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幕間1-2 四天王の水 再び


「全く、酷い目にあった……」


 ようやくリムから解放された俺は、ジンジンと痛む足を引きずって廊下を歩いていた。向かうのは俺の広間――ではなく水系統魔法の使い手のティアの所だ。

 あわよくば、治療をしてもらおうという企みなのだが……。


「よう。ティア、いるか?」

「師匠? その恰好、どうかした?」

「恰好……あ」


 仮面の目元に開けられた細い三日月型の隙間から俺の顔を確認したティアが、仮面をずらして不思議そうに首を傾げた。

 水着を着せられていたのをすっかり忘れていた。


「いや、リムに連れられて、ちょっとカリンの所にな……」

「そう……」


 素っ気ない返事をするティアの無感情な瞳が、何故だか俺を責めているように思えてならなかった。

 何もやましいことなどと思いつつも、脳裏には艶やかなカリンの濡れた水着姿が(よぎ)って、思わず頭を振った。


「…………」

「いや、本当にリムに連れられてだな」


 無言で見つめるティアの目が、さらに冷たくなったような気がする。俺が慌てていると、視線を落としたティアが「足……?」と首を傾げて指差した。

 険しい顔をしたリムに熱湯の中で正座させられていたので、赤く腫れあがっている。


「あ、ああ。実はちょっと火傷してな。治療してもらっていいか?」

「うん」


 それ以上事情を訊ねる事もなく、ティアがかざした手から温かな光が放たれて、俺の足を包み込んだ。痛みはすぐに引き、光が収まると赤く腫れていた肌も綺麗に治っていた。


「いやあ、すまん。助かった」

「気にしないで。師匠にはお世話になってるから」

「う……。そ、そうか」


 どことなく誇らしげにティアが胸を張るのだけど、師匠呼ばわりされるほどに彼女に何かを教授出来ている気は全くしていない。せいぜい仮面無しでの雑談に付き合っているくらいだ。

 そんな俺を師匠と仰ぐティアの態度に、むず痒さを感じずにはいられない。


「そ、そういえば、ティアは随分魔力に余裕があるんだな?」

「ほとんど使わないから」


 話を逸らすために室内を見渡してそう口にすると、ティアがピンと立てた人差し指の先に小さな水球を作ってふわふわと浮かせると、きゅっと握り締めるようにして消滅させて見せる。

 そこでほのかに鼻についた水の匂いに、汗をかかずにはいられないカリンの部屋と比べて室内に水気がないことに気が付いた。

 壁の一面を覆う巨大な貯水タンクも、蓋がしっかりとされているのか水の気配は漂っていない。


「ティアの部屋はあんまり水を出してないんだな」

「……?」

「えーと、ほら。例えば、部屋の中に噴水があるとか、プールがあるとかさ」


 俺の疑問に不思議そうに首を傾げ返してきたティアに、カリンの部屋から連想される四天王の部屋のイメージを伝えてみた。

 するとティアは「ああ……」と意味深に頷き、無感動な瞳を空ろにして宙を見上げた。


「…………カビ」

「…………ほんと、ごめん」


 哀愁を漂わせるティアの小さな背中に謝罪すると、ふるふると首を横に振った。


「でも、部屋が寂しいから、リムはあまり遊びに来てくれない」

「いや、リムが来ない理由は多分そうじゃなくてな……っ!?」


 残念そうなティアだが、恐らくリムが遊びに来ない主な理由は、仮面を被っているティアがからかっても面白くないからだろう。

 それを口にしようかしまいか悩んでいると、ふと視界の端に何かが映った気がして――俺は見てしまった。


 扉の隙間からこちらを覗く、空のように青い瞳。そこに浮かぶ感情は、無だ。

 もう怒ってはいなさそうだが……。なんで無言で見ているんだ?


「師匠? どうかした?」

「あー……。あそこに、リムが来ていてな」

「っ!?」


 聞くや否や、ティアはシュバッと俊敏な動きでずらしていた仮面を元に戻してしまった。

 そして楚々として佇まいを正すと、扉から覗くリムへと深く頭を下げた。

 それを見て、ゆっくりと扉を開いたリムがとてとてと駆け寄って来る。あの走り方は間違いない。猫かぶりモードだ。


「ティア、ごくろうさま!」

「はい。リムもお疲れ様。息抜き?」

「うん」


 小柄な二人が親しく会話を交わす姿は、一見すれば友達同士のような距離感のようでいて、片や道化の仮面を被った滑稽な姿ときていて違和感が酷い。

 一方のリムはリムで、お得意の無垢な笑顔もどことなくぎこちないように思える。

 他人事のように高みの見物を続けていると、突然二人がこちらに向き直った。


「な、なんだよ……?」

「ティアに仮面を取るように言ってよ」

「師匠……」


 いつの間にそんな話になっていたのか、俺に抱き着くようにしてリムはこそこそと耳元で囁き、ティアは仮面の隙間から懇願するような目でこちらを見ている。

 そんな目をされてもな……。


「なあ、ティア。もうリムはお前の素顔を見て泣くような子供じゃない。いいかげん、仮面を取っちゃどうだ?」

「うんうん」

「…………」


 俺の体を盾にするようにして、腰に抱き着いたリムが頷いて肯定する。

 ここでティアが首を横に振って、拒絶するのがいつものお決まりパターンなのだが……。


「お?」

「あ……」


 しばらく思案したティアは、おもむろに仮面に手を伸ばすと、横へと斜めにずらした。

 いつも以上に仏頂面なその顔は、しかし何だか照れているような、ばつの悪さを感じさせた。


「うん、うん! ぜったい、仮面なんて無い方がいいよ!」


 ティアが仮面を付けるようになった経緯が経緯だったからか、いつになく必死な様子のリムに、見つめるティアの藍色の瞳が細められた。

 そんな彼女の些細な変化に、しかし取り繕うのに必死なリムは気付いていないようだ。

 俺はそれを指摘してやることもなく、「まあ一歩前進か。立派だよ」と勇気を振り絞ったティアへと称賛の言葉を送るのだった。


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