【幕間】この後に待つ強敵の紹介
■磔吸血鬼
「た、助けて…!!痛い…!!誰か…、助けて…!!」
王都の片隅、薄暗く汚れた路地裏に少年のか細い声が響く。
痛みで気を失うのを必死に堪えて絞り出した少年の声は、無情にも誰の耳にも届くことなく闇の中に溶けて消えてしまう。
路地裏に似つかわしくない華美な装飾が施された礼装を着た少年が、痛さに顔を歪め、助けの声を上げるのには理由があった。少年は杭で両手を壁に打ち付けられ、大の字の姿で磔にされていた。
「お願い、助けてよ…。なんであなたは僕を磔にするの…?僕が何をしたっていうの…?」
なぜ磔にされているのか。なぜこのような痛みを味わせられなければいけないのか。磔にされている現状に対して、少年は思い当たる節がなかった。
意気揚々とパーティへと向かう道中、少年は黒いコートのフードで顔を隠した女性に無理矢理さらわれた。少年を壁に磔にした犯人である目の前に立つ黒いコートを着た女性は、にやりと笑った後、少年の質問の代わりに、ゆっくりとフードを下ろす。
自分を磔にした女性の顔を確認した少年の顔は、驚愕の表情へと変わる。黒いコートを着た女性は、王都でその顔を知らない人はいないほどの有名人であった。
「なぜ…、あなたが…?」
「ぎみば、悪ぐないわ。」
黒いコートを着た女性から、雑音まみれの老人のようなしゃがれた声が聞こえてくる。黒いコートを着た女性の普段の声を知っている少年は、その異様な声に驚き、目の前の黒いコートを着た女性が本物か何度も確かめる。
「あなだが驚くのも、無理がない。恐ろじい声でしょ?私だっで、自分自身のごの呪われだ声には驚いておりまずもの。」
老人のようなしゃがれた声が、目の前の女性の口の動きに合わせて発せられる。異常な声が目の前の女性のものであることを確信した少年は、さらに驚愕に目を見開く。
「どうして…?あなたの声とは思えない…。一体、何が…?」
普段とあまりにも違う黒いコートの女性の異様な声。
磔にされた少年は思わず、そのしゃがれた声の原因を聞いてしまう。黒いコートの女性は片手で口元を隠しながら、上品に儚げに笑う。
「あら、あなだを磔にじだ私なんかの声を心配じでくれるの?とでも優しい方でずね。でも、心配しなぐでも大丈夫。ずぐにごの声は元にもどるわ。あなだの血で。」
「僕の…血?」
舌なめずりをして妖艶に笑う黒いコートの女性は、磔にされた少年の首元に触れる。真っ白な指で愛おしく少年の首筋を撫でた黒いコートの女性は、おもむろに大きく口を開け、磔にされた少年の首元にかじりつく。
「ぎゃぁぁぁあああ!!!」
突然の首筋の痛みに、磔にされた少年は大きな悲鳴を上げる。
しかし、黒いコートの女性は気にも留めず、脈打つ首筋に突きつけた牙から流れてくる磔にされた少年の血液を、自分の喉へと流し込んでいく。頬を上気させながら血をすする彼女の姿は、まさに吸血鬼のそれだった。
「あ…、あああ…。」
やがて、磔にされた少年は悲鳴を上げることすら出来なくなり、力を失った渇いた小さな声が、無情な音となって路地裏に響く。先ほどまでは若々しく瑞々しかった少年の肌も、ミイラのように渇いていく。磔にされた少年が、ぐるんと白目を剥いたところで、黒いコートの女性は愛おしそうに、ゆっくりと少年の首元から口を離す。
磔にされた少年が着ていた服をその場に残し、光の粒に変わる。少年の残滓である光の粒を横目に、黒いコートの女性は胸元から取り出したハンカチにて口元の血を上品に拭う。
彼女は、王都内で有名な殺人鬼。
人のいない路地裏にて行われる犯行のため、その姿を見た者は一人しかいない。唯一生き残った少年の証言と、現場に残された杭から、彼女が磔にしてから少年達の血を吸い尽くし、殺していることが殺人鬼の特徴として知られている。
彼女の殺し方と、少年だけを狙うその残虐性から、彼女は王都内で磔吸血鬼という異名で恐れられる。
「ごめんなさいね。あなたに罪は無いのだけれど、こうすることで私の喉は癒されるの。」
