった気がする。


「なるほどな。まあ、魔王様に挑もうと意気込んで来た奴らが、こんな長閑(のどか)な風景を見せられたら緊張感が緩んじまうだろうしな」

「ふふっ。全くですね」


 城壁の上から吹き降ろす木枯らしが程よく身体を冷ましてくれるのに任せて、アリエルと二人してはためくシーツを眺めて呆けていると、反対側の戸が勢いよく開けられてメイドさんが飛び出してきた。


「あれはメルフィアさんか? 何か焦ってるのか?」

「本当だ。珍しいですね。何やら取り乱しているようにも見えますが」


 メルフィアさんは律儀にこちらに一礼すると、慌てた素振りも見せずに凄まじい速さで干されたシーツの下へと移動していた。

 涼しい顔でメイド服のスカートを翻しもせずに行った高速移動が、逆に事態が緊迫している事を物語っていた。


 もしかして雨でも降るのか? と注視していると、真っ白なシーツのカーテンの中に駆け込んだメルフィアさんは、目にも止まらない速さで何かを掴んで取り込んでいく。

 そして両手で抱きすくめるようにして庇いながら元来た戸へと足を速めていたのだが、らしくもなく慌てていたのか、びゅうと一吹きした北風に、腕の中から一枚の黒い布がヒラリと宙を舞った。

 黒い生地に青い空が透けるようなあれは――


「っ!? フッ!」


 ひらめく黒い布を見上げて硬直したメルフィアさんは、瞬時に切り替えて空へと飛び上がり、悪戯な風から黒い布を回収していた。

 音も無く着地すると、スカートの乱れを直して優雅に一礼して去って行った。


「黒い、レースか……」

 

 一体誰の物なんだろうか。

 思わず口をにやけさせながらメルフィアさんの背中を見送ると、隣からコホンッと硬い咳払いが聞こえてきた。

 恐る恐る振り向けば、白い目をしたアリエルがジロリとこちらを睨んでいた。


「何を、見ているんですか?」

「いや、その…………すまん」


 おかんむりのアリエルに命じられるままに、正座させられた俺への説教は、メルフィアさんが戻って来るまで続いた。




「先ほどは、大変失礼いたしました」

「いえ……。こちらこそ面白い物を見せて頂いて……ありがとう」

「どういたしまして?」


 戸惑うメルフィアさんに、愛想笑いを浮かべて誤魔化す。

 面白い物が何なのかなどと口にしようもなら、今度は二人から説教を受けかねないからな。


「あーと、いつもアレはあそこに干してるのか?」

「貴方は何を聞いているですか!?」


 アリエルが当然のように食って掛かって来るが、これにはちゃんと理由がある。


「いやいや。もしもいつも干しているんなら、俺が中庭に出てくるのは問題があるだろ?」

「う……それはそうですが」

「ご心配、ありがとうございます」


 たじろぐアリエルに代わって頭を下げたメルフィアさんが、「たしかに不用心でしたね。しかし、安全に干せる場所は他にもありますから、今後はこのような事はありませんよ」と続けた。


「しかし、本当に不用心な事をしていたんですね」

「ええ、返す言葉もございません。でも、あなたの事は信用していましたから。まさか、悪さなんてしませんよね?」

「も、もちろんです!」


 にっこりと微笑むメルフィアさんにゾワリと寒気を感じて、俺はコクコクと何度も頷いていた。

 「それでは、私はこれで」とメルフィアさんが城内に戻っていくと、俺だけでなくアリエルまでほっと胸を撫で下ろしていた。


「なんでアリエルまで安心してんだよ」

「いえ、この生活で流石に慣れたとはいえ、あの方のプレッシャーを前に緊張しないではいられません」

「あー……。そういえば上司だったか」

「私共など。部下と名乗るのもおこがましい、雲の上の存在でしたよ」


 流石は元魔王様の右腕。

 アリエルだってお姫様の傍仕えという大そうな仕事を受け持っていたはずなんだが。肌で感じていたものが違うんだろうか。


「それで、俺はどこを使っていいんだ?」

「……すいません。こちらです」


 未だに顔色の悪いアリエルに指示を仰いで、中庭の隅へと連れて行かれる。


「この辺りから中庭の半分ほどまでは、自由に使って良いとのことです」

「……広いな」


 割り当てられた分だけでも、広間よりも広い。これは家庭菜園などという規模ではないのでは?


「使い切る必要はありません。あくまでも貴方の趣味という事ですので」

「それもそうか。こっちに熱中して四天王としてのお仕事を疎かにするわけにもいかないもんな」

「そうですね」

「っ!?」


 俺の軽口に苦笑いを浮かべたアリエルは、それで肩の力も抜けたのか柔らかい微笑みを浮かべていた。いつも眉間に皺を寄せている彼女の意外な姿に思わず見惚れてしまって――


「どうかしましたか?」

「っな、なんでもない!それじゃあ、作業に移るぞ!」


 視線に気付いたアリエルに見つめ返されて、慌てて視線を逸らした。

 見惚れていた事がバレないように、顔を逸らして作業を開始する。


この話を書いていて、ようやく本編に入れたなと妙な達成感を感じていました。

特に区切があったとかそういうわけではないんですが。

こういうキャラのやりとりを書いてみたくて始めたシリーズなんです。

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