【幕間】ホワイト・ヒューガルドの憂鬱
僕の名前は、ホワイト・ヒューガルド。今はシロってあだ名で呼ばれてます。冒険者です。
貴族であるヒューガルド家の身分を捨て、冒険者として生きていくことを決めた僕は、王都セカド・エーデルワイス挑戦のため、ファストの町のダンジョンで手に入れた素敵なステッキを両手に抱え、始まりの草原を進んでおります。
「どったノー、坊ちゃン?何とも言えない複雑な顔をしテー?」
投げかけられる言葉にも答えられないほど、僕は緊張しております。
今まで何度も訪れたことがある王都ですが、これから冒険者として過ごすことを考えると、心が躍るような高揚感と共に、不安の波が押し寄せ、何とも言えない不思議な感情に悩まされてしまいます。
なにせ、王都セカド・エーデルワイスと言えば、北大陸の冒険者みんなが憧れる、冒険者にとっての聖地ですから。
「なんデ、王都って場所は冒険者にとっての聖地なんダー?」
それは、王都がかの有名な伝説の冒険者パーティ、勇者ワタル、剣聖アキラ、闘神ラクザン、賢者ヒバリの四人の英雄の出身地だからです。
世界に訪れた災厄級のモンスターを、何度も打ち倒してきた伝説の冒険者である四人。
王都の正門には、四人を模した石像が建てられているだけでなく、四人が訓練を行っていた道場や、実際に四人が使っていた武器や防具が飾られた博物館など、伝説の英雄を称える施設が数多くあります。
英雄に憧れる冒険者なら、四人のように自分もなりたいという気持ちで、一度は訪れたい場所。そのため、王都は冒険者にとっての聖地です。恥ずかしながら、僕も賢者に憧れているため、王都に冒険者として挑戦することは、ドキドキと心が躍ってしまいます。
「心が躍ルー?その割にハ、坊ちゃんの表情は浮かれないけドー?」
僕が王都挑戦に対して、純粋に浮かれるわけにもいかない理由があります。
それは、王都が冒険者にとっての聖地だけでなく、北大陸で実力をつけるためには、避けて通れない登竜門としての一面を持っているからです。
今の僕達のように、地元のダンジョンでは物足りなくなった冒険者が、王都内の高難度ダンジョンでの更なるレベルアップを目指して、各地から集まります。王都には銅等級以上の冒険者が約五十人、それ以外は、ビリジアン等級か青等級と言われており、地元一の能力を持った冒険者も、王都ではひよっこ冒険者扱いされます。
さらに、王都内には転生神殿と呼ばれる、強力な能力を持った異世界人が転生する神殿もあるため、低等級冒険者の中にも、異常な実力を持っている可能性があります。そのため、王都ではどんな冒険者でも、油断をしてはいけないと言われています。
昨今の研究では、四人の英雄も転生者だったと言われており、転生直後はひよっこ冒険者だった四人も、王都で実力を身につけることが出来たからこそ、世界に散らばる七つの原初のダンジョン全踏破という偉業を達成することが出来たと言われています。
「へー、そんな由緒正しい場所デ、坊ちゃんは世間の荒波にのまれるってわけダー!そりゃ、そんな複雑な表情になりますナー!!」
王都は英雄を目指す数多くの高等級冒険者が、日々その実力を高めるため、ダンジョンやコロシアムで切磋琢磨している場所…。それが、北大陸の中心都市である王都セカド・エーデルワイス。
そこに、これから僕も冒険者として挑戦するのです。実力不足が不安となり、憂鬱にもなってしまうものです。
「しかモ、坊ちゃんのパーティの他三名ハ、みんなステッキデ、つえー転生者だもんナー!」
僕の憂鬱の種は、王都挑戦だけではありません。
色々な縁があって、僕は高い能力を持つ異世界からの転生者三人とパーティを組んでおります。転生時に高い能力とレアスキル、高レアリティの装備品を与えられる転生者は、一人でもパーティ内にいれば上級冒険者パーティの仲間入りが出来ると言われています。
そんな転生者が、僕のパーティには三人。正確には僕以外全員が転生者。
「でも、異世界からの転生者って言っても、意外と大したこと無いんじゃないノー?」
そんなことはありません。
異世界からの転生者がいかに高い能力を持っているか、僕の仲間達を紹介したいと思います。まずは、美雪さ…
ドゴゴォォォオオオン!!
