初めてのダンジョン挑戦!②
前回のあらすじ:ダンジョン内のトラップに大苦戦!そんな中、落とし穴トラップの発動によって、美雪はダンジョン内に孤立する。
「んー…。二日前の夢で見た光景が、見事に再現されてしまってるな…。」
私は暗い洞窟の中で一人、仲間達とはぐれ、モンスター達の鳴き声が聞こえる中で、途方に暮れ立ち尽くしている。
その光景はまさに二日前に夢で見た光景。
これがデジャビュというものか。と既視感を感じている場合ではない。
あの夢の結末は、白い虎に首筋を噛みちぎられるという悲惨なもの。現実のように感じた痛みを思い出し、気が滅入っていく。目の前の光景は、その夢の始まりとぴったり重なっている…。重なってしまっている…。
「極めつけは、昨晩のノアの警告…。選択肢を誤ると、美雪ちゃんは死んじゃいまーす!だったわね…。どう考えても、現状だー。あー、ピンチ。転生して一番のピンチだー。」
これが何を暗示しているか。それに気付いてしまった私は、目元を押さえ、天を仰ぎながら独り言を呟く。その独り言に応えるかのように、ダンジョンの奥から犬の頭に粗末な鎧を装備した人型のモンスターが現れる。
シロ君に聞いた情報から、目の前に現れたモンスターはコボルドと推測。コボルドは鋭い牙の隙間からヨダレをこぼし、手に持った小さなナイフを鈍く光らせながら私を睨む。一匹だけでも恐ろしい威圧感を放つコボルドは、ダンジョンの奥から次々と現れ、数匹の群れになって私の行く手を遮る。
コボルドの適正討伐レベルは14。
愛やシロ君、ついでのユウジがいれば難なく倒せたであろうコボルドの群れ。
しかし、今は頼れる仲間がいない。一人でなんとか倒しきらなければいけない。手に持った武器を握り締めながら、目の前のコボルド達を睨む。
「ウィンドシュート!!」
コボルドの群れと距離を取るため、風魔法を使って後方の上空に飛び上がる。急な魔法の発動で意表をつかれたコボルドの群れに向かって、私は黒狼の槍を構える。
「ぐぅ…っ!!神槍投擲!!」
一匹のコボルドが投げたナイフが肩に刺さったのも無視し、ノア命名の武技をコボルドに向かって放つ。私が投げ放った黒狼の槍は、大きな爆発によって推進力を得た後、コボルドの群れへと迫る。突然の爆音にあっけに取られるコボルドの群れの真ん中、リーダー格と思われるコボルドの胸に黒狼の槍が深々と突き刺さる。
致命的なダメージを受けたリーダー格のコボルドは、瞬時にHPをゼロにし、その姿を光の粒へと変える。群れのリーダーを失い、統率力を失ったコボルドが慌てふためくのを確認しながら、私はダンジョンの床に着地する。
肩に刺さったナイフを引き抜きながら、手の中に自動で戻ってきた黒狼の槍を握り締める。
遠距離攻撃によって放たれた物を自動で回収する、スキル自動回収によって、次の攻撃へすぐに転じることが出来る。
「神槍投擲!!」
コボルドの群れに向かって、再び黒狼の槍を投げ放つ。
しかし、今回はコボルドの群れに向かって放ったわけではない。コボルドの奥に新しく出現したモンスター、ゴーレムに向かって投げ放った。
レンガを人型に積み重ねたようなゴーレムは、適正討伐レベル18の危険なモンスター。強力な近距離攻撃が特徴のモンスターだが、近付かれる前に倒してしまえば問題ない。
ゴーレムを優先したが、コボルドを無視したわけではない。黒狼の槍に勢いをのせるための爆発を、コボルドの群れの真ん中で発動するように調整し、コボルドの群れとゴーレムを同時に討伐するように計画した。
私の目論見は見事に的中し、爆発に巻き込まれたコボルドと、胸に槍を突き立てたゴーレムは、同時に光の粒になって消える。
「ひとまずの第一陣は討伐できたけど、一休みはさせてくれそうにないわね…。」
ダンジョンの奥から、茶色い狼のモンスター数匹が群れになって現れる。始まりの草原でもお世話になったブラウンウルフだ。
