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幕間1-3 四天王の風


「あれ? お兄さんどこ行くの?」

「え? いや、順路だけど……」


 ティアに別れを告げて扉に手を掛けると、リムが不思議そうにキョトンと首を傾げていた。

 俺が扉の先を指差すと、「帰らないの?」とリムは貯水タンクの脇にある別の扉を指差していた。

 あっちは通用口だな。そりゃあ俺も疲れてきたし帰りたいけど……。


「いや、アリエルの所にも顔を出さないと、あいついじけるだろ?」

「それは……そうだね」

「うん。アリエルも悲しむ」


 リムも被った猫の上から疲れを滲ませる程にくたびれているようだが、真顔で頷くティアにも背中を押されて、俺たちは四天王の風・アリエルのいる部屋へと続く廊下へと送り出された。

 挑戦者たちの気分を盛り上げるおどろおどろしい廊下を抜け、アリエルの部屋の扉をノックしようとしたところで、その手をリムに掴まれた。


「なんだよ?」

「しっ。こっそりいくわよ」


 人目が無くなり、あくどい笑みを浮かべたリムが人差し指を唇に当てて、俺を見上げる。

 肩をすくめてしょうがなく頷くと、にんまりとした微笑んだリムが慎重に扉に手を掛けた。

 音を立てないように静かに扉を開き、素早く体を忍び込ませる。


「(バレてない?)」

「(……多分な)」


 花壇に集中しているのか、こちらを振り向くことのないアリエルの背中を見ながら、こそこそとリムと囁き合う。

 いつもとは違う悪だくみの共犯のような状況に、耳元で囁かれるリムの吐息がむずむずとこそばゆい。


「(じゃ、行くわよ)」


 しかし反応するわけにもいかないので、息を殺してリムの後を追う。

 いつの間にそこまで成長していたのか、膝丈以上に成長していた花たちの影に隠れ、四つん這いになりながら前を行くリムに続く。

 先を行くリムも身を隠すために平然と膝を汚し、フリルがいっぱいのスカート越しに臀部がフリフリと振られている。

 目のやり場に困って視線を逸らしながら付いていくと、


「ふんふ~ん♪」


 上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。

 それを耳にしてピタリと動きを止めたリムが、こちらを振り向いてにんまりと微笑みを浮かべた。

 はいはい、これを聞かせたかったのね。

 鼻歌の主はアリエルなのだろう。彼女の軽快な歌声は澄んだ音色で、こっちまで思わず口ずさみたくなってくる。と。


「~♪」

「っ!? (おい!?)」


 したり顔のリムが上機嫌にハミングを始めていた。気持ちよさそうに歌っているが、それは当然、俺以外にも聞こえているわけで――


「リム様!? まったくもう、また忍び込んで……っあ」

「や、やあ。ごきげんよう」

「なななな、何故ここに貴方がっ!?」

「いっしょに来ちゃった。てへ?」


 リムの鼻歌に釣られてやって来たアリエルは、草花の影に隠れていたリムに呆れながらも穏やかに微笑んでいた――俺と目が合うまでは。

 その微笑みは瞬時に固まり、徐々に引き攣り上げられていく。

 リムが舌をペロリとはみ出させて誤魔化しているが、そんなものは誰も注目していない。

 顔を真っ赤に高揚させたアリエルは、鋭い三白眼で俺を睨みつけ、周囲にパラパラと塵を旋回させ始めて――


「待った! また花が散るぞ!」

「っ!?」


 俺の警告に我に返ったアリエルは、振り上げた拳をフルフルと震わせて……周囲に吹き荒れる風を収めた。しかし、まだ怒りは収まらないのか、唇は噛み締めたままにそよ風のような微風を纏わせている。

 だが、その程度なら草木が傷むこと事もあるまい。随分と成長したものだ。


「ね、ねぇアリエル? 今はどんな花が咲いてるの?」

「ぐすっ…………はい。そうですね、カリンのおかげで一足早く夏の花が開花を始めていますよ」

「えっ!? どれどれ~?」

「こちらです」


 慌ててご機嫌取りにと動いたリムのワザとらしい程に大袈裟な感嘆に、アリエルは驚くほど簡単にほだされていた。

 花を眺めて「きれ~」とかまととぶる似非少女(えせしょうじょ)に、本当に胸を押さえてきゅーんっという切なそうな顔をしている。


「何を見ているんですかっ」

「うっ……す、すまん」


 うっかり見つめている事に気付かれてしまって、ぷいと顔を逸らされてしまったが。

 だが、目の前のリムを思い出してか、すぐに母性溢れる微笑みを浮かべ直す。もう機嫌はすっかり治ってしまっているようだ。

 チョロイ。チョロ過ぎるぜアリエルさん……。そりゃあ擬態少女型魔王様(リム)に可愛がられるわけだ。


 しかし、さっきは……目元を拭っていたような。

 今もリムの相手をするアリエルの顔は赤い気がするが……なんだかな。


「なあ、アリエル?」

「な、なんですかっ!?」


 露骨に距離を取られた。いや、まあしょうがないんだが。

 庇うように前に出たアリエルの影では、訝しそうに眉をひそめたリムがこちらを窺っている。その目は「邪魔するな」とも「何か面白い事でもしてくれるの?」とでも語り掛けてくるようだ。

 残念だが、そのどちらでもない。


「さっきは、すまなかった」

「…………言いたい事は、それだけですか」

「ああ」

「…………分かりました。どうせリム様が誘ったのでしょう? 度々私を驚かせるのを楽しんでらっしゃるんですから」


 肩をすくめて苦笑したアリエルは、言い訳をするまでもなく事情を察してくれていた。

 その向こうでは、リムが「なんだと!?」と部下に裏切られた王様のような顔でアリエルを見上げていた。


「ああ、それでだな……」

「まだ何か?」

「実は俺も農業……畑をやりたくてな。良かったら助言をもらってもいいか?」

「畑、ですか? 私はそのような知識を持ち合わせていませんが……」


「いや! こんな立派な花畑を作れるアリエルだ。きっと俺に足りてない知識や技術があるさ」

「しかし……」

「頼むよ。皆色々していて羨ましいと思っていたんだ」

「わ、分かりました! 分かったから離れて、ください」

「あ。すまん……」


 思わず熱くなっていて、アリエルに詰め寄るようにしてしまっていた。

 後ずさって距離を取りながらも、唐突な提案に頷いてもらえて胸をホッと撫で下ろす。

 恐らく俺にそんな暇はないだろうけども。

 それでも、何故だかアリエルがこれ以上リムにからかわれる姿を見続けるのが、いい気分ではなかったのだ。

 アリエルは気恥ずかしそうに視線を逸らしながら、花の説明を俺にしてくれている。




 そんなアリエルからは見えない角度で、リムがハンカチを噛み締めて地団駄を踏んでいた。

 器用にも、足音を出さずに。

 こいつ、転んでもタダじゃ起きないな……。


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