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10.四天王の水


「ああ、くそ。まだヒリヒリするぜ……」


 四天王の火、カリンに焼け出されてから一時間。俺はあいつに負わされた火傷の治療を行っていた。

 とはいえ、所詮俺は片角。回復魔法も苦手だ。あまりに魔力の浪費が凄いので、完治させるのは諦めた。


 まだ引き攣っているような気がする傷跡を撫でながら、次に向かうのは『水』の間だ。こちらはカリンの部屋とは違って、熱湯が煮え滾っているということは無いと信じたい。

 俺は幾分の緊張を抱きながら、『水』の間の扉をノックした。


「どうぞ」


 扉越しではあるが、くぐもったような抑揚のない平淡な声に招き入れられ、俺は扉を開けた。

 冷風が噴き出てくる、という事はなかったのだが、代わりに雨の日の空気のような、濃厚な水気の混じった匂いが感じられた。


「室内で水の匂いが?」

「いらっしゃーい」


 やはり抑揚のない声で出迎えてくれたのは、変な女だった。

 青い髪は緩やかにウェーブして肩に掛かり、その肩は剥き出しの青いワンピースのような服を着ている。四天王の『水』としての矜持なのかもしれないが、そうなると何故か被っている仮面が気になる。


 そう、仮面だ。模様の一つもない白一色に、目の所に上向きの細い三日月のような覗き穴が二つある仮面だ。笑顔を模しているようにも思えるが、如何せん声色に抑揚が無くて無機質が過ぎる。