モンスターの戦いで失ったHPとMPをポーションで回復しながら、ブラウンウルフの群れを睨む。
「風の精霊よ、風刃によって我が敵を切り裂け!!」
地属性のブラウンウルフには、風属性の魔法が効果大。魔力を練り上げ、新しく覚えた風魔法をブラウンウルフの群れに向かって放つ。
「ウィンドスラッシュ!!」
私の両手に渦巻いた風は鋭い刃となり、ブラウンウルフに向かって放たれる。かまいたちとなった風の刃はブラウンウルフの群れを切り刻んでいく。
「ウィンドアロー!!」
吹き荒れる暴風の中、生き残っていた一匹のブラウンウルフに追撃の矢を放つ。他のブラウンウルフがその一匹をかばったところから、この個体は群れのリーダーと推測する。ウィンドアローによって容赦なく、最後のブラウンウルフを光の粒に変えたところで、ダンジョンの先を睨む。
コボルドの群れ、ゴーレム、ブラウンウルフの群れとの連戦を制したところで、モンスターの出現が止まる。一息つく余裕が生まれたところで、ダンジョンの天井を睨みつける。先ほどパカッと開いて私を落とした天井は、継ぎ目無く堅く閉ざされている。
「ロケットアロー!!」
試しに天井を攻撃してみるが、パラパラと天井の欠片が降って来るだけで変化は無い。
天井に穴を開け、上の階からロープで仲間達に引き上げてもらうという私の計画は、残念ながら空振りで終わってしまう。
ちなみに、その頃の仲間達。
「美雪ー!!どこー!!美雪ー!!隠れないでー!!」
美雪が落ちた床をどんどんと叩く愛。しかし、それに応える者はいない。虚しい打撃音だけが部屋に響く。
「愛さん!落ち着いてください!!美雪さんは落とし穴トラップに落ちたようです!!おそらく、下の階ににいるはずです!!」
「ってことは、美雪さんは下の階に孤立してるってことじゃねぇか!?ダンジョンで孤立とか危険が危なすぎる!!愛が不用意に宝箱を開いたからだぞー!!」
「うわー!!美雪、ごめーん!!」
パーティ内で司令塔を勤めていた美雪が突然いなくなったことで三人は慌てていた。
「シロ!!名案だ!!俺達も落とし穴トラップで下の階に落ちたら良いんじゃないか!!」
「ユウジ!!それ、名案!!宝箱を開いて、閉じる!!これで落とし穴トラップが発動…しないっ!!」
三人も落とし穴トラップで下の階を目指すため、トラップの発動トリガーになる宝箱を何度も開いて閉じる。しかし、ダンジョンの床が開くことはない。
「一度発動したトラップは、次の発動まで多くの時間を必要にします!!落とし穴トラップなら一時間は必要です!!」
「なんで!?」
「トラップを発動するための魔力をダンジョン内から集めるためと言われています!ダンジョン内には魔力石という魔力を溜める石があちこちに埋まっているんですが、その石が魔力をゆっくりと蓄え、トラップ発動に必要な魔力を算出しているのです。」
「へぇ、さすがシロ君!物知りだね!」
「そんなのんびり解説してる暇じゃねぇぞ!!落とし穴トラップが発動しないなら、正規ルートで下の階を目指すしかない!!行くぞ!愛、美雪!!」
「おー!!」
「行きましょう!!」
下の階に向かう決意を固めた三人。
そんな三人がいる部屋の地面が揺れる。それと同時、三人の耳にかすかに爆発音が聞こえる。
「これは美雪のロケットアロー!!何度も聞いてきたから、間違いないよ!!」
「音は下の階から聞こえたぞ!!美雪さんは無事だ!!急いで、助けに向かうぞ!!」
「最低限の戦闘で、下の階に向かいましょう!!」
私の無事を確信した仲間達は決意をさらに強くし、急いで下の階を目指す。
仲間達三人が私救出のために動いてることを知る由をない私は、壊れない天井を目の前に、どうしたものかと首を傾げる。そんな私の前に、コボルドの群れとブラウンウルフの群れが現れる。両モンスターの群れも、明らかに私目掛けて走ってくる。
