ダンジョン挑戦に向けての準備
前回のあらすじ:始まりの草原から帰還し、領主様の家に一泊。
「あ!美雪さんと愛さん!冒険者ギルドへようこそ!今日もスーツと道着が似合ってますね!素敵です!」
クエスト達成報酬の受け取りのため、びしっとスーツを着こなし、冒険者ギルドを訪れた私達を迎え入れたのは、両手を開いて満面の笑みを浮かべる受付の女性だった。
にこにこと素敵な笑顔を浮かべる彼女。先日この場所を訪れた時と態度が180度違う。明らかに優遇されている。
様子がおかしいのは彼女だけでない。ギルド内の冒険者達の様子もおかしい。冒険者たちの視線が一斉に私達へと集まる。視線の持ち主を見返すと、みな嬉しそうな笑顔を浮かべる。数日前だったら、私の目つきの悪さに、小さな悲鳴を上げてすぐに視線を逸らしたのに。
こうなった原因に気付かないほど、私は鈍感でない。昨日、このファストの町に迫っていたジャイアントグラスホッパーの大群を殲滅したからだろう。全員の視線が、英雄を見る時のそれだ。
視線の中に、マグカを入手する時に絡んできた冒険者パーティを見つける。あの時は不躾に私達をからかったものだが、今日は得意気な笑顔を浮かべている。何か隣のパーティに伝えているような…?何を言ってるか気になっていると、愛がスーツの袖をくいくいと引っ張る。
「俺達は最初から只者じゃないと分かってたぜ。俺達はいち早く見抜いて声をかけたんだからな。だってさー。あいつら調子良いねー。一発入れてくる?」
拳を構える愛。愛の地獄耳と喧嘩っ早さに驚きながらも、無駄な争いを生まないために首を横に振る。
周囲の冒険者を気にしていても仕方ない。冒険者ギルドを訪れた目的をこなすことにしよう。
「ブラックベアの討伐報酬をもらいに来たのですが…。」
「クエスト達成報酬ですね!少々お待ちください!」
満面の笑みを浮かべたギルドの受付の女性は、恭しいお辞儀をした後、いそいそとギルドの奥へと引っ込んでしまう。
ギルド内の異様な盛り上がりに耐えること数分。受付の女性が満面の笑みで戻ってくる。
「お待たせして申し訳ございません!重ねてのお願いとなり恐縮ですが、クエスト達成報酬をお渡しする前に、少しだけお時間をいただけないでしょうか?」
「は、はい。特に急ぎの用事も無いので構いませんが…、何でしょう?」
「冒険者ギルドの支部長が、この町を救ってくれた美雪さん達にぜひお礼をしたいと言っております!長い時間は取らせませんので、ぜひ支部長に会っていただけないでしょうか!」
受付の女性は、カウンターから乗り出し、きらきらとした目で私を見つめてくる。ち、近い。彼女からは、ぜひお願いしますという気持ちがあふれ出している。
ここまでされては断ることが出来ない。女性に案内されるまま、受付の奥にある階段をのぼり、ギルドの支部長が待つ部屋へと向かう。
受付の女性に案内された部屋の中には、銀髪の耳の長い細身の男性が立っていた。この町のギルドの支部長はエルフ、とシロ君から聞いていたが、部屋の中にたたずむ男性は私の少ないファンタジー知識のエルフイメージとも一致している。
「美雪さん、愛さん!お待ちしておりました!私は冒険者ギルドのファストの町支部で支部長を務めておりますシリシュ・イムクールと申します。本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。」
