もらえるものは遠慮せずもらっておきましょう
前回のあらすじ:異世界で魔王退治の要件をざっくりだけど理解した。
「それじゃー、美雪ちゃんの転生者特典を決めていきましょー。」
「いえ、その前に転生者特典はどういうものがあるか説明してください。」
これからの異世界人生を大きく左右する転生者特典は、より慎重に選択したい。
そのためにも転生者特典について説明を聞いていきましょう!
「説明を求められるだろうなーと思ってたよー。創ちゃんから転生ポイントについて説明済みって聞いたからー、ボクからは転生ポイントの5つの使い道について説明するねー。」
どうやら転生ポイントと交換で何かもらうのが転生者特典らしい。
ポイント制ということは、5つの使い道からこれに10ポイント、こっちに30ポイントと振り分けるのかな?
「使い道の説明の前に、私の転生ポイントを教えてもらえない?」
ポイントを振り分けると考えた場合、自分がどのくらい転生ポイントをもらえるか先に確認した方が良いと思い質問をした。
聞いておくと、転生ポイントの使い道の説明を聞きながら、自分のポイントからなら30ポイント使えるかなーといった感じでイメージが出来る。
転生ポイントは転生者での現世の死に方の悲惨さに応じてもらえるらしいけど、私の過労死はどのくらいのポイントだろうか?
「美雪ちゃんの転生ポイントはー、ドゥルドゥルドゥルドゥルー、ジャン!168ポイントー!」
ドラムロールを口で表現したんだと思うけど、残念ながら上手ではなかった。
そんなドラムロールの後に発表された転生ポイントは168ポイント。
高いのか低いのか分からないが重要な情報なので、手元のノートにメモする。
「5つの使い道だけど、どれか1つに使うわけじゃなくてー、1つ目に100ポイント、2つ目に30ポイントといった使い方が出来るから、1つ目に使うから他は聞かなくて良いやーってならないように注意ねー!」
やはり振り分け制度か。
168ポイントをどう使うかイメージしながら説明を聞こう。
「まず、1つ目は基本ステータス適正でーす。マグノキスではレベルが上がると攻撃や防御とか7つのステータスが上がるんだけどー、上がる量は適正によって変わるんだよねー。それを転生ポイントを使って自分で決められるのでーす!10ポイントがマグノキス人の平均でー、最大100ポイントでーす。7つのステータスについてはー、美雪ちゃんのメモしてるノートの最後のページにまとめてあるからー。実際にポイントを使うときに確認してねー。」
ノートの最終ページを見ると、攻撃、防御、魔力、魔法防御力、速さ、スタミナ、状態異常耐性の7つのステータスについて、それぞれ簡単な説明が記載されていた。
ノアが次の説明を始めようとしているため、ステータスの確認は後回しにし、説明に集中することにする。
ノートにまとめられたステータスの説明は逃げないからね!
「2つ目は追加魔法ー!転生者はー地水火風の中から好きな属性を基本魔法として選べるけどー、2属性目、3属性目を転生ポイントを使って追加できるよー!光属性、闇属性の特殊魔法も選べるよー!レア魔法はさすがに好きなものを選ぶことは出来ないけど、ランダムで追加できるよー!レア魔法は、どういう魔法を取得したかは教えてあげるー!基本魔法20ポイント、特殊魔法30ポイント、レア魔法30ポイントだよ~!」
魔力が高い人は複数属性の魔法が使えると言ってたけど、転生ポイントを使って増やすことが出来るのか。
レア魔法は色々な効果があるって話だからランダム取得でギャンブル性が高いと。しかし、奥の手にもなるレア魔法を追加できるのは大きい。レア魔法、候補っと。
「3つ目は追加レベルー!転生者は全員レベル1から始まるけど、転生ポイントを使って初期レベルを増やすことが出来るよー!1レベル上げるごとに1ポイントー!」
ノアの説明では、レベルは敵を倒すことで手に入る経験値をためることで上がるけれど、最初から上がった状態でスタートすることが出来るようだ。
いずれ上がるものを転生ポイントを使ってわざわざ上げる必要があるかな?ゲームをやっていた時の経験だがレベル上げは好きだし。ってことで、私は追加レベルには使わない!
