強敵との一騎打ち
前回のあらすじ:愛のレベル10の壁はブラックベアではないかと推測し準備を整える。そんな中、シロ君の冒険者仲間であるダースさんが一人でブラックべアに戦いに行ってしまった!さすがに一人では危険と、私達は助太刀に向かう!
「ひとまず走りだしたけど、どこに向かうのー?」
私の前を走っていた愛が、スピードを緩めながら確認してくる。
「ダースさんの目的はブラックベアだから、私達もブラックベアに向かうよ!同じ目的に向かえば、いずれ会えるでしょ?」
「そうだけど、どうやってブラックベアに向かうの?」
「お尋ね者クエストを受領すると、マグカに位置が表示されるの!ギルドでブラックベアのお尋ね者クエストを受領したから、私のマグカにブラックベアの位置が表示されるわ!」
「マグカ便利だね!それじゃあ美雪、方向の指示をよろしくー!!」
ダースさんを助けるため、私達はファストの町から始まりの草原を目指して走る。スタミナのステータスのおかげか、長く走っても疲れが少ない。スタミナ回復のために休憩を挟みながら、ブラックベアへ全速力で向かう。
残り3分の1というところで夕方が訪れるが、ダースさんはまだ見つからない。
「愛、急ぐ気持ちは分かるけど、こう暗くなってはダースさんを探すことが出来ない!!近くのセーフティストーンを探して野営しましょう!!」
「でも、急がないとダースさんが黒熊に倒されちゃうよ!!」
先を急ごうと走り続ける愛の肩を掴む。
「転生者特典で普通より高いステータスを持つ私達が全力で走っても、まだブラックベアがいた付近には来れてない!ダースさんがクエストを受注したのも私達の少し前!つまり、ダースさんもまだブラックベアに出会えてない!!ここは冷静に野営をして、明るくなった早朝から探すべきよ!!」
愛は焦った表情をしながらも足を止める。私の言葉が届いたようだ。
「分かった。セーフティストーン探して、野営しよう。」
周囲を見回す。薄暗くなってきた中に、薄っすらと光る石を見つける。
「シロ君に聞いていたとおりね。これがセーフティストーンよ!」
セーフティストーンの特徴をシロ君から聞いていたため、難なく目的の物を見つけることが出来た。
近くには石で作られたかまどがあり、今までもたくさんの冒険者が野営地として使っていたことが伺える。ありがたく使わせてもらうことにする。
かまどに薪をくべ、温度操作魔法で火をつける。ゴルド商店で購入したばかりの鍋を使い、保存食を使った簡単なスープを作る。
スープをすすりながら、簡単に明日の方針を確認していると、急に愛が食器を置く。いつもすごい勢いで食事をする愛が、食器を置くなんて…。スープいまいちだったかな?
不安に感じながら愛を確認すると、そわそわしながら、あーとか、うーとか呟いている。何か話したいことがあるっぽい?スープが不評だったわけではないと一安心しつつも、普段と違う愛の様子が気になる。私も食器を置き、聞いてみることにする。
「愛、なにか話したいことあるの?」
「ん!?あー、あははー、美雪は何でもお見通しだねー。」
「そりゃあ、そんなにそわそわしていたら誰でも気付くわよ。」
愛は姿勢を正して、真剣な瞳で私を真っ直ぐ見つめてくる。これは重要な話だなと、私も真剣に聞く体勢を整える。
「ねぇ、美雪。黒熊との戦いだけどさ。ひとつお願いがあるの。」
「お願い。なに?」
「ダースさんを無事に助け出せたらだけど…。私、黒熊と一人で戦いたい。」
「一人で?」
内容が内容だったため、私の目つきが鋭くなったが、愛は怯むことなく話を続ける。
「私、転生して初めて黒熊に会った時、求めてた強敵だって嬉しかったんだよね。思わず喧嘩を売ったんだけど、あの時は全然歯が立たなくて…。逃げることしか出来なかったんだけど、それが今でも悔しくて悔しくて…。その悔しい気持ちを吹き飛ばすには、美雪の助けを借りて黒熊を倒したらダメだと思うの!!」
「それで、ブラックベアと一人で戦いたいから、私は手を出すなと?」
「うん。美雪にはごめんだけど、お願い!!」
「そんな危険なこと、私が許すと思う?」
愛の両手を合わせての懇願に、私は鋭い目つきで冷徹に答える。
愛がびくりと体を震わせたが、優しい言葉をかける気はない。大切な仲間をみすみす危険にさらしたくないから。
