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11.四天王の風……はいいかな。


 ティアの部屋からの帰り際、『怪我してる?』と俺に軽く触れたティアが、一瞬で火傷痕を治療してくれたおかげで、体調はすこぶる良好だ。

 上機嫌で広間へと戻って来ると、城の外はすっかり暗くなっていた。


 挨拶回りに随分と時間が掛かってしまった。こんな時間になってしまうと……


「あ、そうだ」


 俺はそそくさと通用口へと向かう。




「あ、こんばんは。今日はお早いんですね?」

「修理も来客もなかったですからね」


 やって来たのは食堂だ。今日は夕食に間に合っただけでなく、時間もちょうど真ん中くらいと余裕がある。食堂の中央にある大きなテーブルには、先客が一人、晩餐を始めていた。

 出迎えてくれたメルフィアさんへの挨拶もそこそこに、俺は先客の隣に腰を下ろした。


「ここ、いいか?」

「うん……。師匠、さっきぶり」


 頷いてくれた先客――ティアは、斜めにずらした仮面の隙間から器用に食事を続けている。

 もぐもぐと咀嚼するたびに仮面が僅かに揺れる。僅かに覗き見える口元は、横に引き結ばれたままだ。

 何の進歩もしてないじゃないか。 


「ティア……。それ、外しなさい」

「でも……」

「でもじゃない。食堂にリムは滅多に来ないだろ。食事中も修行だ修行」

「むぅ……」


 言葉だけ膨れて見せて、ティアは無表情なままに仮面を外す。露わになった眠たげな目元からも、未だに不服を読み取る事は出来そうにない。


「まぁ! 驚きました。あのティア様が素直に従うなんて! どんな魔法を使ったんですか?」

「師匠の言う事は絶対」

「師匠、ですか?」

「実はですね――」


 不思議そうに首を傾げるメルフィアさんに、ティアが俺に弟子入りしたらしい経緯を説明した。


「――ということでして」

「それはまた……なんと言いますか……」


 さしものメルフィアさんも困惑した様子だったが、「まあ、悪い事ではありませんよね」と納得してくれた。


「ティア様がお面を被るようになってから、リム様も怯えてしまいますし、早く外せるようになるといいですね」

「……おい、ティア。なんか聞いてた話と違う気がするんだが?」


 リムを怖がらせないため、という話じゃなかったか?


「今は泣かせてない」


 そう言って胸を張るのだけど、視線で問い掛けた先でメルフィアさんは苦笑いしていた。

 どうやら過去にリムがティアの顔を見て泣いてしまったのは事実で、メルフィアさんとしてもその後のフォローが良くなかったという忸怩たる思いがあったようだ。


「リム様はいつも身構えるようになってしまって……。確かに涙は見せないんですけど」

「泣かせるよりはマシ」

「御覧のようにティア様はティア様で意固地になってしまって」

「だが、これから頑張るんだろう?」

「うん。ワタシもリムの笑った顔が見たい」


 眠たげな顔に気迫を滾らせたティアが頷くのを、メルフィアさんが感慨深げに眺めていた。

 俺も師匠として頑張らねば。




   ◇




 そんな出会いがあった翌朝。


「何で私の所には来ないのですか!」


 浴びせられた怒鳴り声で目が覚めた。

 焦点の合わない視界の中には、明るい緑色が仁王立ちしていた。下から覗き見える白色が寝起きの眼には眩しい。

 そこは白なのか……じゃなくて。


「ふわぁ……、おはようさん。こんな朝っぱらから何事だ?」


 バレればどんな罵声が浴びせられるか分かったもんじゃない。そっと顔を逸らしつつ、自然体を装って素敵な目覚めをプレゼントしてくれたアリエルに手を上げた。

 だが、そんな事には関係なくアリエルはおかんむりのようだ。


「おはようございます! ではなく! カリンとティアの所には顔を出しておきながら、どうして私の所には挨拶に来ないのですか!?」

「いやあ、二人と話すので疲れてたし、もう夜も遅かったし……」

「私がどれだけ……!」

「もしかして、待ったのか?」

「なっ!? そ、そんなわけがないでしょう!?」


 顔を真っ赤にして否定するアリエルだったが、その釣り上がった目の下には薄っすらと(くま)が出来てしまっているように見える。


「それはすまなかった。今日改めて、お前の部屋に行かせてもらってもいいか?」

「もういいです。こうやって顔を合わせているのだから不要でしょう」


 すっかりヘソを曲げてしまったアリエルが、子供の様にそっぽを向いてしまう。

 これがあの圧迫面接の時の面接官と同一人物かと思わず笑ってしまいそうになるが、間違いなくややこしい事になるのでぐっと堪えて平身低頭謝罪する。


「そう言わずに。俺はお前の部屋に……いや、お前の事が知りたいんだ!」

「はっ? な、何を言っているのですかあなたはっ!?」

「頼む!」

「わ、分かりました! 分かりましたから顔を上げてください!」


 折角ありつけた仕事でギスギスするのとか嫌なんだ。

 床に跪いて額も擦りつけるつもりで頭を下げると、狼狽したアリエルがわたわたと慌てて止めに入ってくれた。

 意外に押しに弱いのか?

 ホッとして顔を上げると――


「あっ」

「へっ?」


 緑色のエプロンドレスのような派手な衣装のスカートがふわりと巻き上がり、あわやという所までめくれ上がる。

 ゆっくりと舞い降りてくる布地の向こうから、目を見開いたアリエルが固まっている姿が現れた。

 アリエルは幾度か瞬きをすると、ゆっくりと目を細め、拳を握り締めて震わせた。


「……何か釈明はありますか」

「…………白も似合っていていいと思う」




 スパーンっと乾いた音が朝の魔王城に響き渡った。




   ◇




「あなたはアホなんですか?」

「弁解の言葉もない」


 所変わって食堂。

 配膳を終えたメルフィアさんが、俺の頬にタオルで包んだ氷を当ててながら、呆れた顔で腫れた頬を診てくれている。


 いつも通りの敬語の中にゾクリとするような怒気を孕んでいて、「治療を止めてくれないと目の前の御飯が冷めてしまう」などとは言い出せない雰囲気だ。


「全く。後でアリエル様に謝りに行ってくださいね?」

「え? 行ってもいいものですかね?」


 広間を去って行ったアリエルは肩を怒らせてそれはもうお怒りの様子だったのだが。


「来るなとは言われていないんですよね? アリエル様のことですから、今頃あなたが来るかもしれないと気を揉んでいるでしょう。ここで変に気を使って顔を出さないと、後でさらに気まずくなりますよ?」

「助言ありがとうございます。早速後で――」


 その時。肌身離さず持ち歩いている支給された魔道具が、ぶるぶると震えた。

 魔王城への来客の証だ。


「あ……」

「はぁ……。アリエル様には私から連絡を入れておきますので、どうかお客様のお相手をよろしくお願いしますね?」

「はい……」


 流石の万能メイドのメルフィアさんも、俺の代わりに四天王として戦うという事はやってくれないらしく、俺は後ろ髪を引かれる思いで食堂を後にした。




 案の定、来客はマオだったので、世間(魔族)の厳しさをきっちりと教えてやることにした。


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