断れるときは断りましょう、断れないときは諦めましょう
前回のあらすじ:神は言う。異世界に転生して魔王を倒せと。
「要件は魔王退治ですね、了解しました。ただ、私は魔王退治の経験が無く、お客様の要望を明確にすることが出来ません。実現性の検討を行うための知識も不足している現状です。申し訳ございませんが、今回の案件については縁がなかったということで…。」
混乱のあまり、つい生前の業務口調でお断りの意思表示を伝えてしまう私。
「また敬語に戻ってる~。美雪ちゃんは慌てると敬語になる病気にでもかかってるのー?あと、丁寧に言ってるけど断ってるよねー!断らないでよー!」
予想もしない返答だったのか、頬を膨らましながら私に詰め寄るノア。
「仕方ないじゃない!!やっと自分が死んだことを納得したとこで、「じゃあ異世界に転生して魔王退治してねー」って謎単語だらけのこと言われたら混乱するし、断りたくもなるでしょ!!」
「そっかー。無理強いはできないねー。ごめんねー、変なこと言ってー!」
お、どうやら断るという選択肢もあるらしい。
「申し訳ないけど、異世界とか魔王とかゲームのようなことを突然言われても、ふたつ返事でOKとは言えないよ。大人しく地球で来世って選択肢は無いの?」
「あるよー。来世は地球だと…、タンザニア・バンデッド・オオウデムシだねー。」
お、地球で来世という選択肢もあるらしい!
ただ、後半は聞き慣れない単語だったけど。たんざにあ…?え、なんだって?
「ごめん、ノア。もう一回お願い。」
「タンザニア・バンデッド・オオウデムシ。熱帯地方に分布する節足動物で通称ウデムシ。」
「いや、通称を言われても分からないわよ…。馴染みないし…。」
「日本人には馴染みないかー、ウデムシー。異世界転生を断ってー、地球で転生ってなると、美雪ちゃんはウデムシとして生まれ、ウデムシとして一生を終えることになりまーす。磨り減った魂だとこの辺が限界なんだよねー。」
謎の異世界転生をしないで地球で生まれ変わるという選択肢もあるけど、生まれ変わり先はウデムシという謎の生物。ふむふむ、理解した。
「よく分からない異世界に転生して魔王退治か、地球でよく分からないウデムシに生まれ変わるかの二択ってわけね…。なんで私の来世はよく分からないのしかないのよ…。」
ウデムシってことは虫かしら?ノアは節足動物って言ってたからクモの仲間かな?
だめだ、情報が足りない。
「じゃあ美雪ちゃんの疑問に答えるために、タンザニア・バンデッド・オオウデムシの映像を見せてあげるー。ちょっと待っててー。」
そう言ってノアは妹のメッセージを伝えていた薄型テレビの映像を切り替える。
「映像あるのね、それじゃ来世の選択のためにしっかり見な…きゃーーーーーーーーーーーーー!!止めて、映像止めて!!無理!!気持ち悪い!止めて!!映像止めて!!いやーーーーーーー!!気持ち悪いーーーー!!」
そこには、クモとサソリを足したような名状しがたい生物が蠢いていた。
こんな生物がこの世に存在するなんて…。え、異世界に転生しなかったら私ウデムシになるの…?
「すみませんでした、ノア様。私を異世界に転生させてください。」
ウデムシになった来世という最悪の想像が頭をよぎった時、自然と私は土下座をしていた。
無理、ウデムシは無理。生理的に無理。耐えられない。
たとえ記憶がなくなったとしても、あれに生まれ変わると考えるだけでノンストップ鳥肌。
地球に生まれ変わるという選択肢は消えました。
「そんな畏まらないでよー!でも、やったー!美雪ちゃんがやっと異世界に転生してくれるー!」
無邪気に喜ぶノアの声を聞きながら土下座から姿勢を正しベッドに座りなおす私。
この部屋での私の居場所はすっかりベッドに落ち着いてしまった。
「ウデムシになるくらいなら、異世界に転生するわよ…。まったく、おそろしい脅しね…。」
相手に選択を迫る際に、代替案としてあえて悪い選択肢を用意することで自分が本当に選ばせたい選択肢を選ぶよう仕向ける。
複数の選択肢があるようにみせて実際は一択しかない。
交渉の常套手段だけど、それを無意識に使ってくるとは…。
ノア、間延びした話し方に無邪気な雰囲気だけど、神だけあって侮ってはいけない。
「でも、地球の人達って異世界転生ならすぐにオッケーすると思ってたけど、美雪ちゃんは時間かかったねー。」
「自分の来世を決める大切な選択よ。簡単にオッケーって言わないでしょ。」
「そうなのー?」
ノアが心底分からないといった感じで首を斜めに傾ける。
子供みたいな見た目でやるもんだから少し可愛いって思ってしまった。
「そうなの!!よく分からない異世界に転生して、見たことも聞いたこともない魔王ってのを退治しろって言われて、オッケー行ってくるー!ってならないでしょ!常識的に!」
「でも、美雪ちゃんの前の転生者は「異世界ってことは色々な種族の美人がいるのかい?いる?良いね~!それじゃどうやったら転生できるんだい?」って1分くらいでオッケーしてたよ~。」
「そいつはアホか重度の女好きよー!!普通の人はそんな簡単に理解しないの!!」
「そうかなー?良い笑顔で「運命の人が異世界で待ってる!」って親指立てながら異世界に旅立ってたよー?」
「あー、うん。そいつは重度の女好き確定ね…。」
どうやら女好きの先輩転生者のせいで、ノアは一言で異世界転生を納得してもらえると思ったらしい。異世界でハーレムでも作るつもりなの?