透き通り、洗練された女性の声が薄暗く汚れた路地裏に響く。声の主は黒いコートの女性。
先ほどまでの雑音まみれの老人のようなしゃがれた声は、どこにもなかった。
■祝福のマーシー
「おっと、そこ行く可憐な女性。少し良いかな?今日は青く澄んだ美しい空模様だけど、君の美しさには空も嫉妬してしまうよ。その美しさを、僕に少しだけ分けてもらえないかな?」
ひらひらとした襟と袖の真っ白なシャツに、華美な模様のズボンを穿いた一人の男性が、頭に被った帽子をくいっと持ち上げ、意中の女性に声をかける。彼の名前は祝福のマーシー。実力者揃いの王都の中でも上位の実力を持つ銀等級冒険者である。
マーシーに声をかけられた女性は、またかという表情を浮かべるが、すぐに笑顔を浮かべて彼の言葉に答える。
「あら、マーシー!また、私をナンパしてくれるの?ご飯をおごってくれるって言うなら、一緒してあげても良いけど…って今日はダメだわー。予定あり!ごめんね、また今度!」
「ふふっ、君はいつも予定ありだね?とても惜しいところだけど、無理に引き留めて君の美しい瞳を曇らせるわけにはいかない。ちなみに、その予定ってのは聞いても差し支えないかい?」
いつものように煙たがるわけではなく、どこか機嫌良くマーシーの言葉に答えた意中の女性に、彼はそのご機嫌の理由を訊ねてみる。
「あら、マーシーにも分かるくらい、私って浮かれてた?まぁ、仕方ないよねー!ふっふーん!見て、これ!今日はこれに行く予定なの!」
女性は、懐から一枚の紙を取り出す。その紙を確認したマーシーは、意中の女性がご機嫌な理由に納得がいき、彼女の差し出すチケットに対してパチンと指を鳴らす。
「それは、なかなか手に入らないことで有名な歌姫様のコンサートチケット!しかも、今日の講演のものだね!」
「そう!朝から抽選会に参加して、運良く手に入れることが出来たの!ずっっっと、楽しみだったんだからー!」
「さすがの僕も、歌姫様のコンサートには敵わないね!それじゃ、僕は僕が出来ることで、君の楽しみに彩りを添えさせてもらうよ!」
マーシーはパチンと指を鳴らし、意中の女性の頭に一輪の花を咲かせる。意中の女性の桃色の髪を、ワンポイントで彩る白く可憐な一輪の花の名前は、カサブランカ。祝福の意味を持つ純白の花である。
近くの窓で、頭に咲く一輪の花を確認した意中の女性は、少し頬を染めながらマーシーに微笑む。
「ありがとう、マーシー!それじゃ、コンサートが始まっちゃうから行くね!」
「それでは、また今度!君に祝福多きことを祈ります!」
ウィンクで意中の女性を見送るマーシー。そんな彼に対して、意中の女性は手を振り、足早にコンサート会場を目指す。今日も初恋の女性を食事に誘うことが出来なかったが、マーシーは彼女の笑顔を見れるだけで充分であった。
「今日も僕は意中の女性を食事に誘うことが出来なかったけど、弟子の君はどうしてるかな?」
マーシーは空を仰ぎ、その空の続く先にいるであろう、弟子のことを考える。
「彼がこの王都を離れてから、もう一月。そろそろ君も素敵な出会いをすることが出来たかな、ユウジ・タチバナくん?」
祝福のマーシーは、自分がナンパ術を伝授したユウジ・タチバナのことを考える。空を見上げながら、異名の基にもなった彼の代名詞を呟く。
「不出来な弟子に祝福多きことを祈ります。」
■氷彫刻家、塔崩し
「はははは!!大人しく僕の手で氷の彫刻になるんだ!!この犯罪者ども!!」
真っ暗な森に、上下繋がった作業着にベレー帽という不思議な服装の男の声が響く。その声から逃げるように、手錠と足枷に鉄球をつけた様々な種族の老若男女が森の奥へと走っていく。
「はははは!!この森は、僕の私有地!!誰にも君たちの声は聞こえないし、誰にも君たちがここにいることは分からない。必死に奥に逃げても罪人の手錠と足枷をつけた君たちでは、到底打ち破れない強固な壁が待ってるだけだぞー!!どんなに助けを求めても、救世の女神は祝福をくれない!!諦めて、凍ってしまえ!!氷結時代!!」