「4つ目は追加装備ー!基本的な初期装備はプレゼントするけどー、転生初期からすごい強い剣とか、伝説級の珍しい装備品が欲しい場合はー、転生ポイントと交換してあげるよー!珍しい装備品ほどポイントが高くなってー、最大100ポイントだよー!」
ゆくゆくはダンジョンを攻略することで手に入る装備品を転生ポイントをわざわざ使って?
これも追加レベルと同じ理由で取得しないと決めた!
「最後の5つ目は追加スキルー!」
スキルとは?
「おっとー、そもそもスキル自体の説明がまだだったねー!スキルはー、レベルとは別に技能的な経験を積むことで手に入る特殊な追加能力のことだよー!」
私の表情を察してくれたのかノアがスキルの説明を始めてくれる。
「と言っても分かりづらいから例を挙げるとー、海でいっぱい泳いでると遠泳ってスキルが手に入って、泳ぐ時のスタミナ消費量が減るーといった感じー!スキルは気がついたら入手条件を満たしているものもあるけどー、特殊な経験が必要なものやー、必要な経験量が多いーっていう入手するのが地味に大変なスキルが多いよー!」
「でも、そんなスキルも転生ポイントを使って最初からゲット出来ちゃうと?」
「いえーす!取得が難しいスキルほど使用ポイントが高くなるけどー、最大30ポイントで交換可能だよー!」
スキルはゆくゆく手に入るみたいだけど、入手するのが難しいものが多いと。
使えそうなスキルがあったら採用するのもありかもしれない。効果をノアが教えてくれたら良いけど、教えてくれるかな?
それとも、他の冒険者より有利になるから教えてくれないかな?要交渉ね!
「それじゃー、転生ポイントの使い道を書いていく転生申請用紙をあげるねー!はい、これ美雪ちゃんのー!」
そう言うとノアは右上に168という数字が書かれた紙を渡してきた。
紙には、先ほどのノアの説明にあった基本ステータス適正などが書かれている。
これに使用するポイントを書くと転生特典が決まるようだ。それじゃ考えながら書いていくかー、と思ったが最初の項目でペンが止まる。
種族・年齢とは?
「ノア、最初の種族・年齢って何?」
「あー、転生ポイント無しの転生者特典の説明を忘れてたよー!さっき追加装備の説明で基本的な装備はプレゼントって言ったけどー、他にも転生ポイント無しのプレゼントがあるよー!」
基本的な初期装備以外にもプレゼントがあるらしい。
聞いておかないと無駄に転生ポイントを使う可能性がある!教えてください、ノア様。
「基本的な初期装備以外にも何かもらえるのね。」
ノアはニコーッと笑って説明を始める。
「そうだよー!一般的なマグノキス人より不利にならないようにー、転生してすぐに死んじゃうことがないようにーって考えで数日分の食料などのー、基本的なものはプレゼントしてるんだー!」
「何も分からない異世界で食料も水も無しだと不安ね。これは素直に嬉しいわ!ありがとう!それで、種族と年齢を選べるのも転生ポイント無しのプレゼントってこと?」
「そうだよー!転生時に種族と年齢を選べるようにしてるんだー!マグノキスには色々な種族がいるのにー、人族固定は嫌ーって転生者が昔いたからねー!」
エルフ族は美人って言うし、エルフ族になりたいという人がいたのかな?
