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21.弱音を一つプレゼント


 広間へと招き入れたエルフのラフローネへ、初めてだからと不殺の誓約書への署名をお願いした。マオから話は聞いていたのか、ラフローネは訝しむ事もなくしげしげと誓約書を眺める。

 しかし、エルフか……。

 俺は俺で、そんなラフローネをジロジロと嘗め回すように見てしまっていた。


 魔族の集落にも人間や獣人がやって来る事はあるのだが、エルフは滅多に訪れる事がないという。何でもエルフは排他的というか、自らの領域から出てくる事が稀なんだそうな

 それでも外に出てくるエルフというのは、何かしらの事情を抱えているんだろうが……。

 フードで顔を隠していたのは、人目を引く長耳を隠すためか、はたまた美貌を隠すためか。


「ちょっと? 何ラフローネをジロジロ見てるんだよ?」

「っ! すまん。エルフが珍しいもんでな。つい」

「あら。別にいいじゃない。代わりに、私も眺めさせてもらおうかしら?」


 不敵に微笑んだラフローネは、お返しとばかりに俺の顔、というか角をあらゆる角度から眺めて来た。

 俺が長耳を珍しがるのと同様に、魔族の角が珍しいは分かるのだが……。


「ちょっとごめんね……。あ、そのまま動かないで」

「…………」


 背が足りないからか、俺の頭を掴んで腰を折らされた。上からも角を視たいのだろうが、俺の視界は固定されてしまう。

 ラフローネの白く細い首から伝って、艶めかしく浮き出た鎖骨を越え、ゆったりとしたローブの上からでも分かる質量を持った深い谷間へと視線が釘付けとなってしまう。

 そう、不可抗力なのだ。頭を拘束されているのだから、目線を外せなくてもしょうがな――


「見すぎじゃない?」

「っ!?」

「ラフローネも! いい加減離れて!」

「あんっ。別にいいじゃない、減るもんじゃなしに」

「ジロジロ見たら失礼だよ!」

「あら。じゃあ、私の方もじっくりお見せしましょうか?」

「う……」

「だーかーらー!」


 何やらぷんすこと興奮するマオに対して、涼しい顔のラフローネは金色の髪をかき上げて、長い耳を露わに挑発的な微笑みを浮かべる。

 ただ耳を露出させただけだというのに、やたらと官能的だ。

 俺が思わずどもってしまうと、拳を振り上げた赤ら顔のマオが間に入ってくれた。


「これから戦うんだよ!? 集中してよ!」

「むぅ……。何故、俺にまで……」

「うふふ。大丈夫よ、マオ。私はいつでも準備万端だから。魔族の魔法、とっても楽しみにしてるわ」


 何故だか俺までとばっちりで怒られてしまったが、ラフローネもようやく臨戦態勢へと入ってくれたようだ。挑発的な視線はそのままに、懐から小さな杖を取り出して、こちらへと構える。

 そして始まったいつものマオの挑戦。

 しかし、俺は一つ失念していた。いや、調子に乗っていたのかもしれない。

 すっかり忘れていたのだ。俺には対人戦闘の経験がほとんどなかったという事を。


 いつもより激しいマオの攻め手は、慣れもあって捌くのに苦労は無い。しかし、そこで反撃に転じようとすると、ラフローネから炎の魔法という横槍が入るのだ。

 俺は二人の鉄壁のチームワークに攻めあぐねていた。

 しかしマオとラフローネの二人も突破力に欠けるのか、俺が守備を固めれば致命的な有効打を撃ち込まれる事もない。


 今日はもう彼女たち以外に挑戦者はいないことだし、ここは二人の魔力切れを待つか……、

 そんな慢心からの油断をしたのがいけなかったのだろうか。

 マオの横薙ぎを手甲で防ぐと、殺しきれなかった衝撃がズドンと腹に響いた。


「っぐ!?」

「え!? ど、どうしたの?」

「い、いや! なんでもないぞ!?」


 俺の突然のうめき声に慌てるマオに、努めて冷静に振る舞って誤魔化そうとする。

 しかし、腹部からズキズキと針で突き刺す様な痛みが上って来ていて、止めどなく冷や汗が流れ出している。

 昨日、散々あのお騒がせシスターに突かれた辺りだろうか。今更になって痛んでくるとは……。

 素直なマオは「ふーん?」と小首を傾げながらも納得してくれたようだが、その向こうでは、ラフローネが切れ長の目をさらに細めて一つ頷いていた。


「じゃあ遠慮なく。……<ファイアーアロー>!」

「うお!?」


 ネズミをいたぶる猫のような嗜虐的な微笑みを浮かべたラフローネが放った魔法は、俺の腹ではなく肩を掠めるようにして飛んで行った。

 狙いが逸れた? いや……


「どんどん行くわよ!?」

「そういう、ことか!」


 ラフローネの魔法攻撃は俺の身体の隅を狙って、時に先読みし、なんともいやらしい角度で放たれていた。

 それらの回避は間に合わず、徐々に防御が開かれてしまって――


「今よ、マオ! お腹に一発、ぶち込みなさい!」

「えっ!? う、うん! わかった!」

「ぐえっ!?」

 

 バカ正直にラフローネの指示に従ったマオが、深く沈んだ姿勢から俺の腹を目掛けて逆袈裟に切り上げて来る。

 辛うじて間に腕を差し込めたものの、勢いを殺すには至らず、手甲を含めた幾つもの壁の上から腹を突き上げられた。


「かはっ……」

「わっ!? だ、大丈夫!?」


 内臓を直接殴られたかのような衝撃に思わず床に倒れ込むと、顔を青くしたマオが駆け寄って来て肩を揺さぶって来た。

 俺が死ねば契約で二人も死んでしまうとはいえ、慌てすぎだろう。ガクガクと揺さぶられて、その振動がまた腹に響いてくる。


「あまり揺らさないでくれ……。どうにも、大丈夫では……なさそうだ」

「あら……。ごめんなさいね?」

「仕事だ。気にするな……」


 止めどなく脂汗を流す姿に危機感を覚えたのか、ラフローネもおずおずと頭を下げてくる。

 しかし、体調不良が理由とはいえ自分の油断もあったが故の痛みだ。気遣われることで一層惨めな気持ちになってくる。


 おのれかしましシスターめ……覚えてろよ! っ!? あいたたたた……。



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