初めてのダンジョン挑戦!③
前回のあらすじ:危険なダンジョンの中で孤立し、強力なモンスターであるベルセルクタイガーに襲われた美雪。しかし、幸いにも銀琴のヤクモと冒険者フィーネという二人の女性に助けられる。
暗闇の中、男の子か女の子か分からない中性的な子供が、ぼんやりとした灯りの中から浮かび上がる。
「はーい、今回は美雪ちゃんへの予言の正解発表をしまーす!正解発表と言ってもー、美雪ちゃんには聞こえてない自己満足なんだけどねー!」
「美雪さんには聞こえていないのですね。じゃあ誰のための正解発表ですか?」
ダンジョンを作る担当の創ちゃんが声をかけるけど、今は無視する。そこに疑問を感じていたら、話が進まないからね!
「美雪ちゃんには、大きな選択肢が訪れるけどー、その選択肢を誤ると、美雪ちゃんは死んじゃいまーす!!だったねー!その選択肢は、今日ダンジョンに行くかどうかだよー!」
「トラップ宝箱を開けるかどうかじゃないのですか?」
「違うよー!人間たちのダンジョンの中に入ってからの行動ってのはー、よっぽどのことがない限り同じものだからー、明日ダンジョンに行っても、愛ちゃんは同じようにトラップ宝箱を開けてー、美雪ちゃんは落とし穴に落ちちゃうよー!でも、明日以降だったらー、透華ちゃんとフィルネシア・エーデルワイスは、ダンジョン内にいなかったでしょー?そうすると、美雪ちゃんはベルセルクタイガーに殺されちゃってたってわけさー!」
「つまり、ダンジョンを挑戦する日付を変えない、という選択肢を取ったことで美雪さんは死の運命から逃れられたってことですね。」
「そういうことー!まぁー、他の選択肢として、美雪ちゃんの知り合いの中の一人、シリシュ・イムクールみたいなー、落とし穴に落ちても大丈夫な強い仲間と一緒にダンジョン挑戦をするー、っていう選択肢もあったけどねー!」
真面目な表情の創ちゃんは腕組みをしたまま、ボクの言葉に首を傾げる。
「でも、美雪さんは最初から今日ダンジョンに挑戦をしようとしていましたよね?ってことは、ノアの警告は逆に美雪さんを惑わすだけの無駄なものだったのじゃないでしょうか?むしろ、ノアの警告を信じて今日はダンジョン挑戦をやめよう、という死への選択肢を取る可能性が高まったのでは?」
創ちゃんの質問にボクはあっとした表情になったのを感じる。冷や汗が浮かぶのも感じながら、昨日ボクが美雪ちゃんに言った選択肢と、その結果を思い返す。
少しの沈黙の後、創ちゃんの冷たい視線に耐えながら、ボクは搾り出すように声を出す。
「み、美雪ちゃんのためを思ってやったことだし、実際のところ生きてるからセーフだしー!ボク悪くないしー!」
ボクの言い訳に、創ちゃんは困った表情でボクを見ている。
そんな創ちゃんの思考を読んでみる。ダンジョン管理者として、美雪さんがダンジョンのボスモンスターを討伐したら、ドロップアイテムは少しサービスしよう?ほーほー!
「創ちゃんが埋め合わせをしてくれるなら、万事解決、オールオッケーだね!」
ボクの言葉に、創ちゃんはさらに困った表情を浮かべる。なんだか、前にも同じようなことがあったようなー?まぁ、良いか!美雪ちゃんのダンジョン挑戦がどうなったか確認していこー!