でも、肉類は食べられないって聞いたことあるし、どんな世界か分からない異世界で無駄に長命ってのもギャンブルの気がするけどなー。
「まぁ、ほとんどの転生者が今と同じ人族を選ぶけどねー!年齢はー、転生者がおじいちゃんの場合、おじいちゃんのまま転生しても剣を振るってモンスターと戦うのは厳しいからー、知識はそのままで年齢を選べるようにしたんだー!」
ノアの説明のおかげで、転生申請用紙に種族・年齢を書く欄がある理由が分かった。
私は少し考えたけど、種族の欄に人族を記入する。他の種族って言われてもイメージできないし、慣れ親しんだ体を変えると馴染むのに時間がかかりそうだからね。
次に年齢を記入しようとした時、ひとつの問題に気付き、書こうとした手が止まる。
私が感じた問題に気付いたのか、心を読んだのか分からないが、ノアが問題への解答を説明しはじめる。
「ついでにー、転生後に困らないようにマグノキス言語を話せる、書ける、読めるようにしてるからねー!年齢を低くして、マグノキスに馴染む時間を確保するーってことは考えなくて良いよー!」
おー!この年齢で新しい言語を取得するのは少し大変だな、三歳とかにして徐々に馴染んでいこうかなと思っていたとこなので、この特典は嬉しい。
ノアの言語特典の説明もあり、年齢の欄には16歳と記入した。
20代後半になると、10代の頃の若さとエネルギー量はすごかったと実感し、あの頃に戻りたいと思うことが多々ある。それで16歳。
まさか異世界で究極のアンチエイジングを実現できるとは…!なんだかすごく得した気分になった。
種族・年齢に人族、16歳とすでに記入した後だが、ひとつ気になったことが出来たため、一応ノアに確認する。
「ちなみにこの欄に、エルフ族、0歳って書くとエルフ族の赤ちゃんとしてエルフ人生を過ごすことが出来るようになるの?」
「エルフ族の赤ちゃんとして転生するけどー、普通のエルフ人生とはかけ離れるよ?」
「え?なんで?」
何気ない質問だったが、重要な情報を聞き出した気がする。
「転生場所は始まりの草原、王都の転生神殿、魔王城前のどれかだからー、エルフの里に生まれることは出来ないねー。普通のエルフ族の人生ってのは難しいかもー!」
手元の紙を確認すると、種族・年齢の次の項目が転生場所となっており、始まりの草原、王都の転生神殿、魔王城前のどれかから選ぶようになっている。
ちらっとノアを見ると説明だねー?という顔をしている。
「転生場所はー、転生者がどういう風に転生したいかーを考慮して選べるようにしてるんだー!始まりの草原はー、周囲に弱いモンスターが多くてー、比較的安全にレベル上げが出来る場所だよー。他の人に転生者ってバレにくいのも強みだねー!」
転生者ってバレにくいのが強み?転生者ってバレると大変なの?
ノアは私の疑問に気付かなかったのか次の転生場所について説明を始める。
「王都の転生神殿はー、周囲にモンスターがいないから安全だけど、転生者って即バレだよー!転生者は転生特典のおかげで普通の人より強いからー、転生直後にチヤホヤされて大事に扱ってもらえるよー!」
転生者ってチヤホヤしてもらえるの?
じゃあ、なんで始まりの草原は転生者ってバレにくいのが強みなんだろう?