絵画のように神々しい笑顔を浮かべたシリシュさんは、握手のためか私へ右手を伸ばす。ファストの町の冒険者を束ねる冒険者ギルドの支部長。捉えようによっては、私達の雇用主の長といえる。そんな人が私の前で柔和な笑顔を浮かべている。転生前の社会人の頃、契約先の社長に呼ばれたことを思い出す。
戸惑いながらも握手に応じ、失礼にならないよう心を落ち着けながら、私も自己紹介をする。
「初めてお目にかかります。冒険者をしております美雪と申します。こちらは仲間の愛です。しがない冒険者の私達ですが、何卒よろしくお願いいたします。」
転生前に培った精一杯の営業スマイルを浮かべながら、丁寧に自己紹介をする。これなら、失礼だと糾弾されることはないだろう。
安心して気が緩んでいた私の隣から、愛が元気いっぱい挨拶をする。
「二人とも堅苦しいなー!よろしくー!じゃダメなの?」
シリシュさんと私の二の腕をばんばん叩きながら笑う愛。まさに、恐れ知らず。無礼極まる愛の態度に、血の気が引いていくのを感じる。
「こら!失礼でしょ!すみません、シリシュさん!!」
「構いませんよ!大体の冒険者はそんな感じですし、元気いっぱいの方がギルドとしても助かります!」
朗らかな笑顔で、愛の無礼を許してくれるシリシュさん。
シロ君の父親の領主様と会った時もそうだったが、愛は目上の人に対しても変わらぬ態度で接する。それが愛の良いところでもあるが、この無礼さは、いつか礼節を重んじる人と揉め事になってもおかしくない。今は寛容な人達のおかげで許されているが、愛にはいつか敬語を覚えてもらうことにしよう。
「それで、今日は何の用だ?」
愛はシリシュさんの二の腕あたりをポンポンと叩きながら、今日呼ばれたことを確認する。
続け様の無礼に、愛の丁寧化計画は遠いことを実感する。頭を下げて謝ると、シリシュさんは笑顔で構いませんと言ってくれた。懐の広い方で良かった。
「まずは、この町の冒険者ギルドの支部長として、お礼を言わせてください。ジャイアントグラスホッパーの群れを討伐してくれた件もそうですが、お二人はお尋ね者モンスターだったブラックベアも討伐したと聞いております。あのブラックベアはスキルを使う強化種だったと報告を受けていたため、放っておいたら、いつかこの町も危なかったことでしょう。ギルドを悩ませる将来的な脅威だったのですが、美雪さん達に討伐いただきギルドも大変感謝をしております。ありがとうございました。」
深々と頭を下げるシリシュさん。
「そんな頭を下げないでください!冒険者として当然のことをしただけです!」
「そう言っていただけると幸いです。」
柔和な笑顔を浮かべるシリシュさん。最初の愛の無礼さには、ひやりとさせられたが、なんとか取り戻すことが出来ただろう。ほっと肩を撫で下ろす。
「それでは、クエスト報酬をお渡しいたしますので、こちらへどうぞ。おかけください。」
まるで応接間のような、立派な椅子とテーブルへ案内される。テーブルの真ん中にはちょっとした焼き菓子も置かれている。その焼き菓子を凝視する愛。朝ご飯を何杯もおかわりしたのに、もうお腹が空いたの?