ベレー帽男は、逃げ惑っていた凶悪な顔つきの男に向けて、氷結魔法による青いレーザー光を放つ。必死にレーザーを避けた凶悪な顔つきの男だが、手錠と足枷によって動きが制限されているため、足先に少しだけレーザーを掠めてしまう。
「なんだ、この魔法は!!足から徐々に体が動かなくなっていく!!」
凶悪な顔つきの男は、掠めただけの足から徐々に凍り付いていく体に、さらに凶悪に顔を歪める。必死に体を振って氷結から逃げようとするが、一度氷結魔法を受けてしまった男に、氷結から逃れる術はない。
凶悪な顔つきの男は、恐怖と絶望に満ち溢れた表情のまま、物言わぬ氷像へと姿を変える。
出来上がった氷像の表情は、今にも悲鳴を上げそうな程の恐怖と絶望に満ち溢れている。出来上がった凶悪な顔つきの男の氷像に、ベレー帽男は満足気な表情を浮かべる。
「はははは!!見事な氷像の出来上がりだ!!」
「親分が氷漬けに!!てめぇ、なんてことをしやがる!!」
「なんてことを、しやがる…?君たち犯罪者は、今まで何度も人を殺す時、許しを請う人たちに対して慈愛の感情を抱いたかい?君たち犯罪者は当然のように、他者の様々な権利を奪ってきたというのに、自分の権利を奪われる時には、抗議の声を上げるのかい?なんて自分勝手な人達なんだろう…。」
「うるせぇ!!異常者が!!ファイアバースト!!」
氷結魔法を扱う男に対して反論をしながらも、凶悪な顔つきの男の仲間は、氷像に向かって火属性魔法を放つ。しかし、燃え上がる火属性魔法を浴びても、氷像の様子は少しも変わらない。
「罪人の手錠と足枷を装備しながらも、その火属性魔法…。賞賛に値する魔法に、僕は素直にすごいと驚かされるけど…、あはははは!!!無駄だよ、無駄なんだよ!!」
ベレー帽男は怯える犯罪者に対して氷結魔法を放ちながら、嗜虐性を隠すことなく大きく笑う。
「僕の氷結魔法は、その程度の火では溶かされないし、三日三晩は溶けることが無い!!さぁ、残りの犯罪者どもも僕の氷結魔法によって、氷漬けにされるんだ!!運が良ければ、逃げ切れるかもしれないよ!!」
自分の私有地にある森の中に罪人を放ち、追いかけては氷結魔法によって氷像へと変えていくベレー帽男。犯罪者を氷像へと変えていく彼は、王都内では氷彫刻家と呼ばれている。
そんな氷彫刻家の戯れを少し離れたところから、ぼーっと眺める青年が一人。
「貴族様が、犯罪者を私有林に放って、人狩りを楽しむねぇ…。はぁ…。やっと地下監獄から出られたと思ったら、道楽貴族の凶行に巻き込まれるとはな…。相変わらず不幸だぜ…。あー、不幸不幸。自分の不幸っぷりに溜息が止まらないぜー。」
塔崩しの異名で呼ばれる、赤髪の青年は天を仰ぎながら己の不幸に悪態を吐く。
「溜息を吐いている場合ですか!!早く逃げますよ!!」
そんな塔崩しの膝裏を無遠慮に蹴る、深くローブのフードを被った少女。彼女は塔崩しの手を取り、森の奥へと逃げようとする。
「ちょうど彼は囚人長を追いかけるのに、夢中です!!彼女が相手をしてくれている今の内に逃げましょう!!って、なんで動かないんですか!!氷像になりたいんですか!?」
彼女は、少しも動こうとしない塔崩しの腕を力いっぱい引っ張る。そんな必死に逃げようとする少女に、塔崩しは不敵に笑いながら、囚人長を追いかける氷彫刻家を睨む。
「逃げる?何を言ってるんだ?奴が俺達に死という不幸を押し付けようとするってんなら、俺は全力で抗って、奴に死を押し付けてやる!!囚人長を助けに行くぞ!!」
「死を押し付ける?囚人長を助ける?まさか戦うつもりですか!?え!?えー!?」
氷彫刻家と塔崩しの戦いが始まる。
この戦いの勝者に、王都を目指す美雪達は遭遇するのだが、それは少し先の話。
■四騎士
厳戒な雰囲気に満ち溢れた王属騎士団の所有する会議室の大机の真ん中の席、一人の男が両手を組み、会議を行う相手を待っていた。
短く切り揃えられた銀色の髪、赤を基調とした騎士団の制服を規定通りに着込んだ男性は、苛立たしさを隠すことなく、目の前の扉を睨んでいる。