ノアはまたも私の疑問に気付かなかったのか最後の転生場所について説明を始める。
「魔王城前は最初からラストバトル!周囲は強いモンスターだらけだけどー、魔王退治という目的への最短ルートだねー!」
目的に応じて、どこから始めるかを選べるのは分かったが、私の目的は魔王退治だから魔王城前に転生!とはならないよね。
転生直後はレベル1だから、魔王城前に転生した場合、周囲の強いモンスターにすぐ倒されてしまうだろう。
始まりの草原、王都の転生神殿の2つから選んで、魔王城を目指しながらレベルを上げて進むようにするよ。
少し悩み、転生場所は始まりの草原にする。
魔族との戦争中だから、転生場所を王都の転生神殿にすると、優秀な兵士として戦渦の最前線に送り込まれそうと気付いたからだ。事前に聞いた情報から判断できて良かった。
次の項目は初期武器と書いてあり、剣、鎚など武器の種類と思われるものが書いてある。
これは、貰えると言ってた基本的な初期装備だろう。
書かれている武器の中で女性の私でも使えそうな武器は少なく、その中から使ったことあるのは、ひとつしかなかった。
私は初期武器として、弓を選択する。
転生後に、モンスター相手に剣を振るってれば、やがて使えるようになるかもしれないが、どうせなら生前の部活で使っていた物にしよう。
弓弦という苗字だったのと、少年のように奔放だった私が落ち着きを持つためにと親に勧められた部活だが、まさか異世界で役に立つとは。
次の項目は基本魔法と書かれている。
先ほどのノアの説明で、マグノキス人は地水火風の中から基本魔法として最低1属性を使えると言っていた。
転生申請用紙は、地水火風が選択式になっているため、転生者は自分で選べるようだ。
魔法がどういうものかはノアの説明で分かったが、どれが自分の基本魔法かと考えると選ぶのは難しい。
「基本魔法を悩んでるんだねー!それなら火魔法とかどう?火がボーッで見た目は派手だし、威力は高いしオススメだよ~!」
私が悩んでいるとノアがアドバイスをしてくれた。
アドバイスどおり火属性魔法を使う自分を創造してみる。
「火がボーッ?何もないところから火が出るのですか?申し訳ございません。魔法と曖昧な表現で、異世界の原理を説明されても理解ができません。火が出る、ということは熱エネルギーを操作すると推測しますが、失われた熱エネルギーの低下による温度低下はどうなるのでしょうか。異世界を理解するための一環としてご教授いただけますでしょうか。」
自分が火属性魔法を使うことを考えると、自然と疑問が生まれ、業務口調で質問をしてしまった。そんな私の質問にノアは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「魔法はー、魔力を使って発動する超常の力だからー、原理と言われてもなー。そういうものだよーとしか説明ができないよー!」
ノアがぷんぷんしている。
神でも魔法の原理についての説明は難しいらしい。しかし、私が魔法を使うと考えた場合、納得しないと使える気がしない。
少し悩み、風に丸をつける。風なら自分の周りの空気を操ると考えれば使える自信があった。
残りの項目は、基本ステータス適正、追加魔法、追加装備、追加レベル、スキルと転生ポイントを使って交換すると説明を受けたものだけになっている。
ここで、後回しにしていた基本ステータスについて確認する。
転生ポイントを使って上げられる基本ステータス適正は、上げた値によってレベルが上がる際のステータスの上昇量を増やせると、ノアの説明をメモしていたノートを見て確認する。
転生ポイントを使って基本ステータス適正を上げる前に、各ステータスがどういうものか、ノアがノートにまとめてくれた内容を確認することにした。
ノートには次の7種類のステータスが記載されていた。
1.攻撃:相手への物理ダメージが上がる。装備品の装備可能重量も上がる。
2.防御:敵から受ける物理ダメージが減少する。装備品の装備可能重量も上がる。
3.魔力:相手への魔法ダメージが上がる。1日の魔法使用量も上がる。
4.魔法防御:敵から受ける魔法ダメージが減少する。1日の魔法使用量も上がる。
5.速さ:動作の速さが上がる。
6.スタミナ:1日の運動可能量が上がる。
7.状態異常耐性:毒、マヒ等の状態異常への抵抗値が上がる。
基本ステータス適正を確認したことで、物理ダメージ?魔法ダメージ?と疑問に思い始めた私に気付いたのか、ノアが声をかけてくる。
どうやら各ステータスへの補足をしてくれるらしい。
「美雪ちゃんがボクを殴る場合ー、ボクへの物理ダメージが発生するよ!攻撃が高いとー、物理ダメージも上がってー、逆にボクの防御が高いと受ける物理ダメージが下がるー。これの魔法版が魔力ダメージで、魔力と魔法防御がダメージを上げたり下げたりするよー!」
ほうほう、それで物理ダメージと魔法ダメージが分かれていると。
他のステータスについても説明してくれるようなので、黙って説明を聞く。
「速さが高ければ高いほど早く動けるしー、スタミナが高ければ高いほど長く動けるよー!状態異常耐性が高いとー、敵からのマヒ攻撃とかの状態異常攻撃の成功率がー低くなるよー!」
ふむふむ、ノアの説明によって、各ステータスについておおよそ理解が出来た。
相手にダメージを与える際、武器を使って物理ダメージを狙うなら攻撃に、魔法を使って魔法ダメージを狙うなら魔力にと、各ステータス適正の上げ方によって、異世界へ転生後にどういう風にモンスターや魔族と戦っていけば良いか決まりそうだ。
さて、転生ポイントの使い道である基本ステータス適正、追加魔法、追加レベル、追加装備、スキルについて分かったので、実際に転生ポイントを割り振っていこう!