ノアがそんな結果発表をしているとは露知らず、私は窮地を救ってくれた二人の女性と共に、仲間のいるであろう上の階を目指す。フィーネさんの両手両足から聞こえてくるジャラジャラという鎖の音を聞きながら、ダンジョンの中を進む。
何度も私が苦戦したモンスターの群れが現れるが、フィーネさんの尋常じゃない強さの前では風の前の塵と同じ。フィーネさんの孤軍奮闘のおかげで、危険なモンスターが多く現れても、危なげない戦闘でダンジョンの中を進むことが出来ている。
銅等級のトウカさん、ビリジアン等級のフィーネさん。
そして、二つ以上等級が離れている黒等級の私。
二人の戦闘の様子を確認していると、ここまで実力が離れているのかと、嫌でも劣等感を感じてしまう。
ビリジアン等級でこの戦闘力なら、異常な実力を持つといわれる魔王はどの程度だろう…。
魔王との邂逅に少し不安を感じながら進んでいると、目の前に上の階に向かう階段が現れる。どうやら、この先が仲間達とはぐれた五階層のようだ。
そんな階段の先から聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
「シロ君、ユウジ!!美雪救出のため、これから六階に進むよー!!覚悟は出来たかー!?」
「もちろんです、愛さん!!でも、ここからはダンジョンの中層です!!強いモンスターが多く現れますので、より一層の注意が必要です!!美雪さんの無事を祈りつつも慎重に進みましょう!」
「注意しなきゃいけないのも分かるが、慎重に進んでたら美雪さんはモンスターに殺されちまう!!今は美雪さんを救い出すのが最優先だ!!無理は上等!!とにかく進むぞ!!」
上の階から聞こえてくるのは、私を心配する仲間達の声。
実力者揃いの三人だから、私がいなくても無事なことは確信していた。確信はしていたが、少しも不安が無かったかと言われると嘘になる。実際に元気な声を聞けたことで、どっと肩の荷が下りるのを感じる。
そんな軽くなった両肩に、少しばかりの重みが加わる。左肩をトウカさん。右肩をフィーネさん。二人が私の肩に手を置き、優しい笑みを浮かべている。
仲間に会えて良かったですね。
安心しろ、仲間は無事だったぞ。
二人の優しい女性は視線でそう語っている。
偶然出会っただけの私に、どこまでも優しくしてくれる二人の女性。そんな二人に、ここまで私のことを送り届けてくれた感謝の気持ちを伝える。
「トウカさん、フィーネさん!仲間達と無事に合流することが出来ました!それもトウカさんとフィーネさんのおかげです!ここまで御一緒してくれて、本当にありがとうございました!!」
「いえいえ、そんなに畏まらないでください!私達は当然のことをしたまでです!」
「冒険者フィーネの言うとおり!冒険者が困ってたら、お互い助け合うのが普通だろ?だから、気にすんな!どうしても気になるって言うなら、私が困っていたときに美雪が助けてくれよ!私はそれでオッケーだよ!」
トウカさんとフィーネさんは、私が無事に仲間と合流できたことを、自分のことのように喜んでくれる。私は窮地の中で二人に出会えた幸運に、改めて感謝をする。
そんな命の恩人である二人に、私は一つお願いをする。
「ここまで案内してくれたお二人に、私の仲間達を紹介させてください!」
「仲間?美雪さんの冒険者仲間ですか!それはとても興味があります!ぜひ、紹介をさせてください!」
「美雪の仲間には、転生者が二人いるんだったよな!先輩転生者として、アドバイスをしてやるよ!」
仲間からも感謝の気持ちを伝えさせて欲しいという私の提案を笑顔で受け入れてくれる二人。
私の仲間達の登場を今か今かと待つ二人を目の前に、私は一つ重大な問題に気がつく。
「トウカさん、フィーネさん!すみません!ひとつお願いがございます!」
「お願い?構いませんよ!」
即断即答するフィーネさん。半目のトウカさんが嗜める。
「せめて、お願いの中身を聞いてからOKしましょうよ…。って、冒険者フィーネに言っても仕方ないか…。危機管理能力がバグってる、突き抜けたお人よしで、頭がお花畑な能天気フィーネは置いておいて…、お願いってのは何だ?」
「危機管理能力がバグってる!?突き抜けたお人よし!?頭がお花畑!?能天気!?そんなに畳み掛けますか!?」
