12.改めて、四天王の風
こんこん。
「アリエルさ~ん?」
恐る恐る開いた扉の向こうから、風系統下級魔法が放たれ、扉に弾かれてバシリと激しい音を立てる。隙間から漏れ出る風が頬を撫でた。
怒ってる。
予想は付いていたが、このまま回れ右をして帰るわけにもいかない。俺の円満な就業環境のためにも。
もう一度扉を開いて様子を見てみると、今度は魔法は飛んで来なかった。元々攻撃の意図はなく、私は怒っているのだという声無き主張なのだろう。
部屋の主は中央に仁王立ちして、こちらに背中を向けて腕を組んでいる。
会話もしたくないほど怒らせてしまったのかと思うと気分が沈んで来るが……。
俺は腹を括って扉を潜った。
「あのー、アリエルさん? 昨日は申し訳ない。ただ、ちょっと仕事が入ってな?」
「それはメルフィアから聞いています!」
振り向くこともなく、アリエルがピシャリと言い捨てる。
取り付く島もないとはこのことか。
だが、俺は胸を撫で下ろした。
「良かった」
「は? 貴方は何を――」
「もう口を聞いてくれないんじゃないかって心配してたんだ」
「っ!?」
背後からでもわかるほど、耳まで赤くして憤慨するアリエルに、俺は反論させる隙を作らずに捲し立てる作戦に出る。
「勿論アリエルの下に行きたい気持ちはあったんだが、職務を蔑ろにするわけにはいかないだろ?」
「そんな、私に会いたかったなどと……」
「だが、ここに通ってる人間のマオという娘は中々根性強くてな。その子の相手に時間を取られてしまった。倒した後も城の外に放り出すわけには行かぬ故、人間の村まで運んでやらねばならないからな」
「…………」
「それで昨夜も遅くなってしまって……うん? アリエル、どうした?」
いい感じに頑ななアリエルの心の扉を開きつつあると思っていたのだけど、気が付くと振り向いたアリエルがじとっとした眼差しで俺の事を睨みつけていた。
「私の顔を見て用は終わったのだろう? さっさと帰れ!」
「ええ!? ど、どうしたんだ、いきなり!?」
「どうしたもこううしたもあるか! 出ていかないのであれば、私がこの手で追い出してあげます!」
何かが彼女の逆鱗にでも触れたのか、柳眉を吊り上げたアリエルが掲げた手の平にしゅるしゅると空気が渦を巻いていく。
こりゃまずい。あれはちょっと痛いじゃすまなさそうだ
「いやいやいやいや! まだ職場見学が終わってないし!?」
「貴方に見せるものなどありません!」
やばい。目がマジだ。何か、何かないか!?
部屋中の空気が渦を巻き、アリエルの手の平に吸い込まれるように集まっている。その風に乗って色鮮やかな花弁が舞い散り……花?
「な、なあ? この部屋、やけに花が多くないか?」
「だからなんです?」
「いや、お前の魔法で花が散っちゃって勿体ないかなー、なんて……」
「っ!?」
ドスの利いたアリエルの睨みにもめげず、適当に思いついたままに口にすると、目を見開いたアリエルの手から空気の弾が消滅した。
「わ、私はなんてことを……っ!!?」
がばりと振り返り俺に背中を向けたアリエルは、ガックリと項垂れて膝をついた。
その視線の先には、見るも無残な姿となった花畑が一面に広がっていた。
……何故室内に花畑が?
「おーい、アリエル? この花は?」
「…………私がリム様のためにお作りした物、でした」
「へぇ。あいつも喜んだだろう?」
「ええ、それはもう、たくさんはしゃいでいただけて……なのにっ!」
「おいおい、落ち着け。室内なのに、凄いもんだな。どうやったんだ?」
「カリンに熱を送ってもらっているんです……」
マジか。大活躍だなあの熱血女。
って、今はそこじゃないな。
すっかりしょげかえってしまったアリエルを励まそうと、俺は一生懸命に無い知恵を振り絞る。
「水もティアのおかげで……結局私なんて……」
「それでも、これだけの花畑を一人で管理するなんて凄いじゃないか」
「ふふっ、それも過去の事。今はただの荒れた畑です」
「あー、うん。なら今からリムを呼んでみるか? 面白い物が見れるぞって」
俺の提案に、顔を跳ね上げたアリエルがキッと睨みつけてくる。
「っ!? 貴方は何を言っているのですか!?」
「いや、だってな。今のお前、中々絵になるぞ?」
円を描くように舞い散った花吹雪の残滓は、その中心にいたアリエルの周りを色とりどりに飾り立てている。まるで物語の中のお姫様だ。
どれだけ怖い顔をしても、様にならない。
「っ!!? と、とにかく! このような無様をリム様にお見せするわけにはいきません!」
「そうかい。じゃあこの光景は俺の心の中に仕舞っておくとしよう」
「貴方も口が減りませんね!?」
「それでどうする? リムが来るまでこのまま部屋のオブジェにでもなってるか?」
「……片付けます」
ようやく立ち上がったアリエルに「手伝うぜ」と笑いかけると、彼女は無言で頷いた。
「こいつらはどうする?」
「そうですね……」
散らばった花弁をまとめ終え、元花畑に残された花も葉も無い枝や茎だけの植物を指差すと、しばらく思案したアリエルが「種子の可能性がある子は残して、残りは全て土に還します」と決めた。
「じゃあ、それも手伝おう。土いじりの魔法は建築魔法よりは得意だからな」
「……お願いします」
花畑に手をかざして指示された通りに土魔法で要らない植物事土を混ぜ返してやると、アリエルは露骨に驚いてくれたので、少しだけ俺の溜飲も下がった。もう初対面の時の悪印象なんてほとんど忘れていたが。
片付けを終えて部屋を後にすると、あのアリエルが「……ありがとうございました。では、また……」と扉の外まで見送りに出てきたうえに、遠慮がちに手まで振って見せたのだ。
四天王の全員と打ち解ける、という当初の目的は達成だろうか。
俺は意気揚々と自室へと帰ることにした。
「しかし……リム様、ね」
少しだけ引っかかるものを覚えながら。