愛の視線に気付いたシリシュさんは、笑顔を浮かべながら、そっと卓上の焼き菓子を愛の前に差し出す。満面の笑みを浮かべた愛は、遠慮なく焼き菓子をひとつ手に取り、大きな口を開てかぶりつく。
なんだか催促したようで申し訳ない。愛の代わりにシリシュさんにお礼を言いながら、席に着く。
「それでは、お二人のマグカをお預かりさせていただいてもよろしいでしょうか。クエスト報酬のお渡しと、冒険者ポイントの反映をさせていただきます。」
愛と私は自分達のマグカを取り出す。私達の白いマグカを確認したシリシュさんは驚きの表情を浮かべる。
「白等級!?美雪さん達は、白等級…。いわゆる初心者冒険者だったのですか!?」
「お恥ずかしながら…。私達は冒険者になって一週間くらいですので…。何かまずかったですか?白等級じゃ報酬受け取れないとかでしたら、困りますが…。」
「いえ、そのようなことはございませんが、冒険者になって一週間程度の白等級冒険者が、これらの偉業を達成したというのが驚愕でして…。」
「あー、それですか…。私達は転生者なので、普通の人より強いらしいのです。」
「転生者。なるほど、それで…。」
シリシュさんは腕を組んで、うんうんと頷く。この魔法世界マグノキスでは、転生者は能力が高いというのは常識のようだ。
「今回の偉業で冒険者ポイントが多くもらえますので、確実に等級が上がりますよ。青等級はさすがに難しいと思いますが、黒等級冒険者には確実に上がれると思います。」
黒等級。確か一番下の白等級の次の等級。冒険者にとっては、脱初心者といった等級。
「それでは、クエスト報酬のお渡しと冒険者ポイントの反映のため、お二人のマグカをお預かりします。マグカの更新は一階でしか行えないので、申し訳ありませんが、二人のマグカを少しの間お借りします。ピンスさん、よろしくお願いいたします。」
受付の女性は深いお辞儀の後、私達のマグカを受け取り部屋から出て行く。
受付の女性の名前はピンスさんと言うのか、なんて考えながら彼女を見送っていると、シリシュさんの表情が真面目なものに変わる。
「さて、それでは本日お二人をお呼びした本題に入らせていただきますね。」
私達をわざわざこの場に呼んだ本題。クエスト達成への感謝だけではないと薄々感じていたが、やはり何かあったか。
予想はしていたことだが、さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。覚悟を決めて、シリシュさんの言葉を待つ。
「強化種のブラックベア、ジャイアントグラスホッパーの群れを続け様に殲滅した、実力と実績のあるお二人に頼みたいことがあります。」
冒険者ギルドの支部長直々の頼みごと?危険なモンスターの討伐クエストとかかな?ダンジョン挑戦を控えた現状だが、シリシュさんは真剣な表情だし、内容と報酬によっては受けることを視野に入れても良いかもしれない。
一瞬、肯定的にシリシュさんの話を聞こうとしたが、私は首を横に振る。
そんな呑気なことを考えている場合じゃない。このタイミングでシリシュさんが、依頼をしてきた意味を考えるのだ。
現状、私達はマグカを取り上げられている。町中では物騒な弓とナイフは、マグカの中にしまっている。
つまり、私達は無防備。万が一、シリシュさんが武器を片手に、強引に要求を突きつけてきたら私は抵抗することができない。
ゆっくりと愛を見る。今の私にとって、武器が無くても戦える愛が、何かあった時の頼り。この状況に気付いてくれと、祈るような気持ちを込めて愛を見たが、当の本人は焼き菓子に夢中。
まさか、この焼き菓子もそのために…?腹ペコ大食いの愛は、焼き菓子を前にしたら注意力が散漫になる。それを見越して、シリシュさんは卓上に焼き菓子を用意していたのか…。
幾重にも張り巡らされたシリシュさんの罠に、私は静かに警戒度を高める。慌てそうになる気持ちを精一杯抑え、表情に出さないように気を引き締めながらシリシュさんの依頼内容を伺う。
「頼みごととは何でしょう。」
「単刀直入に言いますと、お二人にはこのファストの町の専属冒険者になって欲しいのです。」