始まりの草原に、大きな爆発音が響きます。
「な、なニ!?急な爆発…、敵襲カー!?おい、坊ちゃン!!爆発による煙の先ニ、目つきの悪いスーツの女性が立ってるゾー!!敵ダ!!あの目つきの悪さは敵に違いなイ!!ロックブラストを使うんダ!!」
いえ、敵ではありません。目つきの悪さは否定しませんが、敵ではありません。パーティ仲間の一人、美雪さんです。
弓矢と風魔法と爆発魔法と固有魔法である温度操作魔法が主力の転生者です。突然の爆発音に、他二人の転生者も驚いて振り返りますが、なんだ美雪さんか、いつもの爆発ね。とすぐに元の作業に戻ります。
美雪さんが爆発を起こすのは、僕達にとって日常風景です。美雪さんが起こした爆発によって、始まりの草原の地面は大きくえぐれ、地面剥き出しの大きな穴が開いてしまっておりますが、日常風景です。
「でっけぇ穴だナー!!殺した人を埋めるのカー?」
殺し屋のように目つきの悪い美雪さんですが、そんなことはしません。日常的な爆発で開いた穴です。
いや、日常的な爆発で開いた穴ってのもなんでしょうね…。
でも、僕は今の爆発がいつもと違うことに気付きました。美雪さんに確認しましょう。
「美雪さん、今の爆発はいつもと違いましたね。なんだか、爆発音が二つ続いたような?何かを試していたのですか?」
「ん?あぁ、シロ君か。新技を開発しようと思ったんだけど、恥ずかしながら失敗しちゃったよ。」
「新技ですか?何を試そうとしたのですか?」
「爆発で矢に推進力を持たせて速度と飛距離を増すロケットアローと、矢の当たった場所で爆発を起こして威力を上げるボムアローを合体しようとしたんだけど…。ロケットアローの爆発に矢が耐えられなくなって、すぐにボムアローの爆発が発動しちゃったんだよね。その結果が続け様の爆発。完全に失敗。矢もこの有様。」
そう言って差し出された美雪さんの右手には、真っ黒な謎の燃えカス。
「爆発に巻き込まれた矢、ってとこカー?見事にボッロボロじゃねぇカー!」
美雪さんは矢の節約のために、スキル自動回収を取得したため、矢や投げ槍などの遠距離武器が手元に戻ります。そのため、こうして新技の中心にあった矢が燃えカスとなり、手元に戻ったのです。
爆発の威力を物語る燃えカスをまじまじと眺めていると、左手の弓がワイバーン討伐で手に入れた竜槍に変わっております。
「矢じゃなくて槍なら爆発にも耐えられるかな?ロケットアローと同じ原理の神槍投擲に、ボムアローを合体…。これなら、風魔法で宙に飛ばなくても、地面に立ってる状態からも技を繰り出せる…。硬度が高い竜槍なら爆発にも耐えられる…。」
神妙な表情で竜槍の硬さを確認していた美雪さんは、ぶつぶつと何かを呟いた後、くいっと眼鏡を持ち上げます。
「いける!!シロ君、ちょっと離れてて!!」
美雪さんの指示に従い、少し離れます。
「えいっ!!」
ドォォォオオオン!!ドォン!!
不安と期待が入り混じった感情で美雪さんの槍の投擲を見守っていた僕の耳に、近くで一発の爆発、少ししてからもう一度爆発、の二回の爆発音が響きます。そして、遠くの空には白い爆発の煙。
「うん、成功。竜槍も問題なし。」
満足気にうんうんと頷く美雪さん。
そんな美雪さんの右手には、ぶすぶすと煙を上げる竜槍がいつの間にか握られています。スキル自動回収です。これなら、すぐに次の攻撃にも移ることが出来るでしょう。矢の節約くらいにしか使えないと思われているスキル自動回収を、連続攻撃に発展させることが出来るのは美雪さんくらいでしょう。
「ん?神槍投擲による神罰!?おいこら、ノア!!また恥ずかしい名前を付けたなー!!」
なぜか空に向かってぷんぷんと怒る美雪さんの体の周囲を、白い光の粒がぐるっと回ります。あ、レアドロップ。
「ついでに遠くにいたワイバーンを狙ったけど、レアドロップまで手に入れるなんてラッキー!さて、確認してみますか!」
いや、ついでで始まりの草原で一番高い適正討伐レベルを持つワイバーンを倒さないでくださいよ…。
「新技のお試しついでニ、強力なモンスターを倒してレアドロップまで手に入れるなんテー。転生者やっべぇナ!!つエー!!」
「手に入れたレアドロップは…、竜槍かー。まさか同じ物が手に入るなんて…。って、ん?槍が二本。私の手も二本。ってことは、両手での投擲攻撃がいけるか?スキル必中があるから、利き手と逆でも命中力に不安はないし…。」