彼の名前はソルダード・リッターオルデン。王属騎士団の騎士長を務め、王属騎士団の中でも上位四名の実力を持つ四騎士の一人である。騎士団の制服の上からでも分かる磨かれた肉体と、歴戦をくぐり抜けて来たであろう彼の眼光鋭き表情から、数多くの実力者を有する王属騎士団の中でも、彼が騎士長として君臨することを否応なしに納得させられる。
「遅い。遅すぎる。」
そんな騎士長は、会議開催予定から一時間以上経っても現れない他の四騎士に対して、怒りの表情を浮かべる。そんな騎士長のぼやきに対し、側近の騎士は気まずそうにフォローを入れる。
「四騎士の一人、銀騎士ディンゼル・ジュロージア様は、先日の怪我がまだ治っておらず、療養中でございます。本日の会議にも参加できないかと思います。」
「銀騎士は構わない。姫騎士フィルネシア・エーデルワイスと、狂騎士ドゥエル・フォーリアはどうした?」
「姫騎士様に、狂騎士様は…。えーっと…。その…。」
騎士長の威圧たっぷりの一睨みに、彼の側近である騎士は言葉を詰まらせ、やがて無言でその場で立ち尽くしてしまう。側近のうだつが上がらない様子に、騎士長は頭を悩ませる。
「おいおい、未来ある側近の騎士をそんなに脅かすんじゃないよ、騎士長ー。こんなに震えて…、可哀想にー。騎士長は、自分の顔と態度がすんげぇ怖いってところ、そろそろ受け入れた方が良いぞー。」
「私が怒っている理由の一端は、貴殿のせいなんだが…?」
震える側近騎士の隣に、いつの間にか挑発的な笑みを浮かべた一人の男が立っていた。
細身の体であるが、決してひ弱さは感じられない、鋭い刀のように鍛え抜かれた肉体が周囲の目を引く。しかし、それよりも人目を引くのが、顔の大きな裂傷の痕。一体、どんな獰猛なモンスターにつけられたのか、右目の近くに大きな痛々しい傷痕が残されている。それだけでなく、着崩した騎士団の制服から覗く肌にも、大なり小なりの数々の古傷が目立つ。
彼の名前は、ドゥエル・フォーリア。狂騎士という異名で呼ばれ、騎士長と同じ四騎士の一人である。
狂った騎士という異名は、彼の戦闘狂な一面から来ている。強い者がいると聞けば、戦闘を挑み、体中を傷だらけにしながらも勝利を掴んで帰ってくる。
彼が敗北を許したのは、たった二人。
同じ四騎士である騎士長と姫騎士だけである。狂騎士は、いつか二人へ勝利を収められるよう、虎視眈々と実力をつけながら、二人と同じ四騎士に身を置いている。
そんな彼は、にやにやと笑いながら騎士長へと意見を述べる。
「いやいやー、四騎士会議と言いつつも、騎士長と俺しかいないじゃないですかー。遅れたと言っても、この場に来た俺は偉い方でしょー?自由人な姫様は相変わらずだし、療養中のディンゼルは来れない。どうすんのー、今日の四騎士会議?」
あひゃひゃひゃと軽快に笑う狂騎士に、俺の苦労も知らないで…といった様子で騎士長の怒りボルテージは上がっていく。しかし、そこは個性豊かな四騎士と騎士団を束ねる苦労人であり常識人の騎士長。ふーっと一息吐き、怒りを落ち着かせる。
「姫騎士がここに現れないことについては、何か聞いていないか、狂騎士よ。」
騎士長の問いに、狂騎士は笑いを止める。
「んあ?姫様?姫様なら、いつものご病気だ。巷を賑わす、正義の冒険者フィーネとして、どっかの誰かの助けになるため、王都の外へ走り去ったらしいぞー。」
「また姫様の病気か…。」
自由奔放である姫騎士の奇行に、騎士長は大きく溜息を吐く。周囲の面々を確認した後、騎士長は本日の会議の結論を告げる。
「俺と狂騎士だけで会議をしても仕方ない。今日の四騎士会議は中止。解散だ。」
あひゃひゃひゃと笑う狂騎士の声を聞きながら、騎士長は結論を述べる。
こうして四騎士会議は、何回連続か分からない中止で幕を閉じる。
■原初の鍛冶屋
鬼をモチーフにした目元を覆う仮面を被った妙齢の女性は、流れるような手つきで、先ほどまで打っていた刀身に鍔を施し、持ち手を目釘で固定する。いかにも楽しみの頂点といった感じで、鼻歌を歌いながら、一振りの刀を完成へと導く。