柔和な笑みを浮かべるシリシュさん。ひとまず、今すぐに害を加えられることは無さそうだ。
「専属冒険者とは何でしょう?」
「この町に住居を構えていただき、この町を中心として活動いただく冒険者のことです。私達ギルドは今回の騒動への対策として、毎月の契約金をお支払いする代わりに、いざという時にすぐに守ってもらう、専属冒険者という制度を考えたのです。その候補として、今回の騒動を解決したお二人に白羽の矢が立ったのです!」
そういうことか。
シロ君に聞いた話だが、今回の騒動でも、ファストの町から馬車を使って往復一週間程度かかる王都に救援を求めたと言う。町が危険にさらされた状況で、一週間も待つのは酷な話だろう。現に、ファストの町の住人は救援を待つことが出来ずに、荷物をまとめて逃げ出そうとしていた。
町の安全を考えるなら、専属冒険者という護衛を雇うのは良い考えだ。
「お二人の毎月の契約金額はこちらになります。」
机の上に、六枚の金貨が置かれる。
「強敵が町に出現し、討伐いただいた時には、さらに臨時報酬もお支払いいたします。幸い、この町の中にダンジョンも見つかりましたので、この町にいながらでも冒険者稼業を続けることが出来ます!今まで通り、クエストを受けていただいても構いません。お二人にとっても悪い話ではないと思いますが、いかがでしょうか?」
確か金貨は一枚で1000G、日本円で十万円の価値があったような…。この町にいるだけで、一人当たり毎月三十万円。この町を拠点にすれば、ダンジョンに行ったり、クエストを受けたりしても良いとのことなので、充分な暮らしどころか、かなり裕福な暮らしが出来るだろう。
マグカを奪われている現状も踏まえ、冷静に考える。
愛はテーブルに手を伸ばし、次の焼き菓子を食べ始める。私の悩みなど、どこ吹く風。愛のノー天気さが羨ましい。
じっくりと考えた末、シリシュさんの提案へ回答する。
「とても良い提案だとは思いますが、申し訳ございません。お断りさせていただきます。」
裕福な暮らしに正直惹かれるが、深く頭を下げ、シリシュさんの提案を断る。たとえ武器や防具が奪われ、反撃するのが難しい現状でも提案を受け入れるわけにはいかない。
断られるとは思っていなかったのだろう。私の返事にシリシュさんは少し呆気に取られるが、すぐに表情を戻し交渉を続ける。
「すぐに良い返事を聞けるとは思いませんでしたが、まさかすぐに断られてしまうとは。この町のためにも、もう少し考えていただけると幸いなのですが…。」
「申し訳ございません。お時間をいただいても、考えは変わらないと思います。私には達成しなければいけない目標がありますので。」
「達成しなければいけない目標?差し支えなければ、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
「美雪は、魔族ってのとの戦争を止めるんだよ!そのための旅をしなきゃなんだからー!この町にも、すぐにおさらばだよー!」
私がこの異世界で達成しなければいけない目標。
焼き菓子を食べ尽くした愛が言ったとおり、私のこの世界での目標は、魔族との戦争を止めることだ。そのためには、ひとまず魔族の王である魔王に会わなくては始まらない。この町から離れることの出来ない専属冒険者をしていたら達成することは出来ない。
「魔族との戦争を止める…?まさか、魔族ごときのために、この申し入れを断ろうと言うのですか!?」
シリシュさんは椅子から立ち上がり、抗議の声を上げる。今までの落ち着いた表情や声とは異なり、目を見開いた今の表情は、魔族に対しての敵意に満ち溢れている。
この時初めて、転生時にノアが言っていた、戦争を引き起こすほどに強大な、人族の魔族への敵意と嫌悪感を実感することができた。私の返答次第では、殴りかかってきてもおかしくない、怒りに満ち溢れたシリシュさんの表情。
しかし、この敵意に負けるようでは、私の目標は目標のままで終わってしまう。毅然とした態度で、シリシュさんに回答する。
