13.四天王の……?
「お疲れ様でした」
「はい、もうクタクタです……」
「ふふ。今日はお時間も早いですし、食前に温かいお茶でもいかがですか?」
「いいですね、頂きます」
時刻は夕暮れ。アリエルの花畑再生の手伝いを終えた俺は、その足で食堂へと顔を出していた。夕食の時間にはまだ早かったのだけれど、厨房で調理を進めていたメルフィアさんは快く迎え入れてくれた。
ただの手伝いとはいえ、傷心のアリエルを前に手抜きなんて出来なかったから魔力は空っぽだ。
挨拶もそこそこにテーブルに突っ伏してしまった俺の前に、ゆらゆらと湯気を立てるカップが置かれた。
嗅ぎ慣れない甘い匂いがふわりと香り立つ。
「ハーブティーです。魔力の回復に効果があるとかないとか」
「それはありがたいね」
珍しく悪戯っぽい微笑みを浮かべるメルフィアさんに思わず砕けた態度で応じると、不思議な香りのお茶を口にする。
口内に広がるのは上品な味わい……なのだろうが、正直何も感じない。
昼間のアリエルとの会話が、胸に引っかかって仕方がなかった。
「メルフィアさん、お訊ねしたい事があるんですが」
「あら? なんでしょうか。あまりお時間は取れないんですけど」
「いえ、すぐに済みます。……リムは、何者なんですか?」
トントントンとリズムよく食材を刻んでいたメルフィアさんの手が止まった。
「…………」
「えーと、メルフィア、さん?」
「お腹はもう空いていますか?」
「へ? ええ。そうですね。それなりに……」
「では、すぐに用意しますのでしばらくお待ちください」
そう言って、またトントントンと同じリズムで刻む包丁の音が厨房から響いて来た。
待てと言われてしまったので、情けなくも疑問の声を挟む度胸もなく、俺は大人しくハーブティーを啜るのみだ。
やがて、カラカラと配膳ワゴンを引いたメルフィアさんが厨房から戻って来た。
しかし、載っているのは明らかに一人分ではない。メルフィアさんも一緒に食べるのだろうか。
「お待たせして申し訳ございません。それでは、こちらへ」
「は、はあ……」
いつもの微笑みを浮かべているのに、何故か寒気を覚えるようなピリピリとした空気を纏ったメルフィアさんに促され、俺は「どこへ?」とも聞けないままに食堂を後にする。
カラカラと配膳ワゴンのホイールが床を転がる音だけが響く。無言で歩くのは、通用路の中でも今まで俺が足を踏み入れた事の無い区画だ。
このまま進むと四天王の居住区に辿り付く。目的地はそこなのか? と疑問に思っていると、メルフィアさんは配膳ワゴンの方向を変えた。この先にあるのは――
「魔王様の部屋?」
「はい、そうです」
行き着いたのは、通用路の出入り口だ。だが、俺の部屋の通用口とは違って、こちらの扉は金属製の外枠に縁取られていて、幾分か高級感がある。
メルフィアさんがノックをすると、中から「入って」という幼い声がする。
その声は、俺が知っている声よりも幾分大人びて聞こえた。
「失礼します。リム様。お食事と、お客様をお連れしました」
「お客さん? ……あっ」
「……失礼します。……魔王、陛下?」
「バレちゃった?」
大きな窓から差し込む夕日に照らされながら、あの子はいつかのように無垢な微笑みを浮かべるのだった。
◇
カチャカチャと、食器が控えめに立てる音だけが静寂の中で妙に大きく聞こえた。
二人分の食事を並べ終えると、メルフィアさんは早々に退室してしまった。後は二人でごゆっくり、っということか。
驚いたことに、リムの――魔王様の食事は俺たちと一緒の献立のようだった。メルフィアさんの負担は軽くなるだろうが、 これはリムの食事が俺たちに合わせて質を落としているのか、俺たちの食事がリムに合わせて上げられているのか気になるところだ。
「中間よ」
「あん?」
「メルが大変じゃない範囲で、皆の食事を私と同じにしてもらってるの」
「そ、そうか……。ありがとう」
「ふふっ。どういたしまして」
うん? なんだ?
何かがチリチリと喉元に引っかかるような違和感を覚えながら、それが何なのか確信を持てないままに食事を続ける。
「リム、お前がこの城の主、魔王様ってことでいいのか?」
「うん。この城は私の物。お父様が私に与えてくれた、私のためのおもちゃ箱」
「お前の父親って……?」
「あなたが思ってる魔王様かもね?」
「っ!?」
そう、俺たち魔族の危機を救った魔王陛下は、男性のはずなのだ。
だが、その娘のリムが魔王を名乗るということは……。
「まさか、魔王様は、もう?」
俺が固唾を飲んで訊ねると、リムはくすりと鼻で笑って、
「いいえ。南方で元気にやっているんじゃない?」
「そうか……。じゃあ、なんでお前が魔王だなんて……」
当然の疑問に、リムはにやりとその幼い容姿に似合わない微笑みを浮かべ、
「魔王を名乗るのに資格が必要?」
「は? いや、そりゃあ……」
あれ? どうなんだ?
俺たち魔族は正式には国を名乗っていない。
長命種が故に大陸北西部に広く分布してしまっているので、魔族である事以外に所属をそれほど意識しないそうなのだ。
そんな中で、魔王様が王と認められている理由は……。
「強さ、とか?」
「強さ、ね。じゃあ、貴方はお父様がどれくらい強いか、知ってる?」
「知らないが……まさか?」
「とっても強いわよ。当たり前じゃない」
飄々と嘯くリムの言葉に、身を乗り出していた俺は思わず椅子から転げ落ちそうになる。
「じゃなきゃ勇者と対等になんか戦えないでしょう? でも、別に魔王本人が強い必要もない。要は魔王を名乗る陣営が強ければ問題ないのだから」
貴方は予想外の拾い物だったけど、とリムがニヤニヤと楽しそうな笑みをこちらに向ける。
よく考えれば、俺だってここに自称魔王城がある事も知らなかったし、人間側のマオだって知らなかったようだ。
問題が出てくるとしたら、むしろこれからか。
「お前が魔王様の娘で、新たに魔王を名乗り始めた、というのは分かった。でも、なんでまたそんなことを?」
「そんなの、決まってるじゃない」
リムが豪華な椅子に不釣り合いな小柄な身体を投げ出して、言った。
「だって、退屈なんだもの」




