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魔王退治は要件定義から!  作者: 荒井清次
ファストの町編 -初めてのクエストとダンジョンと多くの出会い-
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【幕間】姫騎士、ダンジョンへ不法侵入する

これは、私達が美雪(みゆき)達に会う少し前のこと。

私は同行者と共に、ダンジョンの中をゆっくりと進んでいました。


「姫様ー。勝手にダンジョンに潜入するのはまずいですよー。」


陽の光も届かない暗くじめじめした洞窟の中、どうせ私の注意なんか無駄だろうなと、半ば諦めながらも目の前の女性に声をかけます。

おっと、自己紹介が遅れましたね。私は、王都で冒険者をしているトウカ・ヤクモといいます。


「大丈夫ですよ、トウカさん!問題ございません!依頼を受けての調査ですから!それに、私は姫様ではありません!冒険者フィーネです!お間違えの無いよう、お願いします!」


目の前を歩く女性は私の抗議はどこ吹く風といった様子で、ダンジョンの中を優雅に歩いていきます。

白金で作られた純白の鎧を身に纏っていますが、その鎧の輝きにも負けない、きらきらとした金色の髪を風にたなびかせる女性は、ファストの町で見つかったばかりのダンジョンの中を、我が物顔で鼻歌交じりに闊歩しております。

このダンジョンは私の物!と思ってるのですかね?まぁ、遠からず間違いでもないので、彼女の行動を私には注意できません。

彼女の名前は、フィルネシア・エーデルワイス。北大陸シャマールの大半を占める大国、エーデルワイス王国の王位継承権二位の王女様です。


では、そんな高貴な身分の彼女が、なぜ王都から離れた田舎町、ファストの町のダンジョンの中にいるのでしょう。疑問に思うのは仕方がありません。そんな疑問に、私はこの一言で答えさせていただきます。


彼女は今、冒険者フィーネだからです。


あー、はいはい。冒険者フィーネって何だよって思いますよね。分かりました、説明します。

彼女は王族という高貴な身分を誇示することなく、人々の役に立ちたいという一心で、冒険者フィーネとして王都の住人の困り事を解決しているのです。今回のダンジョン調査も、ファストの町でのダンジョン発見の報告を受けた担当者が、調査する人手が足りず困っていたところを、冒険者フィーネに任せなさーいと、多忙な調査員の代わりにダンジョン調査を請け負ったのです。

しかし、一国の姫様がダンジョンに潜るなんて危険は、姫様の護衛の方々が許しません。もちろん、止められたそうです。

でも、そこは傍若無人を絵に描いたような姫様。

護衛達の必死な制止を振り切り、ファストの町に長期滞在の経験があるというだけの理由の私を無理矢理に引き連れ、彼女の父である王様に内緒のダンジョン調査を敢行したのです。

姫様に何かがあったら…。そう考えるだけで、私の胃はキリキリと悲鳴をあげます。


「姫…、じゃなくて、冒険者フィーネ!勝手にダンジョンに入るのは流石にまずいですよ!しかも、あんな掟破りの方法で!!」


「あんな掟破りの方法?(わたくし)の愛剣でダンジョンの封印を司る入り口の岩扉を、横一文字に断ち切り、その隙間からダンジョン内に侵入したことでしょうか?」


私達が現在いるダンジョンですが、見つかったばかりのため、入り口が大きな岩扉で固く閉ざされておりました。ダンジョンの封印ってやつです。

ダンジョンは一番目の挑戦者を選ぶためか、特定の条件を満たす者が現れるまで封印されていることが多々あります。このファストの町のダンジョンも、入り口が封印されておりました。なにせ、入り口の石版に封印を解くためのヒントが日本語で書かれ、並の冒険者の魔法では解決することが出来ないものが書かれてましたからね…。

これでは仕方ありません、大人しく封印を解く人が現れるのを待ちましょう!という私の提案を無視し、この剣のことは内緒ですよ!と言った姫様は、一本の剣をマグカから嬉しそうに取り出しました。

見事な装飾が施され、きらきらと光る剣。あきらかに異常な高レア度の武器です。さすが王族、国宝級の武器も個人が所有しているんだ、と驚いていた私ですが、姫様が次に取った行動で更に驚かされることになりました。