「私は魔族との戦争を止めるための旅をしなければいけません。そのため、この町に留まることは出来ませんが、こう考えてください。」
シリシュさんが、私の言葉に興味を持ってくれたのを感じる。ゆっくりと結論を述べる。
「魔族との戦争が起きた時は、この町も無事では済みません。つまり、私と愛の旅は、将来訪れる魔族との戦争、という大きな脅威からこの町を守ると言い換えても過言ではありません。専属冒険者が未来の脅威に対策する、という目的で立案されたのであれば、私の旅も目的は同じです。そういうわけで、この町を拠点にするという話はお断りさせていただけないでしょうか?」
私の言葉を聞いたシリシュさんは、表情を変えずに両手を組む。
しばしの沈黙の後、ひとつ溜息を吐いたシリシュさんは、ゆっくりと椅子に座る。
「そう言われてしまっては、無理強いは出来ませんね。分かりました。専属冒険者は他の方に依頼することにいたします。」
「すみません。」
「その代わりと言ってはなんですが、魔族との戦争を止めて平和な世界を取り戻した暁には、この町で専属冒険者をお願いします!戦争を止めた勇者がいる町として、大々的にこの町を発展させていただきますので!」
転んでもただでは起きないシリシュさん。その言葉に、私は笑顔で答える。
「はい!その時はお世話になります!」
マグカを取り上げられた現状でも、無事にシリシュさんの提案を断ることが出来た。一安心から、ふーっと息を吐いたところでシリシュさんが、何かに気付いたような表情で話す。
「あ、今気付いたのですが、マグカを取り上げた上で、こういう依頼をしたのは良くなかったですね。脅しと取られてもおかしくない…。失礼いたしました!!」
シリシュさんは、青い顔で頭を下げてくる。
「無意識だったんですか!?断ったら何されるんだろうと、冷や冷やしましたよー。私の緊張を返してくださいよー…。」
「すみません…。」
シリシュさんは深々と頭を下げ、何度も謝ってくる。とても申し訳無さそうな表情に、逆に申し訳なく感じてくる。
「まぁ、たとえ脅しだったとしても、何かしたら即座に私の拳が、どーんだったよー!」
力強く拳を前に突き出す愛。
嘘付け。焼き菓子に夢中だったじゃない。
「すみません…。お詫びになるか分かりませんが、お近づきの印という意味も込めて、こちらをお受け取りください。」
シリシュさんは青色のマグカから、赤い長い布を取り出す。
「こちらは?」
「力のハチマキです。装備すると、防御力だけでなく、物理攻撃力も上がります。」
名:力のハチマキ
分類:頭装備
ランク:2
性能:攻撃+5、防御+3
重量:1
説明:闘魂が詰まったハチマキ。防御力だけでなく、攻撃力も上がる
「え?もらって良いんですか?装備品はそこそこの金額がすると思いますが…。」
防具は装備品屋で100G以上で売り買いされるが、防御力の上昇だけでなく、攻撃にもプラス補正があるなら、更に良い値段がするだろう。そんなものを簡単にくれようと言うのだから、怪しんでしまう。
「構いません!こう見えて昔は冒険者をしておりまして、今でもギルドの仕事の合間にクエストを受けているのですが、こちらは昨日手に入ったドロップアイテムです。私は物理攻撃はてんでダメですので、持っていても仕方がない物です。愛さんなら活用してくれると思いますので、遠慮せずもらってください!」
「そういうことなら、もらっちゃおー!ありがとう!シリシュ!」
シリシュさんから力のハチマキを受け取った愛は、頭に装備する。無理にハチマキを巻いたものだから、髪の毛を巻き込み、見るも無残なぐちゃぐちゃの頭になっている。仕方ないなと、ハチマキを一旦ほどき、丁寧に巻き直してあげる。
頭にハチマキを巻いた愛は、どうだと言わんばかりに胸を張り、私のコメントを待っている。頭に赤い布を巻いただけだが、なんだか愛の表情は引き締まって見える。
「うーん、そうだねー!一言で表現するなら
「失礼します。お待たせしました。美雪さんと愛さんのマグカ更新が完了しました。」
胸を張る愛に感想を告げようとしたところで、受付の女性が戻ってくる。私達のと思われるマグカ二枚を丁寧にお盆に載せている。
