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9.四天王の火


 四天王になって一ヶ月。

 俺は未だに広間の床で寝ていた。忙しくて部屋を作れていないのだ。


 来客があれば相手をしなければいけない。今の所、一日おきにマオが来るだけだが。疲れ果てた彼女を放置するわけにはいかないので、また村へと連れていくので一日潰れてしまう。

 翌日はメルフィアさんが納得するレベルでの床の修理に一日掛かってしまい、それが終わるとまたマオが来てしまう、といった具合だ。


 しかしそのマオも、前回村へ送った時に『このまま挑み続けても勝てそうにないから、修行してくるよ』と言い残していったので、少なくとも今日は来ないだろう。


 ようやく訪れた自由な時間だけど、俺は部屋作りよりも気に掛かっていた事があった。

 ……決して建築魔法が苦手だから部屋作りを先延ばしにしたいわけじゃない。床は冷たいし。ああ、でも最近は暖かくなってきて苦でなくなってきたかもしれない。


 話を戻して、気になっているのは俺以外の四天王の存在だ。実はアリエル以外との面識が未だにないのだ。

 居住区が離れているのはしょうがないとしても、毎日の食堂で顔を合わさないということは……やはり避けられているんだろうか。


 メルフィアさんに相談すると、「私が場をセッティングしましょうか?」と提案してくれたが、ここで頼ってしまっては俺の印象が弱々しく映ってしまうかもしれない。

 同じ四天王として対等な立場を得るためにも、こちらから乗り込む形で顔を拝んでやろう。

 結局自分から出向くんですね、なんていうメルフィアさんの呟きは聞こえないふりをした。だって気になるんだもの。


 で、誰から会いに行くかだが……。

 俺はこの一ヶ月で少々くたびれ始めたマニュアルの見取り図を開いた。

 俺のいる広間から、正門、『締め切り』と注釈された大扉、通用口と続いて、『順路』という文字と矢印が描かれた道が一つ。


 一つ目の部屋には『火』と書かれている。そこから『水』『風』と続いて、最奥の大きな部屋へと繋がっている。

 最奥が魔王様の居室だろうか。是非御前に上がりたい所だが……。

 癪ではあるが、アリエルが言った『半人前』という言葉ももっともだ。今しばらくは真面目に働いて証を立てよう。


 となると『風』か『火』から順番に会いに行きたいところだが……『風』は最後にしよう。

 もしかしたら、仲良くなった『火』や『水』の人がアリエルとの仲を仲介してくれるかもしれない。

 ……気まずい相手が三人に増える、という可能性は考えないようにしよう。


 持ち場を留守にする事に対しては、念のためにメルフィアさんに確認済みだ。

 通用口の戸締りだけはしっかりと確認して、来客用の呼び出しの魔道具を設置して順路へと向かう。


 通用路とは違って明り取りの窓もなく、重苦しい空気を漂わせた廊下を抜けると、屋内に配置するには重々しい鋼鉄製の扉が備え付けられていた。

 遠慮がちにノックするが、扉の厚さに阻まれて音が届いている気がしない。

 今度は力を入れてゴンゴンと音を響かせたが、やはり中から返事はなかった。


「留守? まさかな……」


 意を決して、扉を押した――瞬間。

 肌が焼けそうな熱風が押し寄せてきた。


「熱っ!? な、なんだ!?」

「ん? 誰だ? 早く扉を閉めてくれ。熱が逃げるじゃないかっ」


 あまりの暑さに瞠目していると、そんな女の声が扉の向こうから聞こえてきた。それはこんな熱風の吹き荒れる部屋の中から聞こえたとは思えないほどに涼やかなものだった。


 ええい、ままよ!

 一つ深呼吸をして、瞼を強く瞑って扉の向こうへと飛び込んだ。

 瞬間、どっと汗が噴き出してくる。

 滝の様に流れ出す汗を拭って、恐る恐る目を開ける。


 流石に眼球が沸騰するというような温度という事もなく、熱でゆらゆらと揺らめく視界の中に派手な赤い髪を躍らせる女が映り込んだ。

 まるで陽炎のように揺れるその幻想的な姿に、思わず息を飲む。

 と、忘れていた熱さがぶり返してきた。


「誰? 挑戦者?」

「…………四天王の土だ。面接にいたはずじゃ?」

「……興味が無くってな」


 何とも世知辛い話だ。


「アタシはカリン。ごめんな。すぐにいなくなると思ったんだ」

「なんでまた、そう思ったんだ?」

「だって暇だろ? 誰も来ないし」


 そんな事はないと思ったが、よく考えるとマオは俺が配属してから通うようになったんだったか。

 それ以前はこのやたらと暑苦しい女――カリンが一番最初に応対するはずだったのだろうか。


「そうでもない。毎日とはいかないが、今はお得意さんがいるからな」


 この一ヶ月で彼女の財布は随分と軽くなってしまった。村の教会にいたアンリという娘に多少預けているから、生活には困らないとは言っていたが……。最悪の場合は俺が貸してやろう。元はあいつの金だけど。


「へぇ? そうかい。でも、所詮アンタに負けるくらいなんだろ? あんまり楽しめなさそうだ」

「む……。いや、あいつは人間にしては中々やるぞ? 根性もあるし、きっと強くなるに違いない」

「ふ~ん?」


 素っ気ない返事だが、興味は引いたのだろう。鋭い目を細めたカリンが、真っ赤な舌でちろりと唇を舐めた。

 何だか見てはいけないものを見たような気がして思わず視線を逸らしたのだけど、今度は良く焼けた小麦色の肌が眩しい彼女の身体が目に入ってしまって顔が熱くなるのを感じる。


「どうした? 顔が真っ赤だぞ?」

「っ! な、なんでそんなに薄着なんだ?」

「ん? 修行だ!」

「何の!?」


 下着同然の踊り子のような衣装を着たカリンが、スラリとした胸を張る。無駄な贅肉を削ぎ落した肢体は野生動物のようにしなやかで、クロヒョウを彷彿とさせる。

 日焼けの後なのか、胸当てのような服の隙間から僅かに覗き見える白い地肌に視線が吸い込まれて、ごくりと思わず喉がなった。


「火魔法は扱う側も熱いからな。こうやって常日頃から熱さに耐える訓練をしてるんだ」


 意外とまともな理由だった!


「いや、それならもっと着込んだ方がいいんじゃないか?」

「…………それだと汗で気持ち悪い」


 頬を薄っすらと紅潮させたカリンがぷいと顔を背けるのを、うかつにも可愛いと思ってしまった。

 いかん。こいつは同僚、こいつは同僚……。


「というか、アンタはさっきからどこを見てるんだ!?」

「うん? そりゃあ……」


 キッと赤い瞳でこちらをねめつけるカリン。その喉元を流れ落ちる汗を追って、視線が下へと下がっていく。

 なだらかな胸元を下って、くびれた腰をなぞり、スカート状の布切れを纏った臀部に吸い込まれる。その下には張りのある健脚がすらりと伸びている。


 どこを見ていると答えても問題がありそうだ。この難問の正解は沈黙か。


「…………」

「用が終わったのなら出ていけっ! 変態!」


 情け容赦なく火の下級魔法(ファイアーボール)が雨のように飛んできて、俺は逃げるように部屋を後にした。


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