19.多忙
俺が四天王の土として雇用されてから半年程経った。俺は未だに広間の床で寝ている。
ガンガンガンとけたたましく叩かれる正門の音で目が覚めるのが日課になっていた。
「ふあぁぁぁ……。全く品のない奴らだな」
こちらにはしっかりとマニュアルに定められた就業時間があるので、それ以前の訪問は業務外だ。応対はしなくていいと魔王様からもお墨付きをもらっている。
悠々と身支度を整えて、食堂へと向かう。今日もメルフィアさんの手料理に舌鼓を打ち、優雅な朝を過ごさせてもらった。
広間へと戻って来ると、通用口の扉の手前から鳴りやまない正門のノック音が聞こえてきた。
まだ叩いてたのか? 全く、ご苦労なコトだな。
どうせ急かした所で誰も開けないのだから、戦闘の準備なりもっと建設的な事をすればいいのに。
何とも呆れた思いで閂を外すと、我先にとばかりに正門が開かれた。そこに見慣れたマオの顔は――無い。
「待ちくたびれたぞ!」
「おい! 早くしろ!」
「おい、押すんじゃねぇ!」
むさ苦しい男たちがわらわらと正門に入って来ようとするので、俺は慌てて制止を掛ける。
「待て待て! 一グループずつだ!」
続々と続こうとする荒くれたちを押さえ付けて正門へと閂を掛け直し、改めて向き直ると、城内に入った五人組は早々と俺に武器を向けていた。
血走った眼で睨みつけられて、俺はため息を吐く。
「はぁ……。まずは、これに署名をお願いします。挑戦者諸君?」
そう言って差し出した呪術の契約書を、訝しそうに覗き込むのだった。
マオが挑戦者として魔王城を訪れるようになってしばらく。
……いや、正確には俺がマオを村へと連れて行くようになってからしばらくして、大量の冒険者共が村へとやって来たそうだ。その目的は、魔族退治。
魔族殺しの箔付けのために挑戦者は急増し、魔王城はてんてこ舞いだ。主に第一関門の俺が。
だが残念ながらここは実質的には魔王城という名のアミューズメントパークなので、挑戦者には呪術で不殺の誓ってもらっている。魔族殺しは名乗れないだろう。
理解を示してくれない奴らは遠慮なく半殺しにして外に放り出している。
事情を説明すると、正門前に列を成している冒険者たちの半数は諦めて帰っていく。
だが、中には魔王様への挑戦権という報酬が魅力に映る者もちゃんといるようで、不殺を誓う呪術を掛けられても挑んでくる者たちも意外に多かった。しかし、彼らはおしなべて……
「うおぉぉぉぉ……お?」
「遅い!」
雄叫びを上げて斧を振り上げた冒険者が、俺の拳一発で壁際へと吹き飛んでいく。
見た目だけは猛々しい男たちなのだが、その実力はうら若い乙女であるマオよりかなり劣っている。
不思議に思っていると、
「だってこの人たちはシルバーか、せいぜいゴールドだもん」
「おう、マオか。シルバーって何だ?」
「冒険者の階級。この人たちは実力じゃ伸し上がれないから一発逆転を狙ってるんだよ」
後ろに並ぶ冒険者たちに断りを入れて、一人で広間に入って来たマオは、そう言って胸元のプレートに親指を引っ掛けてチャラチャラと振った。以前自慢していたように、マオのプレートは壁際に転がっている冒険者たちのプレートとは輝きの質が違うような気がする。
たしかプラチナだったか。それなりに功績が必要みたいな話だったかな。しかし……。
マオの視線は壁際で動けなくなっている先客に向けられてたのだが、見下ろすその目は冷たく白けていた。
そんな子じゃないと思うんだがな。
「えらく冷たいんだな?」
「この人たち、僕たちを、その……か、絡んでくるんだよ! だから大嫌いだっ!」
「そ、そうか。大変なんだな」
「いーっ!」と子供っぽく冒険者たちに歯を剥き出して威嚇するマオに同情のため息が漏れる。
確かに、魔王城を訪れる冒険者は増えたが、その内で女の子だとはっきり分かるのはマオくらいだ。しかも溌剌として話していて気分がいいし、容姿も可愛らしい。モテるのも分かるというもの……。
あれ。
女ばかりに男一人。第一印象こそいまいちだったが、今はコミュニケーションもバッチリ、なのに――いや、考えるのはやめておこう。
「えーと……ああ、そうだ。マオ、最近挑戦者は多いが、実力はやっぱりお前が一人飛び抜けてるぞ」
「え? ま、まあね。鍛え方が違うからね! 当然だよ!」
そうは言いつつも、得意気に小鼻を膨らませるマオに、「だが」と続ける。
「脇が甘い」
「え?」
おもむろにマオの額に向けて伸ばした手に魔力を込めて、ピンっとと指を跳ねさせる。
ズドンと音を立てて、マオのつるりとしたおでこにガチガチに硬化させた指を叩き込んだ。
「っ!? きゅー……」
「おっと。やれやれ」
不意打ちであっさりと意識を手放したマオを抱き留めて、思わず苦笑してしまうのだった。
◇
「ずるい……」
「油断しすぎなんだよ」
「次はもう食らわない!」
「はいはい」
いつもの村への送り道。いつも通りマオを背負ったまま、俺は夕焼け色の森の中を走っていた。
以前と違うのは、後ろに繋がれたリヤカーと、それに乗せられた大量の冒険者の男たち。
こいつらを村まで送り届けるのも業務の一部ではあるのだが、流石に全員をマオのように担いでやる訳にもいかず、マオを一人こいつらの中に混ぜる訳にもいかないので、このような形となっていた。
「起きたのなら降りろよ」
「…………やだ」
特等席を意地でも放すものかと、肩越しに俺の首に回されたマオの腕にぎゅっと力が籠った。