続け様のトウカさんの言葉に、落ち込むフィーネさん。そんなフィーネさんを無視しながら、トウカさんは私に話しかける。
「アホなフィーネは放置して…。このタイミングでのお願いってことは、仲間絡みか?美雪は事前にお願いすることが必要な、変な仲間と一緒なのか?」
「変な仲間…?変ではないですけど…。なんと説明したら良いのでしょう…。危ないというか、猛獣?いや、猛獣というには可愛らしいわね…。何て表現するべきかな…?強いて言うなら躾のなってない小型犬?いや、小型犬って割には、牙が鋭いかな?えーっと…」
「煮え切らねぇな…。大丈夫!美雪の仲間が獣人でも魔人でも、モンスターでも私は受け入れるよ!!だから、遠慮せずに言ってみな!」
「すみません、うまく表現できなくて…。トウカさんのお願いに甘えて、端的にお願いしてしまいます。変なお願いってのは重々承知してますが…。私の仲間に会ったら、実力を隠して欲しいのです。」
「実力を隠す?別に良いけど、なんで?」
あっさりと私の依頼を受け入れるトウカさん。フィーネさんをお人よしと注意してたが、トウカさんも大概お人よしである。
「私の仲間の中の一人は、強者との戦いを望む傾向がありまして…。念のために注意してほしいのです。お二人はとても強力な冒険者だから、怪我をさせてしまうということは無いと思いますが…。」
「強者との戦いを望む…?美雪の仲間は猛獣かバーサーカーなのか…?って美雪の仲間には転生者が二人いるんだっけ。それなら、納得だな。」
「納得?」
「うん。転生者が調子に乗るのはあるあるだからね。俺つえー!!ってやつだよ。自分が神に選ばれた天才って思ってるんだよ。そういうやつは大概調子に乗る。だから、気にするな!異世界あるある!」
私の肩にぽんっと手を置いて、親指を立てるトウカさん。力強い笑顔が、とても心強い。
愛は調子に乗るというのとは違うかな、と訂正をしようとした私に対して、力強い笑顔をより強くしたトウカさんは不敵に笑う。
「それにな…。」
「それに?」
「調子に乗った転生者を嗜めるのも、先輩転生者としての役目。美雪の仲間の転生者がもし勝負を挑んできても、実力の差を分からせてやるよ。大丈夫、命までは取らねぇよ。」
立てていた親指を下にし、力強いを通り越して凶悪な笑顔を浮かべるトウカさん。
薄々感づいてはいたが、トウカさんは体育会系の女性のようだ。大人しそうという最初の印象は、忘れることにする。
トウカさんとフィーネさんにお願いするよりも、愛の首根っこを押さえる方が良さそうだ。どうやったら愛の首根っこを押さえられるか考えていると、目の前の階段から人影が現れる。
「階段下りて、ザザッと到着!!ここが、六階層!!ここに美雪がいるはずだー!!さぁ、助け出すぞー!!って、目の前に美雪ー!?んあー!?どういうこと!?でも、この匂い!!間違いない!!美雪だー!!美雪ー!!」
悩みの種である愛が、元気いっぱい目の前に現れる。両手を広げて私に駆け寄ってくる。
「あ、愛。無事で良かった!って、その勢いは何!?止まりなさー…、ぐへぇ!?」
大声を上げた愛は元気いっぱいに、私の腰へタックルを繰り出す。
内臓が全て出ちゃうんじゃないかという衝撃。体をくの時に曲げた私の腰を、愛は両手でがっちりホールドする。
「美雪ー!!美雪ー!!無事だったー!!ごめーん!!私がトラップを発動しちゃったばかりにー!!大丈夫だったー!?怪我してなかったー!?寂しくなかったー!?」
私の腹に顔を埋めたまま、愛は大声で私に呼びかける。愛のタックルのダメージが癒えていないお腹に、愛の大声が響く。
全力で私の無事を確認する愛。
力強く強引な愛の生存確認に少し驚いたが、私も愛との久しぶりの再開に喜びを感じる。
腰に抱きつく愛のさらさらの髪を撫でながら、優しい声で愛に話しかける。
「大丈夫だったよ!心配かけてごめんね。」
「ほんとだよー!!すっごい心配だったんだからー!!もう心配かけないでねー!!約束だよー!!」
力強く私の腰をホールドする愛。
少しの時間、離れていただけで相当寂しくなっていたのだろう。戦闘狂な愛だが、今の様子は年相応に甘える子供のようだ。ぎゅっと愛の体を抱きしめる。
…。
…?
