【番外2-7】竹調のササラは念願叶って銀琴と協力ライブする
この物語は竹調のササラ目線で語られる番外編です。
本編の歌姫護衛クエストの対ペトラ戦のササラ視点です。2万文字を超えてしまいましたが、護衛クエストはこれで完結になります。長かった番外編も次回が最終話になりそうです。
話し方が安定しないエセ京都弁のササラ、途中で美雪の眼光威圧によって怯えて思考が変になるササラに対し、不快に感じた場合は申し訳ございません。
警戒しとった護衛クエストやけど、ライブイベント当日まで目立ったハプニングは起きんかった。
一日目の夜に、冒険団モブの誰かが磔吸血鬼に襲われたんけど…、まぁ、特に大きな問題は起きんかった。
この数日は、トウカはんも急接近することが減り、ササラも頬ぱちーんすることが減った。
後で聞いた話やけど、トウカはんはサポーターである美雪はん達に、急接近が多いのをなおすように説教されたんらしいわ。
最初は嫉妬ん対象やった美雪はん達やけど、彼女んらのおかげでササラはトウカはんと普通に話せるようになった。
ササラと一定の距離を取るんようになったトウカはんに、少し寂しさを感じてまう。
やけど、ササラはビンタ無く会話が出来るようになり、トウカはんと一緒に冒険するいうんササラの目標に近づいたんを感じる。
こん調子なら、今日のライブイベントが終わった後に、一緒に冒険したい、パーティを組みたいって伝えられるんやないか?
そう考えると、これから始まるトウカはんとの対バンライブにも、やる気を持って挑むことが出来る。
「ササラ様、そろそろ時間です。」
「おおきに。ほな、行ってくるわ!」
声をかけてくるんは、ユリスキーはん。ササラは無言で小さく頷く。
これから始まるトウカはんとの対バンライブが終わったら、ササラは伝えるんや。
「トウカはん、ササラも強うなった。一緒にパーティ組んでくれへんか?」
誰にも聞こえへんくらいの小さい声でトウカはんに伝える言葉を練習し、たくさんの観客に見守られる中、ササラは闘技場内に作られたステージへと進む。
ほぼ一年ぶりのトウカはんとの対バンライブやけど、以前と変わらん、会場を震えさせる程のたくさんの歓声に包まれる。
最初はこの大きな歓声にも、オドオドしてポンコツを加速してもうてたな。
今のササラは、観客達を確認することが出来るくらいには落ち着いとる。
ラクレはんとレトチはんがおるな。二人とも見に来てくれたんか。嬉しいな。
ステージに着いたササラは、目の前に立つトウカはんの顔を真っ直ぐ見る。
大きな歓声など気にもせず堂々と立つトウカはんは、一年間の空白を感じさせない。さすがやな、と思わず小さく呟いてまう。
ササラがステージん中の、立ち位置についた時、トウカはんはにこりと笑う。
初めて会うた日に、ササラを助けてくれた時と全く同じ笑顔。
あれから一年以上経ち、対バンライブなんて変なイベントやるくらい、トウカはんとササラの関係も大きく変わった。やけど、トウカはんの笑顔は変わらん。
挑発的で、子供のような無邪気な笑顔。
トウカはんらしい、ササラの大好きな笑い方や。
「ササラ様、こちらをどうぞ。」
トウカはんに見惚れとったササラの横に、いつの間にかユリスキーはんが立ち、黒い石のついた棒を渡してくる。トウカはんも、ユリ・シンジョウはんから同じものを受け取る。
この棒は、異世界流のマイクといったところ。
拡声石いう、声を大きくする石が先端に付いとり、広大な闘技場でもササラ達の声を観客へと届けることが出来る。
そんな異世界マイクを片手に、大きな声でトウカはんは開幕の宣言をする。
「ササラ!!よく逃げずに現れたな!!褒めてやる!!」
「逃げるわけないやろ?ササラは今のところ、全戦全勝なんやで?逃げるわけないやん。トウカはんの方が逃げた方が良ぇんやない?」
「おうおう、威勢が良いじゃねぇか!!全戦全勝なんて言ってるけど、それは先輩冒険者として、私が手加減をしてやってたんだよ!!負けたわけじゃねぇ!!」
「ほな、本気出してくれはります?」
「言われなくても本気出してやるよ!!っていうか、今日は久しぶりの対バンライブだから、手加減なんて出来ねぇ!!初めて会った時みたいに、泣いても知らないからな!!」
「あの日も泣いてへんし、今日も泣かへんわ。トウカはんは一年間引きこもっとって、更に弱くなっとるやろ?一年間、ちゃあんと実力をつけとったササラの敵やないと思うけど?むしろ、トウカはんが泣いてまうんやない?ちゃんとハンカチは持ったんかえ?」
対バンライブの始まりは今日もバッチリやな。
挑発的なセリフの掛け合いから、お互いの罵倒を演奏にのせてぶつけ合う。
これが、トウカはんとササラが一年前にやっとった対バンライブ。
なんで観客がこれで盛り上がるんやろうな?って最初は思うたんやけど、トウカはんの意外にうまいギターさばきと、ササラの独特な演奏が緩急をつけた見事な演奏になっとるらしい。
今日も挨拶代わりの罵り合いの後、演奏へと移行する思うとった。やけど、次のトウカはんの言葉によって、一年前とは違う展開になる。
「おいおい、ササラー!!私に挑発とは、良い度胸じゃねぇか!!今日こそ私の銀琴シルバーグリフォンでぶっ飛ばす!!」
トウカはんの、ぶっ飛ばすいう言葉の後、ステージ正面にある闘技場の特別観戦席が突然爆発する。
突然の大きな爆音と、闘技場を包み込む煙と土埃に、呆然となってまう観客とササラ。
対バンライブ中やってことを忘れて、トウカはんに素で話しかけてまう。
「い、いや、トウカはん…。ほんまにぶっ飛ばすんは、あかんと思うで…?」
「違う!!私じゃねぇ!!」
あれ、トウカはんやないの?それなら今ん爆発は何なん?
トウカはんとササラが混乱を増していく中、爆発の煙が晴れてペトラはんが現れる。
あれ、なんでペトラはん?そう思うとったら、トウカはんのサポーターである美雪はんが、滅茶苦茶になった特別席から飛んでくる。
風魔法で着地の勢いを殺した美雪はんは、ペトラはんのことを睨む。
もしかして、美雪はんがペトラはんを爆発で吹き飛ばしたんかえ?え、美雪はん、なにやってますのん?
あ、トウカはんがペトラはんと一緒に、ササラに内緒で何かやったん?
そう思うてトウカはんの顔を確認したんやけど、肝心のトウカはんは、おいこら、美雪。なにやってんだ?って感じで美雪はんを睨んどる。
それじゃあ、ペトラはんと美雪はんからのサプライズなんかえ?
いや、ペトラはんと美雪はんも周囲を見回して、驚いた表情になっとる。え、この状況、二人にとっても予想外なんかえ?