名前も知らない先輩転生者、許すまじ。
「普通の人はそうなのかー。それじゃー異世界と魔王について説明するねー。」
転生者には説明が必要ってことをノアは納得してくれたようだ。
異世界での魔王退治について説明してくれるようだし、ちゃんと聞こう!
「異世界ってのは、魔法世界マグノキスって呼び名で、地球で悲惨な死に方をして磨り減った魂を救済するためにボクが作った世界だよー!転生者が俺つえーをするために、ほとんどの人は普通のマグノキス人が住んでるよー!そのマグノキスで転生者はダンジョン攻略っていう目標と攻略後の美味しいご飯で充実した異世界ライフをしてもらう予定だったんだけど、魔王っていう魔族の王がその他の人族・亜人族と戦争を始めちゃってさー。やれ侵攻だー、やれ防衛だーでダンジョンそっちのけー。だから魔王を退治して欲しいってわけ!」
要約すると、魔法世界マグノキスのダンジョンを使ってほしいから、戦争を止めるために魔王を倒して欲しい、って感じかな?
うん、全然分からない。
ダンジョンは日本語で城の地下牢って意味だけど、何で転生者はそんなとこ攻略するの?
誰か助け出して欲しい人でもいるの?そんなに多くの人が捕らえられてるの、異世界って?
ダンジョンを私とは別の意味で使ってる可能性が高いわね。
新しい分からない単語が増えて、ノアの説明は間が飛び飛び、肝心の魔王の情報は魔族の王って情報が増えただけ。
肝心のノアはどうボクの完璧な説明!って顔してるし困ったもんだ。
思い出すなー。
業務を効率化したいからシステムを作ってほしいと言われたけど、お客様の使う専門的な業務用語が分からなく、システム化範囲が曖昧で費用対効果も不明なあの案件。
あの時は何度もお客様にヒアリングして要件を詳細化し、システム開発に臨んだっけなぁ。懐かしい。
って生前のことを懐かしんでる場合ではない!異世界に転生することを決めたんだから、真面目に考えなきゃ!
ん?
今回の件も同じ要領でいけるんじゃない?
ノアをお客様としてヒアリングを行い、あの時と同じように要件を詳細にすれば良いんじゃない?
異世界がどんなところか。
魔法とは何か。どんなことが出来るか。
魔王がどのくらいの強さか。
ノアから情報を引き出し、疑問点をひとつひとつ明確化すれば、魔王を倒せるかどうかの実現性検討もできそう!
SE(システムエンジニア)という生前の私の領分に持ち込めば、異世界で魔王退治っていう不思議案件も理解できるかもしれない!よし、そうしよう!
ウデムシになりたくない一心から前向きにこの案件に取り組むことを決める。
「ねぇ、ノア。これからいくつか質問するし、たまに業務口調になっちゃうかもだけど良いかな?」
「質問?どんどん聞いてー!業務口調はさっきの敬語だよねー?なんでか分からないけど、良いよー!」
なんでか分からないけど良いんだ…。
私もこの位おおらかだったらこんなに悩まないのかな?
まぁ、今回はノアのおおらかに感謝していろいろ聞いちゃおう!
「ノアが私に頼みたいことって魔王退治で良いのよね?」
「何度も言ってるじゃーん。そうだよー、魔王退治ー!」
「要件は魔王退治ですね、了解しました。それでは、要件の詳細化から始めましょう。」
ということで始めましょう、要件定義!魔王退治は要件定義から!