またぶつぶつを始めた美雪さん。こうなった彼女は止められません。そっと回れ右をします。
何度も響き渡る爆発音を背後に、他の転生者の紹介に移ります。少し離れたところに、もう一人の転生者の少女、愛さんがいました。彼女は身の丈の何倍もある大岩に対して、拳を突き出した構えで、堂々と立っています。彼女の日課である、型の素振り前の精神集中のようです。
「今日は基本の連撃の確認。鬼火流剛術 壱の型!!春草七連撃!!これより開幕!!」
次々と武技の名前を叫びながら、愛さんは高速の連撃を大岩に繰り出します。愛さんの拳と、岩の衝突音が周囲に響き渡ります。
愛さんの放つ一撃一撃は、並のモンスターなら簡単に絶命させる威力。魔法適正はゼロに近い彼女ですが、力と速さに特化した彼女の攻撃は、全てのモンスターを瞬く間に光の粒へと変えてしまいます。そんな愛さんは、僕達パーティ内の特攻隊長を務めております。
「おいおい、愛。何も装備しないで岩を攻撃するなよ。いつもの腕甲や足の防具はどうした?拳や足を痛めるぞ。」
愛さんの連撃を眺めていたところで、いつの間にか僕の隣に立っていたもう一人の転生者であるユウジが、愛さんに対して注意をします。
「げーッ!!あの少女ハ、素手と裸足で硬い大岩を攻撃してるのかヨー!!どうかしてル!!」
ユウジが注意するのも仕方ありません。
愛さんは武器や防具といった装備品を付けずに、大岩を殴ったり、蹴ったりしているのです。ユウジの注意を聞いた愛さんは連撃を止め、妙に得意げな表情を浮かべます。
「ユウジ、そんなんだからお前はユウジなんだよ。」
「俺の名前をディスりに使うんじゃねぇ。」
ユウジの抗議を無視し、愛さんは胸を張って答えます。
「武器や防具なんて軟弱なものを使ってたら、自分の中の真の剛は鍛えられないだろ?硬い岩の剛に立ち向かうためには、正々剛々(せいせいごうごう)と相手とぶつかり合わなきゃ、己の剛は鍛えられない。常識だぞ!」
「お前は何言ってるんだ?また鬼火の里の常識か?」
愛さんは異世界の転生者ですが、美雪さんやユウジのいた異世界とは異なる世界、鬼火の里という場所から転生してきたのです。そのため、言語翻訳や行動理解にも世界の壁があるのか、同じ転生者内でも会話が成り立たないことが多々あります。
個性豊かな転生者三人の中でも、愛さんはとびぬけて何を言ってるか分からないことが多いです。
「強力な武器があるなら、使うに越したことはないだろ?ほら、お前が型の練習をしている岩と同じような岩も、剣を使えば簡単にスッパリだぞ?」
愛さんに注意するためか、ユウジは大剣を取り出し、近くにあった大岩を横一閃でスパッと切り裂いてしまいます。
「いヤ、この大男も大概じゃねぇカ!!豆腐を切るみたいニ、簡単に大岩を切り裂いたゾ!!つエー!!」
驚くのも仕方ありません。大岩を切り裂いた大剣は、聖剣エクスカリバーと並ぶ神話級の大剣、デュランダルなんですから。
僕達パーティ内の三人目の転生者であるユウジは、転生特典としてデュランダルを神から与えられております。決して壊れることなく、尋常ならざる切れ味を持つデュランダル。
そんなデュランダルを中心に、優れた防御能力で安定した立ち回りを行うユウジは、攻撃特化過ぎる僕達パーティ内の防御を司るタンク役と共に、暴走しがちな二人の転生者のツッコミを担当しています。
「大岩を切り裂いてドヤ顔のユウジ腹立つなー。でも、所詮は武器の力!!剛を極めた私なら、武器なんて無くても大岩を吹っ飛ばせるもん!!」
「いや、さすがの愛でも、素手と素足でこの大岩を吹き飛ばすのは無理だろ?」
「あん?ユウジごときが私の剛をなめるんじゃない!!出来るよ、やってやるよ!!咲かせて魅せよう!拳撃による花!!奥義!百花繚乱!!」
愛さんの武技の宣言と共に、ズドドドドと大地を震わせるような打撃音が鳴り響きます。
「相変わらず、すっげぇ武技だな…。あの大岩が揺れてらー…って、ん?まさか…!?」
高威力な愛さんの連撃によって、徐々に大岩にヒビが入っていきます。大岩全体に大きなヒビが入り、小さい岩の破片が飛び散り始めた時、愛さんがトドメとばかりに大声を上げます。
「これが最後の一撃だー!!」
愛さんのトドメの正拳突きによって、大岩は爆発四散。大小さまざまな破片になって、周囲に飛び散ります。
大きく息を吐き、残心と呼ばれる特殊な呼吸法をした愛さんは、無邪気な笑顔でユウジに振り返ります。