どうやら、トウカはんも知らないアクシデントのようや…って、それどころやないな…。
観客が混乱と、困惑の表情になっとる…。観客にもアクシデントってのが伝わってしまっとる。
あかんやん!!
このままやとトウカはんとの久しぶりの対バンライブが失敗どころか、歌姫はんのライブイベントにも影響出てまうんやない!?
そんなことになったら、せっかくのトウカはんとの初めての共同クエストが、失敗に終わってまう!!
一度共同クエストが失敗になってもうたら、もう次の共同の機会は無くなってまうやないか!?
そんなん嫌や!!
一年間待って、やっと訪れたチャンスなんや!!失敗になんてさせたくない!!
なんとかしないとあかん!!ポンコツなササラの頭を振り回して、この状況をどうにかする策を考える。
そして、なんとかササラは現状をなんとか出来るかもしれん策を思いつく。
「え、えーっと、皆はん!!驚かせてしまったこと、かんにんなぁ!今日はいつものトウカはんとの対バンライブじゃ、皆はんも飽きてまうかなーってことで、ササラ達は考えました!!特別イベントや!!そうやんな?トウカはん?」
ササラが考えた策は、ひとまずアクシデントを特別イベントやったことにすること。
ポンコツなササラが思いつかん部分は、申し訳ないけどトウカはんにお願いする。幸いなことに、トウカはんはササラの考えに気付いて、すぐに言葉をかぶせてくれた。
「お、おう!!今日は特別に、私とササラの支援魔法をみんなにお見せするぞー!!そんなわけで、ビリジアン等級の元冒険者、歌姫のマネージャーであるペトラと、最近王都を賑わせている、凶悪な殺し屋の目つきこと黒等級冒険者、美雪の一騎討ちだー!!」
さすが、トウカはん!!ササラの考えに気付いて、瞬時に合わせてくれる!!
自分のサポーターである美雪はんを、凶悪な殺し屋の目つきなんて紹介してるけど、これならなんとかなるかもしれん!
トウカはんの表情を確認すると、パチッとウィンクしてくる。
うわ、なんそれ…、可愛い…って思うてる場合やない!トウカはんの言葉に、ササラが答えなあかん!
「ビリジアン等級と、黒等級。普通やったら絶対に勝てへん実力差やけど、その差を支援魔法で埋めさせてもらうでー!ビリジアン等級の元冒険者ペトラはん相手に、黒等級の初級冒険者である美雪はんが、トウカはんとササラの支援魔法でどこまで健闘できるか、これを皆はんにお伝えするどす!」
「ササラの言う通りだ!!普段、支援魔法は攻撃魔法に比べて大したことないって思われがちだけど、そうじゃないってことをお伝えするぜー!!」
トウカはんとササラの言葉に、闘技場に今日一番の歓声が上げる。
美雪はんには等級がふたつも上のペトラはんと戦わせることになってもうたから、後で謝らんとあかんが…、ひとまず、なんとかなったみたいやな!
いや、なんとかなったどころやないで!!
美雪はんとペトラはんが戦うんを、トウカはんとササラで、支援魔法を掛け合う。
これ、ササラがずっと望んどった、トウカはんとの共闘やん!!
突然の爆発と、突然の二人の登場で、突然ササラの夢が叶った!!
高まる感情を必死に抑えて、ササラはトウカはんに声をかける!!
「それじゃ、行くでぇトウカはん!!準備はえぇか?」
「準備ばっちりだぜー!!この銀琴シルバーグリフォンで、八雲流奏術を見せてやるー!!久しぶりに奏でるぜー!!」
トウカはんは、マグカから異名の由来にもなった銀琴を取り出す。
琴いうても、横に置いてあるんを爪で弾いて鳴らす日本の最古の楽器とも言われる和琴や、ハープみたいな竪琴とは違う。
ボディーいう銀色の三角形から、ネック言われる棒を経由して、ヘッド言われる部分に弦が張られとる。
トウカはんの銀琴は、どう見てもエレキギターや。
「前から思ってたんやけど、トウカはんの銀琴って、どこが琴なん?琴じゃなくてギターやんな?」
思わずササラはトウカはんに質問をしとった。
ササラの質問に、少し悲しい顔をしたトウカはんは質問へ回答をしてくれる。
「いや、この世界で弦楽器って言ったら、吟遊詩人が持ってるハープじゃん?ハープって竪琴でしょ?ギターを見た事が無い、頭の古い化石おじいちゃん師匠が、私のギターを竪琴って言って譲らなかったんだよ。それで、いつの間にか、銀琴なんて呼ばれてたんだよね。だから、これはギターじゃなくて、琴。」
銀琴の由来は、トウカはんが引きこもる原因にもなった、師匠の老騎士との思い出でもあったんやな。
ササラ、よくないこと聞いてもうたな…って思うたんやけど、トウカはんは笑顔のまま、口パクで「気にしてる場合じゃねぇ。続けろ」って言うてくれてる。
トウカはんの心の広さに感謝しながら、ササラも自分の楽器を取り出すことにする。
一年の頑張りによって、ササラの楽器がどこまで進化したか、トウカはんに教える時が来たんや!!
「そんな事情があったんやな。ササラ、納得や。トウカはんは準備万端のようやし、ササラも準備するなぁ。出でよ!ササラの打楽器!!竹製要塞バンブー・フォートレス!!」
ササラの呼び声に応じて、足元の地面からたくさんの竹が生えてくる。
竹調の異名の通り、ササラの補助魔法は竹で作られた楽器の演奏によって発動する。
なんでも、竹を叩いた時の独特な間延びした音が、モンスターの戦意を削いで、ステータスを大幅に減らすらしい。
やけど、ダンジョンの中でモンスターの群れに囲まれながら、演奏なんて出来へん。
ササラの演奏は相手のステータスを直接減らすためか、タゲいうんを稼いでしもうて、モンスターの標的になりやすい。
いくらユリスキーはんが前衛で守ってくれるいうても、遠距離攻撃なんかがばんばんとササラ目掛けて飛んでくんねん。演奏どころやなくなってまう。
やから、ササラは考えた。
演奏中に攻撃されるんなら、攻撃されても問題ないくらい守りを固めたら良ぇやん。
そんで生まれたんが、この竹製要塞バンブー・フォートレス。
演奏しとるササラに遠距離攻撃が飛んでこようとも、周りを囲む竹が自動で伸び縮みしてササラを守ってくれる堅牢な要塞や。
ササラがこの一年間で作り出した、自分の身は自分で守るいう言葉を体現した自慢の武器(?)や!!
どうや、トウカはん!!ササラと同じく演奏で支援するトウカはんなら、この要塞の凄さが分かるんやないか!?