どんなに強力な剣でもダンジョンの封印は破ることができません。そう思っていた私の常識は、異常な切れ味を持つ姫様秘蔵の剣によって、岩扉と共に横一文字に切り裂かれたのです。

こうして私達は、音を立てて崩れるダンジョン入り口の岩扉の下半分に出来た隙間から、ファストの町のダンジョンに潜入したのです。


「姫…、じゃなかった…。冒険者フィーネが、正規の方法でない方法で、ダンジョンに潜入したせいか、明らかにモンスターの出現率が高いです!!確実に、ダンジョンが怒ってますよ!!」


「何か問題ございましたか?」


「問題だらけですよ!!ほら!またしても、コボルドの群れです!!しかも、異常な数!!」


目の前に現れたコボルドの群れ。犬の頭を持った、人型のモンスターが異様な眼光で私達を睨んでおります。普段であれば、多くても数匹程度の群れなのですが、今日は二十匹程度のコボルドが、我々に対して敵意を振りまいております。

姫様に何かあったら大変と、後衛職ながらもコボルドの群れの前に立つ私。いざとなったら私の身を犠牲にしてでも、モンスターの群れから姫様を守るためです。


「姫様、お下がりください!!ここは私が相手をします!!」


「何を言ってるのですか?下がるのはトウカさんの方ですよ?トウカさんは後衛職、私は前衛職です!私がモンスターの前に立ちますので、トウカさんはサポートをお願いします!」


何があっても姫様を守らなければ、という私の覚悟に姫様は少しも気付くことなく、嬉々とした表情で、私の前に立ちます。それどころか、目の前に現れたコボルドの群れの中に単身で飛び込んでいきます。

姫様は、手に持った剣を殺意振り撒くコボルドの群れに向かって振り上げます。


「えーい!!」


姫様が放つ縦振りによって、コボルドの群れは一瞬で光の粒に変わっていきます。

姫様がコボルドの群れに振るった剣は、岩扉を切り裂いた異様な切れ味の国宝級の剣ではなく、どこにでもある訓練用の鉄剣です。どうして、そんな凡庸な剣でコボルドの群れを一蹴できるのでしょうか?

サポートをお願いしますと依頼されましたが、私のサポートの余地はあったでしょうか?

混乱している私に向かって、姫様はにっこりと微笑みます。


「トウカさん、このダンジョンのモンスターは全体的にすごく低レベルなモンスターばかりですね。初級ダンジョンでしょうか?」


「確かにダンジョン内のモンスターは適正討伐レベル20を超えないモンスターばかりです。適正討伐レベル40を越えるモンスターの巣窟である王都内のダンジョンに比べたら、初級ダンジョンと言って差支えが無いでしょう。」


「やはりそうですよね!少しトラップが多いことが気になりますが…、駆け出しの冒険者には最適なダンジョンと言っても過言ではありません!つまり、私達には少し物足りません!そうですよね、トウカさん!」


私に同意を求めないでください。あなたとは違うんです。

先ほどのコボルドの数は、私なら他の冒険者に守られながら上級魔法を詠唱し、群れのド真ん中で発動しなければ一蹴することが出来ません。

そんな私の抗議に気付くことなく、姫様は鎖をジャラジャラと鳴らしながら、両足についた鉄球を持ち上げています。


「せっかく、身体能力を大きく低下する罪人の足枷と、魔力を大きく低下する罪人の手錠を装備して、普段の半分以下に力を制限しているというのに…。新しいダンジョンと聞いて、どんな強敵が待っているのか…!私はドキドキわくわくで遠路遥々ファストの町にやってきたというのに…。正直、拍子抜けです!そうですよね、トウカさん!」


私に同意を求めないでください。あなたとは違うんです。

私は罪人の足枷も罪人の手錠も装備していません。危険なモンスター跋扈(ばっこ)するダンジョン内で、自らの力に制限を加える縛りプレイ、いえ、モンスター相手に舐めプをするのは姫様だけです。

そもそも罪人の足枷と罪人の手錠は、凶悪で強力な犯罪者に対して、己の罪を償うまで、身体能力と魔力へ大きな制限をかけるために装備させる物です。

そんな罪人の足枷と罪人の手錠を、なんで姫様はダンジョン内で装備し、なんで装備した状態でも平然とモンスターと戦えているのでしょう。そんな疑問に、私はこの一言で答えさせていただきます。