「どうだ、ユウジ!!これが剛を極めるってことだ!!」
「あ?あー…。うん、ごめん。愛の剛はやっぱりすげぇわ…。シンプルに驚かされる…。」
「ほんとニ、素手素足によるパンチとキックだけデ、あの大岩を吹き飛ばしちまったヨー。この少女も半端ないナー!!つエー!!」
ユウジの賞賛に、得意げな表情を浮かべて胸を張る愛さん。嬉々とした表情で、ユウジにまっすぐ人差し指を向けます。
「うんうん、なるほど!!ユウジのその表情!!私に稽古をつけて欲しいんだなー!!」
「え!?」
「皆まで言わなくても分かるぞー!!仕方ないなー!!ほら、ユウジ!!盾を構えろ!!私の剛を、その盾で守り切ってみろ!!いっくぞー!!」
「おい、俺の話を聞け!!ってか、マジの正拳突きやめろ!!俺も大岩みたいに爆発四散するわ!!ちょっと手加減をしろ、って聞いてますか、愛さん!?愛さーん!?」
大声を上げながら始まった愛とユウジの組手。なんだかんだ文句を言いながらも、愛さんの連撃を盾でいなしていくユウジ。やはり、ユウジは防御能力が高い。
改めて、仲間の転生者三人の異常な能力を見せつけられた僕は、大きく溜息を吐きます。
王都挑戦を前にしての僕の憂鬱の種の一つは、仲間の転生者三人が頼りになるを通り越して、頼りになり過ぎること。
「いヤー、坊ちゃんの仲間の転生者三人ハ、みんな異常な力を持ってますナー!!つエー!!そんなステッキな転生者三人と一緒にパーティを組んデ、王都で冒険者としてやっていク…。坊ちゃんは否が応でも比較されてしまいますナー!!」
転生者が三人もいる僕達のパーティは、すぐに王都内でも有名な冒険者パーティに成長をすることでしょう。そんな中で、目立った能力が無い僕は、パーティ内の足手纏いになってしまうんじゃないか。それが、僕の憂鬱の種です。
「坊ちゃんガ、そんな不安な表情になるのハ、仲間の転生者三人が理由ト!!確かニ、完全記憶能力と高い魔法適正、柔軟な発想と物腰柔らかな交渉力しか能が無い坊ちゃんにハ、転生者と一緒に王都で過ごすのハ、かなり過酷な環境…、あれ、坊ちゃん意外と高スペック?普通に通用するんジャ?」
それに、僕の憂鬱の種はもう一つあります。
「なになニー?まだあるノー?坊ちゃン、若いのに苦労が絶えないネー!!」
何度も僕に話しかけてくる、僕にしか聞こえない、この声です。
「おヤ、私としたことガ、自己紹介が遅れたネー!!私の名前ハ、素敵なステッキ!!今現在、坊ちゃんが持っている杖ダ!!杖なのニ、なんで話してるのカー?私は武器だけド、特別な力で装備者と話すことが出来るのでース!!こうしテ、話すことが出来る私ハ、術者に対してステッキで最適な魔法を提案することが出来るのでース!!どウ?素敵なステッキでショー?」
僕達がファストの町のダンジョンで手に入れた、ダンジョン達成報酬である素敵なステッキは、このようによく喋る武器でした…。
美雪さんにもらった武器の、意外過ぎる能力に溜息が止まりません。
「坊ちゃン!!溜息をついている場合じゃないですヨ!!八時の方向ニ、ロックブラストでス!!」
「…!?ろ、ロックブラスト!!」
素敵なステッキの言われるがままに振り返り、地魔法ロックブラストを放つと、黒い毛の塊が音を立てて崩れ落ちます。そこには、黒い毛を持つ猪型のモンスターがおりました。
どうやら、爆発音に気付いたブラックブルが一匹、僕達のことをこっそりと狙っていたようです。しかし、そんな不意打ちも素敵なステッキの助言によって阻まれてしまいました。
このように、素敵なステッキは装備者の危機を教えてくれたり、モンスターの解析と最適な魔法の提案を行ってくれます。
行ってくれるのですが…。
「どうしたんですカ、坊ちゃん!?もう少しで到着する王都でハ、この素敵なステッキと共ニ、ステッキでつえー冒険者を目指しましょウ!!サポートは任せてください!!」
このステッキと杖という言葉を交えたダジャレが、四六時中、僕だけに聞こえてくるのです。
王都を目指して三日ほど経過しましたが、正直すでにうんざりです。
「うんざりだけド、最愛の人からもらった装備品だもんネー!手放せないよネー!私を手放さない予感がする持ち主ハ、坊ちゃんが初めテー!!末永ク、ステッキな付き合いをしていきまショー!」
もう一度、言います。正直すでにうんざりです。
やがて休憩を終えた仲間達と共に、僕は憂鬱な気持ちを抱えながら、王都に向かいます。




