24.戸もお手製となります。
忙しい日々は瞬く間に過ぎ去り、夏の暑さも幾分収まって来た頃。
片角の俺は魔族の末席を汚す身ではあるが、それでも並みの冒険者たちとは遥かに強さの桁が違う事がようやく理解されたのか、魔王城へ訪れる挑戦者たちはめっきり減ってしまった。
中には、マオたちのように己の実力を測るために幾度も挑んでくる冒険者もいるが、それも『所持金半額ルール』の所為で長続きはせず、生活のために挑戦を諦めた者たちもいるようだ。
そんな久しぶりに静穏を取り戻した魔王城で、俺は遂に完成させたのだ。
……部屋の扉を。
「出来たっ!」
魔王城の玄関口たる荘厳な広間に負けない厳めしい扉を備え付けて、思わず歓喜の拳を振り上げた。
それはもうチクチクチクチクと小言を言われ続けたのだ。『こちらの壁に掛かっているのはゴミですか?』だの『魔王城に相応しい物をお願いしますね?』だのと!
これでもう、文句を言われることもない。
俺は意気揚々と扉を開けた。
そこには、石牢もかくやというじめっとした飾り一つない空間が広がっているだけだった。
うん。次は室内だな!
一人気合を入れていると、通用口が開いた気配がした。振り向くと、こちらを窺うようにライトグリーンの頭が覗き込んでいた。
「よう、アリエル。どうした?」
「う……。いや……扉、完成したんですね」
「ああ。見てくれよ、このドラゴン。見事なもんだろ?」
試行錯誤を繰り返した扉の装飾部分を指差すと、アリエルも「確かに素晴らしいですが……」と感心しながら、「半年掛けた甲斐がありましたね?」とチクリと刺してきた。
そりゃあ、並みの土魔法使いなら十日もあれば拵えられる代物かもしれないが、俺にとっては渾身の一品だ。
嫌味に負けずに「だろ~?」と不敵に笑い返してやると、苦笑したアリエルが、「外注すればよかったのでは……」と呟いた。
「へ? 外注?」
「はい。この魔王城を建てた方たちは都合が付かないかもしれませんが、扉の一つくらいでしたらその辺の大工さんでも……」
「いいの?」
「特に制限はされていないはずですよ?」
「マジか……」
ガックリと項垂れる俺を慰めるように、アリエルが「まあ、良い修行になりましたよね?」と優しく肩を叩いてくる。
うん。リムやメルフィアさんもそのつもりで俺にやらせたんだろうけども。
それでもこの半年ばかりの仕事が徒労だと言われると辛いものがある。
あくまでもおまけの仕事だったからこそ、まだ許せるが……。
「それで、アリエルは何か用事があるのか?」
「ええ、その……、以前話していた家庭菜園は、どうなっているのかと思いまして……」
「あ……」
「ああ。お忙しかったんですものね。……では、私はこれで」
「待ってくれ!」
すっかり忘れていた。そういえばそんな事を口にしていた。
表情に出たのを察してしまったのか、肩を落としたアリエルが寂しそうに微笑んで去ろうとするのを、慌てて呼び止めた。
盗み見に激昂したアリエルを宥めるために発したデマカセとはいえ、興味があるのは本当だ。
「いや! やる気はあるんだ! しかし、どこでやればいいものか……」
「リム様から中庭の使用許可を頂いています」
「もうすぐ冬だろう? 冬野菜は種類が少ないし難しそうでな」
「カリンが余熱を分けてくれるそうなので、通年温度を保てます」
「水は――」
「ティアに連絡済みです」
「…………」
「他に何か?」
「いや……。色々ありがとう」
「いえ。先輩ですので」
キリッとした顔でそう返してくるのだけど、その気合に満ち溢れた姿は、尻尾を振り回して遊びをせがむ子犬の様に思えてならなかった。
「どうかしましたか?」
「……なんでもない。そういえば、中庭って何処から行けるんだ?」
「ああ、知らなかったんですね。見取り図はお持ちですか?」
「ここに」
「失礼します。この地図ですと、通用路のこちらに出入り口があります」
マニュアルの見取り図広げると、わざわざ俺の横へと回り込んで来たアリエルがトンッと地図樹生を指し示してくれた。
その拍子に肩が軽くぶつかると、ふわりといくつもの花の混じった甘い香りが弾けるように広がった。
ドキリとして身を固めると、俺を見上げたアリエルが不思議そうに首を傾げていた。
「あの?」
「いや! なんだ、その! わざとじゃないぞ!?」
「何がですか?」
肩が触れた事だが……。気付いていないのか?
なんだ。焦らせやがって。
「すまん。何でもない。しかし、中庭への出入り口は随分遠いな」
俺の部屋から見れば、魔王城の反対側にある。道理で記憶に無い訳だ。
不便だな。
そんな不満が顔に出ていたのか、くすりと笑ったアリエルが「ええ。ですから、新たに中庭への出入り口を増やす許可を頂きました」と伝えてきた。
「そうなのか? それはありがたいが……何処に?」
「そうですね……。リム様のお城の玄関口ですから、勝手口と言えど人目に付く事も意識して頂いて――」
そう言って視線を彷徨わせていたアリエルの目が、俺謹製の扉で止まった。
……嫌な予感がする。
「待ってくれ」
「これなら何の問題もないのですが」
「いや、そこ俺の部屋(になる予定)だから!」
「ですが、今はただの空洞ですよね?」
「だとしても、部屋(予定)を吹き曝しにするわけには!」
泣き落としという名の侃々諤諤の議論の末、扉の向こうにさらに木製の戸を付ける事で納得してもらった。