それは、姫様が異常に強いからです。

彼女は王族でありながらも剣の才能に富み、王都の専属騎士団である王属騎士団に所属しております。いえ、所属するどころか、多くの騎士の憧れである、四騎士(よんきし)の称号を持ちます。

四騎士は、王属騎士団の中でも上位四名だけに与えられる称号です。王族なのに、王族や王都を守護するための王属騎士団に所属するだけではなく、彼女はあの騎士団長(きしだんちょう)狂騎士(きょうきし)銀騎士(ぎんきし)と並び立つ実力者なのです。

そんな彼女は、姫騎士(ひめきし)と呼ばれ、王都の中では一目置かれた存在として神聖視されております。


そんな姫騎士である彼女が装備している罪人の足枷と罪人の手錠は、決して己の能力に制限をかけるために、自分から装備するものではございません。なにせステータスが軒並み半分以下に制限されますから。

しかし、このダンジョンに物足りなさを感じた、異常な強さを持つ姫様は自ら罪人の足枷と罪人の手錠を装備したのです。まるで大陸内の凶悪な罪人を収監する地下牢獄サイハテに繋がれた罪人のようです。

もし姫様の護衛達に、罪人の足枷と罪人の手錠を装備している姿を見られたら…。そう考えるだけで、私の胃はキリキリと悲鳴をあげます。


能力に大きく制限を加えられた姫様と一緒に、異常に湧くモンスターを一網打尽にしながら、私達はダンジョンの中層まで来ました。

縦横無尽に暴れまわる姫様を横目に、私も得意の支援魔法で必死にサポートをしながら、モンスターを光の粒へと変えていきます。姫様の活躍に、必死になってもサポートしか出来ない私。

姫様とのあまりの実力差に、冒険者として大成すると息巻いていた昔の私がひどく滑稽に感じられます。そんな遠い日のことを思い出し、おもわず溜息交じりの笑みをこぼした私へ、姫様はふふっと笑いかけます。


「どうですか?久々のモンスターとの戦いは?少しは気持ちが晴れましたか?トウカさん。」


最初は何を言っているのだろうと疑問に感じましたが、姫様の言葉の意味を理解した時、どきりと心が波打ちました。

モンスターと戦うことが仕事の冒険者の私。そんな私ですが、一年近くモンスターと戦っておりません。


なぜモンスターと戦っていないかって?

理由は単純です。私は一年近く自宅に引き篭もっていましたから。

では、なぜ引き篭もっていたか。これについて説明をするためには、私の過去を踏まえて話す必要がございます。少し説明の時間をください。


トウカ・ヤクモ、和名は八雲(やくも) 透華(とうか)。そうです、私はこの世界とは遠く離れた日本から、異世界転生した転生者の一人です。

なんやかんやあって異世界に転生した私ですが、神から与えられた転生者特典のおかげで、周りから抜きん出た実力を持って転生した私は、転生早々に天狗になり、人としての道を踏み外しておりました。

どう踏み外していたかの詳細は言えませんが、不良デビューした学生…、または、町で弱者に対して凄むチンピラをイメージしてください。恥ずかしながら、転生直後の私はそんな感じす。一言にまとめると、調子にのっておりました。


そんな当時の私に、圧倒的な力の違いを見せ付け、誤りを戒め、正しい道に引き戻してくれたのは、一人の老人でした。

老人との出会いは、私が転生してから半年ほど経った日。その老人は、冒険者ギルドの入り口で、ぼーっと佇んでいました。

財布事情が心許なかった私は、もはや習慣となりつつあった、返す予定のない借金をその老人に申し出ました。俗に言うカツアゲです。

老人は、仕方ないのうと財布を取り出してくれましたが、それだけでは満足できなかった私は、不躾にも老人の背中の見事な装飾の槍にも手を伸ばしてしまったのです。私の指が、老人の槍に触れた瞬間、天地が反転しました。

あれ、なんで空を見上げているんだ?と思った私の体は、地に縫い付けられたのかと錯覚するほど、少しも動きませんでした。

目の前から消えた老人。体にかかる人一人分ほどの体重。

私はすぐに理解しました。槍を貰おうとした老人に組み伏せられていたのです。


「なんじゃ、お主は。寂しそうに震えながらも見栄を張ってるから、恵んでやろうと思ったのじゃが、調子に乗るのは関心せぬのう。悩みがあったら聞いてやるから、この槍だけは勘弁するのじゃ。」