「あれ!?私達のマグカ黒くなってるよー!?」
目の前のマグカを、私達のと思われると表現したのは、マグカの色が白から黒に変わっていたためだ。
「今回のクエスト達成により、多くの冒険者ポイントが二人のマグカに付与されました。規定の冒険者ポイントを超えましたので、美雪さんと愛さんは白等級冒険者から黒等級冒険者へ昇格いたしました。おめでとうございます。」
「ありがとうございます。でも、昇級試験等は無いんですか?」
「黒等級への昇級に試験はございません。昇級試験があるのは、銅等級以上となります。神が定めた昇級条件を達成した上で、王都や帝都といった大陸の中心都市で開催される昇級試験で実力が認められなければ、銅等級以上になることは出来ません。」
確か銅等級は、金、銀に続く三番目の等級。
受付の女性に詳しく聞くと、四番目のビリジアン等級までは神が定めた昇級条件を満たせば、冒険者ギルドでのマグカ更新時に自動で昇級する。受付の女性は、何気ない顔でビリジアンと言っていたが、私はまだ馴染めていない。ビリジアンが色と理解するのに、少し時間を要した。
おっと、ビリジアンのことを考えている場合ではない。神が定めた昇級条件という、聞いたことの無い言葉の詳細を聞こう。
「神が定めた昇級条件とは、レベルが一定以上、冒険者ポイントが一定以上、ダンジョンのクリア回数が何回、達成したダンジョンはどれくらいの難しさだったか、といった冒険者が積み重ねてきた経験を総合的に判断して、神が決定めた冒険者の実力の基準のことです。」
首を傾ける愛に、シリシュさんは説明を続ける。
「例えば、美雪さんと愛さんが次に目指す青等級なら、レベル15以上、冒険者ポイントが2000以上、ダンジョンは難易度関係なく1回以上クリアです。冒険者ポイントは、達成したクエストの難易度に応じて入手できるポイントのことですが、今回の場合、二つのクエスト達成でおおよそ1000がお二人に入ります。」
「レベル、冒険者ポイント、ダンジョンの挑戦回数と難易度。なるほど。でも、神が定めた昇級条件があるのに、なぜ昇級試験を別に設けているのですか?」
「それは、パワーレベリングによる昇級条件の達成を防ぐためです。パワーレベリングとは、上級冒険者と一緒に、本来は倒せないモンスターと戦ったり、高難易度ダンジョンに挑むことで、守られながらレベルと経験を積み、神が定めた昇級条件を満たすというものです。私達は、パワーレベリング自体は認めているものの、上級冒険者である銅等級以上に上がるためには、相応の実力が伴っていなければ昇級を認めておりません。」
「それは、なぜでしょう?パワーレベリングを認めているなら、そこも認めて良いのではないですか?」
「そうしなければ、冒険者が目標とする銅以上の等級の価値が下がってしまうからです。冒険者が全員、物語の中の主人公のような実力を持つ銅等級以上を目指していますからね。それが、お金で買えたとなれば興醒めでしょう?」
確かに、自分が目指すものが金を注ぎ込めば簡単に達成できる、だとなんか嫌だ。ある程度の線引きをするのは重要。それが、昇級試験。なるほど、納得。
「その銅等級以上ってやつらは強いんだよねー?だいたい何人くらいいるの?」
強者の匂いを察した愛は、獰猛な笑顔を浮かべながらシリシュさんに質問をする。
愛のあの様子。どうみても見つけ次第、戦いを挑むつもりだ。突然、殴りかからないように気をつけよう。
「おおよその数になりますが、全大陸で銅等級は二百人程度。銀等級は五十人程度、金等級は五人と言われています。もし高等級の冒険者に興味があるようでしたら、王都を尋ねてみてください。」
「王都?そこには、強い人いっぱいいるの?」
「王都には、鉄波のスティーブ、黒剣のエスペルト、祝福のマーシー、銀琴のヤクモ、竹調のササラといった有名な上級冒険者が数多くおります。冒険者だけでなく、磔吸血鬼、塔崩し、氷彫刻家といった、名前を知られていない強者も多くおります。」
なんで全員、二つ名があるのだろう?恥ずかしくないのかな?