「いや…、ササラの竹製の楽器も大概だぞ…?それ本当に楽器?私が引き籠る前は、竹製のドラムだったじゃねぇか…?なんで、こんな巨大な要塞になって…。って、そうか。私が引き籠ってたこの一年、すごい頑張ったんだな、ササラ。」
最初は怪訝な眼差しを向けとったトウカはんやけど、最終的にはササラの一年間の頑張りが伝わった。
トウカはんが引きこもる前に言うた、ササラが私の代わりにがんばってくれよ。いう言葉。
ササラは守ったんや。
苦労や努力が報われた時の多幸感がササラの全身を震わすんやけど、まだササラの頑張りを伝えきれてへん。やから、更にアピールや!!
「そうや、ササラがんばった!!トウカはんの分も頑張った!!やけど、驚くのはまだ早いでぇ!!開放せぇや!!バンブー・フォートレス!!」
ササラの声に応じるように、竹製要塞バンブー・フォートレスの中央部分が開かれる。
これこそ、この要塞の一番大事な部分。ササラの夢を叶えるための心臓部分の発表や!
「さぁ、トウカはん!そこは、トウカはんの演奏スペースや!これが、竹製要塞バンブー・フォートレスの銀琴竹調共同演奏モードや!」
この要塞が守るんは、ササラだけやない!中央部分にもう一人守るスペースがあるんや!
この中央スペースの目的は、もちろんトウカはんを守るため!
トウカはんと一緒に並び立ついうササラの夢を成就するんためには、ササラだけ要塞で守ってたらあかん。やから、トウカはんが立つスペースを作った!ササラん要塞で、トウカはんを守るんや!!
これには、トウカはんもササラの有用さを認めんわけにはいかないんやない!?
ササラは得意気な表情で、トウカさんの表情を確認する!
「んえ!?私、そこに立つの!?恥ずかしいんだけど!!」
トウカはん、まさかの困惑!!
え、恥ずかしいんか!?要塞の真ん中に立つん、恥ずかしいんか!?
それなら、今まさに要塞ん中に立っとるササラは、恥ずかしいことになるんかえ!?
そ、そんなわけない!!ササラは疑問を吹き飛ばす。
とにかく、このスペースはトウカはんのためのもの。今ササラに出来るんは、勢いで誤魔化してトウカはんを、ササラん要塞の中に立たせることや!!
「あほう!!そんなこと言ってる場合やあらへんやろ!?はよう、トウカはん専用スペースに立つんや!!ほら、はよう!!」
「なんでそんな必死なんだよ…?そんで、なんでササラの楽器の中に私専用のスペースがあんだ…?」
トウカはんの質問も、ササラは勢いで誤魔化す。
「何しとんねん!?そない細かいこと気にしとる場合やないやろ!?ほら、はよう!!はよう!!」
「あー、もう分かったよ!!やるよ!!やってやるよ!!とうっ!!」
ササラの勢いにトウカはんは観念したんか、要塞の真ん中に向けて大きく飛び上がり、ササラが用意した専用スペースに降り立つ。
こん距離をひとっ飛びかえ…。せっかく、トウカはんを中央スペースに案内するんための、階段が出るギミックも用意したんに…。
渾身のギミックを披露できんで、少し落ち込んだササラやけど、すぐにどうでもよくなった。
なんせ、ササラの要塞ん中にトウカはんが立っとるんや。夢にまでみた光景の実現に、ササラの涙腺が緩みかける。
「準備オッケー!!演奏前のマイクパフォーマンスはここまでだ!!私は美雪のバフ、ササラはペトラのデバフ!!ササラ、準備オッケーか!?」
トウカはんの言葉が、ササラを現実に戻す。そうやった、肝心なんはこれからや。
表情を引き締めて、トウカはんの声に応える。
「ササラ、準備オッケーどす!!」
「それじゃあ、私は美雪のステータスを上げるぜ!!闘魂の狂想曲!!」
トウカはんが銀琴シルバーグリフォンをかき鳴らして、ステータスを大幅アップさせる支援魔法、闘魂の狂想曲を発動させる。
エレキギターのような音色のアップテンポの曲は、美雪はんのステータスを大きく上げる。
約二倍やったかな?さすがトウカはんの支援魔法、驚愕の伸び率や。
でも、レベル50を超えるペトラはんにはまだ追いつけへん。
やから、ササラも支援魔法を発動させる。
「ほな、ササラはペトラはんのステータス低下やな!静寂の鎮魂歌!!」
ササラは要塞の一部に取り付けられた楽器部分を、先が丸い棒でポーンポーン叩く。
この間延びした音色は、ペトラはんのステータスを大きく下げる。
約二割減やったかな?トウカはんの支援魔法に比べて、あまり下がらんけど、これには理由がある。
要塞の自動防御を発動させるために、ササラん力の半分はそっちに回っとる。
やから、ササラの支援魔法での能力減は二割が限界。でも、二倍に上げるトウカはんを守ることが出来るんやから、ササラの凄さが伝わるやろ?
「初めてササラのデバフを自分の身で味わいますが…。こんなにも体が重くなるものなんですね…。でも、あなた相手には丁度良いハンデです。」
ほら、実際にササラん能力ダウンを受けたペトラはんは、その効果に驚いとる。丁度良いハンデなんて言われとるけど、ペトラはんの強がりやな!
現に、ペトラはんは本気の武器のオブシディアンナイフを取り出しとる。
ペトラ・ジャーマネ。
今は冒険者を辞めてもうたけど、トウカはんの師匠である老騎士はんの一番弟子やった。
卓越した身体能力と、抜群の魔法センス、師匠直伝のナイフによる戦闘技術は、老騎士を唸らせるほど。
一対一の近距離戦闘においては、当時の冒険者の中でも五本指に入る程の実力者やと言われとった。
やけど、そんなペトラはんも黒剣いう異名で知られる、あの男に負けた。
そん時の敗北で何があったかはササラには分からんけど、ペトラはんは冒険者稼業を辞めて、歌姫ミラウェル・シンガーソングはんのマネージャーになった。
今は歌姫はんのマネージャーやっとるけど、ペトラはんは銅等級直前…、いや、近距離戦闘や一対一の戦闘なら銅等級冒険者のササラを凌ぐ実力者や。
そんな実力者であるペトラはんが、美雪はんに対して、ナイフをくるくる回して威嚇しとる。
ササラの支援魔法でステータスが下がってるはずなんやけどな?
それを感じさせない、ペトラはんの堂に入ったナイフさばきに、ササラは危機感を覚える。
トウカはんとの共同での支援魔法やけど、もし美雪はんが負けてしまったら、この後どうなるん?
ササラと共闘しても効果が少ない、だからもう共闘しない、ってトウカはんに思われてまうんやない?
あ、あかん!!
ササラん夢のためにも、美雪はんに勝ってもらわんとあかん!!
がんばるんやー、美雪はん!卑怯な手を使ってでも、ペトラはんに勝つんやー、美雪はん!
もし勝てんくても、トウカはんにまたササラと共闘しても良いかもくらいは思わせるほどの善戦をするんやー、美雪はん!
間違っても、簡単に倒されるなんてことはあかんで、美雪はん!