転生ポイントの使い道を記入する転生申請用紙に目を落とす。
各項目へのメモを確認しながら記入を進めようと思ったが、スキルが数多くある。ひとつひとつをノアに聞く。
他の冒険者の有利になることは教えられないと、取得条件や効果についてはある程度ぼやかされたが、各スキルについて有意義な情報を数多く聞くことができた。
結構な時間が経過したが、なんとか転生申請用紙を書ききり、全ての転生ポイントを使いきることが出来た。私の転生申請用紙は次の通り。
【転生申請用紙】
-基本情報項目-
使用可能転生ポイント:168
名前:弓弦 美雪
かな:ゆづる みゆき
性別:女
種族:人族
年齢:16歳
転生場所:始まりの草原
初期装備:弓
基本魔法属性:風
-基本ステータス適正- ※()内は使用転生ポイント
攻撃:10(0)
防御:20(10)
魔力:50(40)
魔法防御:20(10)
速さ:50(40)
スタミナ:28(18)
状態異常耐性:10(0)
-追加魔法-
レア魔法(30)
-追加レベル-
なし
-追加装備-
なし
-スキル-
必中(20) 可能な限り、遠距離攻撃が狙ったとこに必ず当たる
転生ポイントの使い道として、まず追加魔法にレア魔法を選んだ。
ランダム性が高いが、魔王と戦う上で奥の手は必ず必要だろうとの判断だ。
スキルについては、弓の攻撃と魔法を使っての攻撃が必ず当たる必中を選択した。
武器として弓を選択したため、弓の命中精度の向上に期待できる。
基本ステータス適正は、残りのポイントを魔力と速さとスタミナを中心に振った。すばやい動きで敵の攻撃を避け、高火力の魔法で相手にダメージを与えるイメージである。いわゆる「当たらなければどうとでもない」スタイルだ。
防御と魔法防御にも少し振っているが、これはポイントが余ったから!決して、敵の攻撃が当たった時に怖いからではない!
「ノア、色々と説明ありがとう。転生申請用紙の記載が終わったわ。」
私は書き終わった転生申請用紙をノアに渡した。
「スキルの説明を求められた時はー、うわーって思ったけどーなんとか書ききれて良かったよー!次に来る転生者にはー、今回説明した内容をまとめたマニュアルを用意するー。」
そう言ってノアは私の転生申請用紙を確認する。
先生の採点を待つ生徒のような気がして妙に緊張する。
「レア魔法を選択したんだねー!美雪ちゃんのレア魔法はー、ふむふむー、候補はこれだねー!この中から1枚を選んでー!」
ノアはトランプサイズのカードを数枚どこかから取り出し、内容が見えないようババ抜きのように持ち私の目の前に掲げた。
どうやらこの中の1枚が私のレア魔法らしい。ランダムに決まると言ってたけど、ランダムの仕方が神っぽくないなー。
そんな雑なカード選択でも、選ぶのは私のレア魔法。今後の私を決める大事な1枚だ。
良い魔法こいー、良い魔法こいーと念じながらノアの掲げるカードの中から1枚を選ぶ。
恐る恐る確認すると、そこには温度操作魔法と記載されていた。
「レア魔法はー、転生者の生前の経験等を参考に候補が生まれるけどー、このカードはさっきのボクとの会話から生まれたみたいだねー!どんな魔法か楽しみだねー!」
あー、思い当たる節がある。先ほどの自分の言葉を思い出す。
「火が出る、ということは熱エネルギーを操作すると推測しますが、失われた熱エネルギーの低下による温度低下はどうなるのでしょうか。」
そうか、あの時の質問が私のレア魔法になったのか。ということは、温度操作魔法は熱エネルギーを操る魔法かな?