愛が、剛拳剛脚のアイ、殺眼のミユキと小さく呟いて頷いているけど、私は気にしないし、その二つ名は認めない。
しかし、鉄波のスティーブ、黒剣のエスペルト、祝福のマーシー、銀琴のヤクモ、竹調のササラか…。
シリシュさんから聞いた、まだ見ぬ強敵の名前を憶えていたところで、シリシュさんは更なる強敵の存在をにおわせる。
「また、高等級で編成された王都直属の騎士団もおります。中でも、銀等級以上の四人を四騎士と呼び、一人は王都で唯一の金等級の実力者です!」
「王都には金等級がいるのか!!美雪、王都に行こう!!」
目をきらきらと輝かせ、居ても立ってもいられないと様子で、愛が私に振り返る。
「そんなに強い人達、私達じゃ勝てないわよ。当初の予定通り、この町のダンジョンに挑んで、いずれ、その人達にも劣らない実力を身につけるための基礎を築きましょう!」
「そうだ、ダンジョン!!美雪、早くダンジョンに行こう!!」
さらに目をきらきらと輝かせ、居ても立ってもいられないと様子で、愛がぐいっと私に近付く。
「ダンジョン挑戦は準備が完了してからね!まずは、ポーションや食料の買出し!その後、勉強会!ダンジョン挑戦は早くても明日!」
「えー!!待ってられない!!今すぐ!!」
駄々をこねる愛をどうにか落ち着かせているところ、シリシュさんが言いづらそうに私達の間に入る。
「お取り込み中、すみません…。買出しで思い出しましたが、クエストの達成報酬の話がまだでした。ブラックベアの討伐報酬1600ゴールドとジャイアントグラスホッパーの群れの討伐報酬3350ゴールドを、パーティの代表である美雪さんのマグカへ追加しました。ご確認ください。」
受付の女性から渡された黒いマグカを確認すると、確かに所持金が増えている。昨日とは比べ物にならない所持金。これなら、ダンジョン挑戦に向けた買出しをしても、多くのゴールドが手元に残るだろう。自然と頬が緩む。
無事に報酬を受け取った私達は、午後に愛が受けるクエストを選択した後、冒険者ギルドを後にする。驚くことに、愛のクエストにシリシュさんが引率することになった。元青等級冒険者のシリシュさんなら実力的に申し分ない。ありがたく提案を受け入れることにする。
色々あったが、冒険者ギルドで無事に報酬金を受け取ることができた。財布事情の大回復に、るんるん気分でファストの町を歩く。ダンジョン挑戦に向けて、諸々の買出しをする店に向かう途中、ふと思い出したことを愛に聞いてみる。
「そういえば、愛は取得するスキル決まった?」
レベル10の壁を超えたことで、5レベルアップするごとに取得可能なスキルが一つ増えている。ジャイアントグラスホッパーの群れとの戦いで忘れていたが、ダンジョンに挑戦する前に取得しておきたい。
「この間、取得した剛拳の脚版があったよねー!私はあれで良いやー!今レベル14だから、すぐに次のスキル取得できるからねー!悩んでる時間がもったいない!」
「スキル剛脚ね。蹴りの威力が上がるスキルだから、愛はそれでオッケーだね!」
私の言葉に、愛は即断即決。マグカを取り出し、あっという間にスキル剛脚を取得した。
取得可能スキルも増えていることだし、本当はもっと取得すべきスキルがあるかもしれないが、もう1レベルアップで次のスキル取得が出来る。今回は本能に従っても良いだろう。
「美雪は何を取得するのー?」
私も愛と同じくレベル14になったため、一つスキルを取得することが出来る。マグカで自分の取得可能スキルを確認する。
眼光威圧
脱兎
火魔法
氷魔法
爆発魔法 New
自動回収 New
HP増強(小) New
MP増強(小) New
四つ取得可能なスキルが増えている。ひとつずつ内容を確認してみよう。
【爆発魔法】
効果:魔法で爆発を起こす。
取得条件:レベル10以上、魔法で爆発を起こす。
【自動回収】