反応することも出来ない速度で、私を地に沈めた老人は、笑いながら私の心を見透かしたかのうように笑います。

その後、老人は私に人としての道を説いてくれました。右も左も分からない異世界に対し、無理矢理に強がることで耐えていた私。その私の虚栄心を見抜いた老人は、私が密かに心の中で抱いていた不安すらも解きほぐしてくれたのです。

私はその日の内に、老人に弟子入りすることを決めました。


三顧の礼のように何度も師匠のもとを訪れ、なんとか弟子入りを認められた私は、師匠の弟子になったことで、真っ当な冒険者に戻ることができました。

師匠の修行は厳しいものでしたが、銅等級冒険者という現在の私の立場と実力を身に付けられたのは

師匠の厳しい修行のおかげです。


でも、立場や実力なんか、師匠との楽しかった日々に比べたら、些細なものです。

やんちゃだった私の失礼な態度に、師匠は子供のように怒り、子供のように拗ね、子供のように笑いました。見た目、老人の師匠ですが、心は子供のように無邪気で純粋でした。

そんな師匠とのやり取りが大好きだった私ですが、そんなことは恥ずかしくて言えません。

照れ隠しから、普段は師匠に対して、馬鹿にするような軽んじる発言が多くなってしまいます。でも優しい師匠は、困った表情を浮かべながら、私の軽口に笑顔で答えてくれます。そんな師匠のことを、私は尊敬してました。

ツンデレ?そんな俗な言葉で私を表現しようとするのなら、私はやんちゃだった昔の自分のように殴りかかってしまうかもしれません。

年の離れた恋?それとは、少し違います。例えるなら、親に対する尊敬ですかね?子供の頃に父親を亡くし、父親の愛情に対して飢えていた私は、師匠に対して勝手に父親の姿を重ねていたのかもしれません。


だいぶ話が逸れました。話を戻します。当時の私は、そんな師匠のような人になりたい。その一心で、異世界の辛い戦いに身を投じてきました。強く優しく、人情に満ち溢れた自慢の師匠は、私にとっての目標でした。


しかし、私の目標は唐突に失われました。


師匠と私を含む数名の冒険者パーティは、ある日、強力なモンスターに襲われました。師匠はそのモンスターに自慢の槍を掲げ、一人で立ち向かっていきました。私達を逃がすための殿(しんがり)になったのです。

師匠のおかげで私達は無事に生き延びることが出来ましたが、師匠はその戦いで命を落としました。

無事に危険なモンスターから逃げ延びることが出来た私ですが、その後の生活は大きく変わりました。

モンスターを目の前にすると、様々な感情が渦巻き、手足が震え、身が縮こまるようになってしまうのです。


実は、師匠は老騎士(ろうきし)という異名の、当時の四騎士の一人でした。でも、そんな師匠も、あの日目の前に降り立った凶悪な飛竜の前には、手も足も出ませんでした。


異常な強さを持つ、目の前の姫様と同じ四騎士だった師匠をも殺すモンスターへの恐怖。

銅等級という実力を持ちながらも、師匠の逃げろという言葉を真っ先に受け入れ、必死に逃げ出し、見殺しにしたと言っても差し支えない重責。

どんなに実力をつけても、大事な人の隣で戦うことが出来なかった未熟な自分への後悔。


モンスターを目の前にした私は、そんな負の感情がたくさん沸きあがり、簡単に倒せていたモンスターからも逃げ出すようになってしまいました。

負の感情はモンスターを目の前にした時だけではありません。ふと一人になると、吐き気と共に、様々な感情が私を責め立てます。


師匠が死んだのはお前のせい。師匠が死んだのはお前のせい。


耳元で、私を非難する幻聴が何度も聞こえます。押し寄せる様々な負の感情と糾弾から逃げるため、私が選んだのは、自宅に引き篭もることでした。


幸いなことに、師匠と様々なクエストを達成してきたおかげで、生活資金には困りませんでした。好きなだけ自宅に引き篭もることが出来た私は、悶々うじうじと、毎日無駄に鬱屈とした時間を過ごしていたのです。


では、そんな私がなぜ今こうして再びダンジョンの中にいるのでしょう?