しばしの間、愛の髪を撫でているが、全然離れる様子が無い。
なかなか離れない愛の両肩を掴み、無理矢理に引き剥がそうとしたところで、いつの間にか傍にいたシロ君が、片手を伸ばす。
「少しそのままにしてあげてください。落とし穴トラップを発動させ、美雪さんを危険に晒したことを愛さんはずっと後悔をしていたんです。」
「あの愛がしおらしかったんだ。よっぽど美雪さんのことが心配だったんだろうな。安心の気持ち大爆発、って感じは許してやってくれ。」
シロ君に続いてユウジも笑顔を浮かべながら近付いてくる。
「うるせぇ、ユウジ!!お前だって、心配そうにそわそわしてたじゃねぇか!!私だけ、甘えん坊扱いするんじゃねぇ!!こんにゃろう!!」
私の腰にホールドしたまま、ユウジに蹴りかかる愛。
ユウジに蹴りかかる度に、腰が変にねじれて気持ち悪いから、無理に動かずに大人しくしてほしい。しかし、愛は私のお願いに気付くことなく、腰に抱きついたまま動かない。両肩を掴んで引き離そうとするが、尋常じゃない力で腰に抱きつき、全く動かない。
「愛、これだと歩けないから、そろそろ離れてくれないかな。」
うんうんと頷いた愛は、私のお腹から背中側へと回る。確かに歩けるようにはなったけど…。
「え、何?ケンタウロスの物真似か何か?」
愛に抱きつかれたままの状態で、トウカさんが笑いながら声をかけてくる。
「ケンタウロス、馬の首から上が人間の上半身に置き換わったような姿の獣人です!」
ケンタウロスという聞き慣れない言葉に首を傾げていると、フィーネさんが解説をしてくれる。
馬の首から上が、人間の上半身…?頭の中でケンタウロスを想像すると、確かに今の私達の姿と遜色ない。そんなケンタウロスな私達にトウカさんは笑いながら話しかける。
「この元気いっぱいの少女、筋肉あごひげ大男、魔法使い少年が、美雪の仲間?」
「はい、そうです!紹介をしますね!」
腰に愛が抱きついたまま、私は仲間達を順にトウカさんとフィーネさんに紹介をする。
仲間の紹介が終わったところで、シロ君がおずおずと私に質問をしてくる。
「み、美雪さん…?このお二人は?」
「ダンジョンで危険なところを救ってくれたトウカさんとフィーネさん!」
「偶然ダンジョンで美雪と出会って意気投合したぜ!よろしくー!」
「私とトウカさん、美雪さんは仲良し三人組です!よろしくお願いします!」
仲良しアピールのためか、トウカさんとフィーネさんは私と肩を組み、ピースをしながら仲間達に自己紹介をする。トウカさんとフィーネさんの自己紹介に、腰に抱きつく愛の力が強くなる。小さな声で、私が一番仲良しだもん、と聞こえてくる。どうやら嫉妬しているようだ。可愛い。
お互いの紹介が終わったところで、トウカさんはフィーネさんを少し離れたところに連れ出す。小さな声で何かを話している。どうやら、秘密の相談のようだ。
二人の話している内容も気になるが、それよりも気になることの解決を優先することにする。