効果:投擲攻撃、パチンコ、弓矢での攻撃によって放たれた物を手元に自動で回収する。
取得条件:投擲攻撃、パチンコ、弓矢での攻撃を百回以上行う。
【HP増強(小)】
効果:HPが5%上昇する。
取得条件:レベル10以上になる。
【MP増強(小)】
効果:MPが5%上昇する。
取得条件:レベル10以上になる。
今回の黄色文字のスキル、つまりレアスキルは爆発魔法のみ。これは、ロケットアローで爆発を起こし、レベル10になったから取得可能になったのだろう。しかし、レベルも取得条件に含まれるのか。低レベルから強力なスキルを使えないように、という制限かな?考えても仕方ないので、気にしないことにする。
「美雪さんは弓で戦うのですよね?それなら、スキル自動回収はいかがでしょう?矢の出費を抑えることが出来ますよ!」
迷っていると、シリシュさんが助言をくれる。
確かに、ロケットアローやテンペストアローといった強力な弓矢攻撃を放つと、矢は遠くへ飛んでいってしまい回収することが出来ない。地味に矢の出費がかかっていたため、このスキルは節約的な意味で、あったら助かるだろう。
神槍投擲という、槍を投げる技も覚えたし…。あの技を使う度に槍を失っていたら破算してしまう。次のスキル取得も近いということで、取得可能スキルの中からスキル自動回収を選択する。
スキルを取得した後は、雑貨屋や装備品屋が立ち並ぶ区画を訪れる。
シリシュさんの助言の下、各種ダンジョンに必要なアイテムを購入する。シリシュさんの助言は、そんな物が役立つのか、とダンジョン初心者の私達にとって目から鱗のありがたいものであった。
その後、ファストの町唯一の古書店へ向かう。退屈が想定される愛は、ちょうど通りかかったダースさんとシリシュさんと一緒にクエストへ向かってもらう。
古書店独特のなんともいえない匂いを感じながら、様々な本を物色する。幸いなことに、古書店の店主は穏やかな方で、立ち読みをしても怒られない。たくさんの本の中から、風魔法を中心に、自分が使えそうな魔道書を数冊購入した。これで、実戦で使える魔法が増えるだろう。
シロ君の家に戻った私は、シロ君主催のダンジョン挑戦に向けた勉強会に臨む。
ファストの町のダンジョンは見つかったばかりのため、どういうモンスターが現れるか、といったダンジョン固有の情報は得ることが出来なかったが、ダンジョンの基礎知識を中心に、多くを学ぶことが出来た。
明日はダンジョンへの挑戦。昨日見た恐ろしい夢に対する不安感が拭えていないが、強くなるためにはダンジョン挑戦は必須。出来る限りの準備をし、ダンジョンへ挑むようにしよう。
決意を固め、明日のダンジョン挑戦に向けて、今日はいつもより早く就寝するのであった。
「残念ながらー、美雪ちゃんの今日はまだ終わって無いよー!ちょっと、ボクの話を聞いてー!」
何も無い真っ白な部屋の中、宙にあぐらをかいたノアが、間延びした声で話しかけてくる。もう何度目だろう、この感じ。間違いなく、夢の中だな。
「どうしたの?明日からのダンジョン挑戦に向けて、今日は早く休みたいんだけど?」
夢の中なのに、なぜかすごく眠たい。目をこすりながら何か言いたげなノアの話を伺う。
「せっかく忠告しに来たのにー、そう無下に扱われると、悲しいものがあるなー。」
「ごめんごめん、それで忠告って何?」
「神からの忠告ー!美雪ちゃんには、明日大きな選択肢が訪れまーす!」
「大きな選択肢?」
「その選択肢を誤ると、美雪ちゃんは死んじゃいまーす!!」
「へ?」
夢から覚める。ノア、言いたいことだけ言って、帰っちゃった…。
突如ノアから告げられた死の宣告。私は選択肢を間違えずに、ダンジョンから生還することが出来るのか。そもそもダンジョンに行くことが、誤った選択肢なのか。
次回、初めてのダンジョン挑戦。乞うご期待。