「ダンジョン内で爆音を出したから、注目を集めてしまったようだ。コボルドの群れと、ブラウンウルフの群れ。両方とも五匹程度。先ほどの戦闘を考えると、なんとか一人でもギリギリ勝てるかな?って感じだけど…。と思ったら、ごつごつした一つ目のモンスターもゆっくり迫ってきてる…。なんとかなるか?」
目の前の戦意漲ったモンスターを睨みながら、覚悟を決める。
「なんとかなるか?とか言ってる暇じゃない。なんとかするしかない!!」
迫り来る多種多様なモンスター達を、なんとか弓矢と魔法で撃退する。
まるで、二日前に見た夢をなぞるように。
「ふーっ!!人間覚悟を決めれば、意外となんとかなるもんね!!」
多くの攻撃を受けながらも、なんとかコボルドの群れとブラウンウルフの群れを殲滅した私は、大きく息を吐き、額の汗を拭う。HPとMPにはまだまだ余裕があるが、続けての戦闘に精神が擦り減っていくのを感じる。
そんな私を虎視眈々と狙っていたのか、死角から白い虎型のモンスター、ベルセルクタイガーが現れる。
二日前に見た夢の姿そのまま、鋭い牙を剥き出しにし私を威嚇している。咄嗟に、手に持っていた矢でロケットアローを放つが、矢が爆発による推進力を得る前に、ベルセルクタイガーは私の懐へ潜りこむ。
一瞬にして目の前に迫ったベルセルクタイガーは、振りかぶった左前足で私の右腕を薙ぎ払う。ベルセルクタイガーの鋭い爪が肉に食い込み、深く切り裂かれ、一瞬にして私の右腕は血まみれになる。夢で見たときよりも鮮烈な痛み。思わず右手に持っていた矢を落としてしまう。
直視するのもはばかられる、赤く血塗れた右肘から先。力を加えようとするが、痛みと痺れから指先すらぴくりとも動かない。
今の状況を表すかのように、臨場感を煽る音楽も遠くから聞こえてくる。
音楽に呼応するかのように、今まで味わったことの無い激痛が、血まみれの右腕に走り意識が遠のいていく。しかし、野生のベルセルクタイガーは、私の戦意喪失を気にかけるわけもなく、牙を剥き出しにし、両前足の鋭い爪を広げて私へと飛び掛る。とっさに左腕で攻撃を防ごうとするが、持っている弓では白い虎の猛攻は防ぐことが出来ない。
抵抗虚しく、黒影剛弓-極-を弾き飛ばされた私は、白い虎に押し倒される。その時、二日前の夢で見た光景が脳裏を過ぎる。
抵抗虚しく、白い虎に首筋に噛み付かれ、鋭い牙が食い込んでいったあの夢。ぶちぶちという肉が食い千切られる音と共に、生暖かい血が噴水のように噴き出したあの夢。
その夢の中の光景が、今まさに再現されようとしたその時。夢の中では起きなかったいくつかの変化が訪れる。
まず、私にのしかかっていたベルセルクタイガーの重みが消える。
「間一髪のところでしたね!大丈夫ですか?」
次に、透き通るような女性の声が聞こえる。
声のした方を確認すると、純白の鎧を身に纏った金髪青眼の女性が心配そうに私の表情を伺っている。
くりっとした瞳で見つめる謎の美女。突然の事態に動けないでいると、金髪青眼の美女は女神も嫉妬するかのような微笑を私に浮かべる。そのあまりにも可憐な微笑にどきりとした私は、彼女の両手の先を確認し、別の意味で更にどきりとさせられる。
まさに絶世の美女といった美貌を持った彼女は、私に襲い掛かっていたベルセルクタイガーを羽交い絞めにしていた。
ベルセルクタイガーは手足を振り回し、必死に暴れるが彼女は気に留めない。まるで、暴れる猫を持ち上げる飼い主のように、何事も無いようにベルセルクタイガーを持ち上げている。
そんな謎の美女としばらく見つめ合っていると、遠くから別の女性の声が聞こえる。
「なんとか間に合って良かったのですが…。って、冒険者フィーネ!早くベルセルクタイガーを倒しちゃってください!!なんで凶暴なベルセルクタイガーを、動物ふれあいのように体中撫で回してるんですか!!」