あれ、火属性魔法と一緒じゃない?熱エネルギーを高めることが火属性魔法だよね?
レア魔法の取得は30ポイント、火属性魔法の追加は20ポイントだから、10ポイント損した?
少し落ち込んだが、温度操作魔法は普通の火属性魔法と違うことに気付く。
減った分の熱エネルギーを考えないといけないから、火を出したら、足元を凍らせるみたいなことをしないとダメっぽい?
あれ、火属性魔法より使いづらくない?レア魔法の取得に失敗した?でも、逆に温度を下げられるから火属性魔法より使えるか?ん?混乱してきたー!!
私が温度操作魔法の使い方について考えていると、ノアが声をかけてくる。
「それじゃー、転生までの準備は全部完了したからー、美雪ちゃんにはー、この転生初心者セットを渡すねー!美雪ちゃんは弓を選んだからー、ウッドボウに木の矢10本セットも一緒にどうぞー!」
ノアが手を向けた先には、木で出来た弓、木の矢の束、肩からかけるタイプの矢筒、布で出来たショルダーバックが置いてあった。
「このショルダーバックは何?」
「それはー、転生してすぐに死んじゃわないようにー、最低限のお金と食料と水ー、体力回復用のポーション、魔力回復用のポーションが3本ずつ入ってるよー!」
中にはお金が入ってると思われる小さな布袋、手のひらサイズのパンが2個、500mlくらい水の入った皮製の水筒が1袋、赤色と青色の液体の入った試験管のようなものが3本ずつ入っていた。
お金は価値が分からず、ポーションについてはどんな効果があるか分からないが、食料と水はこの量だと1日くらいは耐えられる。
いや、耐えられるのは1日が限界と考えるべきか。異世界では食料と水の確保が第一目標ね。
ショルダーバッグの確認を終えた私は、全ての装備品を身につける。スーツに弓矢を装備した私はなかなか不思議な格好になっていた。パンツスーツだからまだ動きやすいけど…。
「美雪ちゃんの装備も終わったみたいだしー、ついに転生の時間だねー!この門をくぐるとマグノキスだよー!」
ノアの手元には小さな門があった。
この門をくぐると、私の異世界生活が始まるのか。色々と説明を聞いて覚悟が出来たと思ったけど、いざ異世界の入り口を目の前にすると少したじろぐ。右も左も分からない異世界で本当に魔王を倒せるか不安が湧き出てきたのだ。
いや、私は受けた仕事は必ずやり抜く女!やる前から尻込みしてたら、出来ることも出来なくなる!私は要件実現に向けて、気合を入れなおすために、自分のほっぺを叩く。気合注入!
それに、実は異世界転生は少し楽しみでもある。
未知の世界には何が待っているか、どんな美しい景色が広がっているか、どんな未知の食材と美味しい料理が待っているか、まだ見たことのない世界に私は期待が膨らんでいた。
異世界への不安とそれ以上の期待を胸に、異世界への門に向けて一歩を踏み出した。
「美雪ちゃんのヤル気も上がったところでー、最後の転生者特典のシークレットスキルについて説明するねー。シークレットスキルはー、転生者が特別に1つだけ持ってるスペシャルな秘密の隠しスキルだよー!スキル等を確認する時にー、シークレットスキルだけは確認することが出来ないけどねー。」
「なぜ異世界に転生する直前に新しい情報を伝えるのですか?他に隠している情報はありませんか?また、シークレットスキルは確認できないと言っていましたが、他のスキルを確認できる手段はあるのですか?」
せっかく転生を目の前に気合を入れたのに…!
