14.一番の問題児はここにいた。
「は?」
「ねえ、貴方は今年で何歳になった?」
「俺は……100歳をちょっと超えたくらいだったかな?」
「見た目の老化具合は魔族としては平均くらいね。貴方の寿命は1000歳くらいかしら」
「老化って……」
間違ってはいないんだろうけど、なんとも複雑な表現だ。
「私は今年で50になるの。この意味が分かる?」
「なに?」
不遜な態度は崩さずに、しかしどこか寂し気な空気を漂わせてリムは言う。
50歳という事は俺の半分程の年齢という事だが、それにしてはリムの身長は俺の腰を少し超えるくらいだ。
寿命な種族毎に違うが、例外として魔力量による誤差がある。人間にしては魔力量の多いマオも、人間の中では歳の割に幼く見られている事だろう。
不躾と思いながらも、リムの銀髪の隙間から伸びる角へと視線を向ける。
スラリと伸びた対の角は完成された彫刻のようで、その色も深く暗い。そこに秘められた魔力はどれだけの物だろうか。
そんな莫大な魔力によって引き伸ばされるリムの寿命はどれほどのものだろうか。
「あれ? お前そういえばその口調……?」
「うん? これ? 50年も生きていれば人並みに言葉遣いくらい学ぶわよ。それとも~。お兄さんはこっちのわたしの方が好き?」
俺の弟妹たちは見た目と精神年齢が一致していたが、こいつはどうやら違うらしい。これも魔力量が多い奴の特権かね?
スラスラと大人顔負けに流暢に喋っていたレムが、突然シナを作って甘える子供のような声で問い掛けてくる。
率直に言って――
「気持ちが悪い」
「っは。仮にも上司よ、私は」
素直な感想を伝えると、鼻で笑われた。
「俺が猫っかぶりのリムがいいって言ったら、今更猫を被りなおすのか?」
「嫌よ、面倒くさい」
「じゃあ聞くなよ……」
素っ気なく言い放つリムだが、その細められた目は楽しそうに俺を眺めている。
可愛い子猫の頭を撫でていたら、その皮が脱げて下から凶悪なボス猫が出てきた気分だ。
「もうあの可愛いリムには会えないわけね」
少しだけ皮肉交じりに口にすると、リムはキョトン目を丸くして、首を傾げた。
その姿だけは、以前のリムと変わらないもので、思わず和んでしまった――その瞬間だけ。
「え? 皆の前では今まで通りよ?」
「は? なんで?」
「その方が愉しいじゃない」
またしても、リムは見た目に似合わぬ陰のある微笑みを浮かべる。
「アリエルったらね? 私が花を見て「きゃ~かわいい~」とか言ってると『はぅわ!』とか言って身悶えるのよ? とっても愛らしいわ!」
「えっ? ええ~……」
恍惚とした笑みを浮かべるリムに、俺は思わず頭を抱えた。
「待ってくれ。もしかして、誰も知らないのか? お前の本性を?」
「っふふ」
慌てる俺を尻目に、リムは意味深に微笑む。
「マジかよ……」
「メルはちょっと怪しいけどね。確認されないのだから、私はやり続けるだけだわ」
「凄い度胸だな。俺なら恥ずかしくて無理だ」
不覚にもちょっと尊敬してしまった。
「勿論私にだって羞恥心はあるわ。でも、それも今日までよ」
「うん?」
「だって、貴方にはバレてしまったもの」
「……いや、バレたっていうかお前が自分から――」
「バレてしまったもの」
「…………」
こいつ、押し通す気か。しかし、どういう意味だ?
「皆の前では当然、今まで通りの私だから、貴方は勿論、笑っちゃダメよ?」
「は? いや、無理だろ?」
こいつが明日からまた『きゅる~ん』とか言うんだろ?
……いや、きゅる~んはないか。
ともかく、『わたしは無垢な少女よ~』って顔をするわけだ。笑わない自信がないぞ。
「ご主人様を笑うだなんて、使用人失格ね。クビにしようかしら」
「誰が使用人だ、誰が」
「ふふん」
抗議の声もどこ吹く風。完全にこの娘の手の平の上だ。
「ああ、楽しみだわ。早く明日が来ないかしら」
夢見る少女のような陶然とした様子のリムに、俺は不安を抱かずにはいられなかった。
◇
翌朝、早速悪魔は朝食の手伝いだと宣って、俺たちの食堂に居座っていた。
「えへへ、お兄さんについにバレちゃったの」などと、空々しくも嘯くのだ。
「ようやくですか……。こやつのリム様への態度に何度私は腹を煮やしたことか」
「あん? ……リム、俺は態度を改めた方がいいのか?」
「ん~。お兄さんは今のままがいいな……」
アリエルの言い分も尤もだと思い、リムに確認すると、露骨にしゅんと気落ちして見せて、表情を暗くする。
「リム様を悲しませるなんて!」
「っ!? ……言い出したのは、お前だ」
「どうせ演技だ!」という喉元までせり上がって来た言葉を飲み込んで、何とか堪える。
――そして俺は見てしまった。
「わーい、やった」と拳をきゅっと握り締め、小さくガッツポーズを決めて無邪気にはしゃぐリムの表情が、一瞬だけあの小悪魔のような微笑みに変わったのを。
その微笑みをすぐに跡形もなく消し去ると、キョトンと不思議そうに首を傾げてこちらを見る。
「どうしたの、お兄さん。こわい顔してるよ?」
「なんですか。気分がすぐれないのですか?」
「あ、ああ。ちょっと魚の小骨が喉に引っかかったかもな。もう大丈夫だ」
「申し訳ございません! 全部骨抜きにしたはずだったのですが!」
「ああいえ、メルフィアさんの所為では……俺の不注意ですから」
何とか誤魔化せたものの、アリエルは心配そうにこちらを見ているし、俺の嘘の所為でメルフィアさんは平身低頭に謝罪を繰り返すしで、何とも居心地が悪くなってしまった。
そんな俺たちの横を、素知らぬ顔で「お片付けするね~」と魔王が通り過ぎる去り際。
俺の耳元で「メルを困らせるなんてさいってーだね」と身も凍るような冷たさで吐き捨てて言った。
思わず顔を動かせば、そこにはいつもの無邪気な微笑みを浮かべるリムがいる。だがしかし、その細められた眼だけは笑っていない。あれは、獲物を狙う肉食獣の目だ。
……誰か、助けてくれ。