「美雪は反対すると思ってた。でも、今回は一人で倒さないと、あの時の悔しい思いが心の奥で残っちゃうと思う!悔しい思いが残っていたら、レベル10の壁を越えられない!だから、お願い!今回は手を出さないで!」
「私に仲間が傷ついていくのを黙って見てろと?下手すると愛の命を失ってしまうのに?」
「それでもだよ!!この世界に来てから私は美雪に甘えっぱなしの助けられっぱなし!!黒い狼の時も、大きな蛇の時も、美雪の助けが無かったら勝てなかった!」
「助けじゃない、支え合ってるの。愛が私に助けられてるのと同じように、私も愛に助けられてる。だから愛に無理はしてほしくない。一人で戦ってほしくない。今回も支えたいし、これからも支え合っていきたいから。」
「私も美雪を胸張って支えるようになりたい!!だから、私は強くならなきゃいけない!!より美雪の助けになれるように!!黒熊を一人で倒せるくらい、強くなりたい!!だから、黒熊との一騎打ち!!」
愛は言葉強めに思いを吐き出した後、真剣な眼差しで私をまっすぐ見る。私は無言で、その眼差しに応える。
長い沈黙が続いた後、私はため息を吐く。
「負けた、根負け。分かった、分かった。愛の考えに乗って、今回は私は手を出さない。」
「美雪!ありがとう!!」
喜んで抱きつこうとする愛を押さえる。
「でも、危なくなったら問答無用で介入するし、一番良いポーションぶっかけるからね!大事な仲間を失いたくないんだから!」
「そうならないように、全力を尽くすよ!!」
愛は力こぶを作り、力強さをアピールする。
ブラックベアという今までで一番の強敵。愛が一人で戦うことに、不安も大きいし危険な賭けに出ることは百も承知だが、仲間の言葉を信じることは大事だろう。私は渋々、愛のブラックベアとの一騎打ちを承認する。
食事を済ませた私達は、早めに就寝する。明日、全力の力を出せるよう見張りを立てず、セーフティストーンの力を信じて二人揃って眠りにつく。
翌日は日が昇り始めると同時に、ブラックベアに向けて歩を進める。出合った後にブラックベアと戦うことを考え、スタミナを温存しながらも可能な限り急ぐ。
数時間ほど歩いたところで、草原の中に赤黒い塊を見つける。もしやと思い全速力で駆け寄ると、赤黒い塊は血だらけのダースさんだった。ひどい怪我を負っていたが、光の粒になってないから、まだ生きている。
私はマグカからポーションを取り出し、ダースさんにふりかける。ダースさんの体を赤い光が包む。ダースさんはゲホゲホと咳をした後、私達に気付く。
「ぐっ…!すまねぇ。ブラックベアに単騎で戦いを挑んだんだが、この様だ…。だが、ダメージは少なからず与えた…。悔しいが…、トドメをさしてくれ!!」
ダースさんは震える手を持ち上げ、一点を指差す。
指差した先には、ブラックベアが血まみれになりながらも、鋭い牙を剥き出しにし私達を睨んでいた。私がロケットアローで与えた右目の傷もある。あの時のブラックベアで間違いない。
たった一人でブラックベアと戦い、あそこまでのダメージを与えたダースさんの実力に驚いたが、それ以上に、大きなダメージを負い息も絶え絶えになりながらも戦意を失わないブラックベアに戦慄を覚える。
しかし、あのダメージ量なら、苦労せず倒してレベル10の壁を越えることが出来るだろう。愛にとって、一番良い状況が計らずも出来たことに心の中でガッツポーズをする。
血まみれのブラックベアを見ながら、愛は獰猛に笑う。
「そんな傷でも戦意を衰えさせない気概、さすが私が見込んだ強敵だね!お前に出会えたこと、嬉しいよ!」
鋭い牙をむき出しにし威嚇をしてくるブラックベアに、愛は笑顔で近付いていく。早速、戦いが始まるのかと思ったが、違った。
愛は手に持っていた高品質ポーションをブラックベアにふりかけた。ブラックベアの傷がみるみる内に塞がる。
「このポーションは、そんな力強さへの餞別だよ!」
右目の傷すら塞がり、先ほどまで息も絶え絶えだったブラックベアは万全の状態を取り戻す。私達へ威嚇するかのように牙を剥き出しにし、鋭い爪を携えた腕を振り回す。
目の前で何が起きたのか、少しの間理解できなかったが、正気を取り戻した私は、声を荒げる。
「こらーっ!!何やってるのー!!せっかくダースさんが与えたダメージ、高品質ポーションで回復しちゃダメでしょー!!!」
ボロボロになりながらもブラックベアに大ダメージを与えた当の本人であるダースさんも目の前の光景を呆然と眺めている。開いた口が塞がらないといった表情だ。