銀髪の目尻の垂れ下がった女性が駆け寄ってくる。いかにも魔術師なローブを着た大人しそうな見た目の女性だが、語気を強め、ベルセルクタイガーを押さえる金髪青眼の美女に抗議する。
抗議を受けた金髪青眼の美女は、何事もないかのような表情でベルセルクタイガーのあごをわしゃわしゃとしている。
「え?大人しい子ですよ?ほら、私の手をぺろぺろと舐めて、子猫のように愛想を振りまいています!可愛らしいですね!トウカさん!」
「私に同意を求めないでください!!凶暴なベルセルクタイガーを子猫のように扱えるのは、冒険者フィーネくらいです!!」
私に襲い掛かっていたベルセルクタイガーは、すっかり大人しくなり、金髪青眼の美女の前で手足を丸めて大人しく座っている。凶暴な姿は鳴りを潜め、まさに借りてきた猫状態。
「あなた、従魔魔法を使えたりしませんか?」
現状を理解できていない状態でさらに、従魔魔法という謎の魔法を金髪青眼の美女に聞かれた私は、慌てて首を横に振る。従魔魔法という魔法は、見たことも聞いたことも無い。
「もしあなたが従魔魔法を使えたら、この子を飼い猫にしちゃうのもアリだったのですが…。それなら、仕方ないですね。自然の摂理です。ごめんなさい。」
突然謝った金髪青眼の美女は、ベルセルクタイガーのあごを撫でていた手の手首を返し、ぎゅうっとベルセルクタイガーの首を締め上げる。突然の攻撃に眼を見開いたベルセルクタイガーは、必死に抵抗をしようとするが、彼女の締め上げる力がよほど強かったのか、あっという間に光の粒になって消える。
突然の金髪青眼の美女の凶行に、銀髪の女性と私は言葉を失う。そんな中、金髪青眼の美女は驚きの声を上げる。
「あなた怪我をしておりますね!!先ほどのベルセルクタイガーにやられちゃったのでしょうか!!」
私の右腕から流れる血に気付いた金髪青眼の美女は、私の傍に駆け寄る。膝をつき、私の血まみれの右腕を丁寧に持ち上げた彼女は、両手で優しく包み込む。
「痛かったですよね…。これから治療をするので、警戒を解いて体を楽にしてください。」
私の血で純白の鎧が汚れるのを気にすることも無く、聖女のように慈愛に満ちた表情を浮かべた彼女は、魔法の詠唱を始める。
「光の精霊よ、かの者の傷を癒したまえ。ヒール。」
落ち着いた彼女の声で紡がれた光魔法ヒールは、私の右腕を優しい光で包み込んでいく。ベルセルクタイガーの爪によって深く切り裂かれた傷が、みるみると塞がっていく。
「これが光魔法…!!みるみる傷が塞がっていきます…。初めて見ましたが、すごい効果ですね!ありがとうございます!」
「ふふっ、そんなに元気そうならもう大丈夫ですね!でも、油断は禁物ですよ!傷は塞がってますが、光魔法では失った血は癒せません。そのため、体には力が入らないはずです。無理は禁物ですよ!」
彼女の言うとおり、多くの血が流れた私の体は力が入らず、まだまだ本調子とはいかない。本調子とはいかないが、これだけは分かっている。
私は危機を脱することが出来た。
緊張の糸が切れ、脱力しそうになるところをぐっと堪え、助けてくれた二人の女性に向かって、姿勢を正し、深々と頭を下げる。
「危ないところを助けていただき、誠にありがとうございました。」
「これはご丁寧に、私達は当然のことをしたまでですので、気にしないでください!」
「そんなに畏まらないでください!!私達が土下座をさせているようじゃないですか!!」
正座で深々と頭を下げた私は、見ようによっては土下座。
そんな私に、慌てた様子で声をかけたのは銀髪の女性だった。
「いえ、命の恩人である二人に失礼な態度を取るわけにはいきません。この感謝の気持ちを表すのは、土下座じゃ足りないくらいです!!慇懃無礼であることは百も承知ですが、私の気が済むまで、土下座をさせてください!!」
「慇懃無礼を承知してるなら、やめてくださいよー!!」