気になることとは、トウカさんとフィーネさんの自己紹介中に、様子のおかしかった仲間二人のこと。順番に質問をする。
「どうした、ユウジ。体調不良か?」
様子がおかしい一人目、ユウジ。
色ボケナンパ野郎のユウジが、トウカさんとフィーネさんという美少女二人を前に、得意のナンパを繰り出さなかった。それどころか、美少女二人に対して、紳士的に私を助けてくれたことのお礼を言っていた。
うん、おかしい。
「ん!?俺は元気だぞ!大丈夫、まだまだモンスターと戦える!」
右手をぐっと折り曲げ力こぶを作り、私に対して力強さアピールをするユウジ。どうやら、体調不良ではないらしい。
呼吸をするようにナンパするナンパ大好き男のユウジ。そんなユウジが、今日は借りてきた猫のように大人しい。明らかな異常に疑問を感じたが、落ち着いた私はすぐにユウジがナンパをしない原因に辿り着く。
トウカさんとフィーネさんは、並じゃない絶世の美貌を持つ二人。そんな二人に、さすがのユウジも気後れをしているのだろう。
分かるよ、うんうん、分かる。この二人は並の男じゃ太刀打ちできない。疑問が解決したところで、ぽんぽんとユウジの肩を叩く。首を傾げるユウジに、私は慈悲深い笑顔でうんうんと頷く。
ユウジの様子がおかしいという冗談は置いておいて、本当に様子のおかしいもう一人の仲間に質問をする。
「シロ君、大丈夫?青い顔で冷や汗だらだらだけど…。」
様子がおかしい二人目、シロ君。
トウカさんとフィーネさんの自己紹介を聞いてから、みるみる内に顔が青くなり、小さな声で何かを呟いている。
「あ、美雪さん。僕は大丈夫です。大丈夫ですが、美雪さんも大丈夫ですか?あの銀髪の女性に何かされませんでしたか?失礼なことされませんでしたか?」
「トウカさん?助けてもらったし、優しくしてもらってるけど、どうしたの?」
「いえ、彼女は三年ほど前に転生者として、このファストの町に訪れたのですが、その時に色々とお世話になりまして…。」
そういえば、トウカさんは転生三年目と言っていた。
シロ君に話を聞くと、彼女は転生してからの数ヶ月をファストの町で過ごしたらしく、その時に色々と交流があったらしい。詳細は濁されてしまったが、トウカさんが昔やんちゃをしていたことは伝わった。トウカさんは大人しそうな女性という最初の印象は、完全に忘れる。
「彼女は僕に気付いていないので、黙っていてください…。バレたら多分カツアゲされてしまいますから…。僕もなるべく大人しくしておきますので…。」
「カツアゲって…。了解。トウカさんにはシロ君のことは黙っておくよ。ユウジにも後で言っておく。愛も注意ね。」
腰に巻きついたままの愛がうんうんと頷く。いまだにケンタウロス状態の私達。いつになったら離してくれるのかな?
「ありがとうございます…。」
弱々しくお礼を言うシロ君。悲哀に満ちた表情に、私もうんうんと頷く。
「シロ君は昔お世話になった怖い先輩に絡まれそうだから、そんなに青い顔になってたのね…。納得。」
私の言葉に、シロ君は首を横に振る。あれ、違うの?