目の前で天使かと見間違えるような笑顔を浮かべる姫様が原因です。


「トウカさーん!!ダンジョン行こうぜ!!」


数日前の姫様の言葉を思い返します。野球に誘いに来る近所の少年のように、気軽な感じで私をダンジョンに誘ったのです。

近所の少年の誘い方と違う点は、私の拒否権が無かったこと。

姫様は誘いを無視した私の家の扉を壊し、被っていた布団を放り投げ、無理矢理に私を外に連れ出したのです。今のように天使の笑みを浮かべ、嫌がる私を両手で力強く持ち上げ、米俵のように担ぎ上げた姫様。私の必死の抗議の声など、聞く耳も持たず、意気揚々とファストの町に向かって走り出したのです。


「トウカさん。このファストの町のダンジョンは、出現するモンスターが弱く、初級冒険者達が経験を積むのに最適だと思いませんか?」


姫様は、ダンジョン内を一望しながら言葉を紡ぎます。


「確かに、出現するモンスターは低レベルばかりですが…。それが、どうかしたのですか?」


先日の突然の訪問からの誘拐を思い出し、少し苛立ちを感じた私は、突然の姫様の質問にそのまま聞き返します。そんな私の怒気はどこ吹く風、姫様は優しい笑顔を浮かべながら私に続きの説明を始めます。


「出現するモンスターが弱く、初級冒険者達が経験を積むのに最適、ということはですね、私達が念入りにこのダンジョンを調査することで、将来的にこのダンジョンは初級冒険者達の登竜門になるって意味です!つまり、私達の調査によって、多くの初級冒険者達が実力と自信を身につけるのです。」


「すみません、姫様が何を言いたいのか分かりません。」


「ふふっ、トウカさんから放たれる殺気に似た感情。私、嫌いではありませんよ!」


「ありがとうございます。マコトにコーエーのキワミです。」


私の棒読みな失礼極まりない返答に、姫様はより明るい笑顔を浮かべます。

この世の男共なら、たちまちにその笑顔に心奪われたでしょう。ですが、私にはそういう趣味はございません。美の女神も嫉妬するような笑顔を浮かべる姫様は、両手を広げて言葉を続けます。


「本題に戻りますが、この登竜門ダンジョンで冒険者達が身につけた実力はトウカさんのおかげ、と言っても過言でないと言っているのです!トウカさんのおかげで、初級冒険者はこのダンジョン内で経験と自信と実力を持つことが出来ます!トウカさんのおかげで!」


「トウカさんのおかげ、トウカさんのおかげ…。正直しつこいですが、何が言いたいのですか?」


「では、そのトウカさんの実力は、誰のおかげで身についたものでしょう?」


そこまで言われて初めて、姫様が何を言いたかったのか、なぜここに私を連れ出したのかを遅まきながら理解しました。


「トウカさん!師匠であるローグさんが、自身の命を犠牲にしてまでもあなたを生かしたのは、あなたを家に引き篭もらせるためではありません!こうして、多くの人の力になるため、多くの人を救うためです!人情がモットーな老騎士ローグはそういう方です!あなたは、老騎士ローグの弟子として、そのモットーを引き継ぐべきです!さぁ、今日から、多くの人の力になるため、多くの人を救うため、新たな一歩を踏み出しましょう!」


笑顔で片手を差し出す姫様。慈愛に満ちたその瞳は、私だけを真っ直ぐに見つめています。


王女フィルネシア・エーデルワイス。

冒険者フィーネ。

王都の騎士団の四騎士の中の一人、姫騎士。


様々な名前を持ち、様々な人から慕われる彼女ですが、彼女が慕われる理由の一端を理解できた気がします。師匠の弟子として、数回顔を合わせたことがあるだけの私に対して、彼女は王族としての業務を放り出し、貴重な時間を私のためだけに割いてくれたのです。