トウカはんに実力を知ってもらいたいササラは、ペトラはんと何か会話をしとる美雪はんの勝利を祈る。
「それでは、参ります!!」
ササラが美雪はんの勝利を祈る中、ペトラはんの戦闘開始の一言が闘技場に響き渡る。
と、同時にペトラはんは、オブシディアンナイフで美雪はんに切りかかる。二人の距離をあっという間に縮めようとするペトラはんの突進。美雪はんは咄嗟に反撃の矢を放つ。
美雪はんのメイン武器は弓。
遠距離の攻撃が主体の弓は、懐に潜り込まれたらあかん。距離を詰められる前の、良い反撃やで、美雪はん!
美雪はんの反撃に喜んどったササラやけど、すぐにペトラはんとの実力差を思い知ることになる。
あかんわ、ペトラはん。あの距離での矢を無駄のない動きで避けとる。どんな反射神経しとるねん。
ササラなら頭に矢を生やしてまうような攻撃も、ペトラはんにとっては児戯に等しいんか…?ほんまにササラの支援魔法を受けとるんよな?
あ、あっという間に美雪はんとの距離を詰めてもうた。弓使いにとって、懐に潜られるんは、致命的や。え、もう終わりかえ…?
ササラの困惑に反して、美雪はんは持っとった弓で防ぐ。
おー、ペトラはんのナイフによる一閃を、防げとるやん!やるやん!
ササラなら心臓からナイフ生やしてまうような攻撃も、トウカはんの支援魔法を受けた美雪はんは、見事に防いどる。
刀同士の鍔迫り合いのような状態で、ナイフと弓で組んどった二人は何かを話しとる。
なに話しとるんやろ?この距離じゃ聞こえへんなー…思うとったところで、ペトラはんは強烈で鋭い蹴りを美雪はんに放つ。
なんとか美雪はんは避けたけど、すぐにペトラはんは高速で接近してナイフの連撃を放つ。
いなしきれなかったナイフが頬を掠めたんか、美雪はんの頬から、つぅーっと一筋の血が流れる。
美雪はんの防戦一方の展開に、ササラは戦慄を覚える。
トウカはんとササラの二人の支援魔法を合わせても、ペトラはんと美雪はん二人にはこんなに実力差があるんか!?
なんやペトラはんは美雪はんに対して、激昂もしとるし…。
善戦してくれいうササラの祈りは、高望みやったんか…?
ササラの勝利の祈りに反して、ペトラはんのナイフによる連撃は止まらん。完全に美雪はんを殺しに来とる。
ササラならみじん切りになってまう連撃。美雪はんは防ぐだけで精一杯や。
懐に潜り込まれてもうた時点で、弓使いの美雪はんは何も出来へん。
手も足も出んいうのは、まさにこのこと。
「集え風の精霊よ!逆巻く風により我に推進力を与えよ!!ウィンドムーブ!!」
危機的な状況を良くするためか、美雪はんは風属性の移動魔法ウィンドムーブを発動する。
やるやん、美雪はん!それなら、一気に距離を稼げるから、弓での反撃も出来る!
「ロケットアロー!!」
美雪はんが聞いたことない武技を放つ。
自信満々って表情で放たれた美雪はんの武技やけど、さっきの矢とどう違うんやろ?
まるで少し前の再現とばかりに、ペトラはんは難なく矢を避ける…、と思うとったら、美雪はんの放った矢が爆発した。
「なんなん!?」
突然の爆発に驚いた私に、トウカはんが解説をしてくれる。
「美雪のオリジナル武技、ロケットアローだ。爆発によって、矢に大きな推進力を与える武技だが…、今回はその爆発を攻撃に使ったんだな。近距離での爆発が直撃したから、さすがのペトラも…。ちっ、やっぱ無事か…!!」
トウカはんの予想は的中し、もうもうと黒煙が上がるん中から、ペトラはんが現れる。
眼鏡をくいっと上げながら現れる姿に、ササラは恐怖を覚える。
ササラなら粉微塵になってまうような美雪はんの爆発攻撃も、ペトラはんは無事なんか!?
ペトラはんが着とったローブの両袖は、爆発で吹き飛んどる…ってことは、まさかあの近距離での爆発を、とっさに両腕で防いだんか!?
ペトラはん、化け物なん…?これで、ビリジアン等級止まりなん?なんで、ササラは銅等級になれたん?
様々な疑問が浮かんでくるササラやけど、ペトラはんの言葉で現実に戻される。
「それでは、いきますよ!!」
ペトラはんは、瞬発力を高めるスキル反応強化を発動して、美雪はんへと突進をする。
とっさに弓で防御しようとする美雪はんやけど、ペトラはんはお見通しやったんか、直前で止まって詠唱破棄の地属性魔法ストーンバレットを発動する。
正面から攻撃を防ごうとした美雪はんに、ショットガンのような勢いの、無数の小石が飛ぶ。
「ウィンドシールド!!」
ササラなら蜂の巣になってまうようなペトラはんの地属性魔法ストーンバレットも、美雪はんはとっさの風属性魔法で防ぐ。
す、すごいなぁ…、美雪はん。
実力も経験も段違いなペトラはん相手に、ギリギリやけど、なんとか食い下がっとる…。
これなら、もしかして美雪はんが勝利する可能性もあるんじゃないかえ…?
そんなササラの甘い希望は、次に放たれるペトラはんの一撃によって、すぐに打ち砕かれる。
ペトラはんの放った地属性魔法は、美雪はんの防御を誘発するものやった。ウィンドシールドで美雪はんの視界が悪うなってる隙をついて、ペトラはんの蹴りが美雪はんの脇腹に突き刺さる。
痛みに美雪はんの顔が歪むけど、続けて放たれた蹴りは、持っとった弓でなんとか防ぐ。
美雪はんの反射神経に驚かされるが、ペトラはんの方が更に上手だった。
ペトラはんの蹴りには、相手の防御を無視してダメージを与えるスキル痛撃が込められとった。
あんスキルがのったペトラはんの攻撃は、とにかく痛い。
防御ステータスが高いササラは、普通の攻撃じゃ大きなダメージが入らん。やけど、そんなササラにも、防御を無視したペトラはんのスキル痛撃がのった攻撃は、とにかく痛い。
電気魔法や雷魔法でもないんに、全身に痛みと痺れが走る。
そんなペトラはんの痛撃を受けたんや。今も美雪はんを痺れが襲っとるんやろな。美雪はんは痺れに耐えきれず、防御の要である弓を落としてまう。
美雪はんが弓を落としたのを見て、ペトラさんはにやりと笑い、ナイフを天高く放り投げる。
なんでペトラはんにとってチャンスなんに、武器を放り投げたんや?