どうやら、トウカさんが怖いから青い顔になっていただけじゃないようだ。
「美雪さん、フィーネさんには何か失礼なことをしていませんよね?」
シロ君の質問の意味を考えてみる。トウカさんには失礼なことをしなかったか聞かれ、フィーネさんには失礼なことをしなかったか聞かれる。どういうこと?だめだ、考えても分からない。
「シロ君、どういう意味?」
「いえ、なんとなくですが…、本能がフィーネさんには失礼なことをしちゃいけないと言ってるんですよね…。昔の記憶が警鐘を鳴らしてるような気がするのです。すみません、曖昧な忠告をしてしまって…。でも、多分この感覚は合ってると思うので、絶対に失礼の無いようにお願いします!」
人差し指を立てて、注意するシロ君。そんなシロ君に私は親指を立てる。
「だ、だいじょーぶだよ!私、全然失礼なことしてないよ!」
「歯切れの悪い反応ですね…。美雪さんだから大丈夫だとは思いますが、注意してくださいね!!」
シロ君の鬼気迫る表情に、フィーネさんをドMの変態さん呼ばわりしたこと、土下座させたことは内緒にすることに決めた。
「すみません、美雪さん。ひとつお願いがあるのですが、よろしいですか?」
シロ君と話していたところで、フィーネさんが笑顔で話しかけてくる。少し後を歩いて来たトウカさんに気付いたシロ君は、スッと私の後に隠れる。露骨過ぎるシロ君の態度に少し心配になりながら、代わりに質問に答える。
「お願い?何でしょう?」
「トウカさんと相談して、美雪さん達には私達のことを隠さず伝えることに決めました!実は私とトウカさんは、王都からこのダンジョン調査のために来たのです!私のお願いは、その調査関係のものです!」
そういえば、始まりの草原でシロ君と初めて出会った時、王都へのダンジョン発見報告の帰り道と言っていた。その報告を受けての調査員として、フィーネさんとトウカさんはこのダンジョンを訪れたらしい。
「調査を進めて行く中で、このファストの町のダンジョンは、初級冒険者が経験を積むのに最適なダンジョンと感じました!ですから、本当に初級冒険者にとって最適か、美雪さん達のパーティに同行させてもらいながら、調査をさせてください!」
「確かに、出現するモンスターは私達のような初級冒険者パーティでも戦えるレベルで、冒険者としての実力を身につけるには最適なダンジョンですね。」
「そうなんです!だから、美雪さん達パーティへのお願いなのです!」
笑顔で私の右手を両手で包み込むフィーネさん。眼前に現れた美女のフィーネさんに、思わず私は首を縦に振る。
「わ、分かりました!!ぜひ、ご一緒させてください!」
私の回答にフィーネさんの表情が明るいものに変わる。
「助かります!ありがとうございます!」
命を助けられたことへの少しばかりの恩返しと思って了承したが、フィーネさんの依頼は私達にとってもメリットが大きい。
上位冒険者の二人にダンジョンに同行してもらえるなら危険な目に遭う可能性も減るだろう。思わぬ安全の確保に、頬が緩むのを感じる。
「それでは、さっそく次の階層を目指しましょう!」
「いや、ちょっと待て、冒険者フィーネ。」
喜び勇んで前に進もうとするフィーネさんの手を取り、トウカさんが止める。
「どうしましたか?トウカさん。」
無言で銅色のマグカをフィーネさんの目の前に突きつけるトウカさん。
「あら、もうこんな時間!外なら夜ですね!」
マグカは時間を確認することも出来る。本当に便利なカードだなと思いながら、私も自分のマグカで時間を確認すると、すでに二十時を過ぎていた。
「そうだ。もう夜だ。夜ってことは、今日のダンジョン進軍は終わりだ。ただでさえ、美雪達は初めてのダンジョン挑戦で疲れてるんだから、そこのセーフティストーンで野営をして明日に備えるぞ。」