 何故そんな物を被っているのか、とても気になるのだが、聞いていいものなのだろうか。


「どうかした?」

「いや……あんたが『水』か?」

「他にいない。ワタシはティア。あなたは?」

「……土だ。まさかあんたも覚えてないのか?」


 四天王とやらはどうなっているんだと思わず呆れた声でぞんざいに答えてしまうと、ティアは首を振った。


「違う。顔がよく見えてなかった。声は覚えてる」

「じゃあソレを外せよ……」


 俺の脱力した指摘に、ティアはやはりフルフルと首を横に振る。


「これを外すわけにはいかない」

「そうか……。それは勝手を言って悪かったな」


 相変わらず声に感情は感じられないが、確固たる意志があるのだろう。俺が理解を示して謝罪すると、ティアもこくりと頷いた。意外に素直なのかもしれない。


「あーと、じゃあティアはここで何を? カリンみたいに修行か?」

「違う」


 俺の質問にきっぱりと首を横に振ったティアは、壁に備え付けられた巨大なタンクをポンポンと叩いた。

 ノックが水で反響する音が室内に響いた。


「それは?」

「上水タンク。城内の水は全てワタシが賄っている」

「なんと。いつも助かってる。ありがとう」

「……どういたしまして」


 住人が俺を含めて六人程しかいない様子のこの城に、水洗トイレに風呂まで完備している秘密はここにあったのか。

 俺が拝むように感謝の言葉を口にすると、仮面の奥で何を考えたのか、ティアがぽつりと「お風呂はカリンの熱も利用している」と漏らした。


「なん……だと……?」

「…………」


 あの暑苦しい女にもそんな使い道があったのか。

 無言でこちらを見つめる仮面の奥の青い瞳から、「で? お前は何が出来るの?」という圧力のような物を感じる。

 くっ。


「……現在は建築魔法の修行中だ」

「そう。頑張って。ワタシも部屋の拡張とか色々してみたい」

「ぜ、善処する」

「うん」

「…………と、ところでその仮面は何なんだ? 何故被っている?」


 無言の圧力に屈する形で、俺は話題を変えた。


「…………」

「言いにくい事なら、無理には聞かないが」

「ワタシは――、感情を表に出すのが苦手」

「そう、だろうな」

「…………」

「茶化して悪かった。続けてくれ」


 苦手という割には俺に無言で圧力を掛けてくるじゃないか。


「それでもいいと思っていたのだけど、一度リムを泣かせてしまった」

「それ以来、その仮面を?」


 こくりと頷く笑顔の仮面。何とも不器用な奴だ。

 しかし、この仮面はこの仮面で十分不気味な気もするのだが。


「俺がガキならその仮面を見て泣きそうな気もするが……。効果あるのか?」

「少なくとも、リムには泣かれていない」

「そうかい。……試しに一回取って見せてくれないか?」


 ティアはやはり首を横に振る。

 だが、俺にはどうにも気に掛かった。目の前でチラシを捨てられても笑顔を絶やさなかったあの子が、そう簡単に泣くのだろうか。

 怖いもの見たさがあるのも否定はしないが。


「ここにリムはいない。同僚の素顔を知らないというのも何だか寂しいもんだろう?」

「…………わかった」


 本当にリムに素顔を隠すという以外の理由はないようで、意外にあっさりと頷いたティアは笑顔の仮面を外して俺に向き直った。


「ほぉ……」

「なに?」

「いや、別に」


 仮面の下から出てきたのは、眠たげな眼差しが印象的な、すっきりとした目鼻立ちの麗人だった。

 たしかに整った顔の人間には寒気を感じさせる気迫のような物が宿る事があるが、彼女の顔を見て泣くというのは些か失礼が過ぎる気がする。


「本当にリムはお前さんの顔を見て泣いたのか?」

「何故?」

「俺には、そこまで怖いもんには見えないからな」

「……そう。でも、リムが泣いたのは事実」


 前言通りに無表情なまま仮面に視線を落としたティアは、しかしどこか悲し気なように思えた。

 なんだ、ちゃんと感情を出せてるじゃないか。

 ジロジロと観察していると、仮面から視線を上げたティアと目があった。


「だから、なに?」

「おおう……」


 ジロリと。眠たげな目は変わらないままに、なんだかジト目で睨まれたような気がした。

 思わず感嘆の声を漏らすと、ますます視線が厳しくなったような、そうでもないような。


「まあ待て、落ち着け。ティア、お前は感情を表に出すのが苦手だと言っていたな?」


 多少険が取れたティアが、こちらから視線を外さないままに頷いた。今の感情は警戒といったところだろうか。


「だが、お前はさっきから俺に対してイラッとしたり、何考えてるんだこいつ、と訝しんだりしてるだろう?」

「っ!?」


 表情は変わらないが、息を飲んだ気配がする。何故それを、ってか。


「お前の感情が表に出ていないわけじゃない。なら、訓練すればもっと自然に出せるようになるはずだ」

「でも……ワタシにはコレがあるから……」


 ティアが再び仮面へと視線を落とし、握る手にぎゅっと力を籠める。だが、


「これはリムのためでもある」

「リムの……?」

「お前が仮面を被るようになったのはリムの所為なんだろう?」

「所為だなんて思ってない」

「あの子がどう思うかだ。お前の仮面を見るたびに、リムはお前に仮面を被せてしまったと思い悩んでいるかもしれない」


 自分の配ったチラシで就職に来てしまった俺を気に掛けるくらいに優しい子だ。それぐらいはありえるだろう。

 思うところがあるのだろう、黙ってしまったティアを刺激しないように優しく語り掛ける。


「すぐじゃなくていい。いつか、仮面無しで話してやって、あいつを安心させてやるといい」

「………」


 ダメか。思わずため息が漏れそうになると――


「わかった。頑張る」

「お? ああ、頑張れ! 出来る限りの協力する」

「うん。師匠、早速よろしく」

「おう! ……ん? 師匠?」


「ワタシを鍛えてもらう。それなら、アナタは師匠」

「いや、そこまで大そうなことをするつもりは……」

「よろしく、師匠」


 有無を言わさぬティアに、俺は不承不承頷くしかなかった。

 詰め寄る彼女は、無表情なのにどこか楽しそうに見えた――ような気がする。


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