銀髪の女性と私のやり取りを見ていた金髪青眼の美女は首を傾げる。
「ドゲザ?インギンブレー?なんですか、それは?」
土下座。ひれ伏して、地面に頭を着けて行う礼。
慇懃無礼。言葉や態度などが丁寧すぎて、かえって無礼であるさま。
どうやら、この異世界には土下座と慇懃無礼という言葉が無いらしい。
では、そんな言葉で会話を出来ている目の前の銀髪の女性は…?同じ結論に辿り着いたのか、震える手でお互いを指差す。
「「あなた、転生者!?」」
二人の声が揃い、ダンジョン内に響く。
「先ほどは助けていただきありがとうございました。私の名前は、弓弦 美雪。日本から転生して約一ヶ月の新米冒険者です。よろしくお願いいたします。」
近くにあったセーフティストーンの前で、ベルセルクタイガーの襲撃から私を守ってくれた二人の女性に向かってお辞儀をする。土下座スタイルは銀髪の女性に止められたため、今は立ったままでのお辞儀。ただし、腰を直角に曲げた最敬礼。
少しの静寂の後に頭を上げた私へ、金髪青眼の美女が笑顔を浮かべながら自己紹介をする。
「よろしくお願いいたします、美雪さん。私の名前は、フィーネ。冒険者フィーネです!王都で細々と冒険者をしております。」
一瞬でベルセルクタイガーを討伐した彼女は、冒険者の部分を強調して自己紹介をする。フィーネさんは冒険者ということに誇りを持っているのかもしれない。
改めて、彼女の全身を観察する。腰まで伸びた長い金髪。純白の鎧にも劣らない、キメ細やかな陶器のような肌。宝石にも劣らない輝きを持つ青色の瞳。モデルを思わせる高身長に、しなやかに伸びた長い手足。そして、身に纏った純白の鎧では隠し切れない豊満な胸。
神々が作り上げた彫像のような美貌を持つ彼女。あまりにも美しすぎて、同じ女としての嫉妬すら起きないレベルの絶世の美女。
そんな美女冒険者フィーネさんを前に、言葉を失っていた私に、少し気まずさそうに銀髪の女性も自己紹介を始める。
「私の名前は八雲 透華。こちらの世界だと、トウカ・ヤクモですね。私も日本からの転生者ですが、転生したのは三年前。現在は、王都で冒険者をしてます。よろしく!」
肩に届かないくらいの長さで切りそろえられた銀髪が特徴のトウカさん。身長は私より少し低く、150センチに満たないくらいの小柄な女性だが、目鼻立ちは整っている。
隣に絶世の美女であるフィーネさんがいるため見劣りこそしまうが、トウカさんは綺麗というよりは可愛らしいタイプの、これまた美女である。
そんなトウカさんが、首を傾げながら私に質問をする。
「美雪、ひとつ質問良いかな?私らが聞くのもなんだけど、どうしてダンジョンの中に一人でいるの?」
トウカさんは私に気を許してくれたのか、フィーネさんに対しての丁寧な口調とは異なり、フランクな口調で話しかけてくれる。そんな彼女からの質問に答えるため、私はここにいる経緯を話す。
「ふーん。ダンジョン調査中に、落とし穴トラップで落ちて孤立ってわけね。美雪、運が無いのねー。」
「熊に追いかけられたり、簡単なクエストでは強力なモンスターに遭遇したり、異世界転生してからトラブルばかりだから、私は運が無いのかもしれません…。」
「異世界転生にトラブルはつきものだから、そんなに落ち込まないで!私の時もそうだったし!トラブルはレベルアップにつながると思って、乗り越えていきましょ!」
にっこりと笑いかけるトウカさん。先輩転生者の実体験のこもった助言に、なんだか少し胸が軽くなった気がする。
「そうですわ!ここで会ったのも何かの縁!私達が美雪さんを仲間のもとへ連れていってあげます!」
名案とばかりに、ぽんっと手を叩いたフィーネさんが満面の笑顔を私に向ける。トウカさんも肯定するように、うんうんと頷く。
「ダンジョンの中で一人孤立した現状としては、とても有り難いのですが…。」