「さすが、トウカさん!配慮が素晴らしいです!それでは、今日は楽しいキャンプですね!」
笑顔で両手をぽんっと叩くフィーネさん。楽しそうな様子で、どこかからテントを取り出す。テントは携帯用に折り畳まれているわけでなく、大きな板の上に張られたままの状態になっている。
「こちら二人用テントです!このテントなら、ダンジョンの中でもゆっくり休むことが出来ますよ!」
フィーネさんは笑顔のまま、同じテントを更に二つ取り出し、セーフティストーンを囲むように配置していく。目の前で繰り広げられる光景に呆気に取られていると、トウカさんが解説をしてくれる。
「どうした、そんな驚いた顔をして…。って、そうかー、携帯テントを見るのは初めてだよな。普通はあんな風にテントを収納しないよな…。マグカっていう異常な収納道具があるから、この世界のテントはあんな感じで、テントの形状を保ったまま収納できるんだ。」
フィーネさんが軽々と持つテントは、収納性能の高いマグカがあるから出来る異世界流の携帯テントらしい。
そんなテントの設営を終えたフィーネさんは、右手を突き出し、左手を腰に、大きな胸を張って堂々と私達に宣言する。
「ここをキャンプ地とする!!」
フィーネさんの宣言に、トウカさんとユウジが笑いを堪えているがどうしたのだろうか。首を傾げるシロ君と一緒に、野営の準備を進める。
「えー、それでは!僭越ながら、私が乾杯の挨拶をさせていただきます!!本日、ダンジョンの中で出会うという、なかなか珍しい出会いをした私達ですが、これも何かの縁!そんな縁に感謝をしながら、今日は楽しく飲んで、美味しい料理を堪能しましょう!目の前で美味しい肉が焼かれてるので、挨拶はこの辺で!!今日の出会いを祝して、乾杯!」
「「「乾杯!!!!」」」
トウカさんの乾杯の音頭に、手に持った飲み物を突き出し、ダンジョン内でのバーベキューが始まる。乾杯とは言ったものの、未成年の愛とシロ君がいるため、私達はお酒ではなくフルーツジュースでの乾杯だ。
実は、この世界ではお酒を飲む年齢に規制がなく、お酒を飲んで体調を崩したりしても自己責任なので、飲んでも問題なかったりする。
現に、二十歳を超えているかギリギリのトウカさんとフィーネさんは、ビールによく似たお酒を飲んでいる。私とユウジも一緒に一杯と誘われたが、強い意思で誘いを断る。飲んでも問題ないのだが、若い内の飲酒は成長に悪影響があると聞く。愛とシロ君の将来を危惧し、今日はお酒無しでの乾杯にする。
まぁ、お酒を断る理由として、もうひとつ理由がある。
転生前の同僚曰く、私は酒癖が悪いらしい。なぜか記憶が無くなるため自覚が無いが、相当なものらしい。フィーネさんの前で失礼なことをしてはいけない、というシロ君の警告を受けている現状では尚更お酒を飲むわけにはいかない。
「んまぁぁああい!!この肉、すっごくうまい!!」
「うまいだろー!私の大好物のシルバーブルの肉だからな!高い肉なんだから、噛み締めろよー!」
バーベキューを始めるまで、私の腰から離れなかった愛は、美味しそうなお肉の焼ける香りで、スッと私から離れた。少し前まではあんなに離れてほしかったのに、食欲を優先して離れてしまったことに少し寂しさを感じてしまう。私もダンジョン内で離れ離れになったことに、少し寂しさを感じていたのかもしれない。
でも、愛が私から離れたのも分かる。それほどにシルバーブルの肉は、美味しい。一言にまとめると、地球で食べたどんなお肉よりも美味しい。
塩コショウを軽く振って焼いただけの調理だが、シルバーブルの肉は柔らかく、噛むほどに旨味満載の肉汁が溢れ出てくる。貴族であるシロ君も、シルバーブルの肉の美味しさに驚いてることから、相当珍しいお肉なのだろう。