「とんてんかんてーん、ふんふふーん!!よっし!出来たみゃー!!真っ黒な黒刀の対になる真っ白な一本!白刀と言える一振り!完成だみゃー!!」
鬼の仮面を身につけた妙齢の女性は、乱れる衣服から豊満な肉体がこぼれ落ちることなど気にも留めることなく、完成させた一本の刀を頭上に掲げる。妙齢の女性特有の大人の色香を振り撒く彼女だが、みゃあみゃあと変な語尾に、いちいち行動が幼いため、妖艶な淑女からは程遠い。
「いやー、この刀身…。見事なまでに純白みゃ!白金をベースに、ひげや鱗、牙や爪といった白竜素材…、それどころか白帝魔鳥の素材までをふんだんに使い、白さを極めただけはあるみゃー!!」
出来上がった純白の刀を手に、うっとりとした表情を浮かべる彼女の名前は、武姫。ダンジョン内の宝箱や、強力なモンスターのドロップとして使われる、高レアリティ装備品を簡単に生み出す彼女は、この世界ではこう呼ばれる。
原初の鍛冶屋。
創造神によって生み出された原初の料理人、原初の宮大工と並ぶ、原初の創造者の一人であり、数々の高レアリティ装備品を生み出す鍛冶屋の最高峰の一人だ。
そんな彼女は、刃先から刀身、鍔や持ち手まで真っ白な刀を頭上に掲げながら、その刀が持つ力に相応しい名付けを行う。
「この刀は黒刀の対になるよう、水魔法を吸収し、圧縮して放つ刀に仕上げたけど…。その効果を表す水に纏わる名をつけてあげたいみゃー!というわけで、この刀の名前は、澤!!川の源流を表す一文字だけど、力の流れの源流を表すって意味なら、最適かみゃー!我ながら良い名づけだみゃ!」
真っ白な刀身の付け根に、その刀の名を冠する漢字一文字、澤を掘りながら彼女は無邪気に、見る人によっては妖艶と感じる笑みを浮かべる。
「みゃはははー!出来たー!この刀は白刀 澤!!白刀 澤ぁみやー!!決して、飲み会で若い女性がこぞって注文する白桃サワーとは別物みゃー!みゃはははー!我ながら上出来な名付けみゃー!!これは、是非とも黒刀火鱗刀と一緒に使ってほしい一振りみゃー!!」
白刀 澤と名付けた刀を目の前に、白桃サワーを話題に出す原初の鍛冶屋。意図してふざけての名付けか、それとも気付かぬ内の真面目な名付けか。
対になる黒刀が火鱗刀という名前なのと、彼女の性格を考慮した場合、おそらく前者であろう名付けを行った原初の鍛冶屋は、笑いながら純白の刀を腰帯へと差す。
「さーって、満足の一振りが作れたし、寝るかみゃー!二日連続徹夜だから、さすがに疲れたみゃー…、ってこの手紙は何みゃ?自動手紙受け取り装置は、いちいち手紙受けを確認しなくて便利だけど、こういう時はイラッとさせられてしまうみゃー。ぷんぷんみゃー。」
机の上に置かれた見るからに上質な手紙を手に取り、原初の鍛冶屋はため息を吐く。
手の中の手紙をひっくり返すと、そこには剣と盾をモチーフにした、見事な蝋印が押されていた。
「この蝋印は、王都から…、いや、それどころか王都を牛耳る王族のものみゃ?帝都からの要望に応えたばかりだってのに、次は王都かみゃー。まぁ、仕方ない。中を確認するみゃ。」
原初の鍛冶屋は面倒くさそうに、手紙の封を開ける。しかし、手紙の内容を確認した彼女は、楽しいおもちゃを見つけた子供のように、無邪気に笑う。
「トラップタワーが全壊したから、その代わりになる何かを王都に作れー?トラップタワーと言ったら、数年前にフィルちゃんと一緒に作った施設だったかみゃ?それが壊されたから、何か便利な代替品を作れってー!?みゃはははー!異世界でも、人ってのは変わらない!!一度手に入れた利便を簡単に手放せないものみゃー!!」
大口を開け、腹を抱えるようにして笑った原初の鍛冶屋は、大きく肆と書かれた扉を開く。そこには、色とりどりの球が入った、見上げても一番上が見えない程の透明な大きな箱が置かれていた。彼女はそんな巨大な箱を気にも留めることなく、側に置かれていた青く脈打つ膝くらいの高さの箱に片手を置く。