迷惑にならないかなと続けようとした私の言葉を遮るように、フィーネさんが言葉を被せる。
「もしかして、私達だけじゃ不安ですか?それなら、安心してください!トウカさんは銅等級の冒険者で、数多くの冒険者が集まる王都の中でも有名な実力者なんですよ!銀琴のヤクモって異名で呼ばれてます!ちなみに、私はビリジアン等級です!」
「フィーネ!!それ…!?」
フィーネさんはトウカさんの唇に人差し指を当て、ウィンクする。何か言いたそうだったトウカさんは唇を塞がれ、悔しげな表情で言葉を飲み込む。
「トウカさんは、自分の等級を内緒にしたかったのを忘れておりました。彼女は恥ずかしがり屋さんなので、高等級冒険者としてちやほやされるのが苦手なのです。すみませんが、美雪さん。トウカさんのことは、私と同じビリジアン等級冒険者ってことにしてください!」
唇をふさがれたままのトウカさんは、驚いた顔をフィーネさんに向ける。しかし、フィーネさんがにっこりと微笑むと、トウカさんはすぐにうんうんと頷く。
美女二人のそんなやり取りに余計な詮索は出来ず、私も黙って頷く。
目の前の二人の美女による小声での会話を眺めながら、どこか聞き覚えのある銀琴のヤクモという異名を思い返す。必死に記憶を呼び起こしたことで、銀琴のヤクモという異名を思い出すことに成功する。その名は、冒険者ギルドでシリシュさんから聞いた王都の実力者の中の一人だ。
大人しい顔をしたトウカさんだが、相当な実力を持っているのは間違いない。フィーネさんもベルセルクタイガーを瞬殺したことを考えると、私とは比べ物にならない実力を持っているだろう。銅等級のトウカさんとビリジアン等級のフィーネさん。そんな強力な二人と、ピンチの中で出会い、その実力の一端を見ることが出来たのは本当に幸運だった。
「それでは、フィーネさんの提案に甘えさせていただきます。申し訳ございませんが、私の仲間達に出会えるまでの同行を、よろしくお願いします!」
「はい、喜んで!冒険者フィーネと銀琴のヤクモに任せなさーい!」
立派な胸を張り、堂々と答えるフィーネさん。トウカさんも笑顔を浮かべる。こうして、私は一時的に女性三人パーティで、ダンジョン内を上の階に向かって逆走するのであった。
そんな臨時パーティでのダンジョン逆走。もちろん数多くのモンスターと遭遇する。しかし、モンスターとの戦闘で私の出る幕は全く無かった。
なぜか?フィーネさんが全て蹴散らしてしまうから。前衛職のフィーネさんは、ジャラジャラと鎖の出す音と共に、意気揚々とモンスターの群れの中に単身で乗り込み、剣の一振りで全てのモンスターを光の粒に変えてしまう。
私が殺されかけたベルセルクタイガーを簡単に倒していたことから、桁違いの実力を持っていると思っていたが、ここまでとは…。
そんなフィーネさんよりも高い等級である銅等級のトウカさんの実力も気になったが、フィーネさんがモンスターを瞬殺してしまうため、確認する機会がない。そんな未知数のトウカさんの実力よりも、私はずっと気になっていることが一つあった。
意を決して、元凶でもあるフィーネさんにその気になっていることを聞いてみる。
「フィーネさん、付かぬ事をお伺いしますが、よろしいでしょうか?」
「はい、良いですよ!何でも聞いてください!」
「あの…?なんでフィーネさんは手錠と足枷をつけてるんですか?鉄球もついてる本格的な足枷ですが…。」
フィーネさんの両腕と両足には、黒い鉄で出来た無骨な手錠と足枷がついている。彼女が身に纏う純白の鎧とは、不釣合いな真っ黒な手錠と足枷。戦闘中もジャラジャラと鎖の音がするし、明らかに不自然な手錠と足枷。まるで…。
「まるで、罪人だよな。」
私の中に思い浮かんだ単語を、何気ない表情で呟くトウカさん。まさか、フィーネさんは凶悪な犯罪者!?ということは、一緒にいるトウカさんも!?