ノアの最後の情報開示に踏み出した足を止め、ノアの方に真顔で問い詰める。聞かなければいけないことが増えたから、気合を入れての転生への一歩は一旦保留。
ノアにシークレットスキルとスキルの確認方法を聞いた。
私のシークレットスキルの内容は分からず終いだが、スキルの確認方法を聞く上で、ステータス等を確認できるカードがマグノキスには存在するという、とても重要な情報を知ることが出来た。
他に未開示の情報がないかノアに執拗に確認したが、これ以上の情報はないよーと神の太鼓判をもらった。間延びした声での太鼓判なので、内心は少し不安だが。
タイミングを外される形になったが、これで異世界への転生準備は全て完了!私は気合を入れなおし、異世界への門と向き合う。
「美雪ちゃん、魔王退治がんばってねー!」
緊張感のない間延びした声でノアが応援の言葉をかけてくる。
そういえば、ここに来てからノアはずっと私に優しくしてくれたな。
生前では、詳細な質問を繰り返すことで、依頼主から嫌な顔をされることが多々あった。でも、ノアは私の質問地獄にも嫌な顔ひとつせず最後まで付き合ってくれた。
さらに、普通に生きていたら気付かなかった家族への感謝の気持ちもノアは転生のついでで教えてくれた。妹に嫌われてるんじゃないかという不安も払拭できた。
ノアと過ごした時間は短いものではあったが、仕事だけを生きがいにしていた私に大切な感情を多く取り戻してくれた。異世界の門を目の前にノアへの感謝の気持ちが溢れてくる。ノアのために、必ず魔王を退治しようと決意を新たにし、異世界の門へ一歩を踏み出す。
その時、どこかから黒い布を被った何かが目の前を通り過ぎ、門の中へ消えていった。突然の謎事象に私は歩みを止める。
またもや、私の異世界への一歩は邪魔された。
「今のなに?」
ノアに今起きたことを確認する。
ノアは首を傾げる。
え、ノアも分からないの?通り過ぎる様子から人っぽかったけど、分からない何かがマグノキスに転生したみたいだけど良いの?
「今さっき通り過ぎたのが何か分からないけどー、美雪ちゃんに危害を加えるようならー、神の権限で消しちゃうから安心してー!」
「ノアが安心してーというなら良いけど、神の権限で消せるものなの?ノアは、マグノキスに何かしらの理由で干渉できないから私に魔王退治をお願いしたと思ってたけど、人一人消すことが出来るの?そんな権限があるなら、魔王も自分で倒せるんじゃないの?」
魔王が神の力を持ってしても倒せない場合、私でもお手上げだから確認する。
「ボクはマグノキスに干渉出来ないよー、だからボクが魔王を退治することは出来ないんだー。でも、さっきのはボクが許可してないマグノキスへの転生だからー、なにかボクに不利益を与えるようなら不慮の事故とかでマグノキスから退場してもらうよー!あ、美雪ちゃんや他の転生者はボクが転生させてるからー、ボクの干渉によって退場させちゃうことはないから安心してー!」
ノアが魔王を退治できない理由は、神の力を持ってしても魔王が倒せないからではなく、私の想像通り世界への干渉ができないからだった。さっき通り過ぎたのは、ノアへの無許可の干渉だったから、ノアが干渉しても大丈夫と。
何かあった時はノアが何かしてくれるみたいだから、とりあえず一安心。
「それじゃあ転生前にー、最後のアドバイスー!魔王退治は一人じゃ難しいからー、強い人を仲間にしてねー!例えばー、美雪ちゃんの前に転生した男!美雪ちゃんの転生場所の近くにまだいるから仲間にするならオススメだよー!転生者は一般的なマグノキス人より強いからねー!」
