幕間1-1 四天王の火 アゲイン
「暇」
「と言われてもな……」
今日は来客もなく、久しぶりに自室作りに精をだそうと思っていた矢先の事だ。
いつものように遊びに来た小さな魔王様が、俺の部屋作りを見学して一言言い放った。
「俺は忙しい」
「だってそれ、見てても面白くないんだもの。下手だし」
「ぐぬぬ……」
「私の方が上手いんじゃない?」と得意気に語尾を上げるリムに、ぐうの音も出ない。未だに自作の戸すらメルフィアさんから合格を貰えていないのだ。
かと言って、リムに手伝ってもらうわけにもいかない。彼女は彼女で魔法の修行はしているはずなのだ。俺の手伝いなんかで魔力を無駄遣いはさせられない。
「う~ん。……よっし。出掛けるわよ」
「は?」
何事か考え込んでいたリムは、俺の腕をぐいっと引いて広間の出口を指差す。あっちは他の四天王のいる順路の方向だ。
「暑い……」
「文句があるなら、出てけっ」
「でてけ~」
早々と噴き出る汗を拭っていると、舌打ちをしたカリンがガルルッと噛みついてくる。無垢なフリをしたリムも無邪気を装って追従している。
その二人は仲良く水着姿だ。元から仕事着のカリンはともかく、リムはいつから用意していたのか、上着を脱ぐとその下にはワンピースタイプの水着を身に纏っていた。
こんがり焼けて褐色の肌のカリンとは対照的に、リムの真っ白な肌がカリンの生み出した炎に照らされて目に眩しい。
誰が用意したのか、文字通りの幼児体型の薄い胸と腰回りには可愛らしいフリルやリボンが施されていて、それらに目を取られていると、視線に気付いたリムが「どうよ?」としなを作ってみょうちくりんなポーズを俺に見せつけてくるが、悲しいかな笑いを誘っているとしか思えそうにない。
もちろん、そんな事は恐ろしくて口に出来ないが。
「泳ぐわけでもないのに、わざわざ脱がなくてもいいだろうに」
「あら。知らないの? 暑い部屋でたくさん汗を流すと健康にいいのよ?」
慣れない暑さに喘いでいると、にじり寄って来たリムが耳元でドヤ顔で囁く。
「サウナっていうだって」とあどけない微笑みを浮かべたリムの、ぷっくりとしたの珠のような肌を一筋の汗が流れ落ち、甘酸っぱい柑橘類のような香りが弾けたように鼻に付いた。
「俺はべたついて気持ちが悪い」
なんとなく気恥ずかしくなってリムから距離と取ると、いつものにやついた笑みを浮かべた彼女は、「なんと、お兄さんの水着も用意してるんだっ!」などと言い出し、「じゃじゃーんっ」とハーフパンツ型の水着を取り出した。
「何でそんなの用意してあるんだよ……」
ため息混じりの俺の疑問は、「テヘペロ」と小憎たらしい笑みを浮かべたリムに黙殺され、更衣室代わりの小部屋へと押し込まれた。
更衣室と言っても上は吹き抜けでカリンの部屋の一部なので、当然暑い。むしろ熱が籠っていて、尚更暑い気さえする。
俺は額から噴き出る汗を拭いながら、汗で張り付く服を脱ぎ捨てる。
川でもないのに、なんだかなぁ……。
流されるままに半裸となった自分の姿を見下ろして、肩を落とす。
「着替えたぞ」
「うわ~。お兄さん、かっこいいよ!」
「うひっ、こら、やめ、ひぃっ」
更衣室を出ると、パタパタと駆け寄って来たリムがペタペタと俺の身体を撫でまわす。ひんやりと冷たいリムの手の平が吸い付くように張り付いてくる。普段のスキンシップは着衣の上からばかりなので、なんとも変な感じだ。思わず変な声が出た。
そして俺は見逃さなかった。俺に駆け寄る時、奴がニヤニヤとほくそ笑んでいた事を。
どうせ何の装飾もされていない半ズボンを履いているだけのようなものだ。かっこいいもなにもないだろう。
何やら「へ~」とか「ほ~」とかいいながら、未だにペタペタと俺の身体を触るリムが、内心で俺を小バカにしているだろう事に辟易していると、
「おい」
「うん? うおっ!?」
いつの間にか近付いて来ていたカリンが、俺の腹に無造作に手を伸ばした。リムと違ってスラリと鋭さを持った手が、じんわりとあつい熱を伝えてくる。
背後に回っていたリムが「ぬなっ!?」と妙な声を発した気がするが、俺はそれどころではない。
そのままカリンは「ふむふむ」と頷きながら俺の腹筋周りを撫で回した。
「なまっちろいくせに身体は鍛えてるんだな。それに無駄な肉もない……」
「あ、ああ。弛む暇もないからな……」
実家にいた頃は毎日が肉体労働だったし、この魔王城は魔王城で客人のお相手は油断出来るものではない。
食事もメルフィアさんにバッチリ管理されているので、俺は現在人生で一番健康な状態だろう。
多少得意になってカリンのされるがままにしていると、何だか触れられた場所が燃えるように熱い。
さらに、俺の目の前で無防備に晒されているカリンの褐色の肢体は、おうとつに乏しいながらも成熟した女性のもので――ばしゃん。
「冷たっ!? 熱っ!?」
「リム!? 何を!?」
「いつまで触ってるの?」
突然の冷たさに飛び上がると、次に襲ってきたのはむわっとした猛烈な暑さだった。
振り向けば、人の頭くらいの大きさの水球を幾つも宙に浮かべたリムが、頬を膨らませてムフーっと鼻息を荒くしていた。
生み出された水球は、直ぐに熱されてお湯の塊へと変わっていく。
湧き上がる蒸気で小さなリムの姿がゆらゆらと揺れている。
「あ。ア、アタシは仕事があるから! あとよろしく!」
「えっ!? ちょっと!?」
俺同様にポタポタとお湯を滴らせていたカリンは言うが早いか、赤髪から水飛沫をなびかせて奥の部屋へと消えていった。
助けを求める俺を遮るようにしてばたんと閉められる戸の音が、無常にも部屋に響き渡った。
後には、水着姿の俺とリムの二人きり。
「ちょっと、そこ座って」
「…………はい」
「正座で」
「正座!? いや、それは……わかったっ。わかったから! 熱っ!? ちょっと待ってくれ! この床マジ熱いって!」
「正座」
「…………はい」
カリンがたっぷりと残していった余熱の中、俺は水着姿の幼女に何故か懇々と説教を食らうのだった。