「うまいだろー!冒険者として名を上げれば、こういう美味しい料理をいっぱい食べられるんだ!モンスターと戦う危険いっぱいな職業だけど、こういうメリットもいっぱい!美雪達も、上位冒険者を目指してがんばるんだぞ!」
シルバーブルの肉の美味しさに驚いてる私達に、トウカさんは嬉しそうに笑いかける。どうやら、トウカさんは先輩冒険者として、後輩である私達に冒険者稼業の良いところを伝えようとしたようだ。
そんなトウカさんに、お酒で酔ってるのか顔を赤らめたフィーネさんが笑いかける。
「ふふふっ!まさかトウカさんが後輩冒険者に、先輩として助言をするとは思いませんでした!こんな先輩風びゅーびゅーのトウカさん、昨日までのトウカさんからは想像もつかないですね!それもこれも、美雪さん達との出会いのおかげです!ふふふっ!今日は素晴らしいことばかりですね!」
「からかうなよ、冒険者フィーネ…。」
唇を尖らせながら、ばつの悪そうな表情を浮かべるトウカさん。しかし、すぐに笑みを浮かべならトウカさんは言葉を続ける。
「でも、フィーネの言うことは的を射てるかもしれないな。私は美雪達との出会いを、先輩冒険者として祝福してる。なんだろうな。昔、転生者の私に、師匠が優しくしてもらった恩を、美雪達で返そうしてるのかな…。」
一瞬、寂しそうな表情を浮かべるトウカさん。ぐいっと片手に持っていたお酒を飲み干し、トウカさんは言葉を続ける。
「まぁ、昔のことはどうでも良い!まとめると、美雪達は遠慮せずに、このダンジョン内では私とフィーネに助けられるんだぞって話だ!」
そう言って私達に笑いかけるトウカさん。素敵なことですと、フィーネさんも一緒に笑う。
頼れる先輩冒険者二人に、私は感謝の言葉を伝えながら頭を下げる。本当に、素敵な二人に出会えて良かった。神に感謝をしながら、目の前のシルバーブルの肉を口に運ぶ。うん、美味しい!
「あらあら、どうやら愛ちゃんはお眠のようですね。」
バーベキューを堪能した後、焚き火を囲んで今までの冒険話をしていたが、気がつくと愛がうとうとと頭を揺らしていた。初めてのダンジョン挑戦に、さすがの愛も疲れたのだろう。座っていた椅子から転げ落ちないように愛の両肩を押さえながら、他の仲間達を確認すると、愛だけじゃなくシロ君も目をこすっている。どうやら、年少二人は疲れの限界のようだ。
「私達のことは気にせずに、もう寝ちゃいな!フィーネと私は、もう少しお酒を飲んだ後に寝るから、気にしなくて良いぞ!」
「では、お言葉に甘えて…。お休みなさい。」
ひらひらと手を振るトウカさんとフィーネさんに頭を下げ、愛を背負う。同じように、シロ君を背負うユウジを確認しながら、フィーネさんが出してくれたテントの中の一つに潜りこむ。
「すごい…、ふかふかの床!」
テントに潜りこんだ私は、その床の柔らかさに驚く。ごつごつとしたダンジョンの床に直置きとは思えない柔らかさ。さらに、毛布と枕まで備え付けられている。これなら、ダンジョン内でも眠ることに不自由しないだろう。
この高性能テントは私も欲しい。明日フィーネさんにどこで入手したか聞いてみよう。他にも色々と聞きたいことを考えていると、私にも睡魔が襲い掛かってくる。見張りを不要にしてくれるセーフティストーンに感謝をしながら、目を瞑る。すると、どこかから弦楽器を弾く音が聞こえてくる。
トウカさんかフィーネさんのどちらかが、何かしらの楽器を弾いているのだろう。
確かトウカさんの異名は、銀琴のヤクモ。トウカさんが琴を弾いているのかもしれない。睡魔を誘うゆったりとした静かな音楽。音楽と睡魔に誘われるがまま、ゆっくりと意識を落としていく。
神の不吉な予言から始まり、色々なことがあった初めてのダンジョン挑戦一日目。
危険な目にも遭ったが、こうして無事に終えることが出来た。それもこれもトウカさんとフィーネさんのおかげ。二人に感謝をしながら、睡魔に身をゆだねる。