考えてみればおかしなことはたくさんある。入り口が封印されていたダンジョンを、我が物顔で歩く二人。どうやって、このダンジョンに潜入したのだろうか…。犯罪者ジョブである盗賊なら、スキル鍵開けで固く閉ざされた扉も開けると聞くが…。
二人にベルセルクタイガーに襲われていたところを助けられたことで、無条件に彼女達のことを信じていたが、まさか凶悪な犯罪者なのでは…?警戒心から一歩後ろに下がったところで、トウカさんは変わらぬ表情で言葉を続ける。
「安心していいよ。冒険者フィーネも私も罪人じゃないから。銀琴の名にかけて、私が保証する。」
そう言って笑顔を向けるトウカさんは、どう見ても罪人には見えない。私は彼女達のことを信じることにする。まぁ、彼女達が大罪人だったとしても、私より強いから抗うことは出来ないけど。
「それなら一安心ですが…。それでは、なぜフィーネさんは手錠と足枷を装備しているのですか?」
「えーっと、それはですね…。」
言いにくそうな様子のフィーネさんに代わり、トウカさんがにやにやと笑いながら手錠と足枷の理由を説明してくれる。
「フィーネが手錠と足枷を装備してるのは、趣味だよ!趣味!彼女は自ら手錠と足枷を装備して、自分のことを追い込む趣味があるんだよ!」
「それって…。」
「トウカさん!!その説明じゃ、私がまるで、ド…、ドMの変態さんみたいじゃないですかー!!」
思い浮かんだ言葉を、つい口に出してしまいそうになったが、真っ赤になって否定するフィーネさんがその言葉を口にする。耳まで赤くする彼女の様子に、私はそっと口をつぐむ。
慌てるフィーネさんの様子をにやにやと見ながら、楽しそうにトウカさんは言葉を続ける。
「いや、間違ったこと言ってないだろ?」
「そうですけどー!!確かに、そうですけどー!!言い方ー!!もっと良い言い方がありますよねー!!美雪さんの中の冒険者フィーネの印象が、ドMの変態さんになっちゃったらどうしてくれるんですかー!!冒険者フィーネが、そんな残念な存在になってしまったら、どう責任取ってくれるんですかー!!」
「……?」
「なんで!?なんで、そこでキョトンとするんですか!?私、変なこと言ってませんよねー!!」
「え?だって、冒険者フィーネが残念な存在って、王都じゃ有名じゃん?」
「そうなんですか!?有名なんですか!?誰ですか、私の事を残念って言ってるのは誰ですか!!教えてください、トウカさん!!」
トウカさんの肩を掴みながら、真っ赤な顔で前後に揺さぶるフィーネさん。肩を揺さぶられながらも、まるで今までの恨みを晴らしたかのように、トウカさんは舌をぺろっと出す。
そんな二人の様子を見ながら、私はつい思ったことを口に出してしまう。私はこの時の発言を、後に後悔することになる。
「盛り上がってるとこ、すみません…。フィーネさんがドMの変態さんですと、一緒にいるトウカさんはフィーネさんのご主人様ですか…?」
私の言葉に、フィーネさんは満面の笑顔に、トウカさんは青ざめた顔に変わる。
「ご主人様!!そうです!!私はご主人様であるトウカさんの下僕として、手錠と足枷の罪人セットを装備させられて、ダンジョンの中を歩かされているのです!!トウカさんはドSの変態さんなのです!!だから、私は残念じゃないのです!!冒険者フィーネは残念じゃないのですー!!あれ、どうしたんですか、ご主人様?顔色が悪いですよ、ご主人様?聞こえてますか、ご主人様ー?」
フィーネさんは、にやにやと笑みを浮かべながら、トウカさんの顔をのぞきこむ。
「私がフィーネのご主人様!?やめてくれ、考えただけで胃がきりきりと悲鳴を上げる!!」
フィーネさんのご主人様呼びに、必死の表情で本気の拒絶をするトウカさん。一体、フィーネさんとの過去に何があったのだろう?