ササラん疑問に答えるように、ペトラはんは両腕を後ろに大きく伸ばす。
「あ、あん構えは…、まさか…?」
ペトラはんの両腕に地属性魔法を込めた魔力が流れていく。
あんトウカはんが、ペトラはんの妹弟子ん時に敗北を喫することになった武技。
攻撃範囲こそ狭いものの、圧縮された魔力と攻撃力を、猛る虎の爪を模した両腕から一点に集中して放つ。そん威力は、金剛石の塊すらも粉々に砕くと言われとる。
そん武技の名は…。
「猛虎岩砕掌!!」
ペトラはんの武技の発動と共に、美雪はんの体は吹き飛ぶ。
掌底が当たる直前に、美雪はんは横っ飛びをしたんが、ペトラはんの武技のあんまりな威力に、美雪はんの体は闘技場の壁にぶつかるまで、何度も地面に打ち付けられた。
ペトラはんの渾身の武技の発動に、闘技場におる観客達から大きな歓声が上がる。
ササラなら上半身ササラと下半身ササラ、もしくは、サとサラに別れてまうようなペトラはんの武技やったけど、美雪はんはなんとか一命を取り留めたようで、光の粒は上がらない。
土煙が消えて、美雪はんの姿が見える。
パリッとしたスーツはボロボロに汚れ、整えられた長い黒髪は無残に散らばっとる。
でも、そんなボロボロな外見も気にならんほど、美雪はんの姿は凄惨やった。
呼吸は大きく乱れ、額からは滝のように汗が流れとる。無事なとこが無いくらい、体中に裂傷と打撲を負っとり、内臓にもダメージが入ったんか口から血を吐き出しとる。
なんとか震える片腕で立ち上がろうとする美雪はんやけど、並じゃないダメージのせいで上半身を起こすことすら叶わない。
観客達は格上の冒険者と戦った美雪はんの健闘を称えて、拍手を贈り始める。
もう終わりを迎えてしもうたような観客の状況に、ササラは悔しさと共に後悔が押し寄せて来る。
トウカはんとササラの補助魔法をもってしても、黒等級の美雪はんとビリジアン等級の冒険者であるペトラはんの実力差は埋められんかった。
咄嗟のことに、美雪はんとペトラはんを戦う流れにしてもうたけど…、そのササラんアドリブのせいで、美雪はんをあそこまで傷つけてもうた…。
ササラんポンコツが招いた戦闘の決着が近づくにつれ、後悔が波のようになって押し寄せて来る。
視界が歪み、頬を冷たく何かが濡らす。
あん日と同じように深く沈もうとするササラん意識やったけど、あん日と同じ言葉がそれを防ぐ。
「あ!?何だ、お前!!泣いてるのか!?」
突然聞こえてきたトウカはんの声に、ササラは勢いよく顔を上げる。
「泣いてる場合じゃねぇだろ!!まだ美雪は負けてねぇ!!私は美雪を信じて、回復効果のある支援魔法を使う!!ササラも支援魔法の威力上げるとか、補助魔法を更に重ねがけするとか、まだ何かやれることがあんだろ!!」
ササラはこの状況で美雪はんの負けは確実やと思うとった。
「手を動かせササラ!!美雪は何かをする!!あいつを信じて、私達は何か支援をしろ!!」
腑抜けたササラに気合いを入れるように、トウカはんは声を張り上げる。
トウカはんはまだ諦めていない。美雪はんの勝利を疑っていない。
「なんや、嫉妬してまうな…。」
大好きなトウカはんが、まだ負けてない言うんや。やったら、惚れとるササラに出来るんは、その言葉を信じることだけ。
「もうこれ以上ないくらいササラは支援魔法を使うとる!!そんなササラが出来ることなんて、神に祈ることくらい!!やから、ササラは祈る!!」
「あぁ、そうだ!!私達は神がいることを知ってる!!だから、顔馴染みのあの神に祈ってやる!!この状況をどうにかしやがれ、って祈ってやる!!」
「「間延びした声の神に!!」」
トウカはんとササラん声が、ぴたりと重なる。
この世界の創造神である、あの少年とも少女とも分からん神なら、この絶望的な状況でもなんとか出来るんやないか。
そう思うてササラは祈った。トウカはんも祈った。
二人の祈りに応えるんように、頭の中に声が響く。
「申し訳ない。ノアは新たな転生者の面談をしておる。」
頭ん中に聞こえてきたんは、間延びした創造神の声ではなく、短く端的な重々しい男の声やった。
そんな重々しい男の声が語るんは、トウカはんとササラにとって、絶望的な言葉やった。
「もしノアがこの場にいようとも、ノアはその世界に干渉することを禁じられている。祈ったところで、お主らの祈りを叶えることは出来んだろう。」
この世界でも、神への祈りは無駄やって言うんか…。ササラが諦めかけたそん時、重々しい声の男は、ササラの希望になるようなことを、ゆくっりと話し始める。
「その代わりに私が二人…、いや、あの娘も加えて三人か。この世界を変えようとする三人の転生者の祈りを受け、隠された力を司る我が、汝らの願いを叶えてやろう。」
絶望が押し寄せとったササラやけど、謎の男の声が希望を見せてくれる。
ペトラはんの渾身の武技で大ダメージを負い、立ち上がることも出来んかった美雪はんが、ゆっくりと立ち上がる。
トウカはんの回復効果のある支援魔法が効いたんかもしれん。
でも、美雪はんはペトラはんに手も足も出んくらいの実力の差を感じ、あんだけのダメージを負った後。
心が折れとったら、どんなにHPを回復しても相手に立ち向かうことが出来へんやないか?
不安が込み上げてくるササラん前で、美雪はんは腰からナイフを抜き去る。
ササラの杞憂やったな。
美雪はんは立ち上がっただけやない。目に力が戻っとる。
熟練のナイフ使いを思わせる、堂に入った立ち姿でナイフを構え、ペトラはんに向かい合う。
「美雪はんは熟練のナイフ使いやったんかえ?」
思わず呟いたササラん言葉に、トウカはんが驚いた顔で答える。
「いや、美雪がナイフを使ってたところなんて一度も見たことがねぇ。いざって時のために装備していた緊急用の近接武器だったはずだったけど…。なんだ、あの熟練のナイフ使いみたいな構えは…?」
トウカはんも知らない美雪はんのナイフによる戦闘術。
これはさっき頭ん中で聞こえてきた男のおかげかえ?