「これなら、トラップタワーの代わりになるかみゃー?ひとまず王都に持っていってみるかみゃー!」
無邪気に笑う原初の鍛冶屋。
彼女のその発明品によって、トラップタワーが破壊されたことによる大打撃を受けていた王都の人々は、活気を取り戻すことになるが、今の彼女の心には、なんとなく楽しくなりそう位の無邪気な感情しかなかった。
■魔王
「我が夫である初代魔王が殺されてから、早いもので三年の月日が流れた。今にも人族を殲滅したい憤怒の感情を辛酸嘗める思いで耐え、我等は準備を進めてきた。万全の準備を基に、人族領へ侵攻を開始したわけだが、まだ南大陸すら我が手中に収めることは出来ぬのか?」
真っ黒な椅子に深く腰を掛け、豊満な胸をアピールするかのように両手を組み、苛立つ気持ちを隠すことなく目の前の女性を睨む。
「申し訳ございません、魔王様。南大陸最強の金等級冒険者である紅獅子レオ・スカーレットを筆頭に、多くの高等級冒険者たちが想像以上に奮闘しており、思うように侵攻を進めることが出来ておりません。」
魔族の侵攻状況を報告する女性に対し、真っ黒の妖艶なドレスを着た魔王は、苛立たしさを隠すことなく、荒々しく白い長い髪を後ろへと流す。髪が流されたことによって、魔王の頭に生えた漆黒の三本の角が、周囲の視線を集める。両耳の少し上から生えた湾曲した角と、額の真ん中に生えた真っ直ぐの角。
彼女を魔族たらしめる三本の立派な角は、周囲の者達に対して異様な威圧感を放っていた。
魔人は角の数が多ければ多いほど、多くの魔力をその身に宿し、ステータスもより強力になると言われている。一本角が普通の魔族、極稀に現れる二本角が上級魔族と言われる中で、魔王の持つ三本角は、異例中の異例であった。異例中の異例な彼女だからこそ、散り散りになった強力な魔人を集めることができ、こうして魔族の城を築くことが出来た。
魔族を束ねる王、故に彼女は魔王と呼ばれる。
そんな彼女が作り上げた魔王城の最上階に設けられた王座の間、魔王は他の魔族に囲まれながら、世界征服の進捗を確認する。夫である初代魔王を目の前で人族に殺された彼女は、夫の遺志を継ぐ二代目魔王となり、人族への復讐の炎を燃やし続けていた。
「三年間も人族の復讐に動けなかったのは、魔王様自身のせいじゃないですか。そんな怒らないであげてくださいな。」
怒りを露わにする魔王に気軽に声をかけるのは、鳥人族の二本角魔人であるバレット・ファイアーバード。彼女の挑発的な言葉に、一触即発な雰囲気が辺りに漂うが、突然の訪問者によって場の空気はがらりと変わる。
「ママー!!お腹空いたー!!」
「兄さま、ダメですよ!!ママは大事な会議中なんだよ!!」
魔王の二人の子供が王座の間にとことこと現れる。
夫である初代魔王が目の前で殺されでも、魔王がすぐに人族への復讐に動かなかった理由は、この愛らしい子供達のためである。初代魔王である夫が殺された日、彼女は二人の子供を身籠っていた。
魔族と人族の和平交渉の場で、人族の凶刃によって倒れる愛しき夫。
怒りのままに人族を根絶やしにしようとした魔王を止めたのは、目の前で息を引き取ろうとする夫であった。忘れ形見である二人の子供の命を守って欲しいという夫の言葉を優先し、彼女は憎き人族の前から魔王城へと逃げ帰ったのである。
そんな二人の子供も、一人で立てるくらい元気いっぱいな成長を遂げた。二人の我が子を愛おしく抱きしめた魔王は、力強く目の前の魔族達へと指示を飛ばす。
「お主らを三年も待たせたのは、我であったな。すまぬ。我の産休および育休で、人族への復讐が遅れたことについては、言い訳のしようがない!!ただ、妊娠出産によるステータスの低下も、多くの魔獣の討伐によって本来の力に戻った!!これからは、我も戦線の最前線へと出向く!!一気に南大陸を我らの手中に収めるぞ!!」
魔王の力強い声に、魔族達の大きな声が重なる。
魔王が戦線に参加したことによって、南大陸で行われていた人族と魔族の戦いは更に激化する。