「つれないことを言わないでくださいよ、ご主人様!ご主人様と私の仲じゃないですかー!」
「ご主人様呼びをやめろー!!私はフィーネのご主人様になった覚えはねぇ!!」
肩で息をするトウカさんは、少し涙目になりながら私をキッと睨む。事の発端は私のご主人様発言。申し訳ない気持ちを感じていると、トウカさんはにやりと笑いながら、私を指差す。
「ご主人様って呼ぶなら、美雪の方が適任だろー!!あの凶悪な目つき!!ドMの変態さんのフィーネを喜ばせてくれる、究極のドS神の目つきだろ!!」
二人のやりとりを見守っていた私に、急な飛び火。
「トウカさん、失礼ですよ!!」
フィーネさんは大きな声で、トウカさんを叱責する。
もっと言ってやれ、フィーネさん!私の目つきの悪さは生まれつきなんだ!なんだよ、究極のドS神って!!ふざけるんじゃねぇ!!
相手が銅等級の冒険者だから、声に出すことはできない。心の声でとどめていた私の思いに応えるように、フィーネさんは叱責の言葉を続ける。
「もう一度言います!!トウカさん、失礼です!!私がやっと出会った究極のご主人様である美雪様を呼び捨てなんて!!あぁ、究極ご主人様!一番の下僕である私に免じて、友人の非礼をお許しください!!」
「あれ!?フィーネさん、叱責じゃなくて悪乗りしてます!?なんですか、究極ご主人様って!!」
「そうだぞ!!フィーネ、ふざけるのも良い加減にしろ!!」
私の声に応えるように、トウカさんはフィーネさんを叱責する。
もっと言ってやれ、トウカさん!なんだよ、究極ご主人様って!!ふざけるんじゃねぇ!!
これまた声に出すことはできず、心の声でとどめていた私の思いに応えるように、トウカさんは叱責の言葉を続ける。
「もう一度言うぞ!!フィーネ、ふざけるのも良い加減にしろ!!究極ご主人様の一番の下僕は私だ!!あぁ、究極ご主人様!ご主人様の寵愛を、フィーネなんかではなく、トウカにお願いします!!」
「トウカさんも悪乗りしてる!?やめろー!!私は究極ご主人様なんかじゃない!!というか、究極ご主人様って何じゃ!!助けてくれた恩は一旦忘れて、言わせてもらうぞ!!ふざけるんじゃねぇ!!」
「「究極ご主人様!!ありがとうございまーす!!」」
寸分狂わぬ動きで、私の前に土下座をするトウカさんとフィーネさん。
二人の顔は、笑いそうになるのを必死で堪えている。その時、私はからかわれていたことに初めて気付く。
「はーはっはっは!!何ですか、これ!!何ですか、この流れ!!はーはっはっは!!」
思わず、私は笑い出してしまう。私の大口を開けての爆笑に、トウカさんとフィーネさんはお互いの顔を見合った後、一緒に笑い出す。
ずいぶん先に知った話だが、この時の二人は、仲間とはぐれて寂しげな表情だった私を、どうにか励まそうとしてくれていたらしい。
そんなトウカさんとフィーネさんの気遣いに気付くことなく、私は大声で笑う。つられて二人も大声で笑う。ダンジョンの中に、三人の大きな笑い声が響く。まさに、女三人寄れば姦しい。
銀琴のヤクモの異名を持つトウカさん。
ビリジアン等級冒険者と言って、本来の実力を偽った冒険者フィーネさん。
二人との出会いが、私の旅に大きな影響を与えることを、この時の私はまだ知らない。