そんな姫様が差し出す片手を目の前に、私は諦めにも似た溜息をこぼします。


「ははっ、やっぱり冒険者フィーネには敵いませんね…。師匠のことを出されるとは…。弱りました…、師匠の教えを、私は否定することが出来ません…。」


いつの間にか流れていた、頬を伝う涙をそのまま、震える手で姫様の差し出した手に応えます。姫様は、私の手を力強く握り締めます。


「ふふっ、トウカさんは沈んでいた顔より、今のような笑顔の方が素敵ですよ!」


「姫様、私の事を褒めても、出せるのは(こぶし)くらいですよ?」


暗く沈んでばかりだった私の表情は、いつの間にか笑顔になっていました。そんな表情を恥ずかしく感じた私は、私らしく憎まれ口で姫様に応えます。


「姫様?私は冒険者フィーネです。よく似ていると言われますが、別人ですよ?今、あなたの前にいるのは冒険者フィーネです!よろしいですか?トウカさん!」


真面目な顔で否定する姫様。隠し切れない高貴さを必死に隠し、あくまでも冒険者フィーネとして振舞う姫様。

そんな姫様の様子に、私は思わず噴き出してしまいます。


「ふふっ!そうですね!姫様は王族の業務に追われて、こんなところにいるわけないですよね!」


私の言葉に、姫様は遠い眼をした後、苦虫を噛み潰したような顔に変わります。夏休み最終日に、課題が終わっていない小学生のような表情です。そんな姫様…、いえ、冒険者フィーネに私は笑いかけます。


「冒険者フィーネ!今日は、ありがとうございました!」


私の言葉に、太陽にも負けない満面の笑顔を浮かべる姫様。そんな姫様と一緒に笑いながら、私の心に再び火が灯るのを感じます。その火に応えたのか、突然遠くから大きな爆発音が聞こえてきました。


「おや?私達だけのダンジョンのはずなのに、爆発音ですか?これは、変ですね!調査に行きますよ!トウカさん!」


「はい!冒険者フィーネ!」


どんなモンスターがいるのかと期待に胸を膨らませる冒険者フィーネに連れられるがまま、私達は爆発音のする方へ向かいます。

爆発よりも、モンスターよりも恐ろしい目つきの女性、転生者の美雪(みゆき)が待っていることなど、露知らず。

後に後輩冒険者となる美雪と出会ったことで、私は何かが吹っ切れ、昔やんちゃをしていた頃のように振舞うようになることなど、露知らず。

私は姫様の後を追って、爆発音の発生源へと向かいます。


こうして、八雲(やくも)透華(とうか)、王都では銀琴(ぎんごと)のヤクモと呼ばれる銅等級冒険者である私の冒険者生活は、再出発を迎えたのでした。



「いや、なんですか?この日記は?」


「日記じゃねぇよ。ファストの町のダンジョン報告書だ。」


私が提出したファストの町のダンジョン報告書を片手に、ダンジョンの調査員は不満そうなジト目を向ける。


「いや、ダンジョン報告書って、見つかったばかりのダンジョンが何階層で構成されているか、どんなモンスターが出現するか、特記するべき特徴は何か、といったことをまとめたものです。トウカさんが提出したのは、冒険者フィーネとの日記です。書き直してください。」


「書き直し?普段使わない丁寧な言葉を使ってまで、なんとかまとめたんだぞ!?ていうか、フィーネが王都に戻って早々、王様に連れられたから私が代筆したんだぞ!書き直しなんか面倒なこと出来っかよ!!」


「書き直さないと、報酬ゼロですよ?」


「分かったよ!!書き直してくるよ!!」


報酬ゼロでは困る私は、ダンジョン調査員の言葉を渋々ながらも受け入れる。

報告書片手に自分の家に戻ろうとする私の背中に、ダンジョン調査員の声がかけられる。


「復帰おめでとうございます。」


突然の言葉に、私は振り返る。しかし、ダンジョン調査員はすでに自分の仕事に戻っていた。


「ふん、ありがとうよ。」


誰にも聞こえないくらいの小さいお礼を言って、私はダンジョン調査室を後にする。

長く引きこもってた反動からか、まだまだ慣れない太陽の光に眩しさを感じながら、これからのことを考える。


「この報告書の書き直しとか、家の修理とか、大家さんに謝りに行ったりとか、さっきペトラに頼まれたこととか、色々とやらないといけねぇことあっけど、今日は久しぶりに宿屋金字塔にでも飲みに行くかー!!」


大きく背伸びをした私は、やらなきゃいけないこと全てを投げ出して飲みに行く。

我ながらダメな大人だなーと思ったけど、一年以上引きこもりをしてたことを考えると、これくらい大したことないだろう。

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