18.腐れ縁
18.腐れ縁
「なんか面白い事な~い?」
今日も今日とて先日マオに破壊された広間を修繕していると、通用口から現れたリムがとてとてと近寄って来る。
日がな一日勉強や修行もする一方で、メルフィアさんの手伝いや四天王の部屋を渡り歩いたりと自由な魔王様だ。
きっと、今日も散々皆の反応を楽しんで来たことだろう。
こいつが寂しがってる、ねぇ?
ジロジロと眺めていると、視線を訝しんだリムが幼い顔をむむっとしかめる。
「なによ?」
「いや……。メルフィアさんはお前の正体に気付いてないみたいだったぞ」
「あら? メルと何を話したの?」
「……それは内緒だ」
「ふ~ん?」
ニヤニヤと意味深にリムが顔を覗き込んでくるが、無視して作業に勤しむ。
お前は本当は寂しがっているのか、などという憶測を聞かせては、どんな反応が返って来るのか予想が付かない。
恥ずかしがる、などという可愛らしいもので済めばいいのだが……。
追及される前に話を変えておくか。
「お前のお父様は魔王陛下、なんだよな?」
「なに、その言い方。気持ち悪い。あと、ここでは私が魔王様」
一歩引いた距離から、幼い顔に似合わない侮蔑の表情で俺を見つめてくる。
ぐぬぬ。
「間違いありませんよね、魔王様?」
「ええ、間違いないわ」
心の底から愉しそうな微笑みを浮かべて、小さな魔王様が頷いた。
「俺以外の四天王は全員、あー、その……親父さんの部下だったのか?」
「っふふ」
ちくしょう。俺の葛藤を笑いやがって。
流石にムッとなって睨みつけると、ピクリと眉根を上げたリムがコホンと小さく咳払いをする。
「四天王の皆は私の傍付き。お父様の部下じゃなかったわ。部下だったのは、メルよ」
「メルフィアさんが?」
「ええ。以前話したでしょ? お父様は私にこのお城と右腕を付けてくれたの」
「メルフィアさんが陛下の腹心……」
「ふんっ」
懲りない俺の失言に、リムは面白くなさそうに鼻を鳴らした。申し訳なく思いつつも、それ以上つつかれない事を感謝すべきか。
しかし、メルフィアさんが魔王様の部下だったのか……。
「私にメルを渡したものだから、残っている人は脳筋ばかりで、お父様はさらに忙しくなって……」
何とも辛辣な言葉だ。
お父様大好きリムちゃんの事だから話半分に聞くとしても、この魔王城を実質一人で回しているメルフィアさんは本当に有能だったんだろう。
そんな人がいなくなれば、いくら魔王様とて人手不足にもなるか。
そんな事を考えていると、同じように魔王様に思いを馳せていたのか、遠くを見つめるリムの横顔が目に入った。
その顔は、どこか愁いを帯びていて、いつもこっそりと他者をからかって遊んでいる悪戯娘の印象からは遠いものだった。
寂しがっている、か。
リムの陰のある横顔に、メルフィアさんの言葉が思い起こされた。
「なあ、リム。お前は……」
「なあに? ……あっ」
小首を傾げるその姿に、甘えるように零れ出た返事はなんだかとても幼いもので、本人にもその自覚があったのか間を置かずに幼い顔を不満そうにくしゃりとしかめさせた。
「は……はははははっ」
「ちょっと! 笑いすぎ!」
「だって……くははははっ! お前、その顔……っくく」
堪えようと努力はするのだが、ぷっくりと膨れっ面のリムがおかしくてしょうがないのだ。
こいつが魔王様であろうと無かろうと、父親を恋しく思う幼子であろうとなかろうと。
俺とリムの関係は変わらない。上司と部下なのか、いじめっ子といじめられっ子か。はたまた、ただの悪友か。それはまだ俺自身にもよくわからないが。
「なによ、もう……」とすっかり不貞腐れてしまったリムのサラサラとした銀髪をわしわしと撫でつけた。
「そういえば、俺なんかを四天王に入れちまってよかったのか?」
「どうしたのよ、急に?」
「いや、自分で言うのもなんだが、どこの馬の骨とも分からない男だぞ? 現にアリエルたちからは反感を買っていたみたいだし」
「いいのよ。だって――」
「私はわたしの目を信じるから」と、リムはあの日チラシを配っていた時と同じような屈託のない笑みを浮かべた。