そんなササラの疑問をよそに、ナイフを構えたペトラはんは美雪はんに向かって突進を仕掛ける。
美雪はんの脅威を感じ取ったんか、ペトラはんは手加減など少しも無い急所への一撃を放った。
まっすぐ美雪はんの胸に迫るペトラはんのナイフ。
さっきまでのことを考えると、美雪はんは胸を一刺しにされて終わりや。
でも、そうはならんかった。
美雪はんはなんとか手に持つナイフで、ペトラはんの刺突を防いだ。
さすがに先ほどまでのダメージが響いたんか、美雪はんは大きく吹き飛ぶ。
しかし、美雪はんは最悪の一撃をなんとか防いだ。
いや、防いだどころやない。フラフラやけど、美雪はんはまた立ち上がった。
闘技場には、トウカはんとササラの演奏以外は聞こえへん。
さっきまで歓声を上げとった観客達は、今や黙って二人の戦いの決着を見守っとる。
勝負が決着した思うた戦いやったけど、今やどちらが勝つんか分からない状況になっとる。
こん状況に痺れを切らしたんか、ペトラはんはナイフを持って突進する。
やけど、美雪はんはナイフを構えたまま…。いや、殺し屋のような鋭い視線にて、ペトラはんを睨んどる。突進してくるペトラはんを迎え撃つ、反撃の姿勢や。
「ロックウォール!!」
やけど、ペトラはんの方が一枚上手やった。
まっすぐ突っ込んでくるだけのように見えたペトラはんの突進やったけど、それはフェイクやった。
ペトラはんは突然、美雪はんの前で岩魔法ロックウォールを発動する。
ゆっくりと美雪はんに倒れる巨岩。
これには、反撃をしようとしとった美雪はんも無事で済まないんやないか!?
そう思うとったササラの予想は、またしても裏切られる。
「ウィンドボム!!」
美雪はんが放った魔法によって、巨岩は吹き飛ぶ。
それどころか、ロックウォールの影から現れたペトラはんの奇襲も、美雪はんは熟練のナイフ使いを思わせる身さばきで防いどる。
明らかに先ほどまでとは違う美雪はんの動き。
混乱ん中、ササラはひとつひとつ整理することにする。
まず、ウィンドいうことは風属性魔法やろうけど、岩魔法であるロックウォールを吹き飛ばすんはおかしい。
いくら風属性は地属性に有効やからって、地属性魔法の進化魔法である岩魔法は防ぐことは出来へんはずや!!
ササラん疑問に答えるように、トウカはんがにやりと笑いながら解説をしてくれる。
「驚いたろ?美雪は爆発魔法が使える。」
「爆発魔法かえ!?」
「驚くことじゃないだろ、さっき矢が爆発したじゃねぇか。」
「いや、さっきのは矢に爆弾をつけた思うたんや!!爆発魔法って火属性魔法と風属性魔法が使える上、何かしら魔法で爆発を起こして、やっと取得可能になる魔法やん!!美雪はんはまだレベル30になる前やったよな!?どうスキルポイントを振ってるねん!?」
「ははっ!それが美雪の面白いところだよ!」
「面白いで済ましてまうんかえ!?」
相変わらずのトウカはんの奔放さに驚かされながらも、ササラは美雪はんとペトラはんの攻防を見守る。
ペトラはんが突き出すナイフを、美雪はんはナイフを巧みに扱い、うまく防いどる。
闘技場の観客は、息を呑んで二人の一進一退の二人の攻防を見守る。
その沈黙は、美雪はんの一言によって打ち破られる。
「さっきからチラチラと、なに見てるんですか?ペトラさん?」
美雪はんが何をしたんか知らんけど、闘技場が恐怖と静寂に包まれる。
戦いの中にいない、二人の戦闘を見守っとったササラですら、呼吸するんを忘れるほどの戦慄に身を震わせる。
まるで百獣の王たる獅子が、鋭い牙を剥き出しにして餌でしかない兎に威嚇するような感覚。
自分の生き死には、目の前の獅子に握られとる。
物音ひとつで、簡単にササラの命を奪われるんじゃないか…と思えるほどの圧倒的な恐怖。
泣き叫んで逃げたくなるような衝動も、眼光の主はそれを許すはずがない。
息を殺し、獅子に気取られないように沈黙を保つのが、餌である私達に唯一許されたこと。
混乱と困惑ん中で黙っとったササラやけど、パンッという小さな破裂音によって正気を取り戻す。
音のする方を見ると、ペトラはんの眼鏡が吹き飛んどった。
くるくる回って吹き飛ぶペトラはんの眼鏡に、ササラは安堵する。
絶対的な捕食者が狙うたんは、震えて怯えるササラやなくて、今拭き飛んどるペトラはんの眼鏡やった。
獅子の狙いがササラやないと知った瞬間、ササラん中に安堵が押し寄せて来る。目の前の餌に夢中になって、もしかしたら自分は助かるかもしれない。
餌に選ばれてしもうた憐れなペトラはんに、ササラは同情を覚える。
やけど、同情相手のペトラはんの次の行動にササラは驚かされる。
自分がそうされたんと同じように、ペトラはんは美雪はんの眼鏡を吹き飛ばしとった。
あの殺意と狂気が入り混じる眼光ん中、ペトラはんは絶対的な捕食者たる獅子に抗うんか。
牙を見せる絶対的な捕食者に対して、小さな反抗しか出来ず、餌にしかなれない反逆者に対し、獅子は憐憫の表情を浮かべる。
小さな声で何かを告げる捕食者。おそらく絶望的な言葉がかけられたのだろう。
餌でしかない反逆者ペトラはんは、強気に捕食者の言葉を否定するんが、獅子にとっては戯れにしかすぎない。
絶対的な捕食者が、お前は餌でしかないと意識づけるためか、足元の小石を放り投げる。
ただで食われるわけにはいかないいう虚栄心からか、餌は目の前の小石を必死に振り払う。
捕食者が戯れに放った小石を弾いただけで、餌は立場が変わったと誤解したんか、捕食者へと牙を剥く。
無駄なことは止めた方が良いのに。
ササラたち捕食者は、すでに捕食者の掌で踊らされるしか出来ないというのに。
余裕綽々と笑う捕食者は、餌の足掻きなど気にも留めない。難なく餌の反撃を避けてしまう。
しかし、餌は捕食者の怒りを買ってしまった。
怒りの表情を浮かべた捕食者は、餌の腸をひねり潰すための、絶対的な神罰の槍を取り出す。
餌ごときに、これ以上反撃をされては敵わない。
餌の愚行を諌めるため、餌が本来の餌としての役目を取り戻すため、捕食に邪魔な餌の身動きを止めるため。
我々如きが理解しえない、捕食者たる数々の感情を孕んだかのような、絶対的な重々しい一本の槍を取り出す。
竜の息吹を感じられる一本の槍。
かつては獅子に牙を剥いた憐れな竜の骨を、荒々しく削り出したかのような無骨な槍。その槍が、捕食者の怒りを表しているように、怒気に包まれとる。
餌の脆弱たる反撃など最初から無かったかのように、絶対的な捕食者からの、神々の神罰を現す投擲が餌へと放たれる。
餌であるペトラはんの拠り所である黒いナイフを軽々と砕く。
憐れな餌の四肢の動きを封じるためか、反撃の礎となる肩へと深々と神罰の槍が突き刺さる。