「うん、分かった!私の前の転生者というと、異世界の美人目当てに簡単に転生しちゃった人だよね?そんな人が戦力になるかは分からないけど、ひとまず会いに行ってみるよ!ありがとう!」
ノアのアドバイスに笑顔で応える。
ノアへの感謝の気持ちと異世界への気合を胸に異世界への門を向く。
三度目の正直。魔王退治への気合、異世界への期待、ノアへの感謝の気持ちを胸に一歩を踏み出す。
「美雪さん、異世界へ旅立たれる前に私からも一言よろしいでしょうか。」
踏み出した一歩は新たな声で止められる。
二度あることは三度あるということを実感。声の主は、創さんだった。
ダンジョンの製作者であり、管理人である創さんが異世界へ旅立つ前に挨拶に来てくれたらしい。
私は異世界への一歩を止め、声の方へ振り向く。そこにいたのは、やはり創さんだった。
「美雪さん、ノアと私は美雪さんが魔王退治を無事に成し遂げることを祈っております。せっかく作ったダンジョンが軍事利用される現状に、私は毎日無念の気持ちが込み上がってきます。魔王退治を何卒よろしくお願いいたします。」
創さんからのお願いに私は笑顔で応える。
「とはいえ、美雪さん無理は厳禁ですよ。お願いしている身で大変恐縮ですが、がんばり過ぎてしまう美雪さんの健康が損なわれては、我々も遺憾の気持ちでいっぱいになります。たまに息抜きをすることを忘れないようお願いします。息抜きできる時間を得られるよう、美雪さんが攻略するダンジョンには少し良いものを置く等、私が出来る協力は惜しみませんので、我々の悲願である魔王退治を何卒よろしくお願いいたします。」
そう言うと創さんは深々と頭を下げた。
丁寧な態度と言葉でダンジョン等の色々な説明をしてくれた創さん。
そんな創さんが、わざわざ私の旅立ちに挨拶に来てくれたのだ。さらに、私の魔王退治の旅立ちに協力をしてくれるとも言ってくれた。
私を応援してくれるもう一人の存在に目頭が熱くなる。
「頭を上げてください、創さん。感謝の気持ちを伝えたいのは私の方です。私のために、長い説明をしてくださり、本当にありがとうございます。異世界経験が皆無で不安いっぱいの私も、ノアと創さんの応援の言葉で、転生することへの希望が見えてきました。異世界生活では新しいスキルを入手する度にノアに感謝し、ダンジョンで素晴らしい装備品を入手した時には創さんに感謝をするようにいたします。短い間ではありましたが、本当にありがとうございました。私、弓弦美雪は異世界へ旅立ちます。2人の応援をいつも胸に、過酷な異世界で魔王退治に猛進させていただきます。」
「美雪ちゃん…!!」
「美雪さん…!!」
私の言葉にノアと創さんが感動している。そんな二人の表情に私も嬉しくなる。(神の単位は柱だから、正しくは1柱と1人だが)
ふっふっふ、これで陰ながらではあるが、二人からの異世界での協力を得ることが出来るだろう。私は打算も出来る女なのだ。
二人に見守られながら、私は異世界への門へ向き直る。
もう誰も邪魔しないよね?仏の顔も3度までだよ?ただでさえ怖いと有名な私の目つきは、周囲への警戒を強めているため、さらに怖い目つきになる。警戒を弱めることなく、異世界への門へ少しずつ近付いていく。
さっきまでは、決意を新たにとか感謝の気持ちを胸にとか堂々と異世界への門をくぐろうとしていたのに、今は邪魔が来ないか恐る恐る近付いている。なんだろう、釈然としない。
モヤモヤとした気持ちのまま、私は異世界への門をくぐる。さすがに四度目の妨害は無かった。
こうして、いまいち気持ちが締まらないまま、私の異世界生活は始まった。