動きを止めた餌だが、捕食者の怒りを抑えることは出来んかった。
神の怒りを表すかのように、餌の肩に突き刺さった槍は赤熱する。
興が冷めた。もう食事は不要。お前など用済みだ。
餌が餌である目的を果たすことも出来ず、大きな爆音が全てを吹き飛ばす。
私達の反逆の気持ちを、全て無に帰すかのうような、圧倒的な捕食者の怒りの奔流が、場の全てを灰へと返さん爆発となって現れる。
捕食者に対する反逆がどうなるか。
それを轟音と視覚的な暴力で示した絶対的な捕食者。暴力の対象となったペトラはんは、光の粒になって消えとった。
次の餌が誰になるか。どうか私ではない誰かになってほしい。どうにか私は生き延びたい。
そう願う私の耳に、透き通る希望の声が聞こえてくる。
「勝負ありぃぃぃいいい!!!激戦を制したのは、美雪だぁぁぁああああ!!!」
美雪はんの眼光威圧によって、圧倒的な恐慌状態に陥り、混乱しとったササラの思考やけど、愛しのトウカはんの声で現実に戻される。
同じくトウカはんの声によって現実の戻されたんか、観客の大きな歓声が闘技場を包む。
「か、勝ったんか!?美雪はん、勝ったんかえ!?」
「あぁ!!勝った!!美雪が勝ったんだ!!ササラ!!私達の支援魔法は、無理だと思われたペトラとの戦闘にも、勝利に導くことが出来たんだ!!ずげぇよ!!本当にすげぇことだよ!!」
「そ、そうやな!!本当にすごいことや!!」
トウカはんとササラの支援魔法が、美雪はんの勝利にどれほどん効果があったか分からんへんけど、満面の笑みを浮かべるトウカはんに、そんなんどうでも良くなってくる。
「ササラ!私と姉弟子の因縁の代理戦争に勝利を収めた、今日の立て役者を労いにいこうぜ!!」
「そ、そうやな!!今は、絶対的なる獅子…、やない!!満身創痍でも勝利を収めた美雪はんを労わなあかんな!!い、いこうかえ!?」
喜びいっぱい、笑顔いっぱいのトウカはんに精神を乱され、しどろもどろになりながらも、なんとか回答したササラは美雪はんのもとへと向かう。
格上の冒険者たるペトラはんに見事に勝利を収めた美雪はんは、仲間の愛はんに抱きかかえられとる。
ギリギリやった。かなりギリギリやったけど、美雪はんは勝利を掴むことが出来た。
嬉しそうに笑う美雪はんと愛はんは、勝利を称えるように拳を打ち付け合っとる。
仲間ん絆やろな。正直、羨ましいわ。
でも、今はそんなん言うてる場合やない。美雪はんに向かって走り出すトウカはんに、追いつかなあかん。横に並ばんとあかん。
「見てください!!素敵な二人の友情!!愛ちゃんが、美雪の健闘を称えております!!そんな美雪の健闘も、私とササラの補助魔法のおかげ!!私とササラの補助魔法によって、美雪は格上のペトラ相手に勝利を収めたんです!!私とササラの、友情の、補助魔法によってな!!な?そうだろ?ササラー?」
美雪はんが勝利を収めたんに、トウカはんも相当嬉しいんか、にこにこで勝利宣言をしとる。
ササラんとの友情の支援魔法のおかげ。
そう強調するトウカはん。ササラん実力を認めてくれるようなトウカはんの言葉に、胸が高鳴り、喜びが込み上げてくる。
でも、ササラとしては、ひとつだけは認めるわけにはいかん。
「友情?何言うとんの?ササラは友情なんて、思うてへんわ。」
友情やない、愛情や。友達止まりなんて悲しいこと言うなや、トウカはん。
「かーっ!!ササラちゃんは相変わらず、手厳しいねぇ!!」
美雪はんの勝利を喜ぶトウカはんに、ササラん言葉と気持ちは届かんかった。
でも、ササラちゃんって呼び方は悪ないなぁ!もう一回言うてくれへん?
そわそわするササラを気にすることなく、トウカはんは美雪はんの片手を天高く持ち上げる。
堂々たる勝利のポーズに、闘技場の観客達は勝利を称えるんように、大きな拍手で美雪はんの健闘を称える。
少し恥ずかしそうにしとった美雪はんやけど、くるりと振り返り、トウカはんとササラに笑いかける。
「トウカさん、ササラさん。補助魔法ありがとうございました。」
「美雪が対バンライブに乱入してきた時は、びっくりしたけど、盛り上がったからオッケー!」
美雪はんのお礼の言葉に、トウカはんは無邪気な笑顔で答える。
ササラも美雪はんのお礼に、構へんと答えよう思うたけど、直前で思い直す。
お礼をするんはササラの方や。
美雪はんのおかげで、ササラはトウカはんと共闘することが出来た。
今まではポンコツが発動してもうて叶わんかった、トウカはんと並んで冒険する、いうササラん夢の一歩目を踏み出すことが出来た。
やから、ササラは笑顔で美雪はんにお礼を言う。
「おおきに、美雪はん。ササラ、今日のことは忘れまへん。」
トウカはんの言葉と、ササラのお礼に、にこりと笑い返す美雪はん。
ササラん達を見回した美雪はんは、小さい声で呟く。
「トウカさん、ササラさん。そして、愛。最後に、ひとつお願いです。」
「ん?どうした、美雪?」
「なんでも言うてくれて構へんで!」
「お願い?」
美雪はんの最後のお願いに、トウカはんは気遣うように、ササラは感謝の気持ちからどんなお願いでも叶えるでー!って意気込みで、愛はんは純粋な疑問から小首を傾げて答える。
お願い言うたけど、美雪はんはなかなか言葉を伝えへん。どうしたんやろ?思うとったら、力を振り絞って美雪はんが答える。
「私、もう限界…。気を失うから、あとはよろしく…。」
「「美雪ー!?」」
「美雪はーん!?」
トウカはんに片腕を上げられた姿勢のまま、美雪はんはぐったりと倒れる。
そういえば、美雪はんはペトラはんに大ダメージを負わされとんだった!!先ほどまでは気力で耐えとったんやな!!
ササラん達の呼びかけに、美雪はんは答えることなく意識を失う。
地面に倒れそうになる美雪はんは、愛はんに抱きかかえられる。
そんな美雪はんを誇示するように、トウカはんは異世界マイク片手に大声を上げる。
「闘技場に集まったみんなー!!見ての通り、美雪は格上の冒険者相手に限界まで戦って、無事に勝利を掴んだー!!そんな美雪の勝利を称えて、惜しみない拍手をよろしくー!!」
トウカはんの声に答えるように、美雪はんの勝利を称えるように、闘技場の観客から大きな歓声が上がる。
「ありがとー!!それじゃ、銀琴と竹調による、ライブイベントの前座はここまでー!!みんな、この後の歌姫のライブ、楽しんでくれなー!!」
トウカはんの言葉に、闘技場が歓声で震える。
盛り上がる観客に手を振りながら、ササラ達は闘技場を後にする。
観客達からは見えへん、闘技場から控室に戻る通路に移動しても、ササラん胸のどきどきは止まらんかった。
やって、ササラ、トウカはんと初めての共闘してもうたんよー!!
しかも、闘技場なんて大舞台で!!多くの観客に見守られながらー!!
見事な夢への第一歩やん!!
にこにこと笑いながら喜んどった有頂天ササラを見て、トウカはんが呟く。
「やっぱり、ササラは対バンライブなんかじゃなくて、共同ライブがしたかったんだな。」
「なんか言うたかえ?」
有頂天になっとったササラは、大事なトウカはんの言葉を聞きのがしてもうた。
ふっと小さく笑うたトウカはんは、にこりとササラに笑いかける。
「ササラ、うるせぇ。美雪は寝てんだから、静かにしろよ。いくらポーションぶっかけてダメージは回復したとはいえ、疲労が溜まってるんだから休ませてやれ。」
「あ、すんまへん。」
浮かれとったササラは、トウカはんに怒られてもうた。
喜びから落ち込みに変わったササラに、横にいた愛はんが無邪気にからかってくる。
「ササラ、怒られてやんのー!!あはははは!!ばーかばーか!!」
「愛ちゃん、うるせぇ。愛ちゃんが美雪背負ってんだから、一番うるさくしちゃいけないだろ。てか、愛ちゃんもペトラの従魔のミノタウロス相手に一対一で戦ったんだろ?なんでそんな元気なんだよ?」
「鬼火流だから。」
「鬼火流だから、ドヤ!じゃねぇよ。有り余ってる元気は、歌姫のライブ中の護衛にとっておけ。美雪の勝利のせいで忘れがちだけど、まだクエスト中なんだからな?バカだから忘れてっかもだけど、メインの護衛クエスト忘れんじゃねぇぞ。」
「あれだよな。トウカって私のことバカバカ言い過ぎだよな。自分の方がバカなのに。」
「あん?」
「おぉ?」
楽しそうに談笑するトウカはんと愛はん。気が合うんやろうな。
無邪気にトウカはんと話すササラが羨ましくなったササラは、勇気を出して愛はんの真似してみる。
「や、やーいやーい、愛はんもトウカはんに怒られて、やんのー!あほう、あほう!」
「どうした、ササラ?お前のキャラっぽくないことして?状態異常?混乱?」
「無理しなくて良いよ、ササラ。ササラには鬼火流の剛は似合わないよ。なんか弱そうだもん。」
ササラは勇気を出したんを後悔した。
心配するトウカはんと、憐憫の表情を向けてくる愛はん。二人の視線が、ササラの胸に刺さる。
やっぱり自分の身の丈にあった生き方が大事なんやな。ササラらしく生きていこう。
そう心に誓うササラやった。
大きなダメージと疲労で眠る美雪はんを控室に寝かせた後の護衛クエストやけど、ササラん達の警戒虚しく、特になんも起きんかった。
凶悪な誘拐団である黒い羽根や、一日目に冒険団モブの誰かを襲いはった磔吸血鬼といった脅威も、まったく現れへん。
まぁ、トウカはんのサポーター四人中二人が寝とる状況やから、なんも起きんくて良ぇんやけど。
平和そのものの中、ササラ達は歌姫はんのライブを満喫して、護衛クエストは無事に完了となった。
いや、クエスト自体は完了やけど、成功っていうと微妙なところやな…。
「トウカ、そこに座りなさい。」
「あ、はい…。」
控室で無事に復活したペトラはんに、歌姫はんの控室に呼び出されたトウカはんとササラ。
にこにこ笑うとるペトラはんやけど、表情の奥底に怒りを感じる。ペトラはんの怒りを感じたんか、トウカはんは大人しくその場に正座する。
後ろに控える歌姫はんとピアノの少年も、ペトラはんの怒りを感じたんか俯いて大人しくしとる。
怒りのペトラはんは、眼鏡をくいっと上げる。美雪はんが壊したんとは違う、予備の眼鏡や。
「美雪が吹き飛ばした闘技場の特別席、愛ちゃんとミノちゃんが戦ったことでボロボロになった廊下。これらの修繕費で、今日のライブイベントの収支は赤字よ。ライブは大盛況に終わったから、強く言いづらいところだけど、トウカのサポーターがやったんだから、あなたも修繕費を払いなさい。」
「美雪のはペトラのショタコンが招いた誤解からの暴走だし、愛ちゃんに至ってはペトラが従魔を護衛にしてたからじゃねぇか…。私のサポーター二人とも悪くなくない?なんで私が払わなきゃいけないんだよ…?」
「あなたも、修繕費を、払いなさい。」
「あ、はい…。」
あのトウカはんでも、姉弟子であるペトラはんには逆らえないんやな…。
怒りの表情を浮かべていたペトラはんが笑顔になり、ササラに向き直る。
「ササラ、今日はありがとう!ササラの咄嗟のアドリブのおかげで、ライブイベントは壊れずに済んだわ!私も久しぶりに戦闘が出来て、楽しかったし!冒険者として復活しようかしら?妹弟子に等級抜かれてるのも、納得いかないし!」
からからと笑うペトラはんに、びくっと怯えるトウカはん。
そんなペトラはんの袖を、歌姫はんがそっとつまむ。涙目でふるふると首を横に振っている。
「冗談よ、ミラウェル。ズボラなめんどくさがりで、運動音痴で料理下手。生活力皆無、極度の人見知りな上に、陰気な根暗で、異常な口下手の、歌しか取り柄の無いあなたのマネージャー業が忙しくて、冒険者なんてやってる暇は無いわ!これからもあなたのマネージャーとして、よろしくね!」
「うん!」
いや、ペトラはんの歌姫はんへの評価が容赦ないな…。歌姫はんが嬉しそうにしとるから良ぇけど…。
こうして数日に亘る歌姫はんの護衛クエストは、無事に完了した。
最初はトウカはんと一緒にクエストが出来るだけで喜んどったササラやけど、結果としてトウカはんと共闘まで出来た。
得るものいっぱいやったクエストに、ササラは大満足。
これなら、トウカはんとの距離も近うなったんやないかえ?ポンコツの汚名は返上出来たんやないかえ?
間違いない!大成功やー!!
喜びいっぱいのササラは、歌姫はんの控室を出たところで、にこにこ笑顔で大きくバンザイをする。
「おいこら、ササラ。私が赤字になって、そんなに嬉しいのか…?」
喜びいっぱいバンザイしとったササラの背後から、トウカはんの低い声が聞こえてくる。
あ、あかん。ササラやってもうてる。
「ちゃ、ちゃうで!!」
「そんなにこにこ笑顔で否定しても説得力皆無だよ…。ちっくしょー!!覚えてろー!!」
走って逃げ去るトウカはん。
いつもと逃げ去る立場が逆やな…なんて現実逃避をしながら、ササラは途方に暮れる。
一年経って、共闘できるまで成長したササラやけど、ポンコツササラの汚名は返上できず、日々新たなポンコツを更新中どす…。