愛は私がなぜ抗議してるか分からないといったキョトンとした表情をしている。首を傾げながら答える。
「これは私とブラックベアの正々堂々の一騎打ちだよ?同じ条件、状態じゃないとフェアじゃないよね?だからお互い万全な状態に回復だよ!」
理解は出来ないが、愛なりの考えがあってのポーション使用だった。自ら不利な状況を作ったわけだが、レベル10の壁を越えるために必要なことだと無理矢理に納得する。
「さぁ、一騎打ちの舞台は整った!お互いの武を、お互いの剛を、どちらかが力尽きるまでぶつけ合おう!!」
「ぐがぁあああああ!!!」
右腕を前に出し戦闘姿勢を取りながらの愛の口上に、ブラックベアも両腕を広げ、牙を剥き出しにしながらの咆哮で答える。両者からオーラのような物が浮かんでいるように見える。
「そうこなくっちゃ、私が強敵と見込んだ相手じゃないね!」
ブラックベアの怯まない様子に、愛は獰猛な笑顔を浮かべる。オーラも強くなった気がする。愛の気迫に押されたのか、ブラックベアはぐるるると喉を鳴らしながら牙を剥くだけで動かない。
「警戒してるのかな?それじゃ、遠慮なく先手はもらうよ!鬼火流剛術 参の型!!竜胆!!」
鋭い蹴りがブラックベアに向けて疾風の如く放たれる。
蹴りに足装備の重量が加わり、重い衝撃音が響く。
ブラックベアは咄嗟に体をひねり左肩で蹴りを受け、続け様に右腕で反撃を繰り出す。
蹴りを放った体勢の愛は、ブラックベアの攻撃を避けることが出来ない。
ブラックベアの腕にウィンドナックルを添わせ、なんとか攻撃を逸らす。
更に攻撃を逸らした反動そのままに両手を地面につき、後跳びでブラックベアから距離を取る。
「うーん、さすがに一発KOは無理だね!初撃は引き分けって感じかな!」
距離を取った愛はブラックベアから視線を外さずに笑う。
ブラックベアは左肩にくらった蹴りの影響か、右肩より左肩が下がっている。左手を地面につけて歩いていることを考えると、脱臼まではダメージを与えられていないが筋肉へダメージは与えられたようだ。
しかし、愛のダメージも少なくない。
ブラックベアの攻撃を逸らしきれなかったのか左腕に切り傷を負っている。流れる血の少なさから、深い傷ではなさそうだが、見ていて痛々しい。
「それじゃ、続きといきましょー!」
愛は獰猛に笑い、ブラックベアに突撃する。先ほどまでの大振りな攻撃ではなく、隙の少ない連撃でブラックベアの攻撃を弾きながら相手の隙を狙う。ブラックベアもカウンターを恐れてか、小さく腕を振り回すといった牽制しか出来ない。
「美雪さん、俺はもう大丈夫だ。嬢ちゃんの助けに行ってやってくれ。」
「え、嫌ですよ。」
「え、嫌って…?え?あ、あぁ、俺のことを気にしてるなら、本当に大丈夫だから助けに行ってくれ!!」
ダースさんは呆気に取られた顔をした後、上半身を起こしながら、強めの口調で私に愛の援護に回るよう言う。しかし、私は動かない。
「愛に頼まれてるんです。レベル10の壁を越えるために、一騎打ちさせてくれって。だから私は加勢しません!」
「レベル10の壁を越えるために、一騎打ち!?つまり、嬢ちゃんは一桁レベルで一人で戦ってるのか!?無茶だ!!あのブラックベアはスキル持ちの特殊個体だぞ!!」
「強いのは百も承知です。でも愛なら倒せると私は信じてます。いざという時は助太刀しますので、ダースさんも大人しく見守っててくださいね。」
言葉を失ったダースさんから、愛たちの戦いに視線を戻す。
ブラックベアは二足で立ち上がり、大きな体で愛に威嚇する。
愛は威嚇に負けじとローキックでブラックベアの足に少しずつダメージを与える。
ブラックベアは鋭い爪で何度も攻撃を繰り出すが、愛はウィンドナックルで弾く。
ローキックによって、ブラックベアに少しずつダメージを与えられているが、愛も攻撃全てを捌けきれず、少しずつ傷を負う。
お互いカウンターを警戒し、隙の多い大技は繰り出せず消耗戦が続いている。
しかし、足装備の重量により蹴りの威力が増す愛の方が、ブラックベアより少し分が良さそうだ。このまま続けていけば、先にブラックベアの方が倒れるだろう。
しかし、愛は距離を取る。ブラックベアも追撃することなく、その場に留まる。お互いの距離が開く。
愛は額の汗を拭いながら、息を整え目の前の相手に話しかける。
「こうチマチマ消耗戦っていうのも、私達の戦いの決着としては相応しくないよね!私はこれから決死で必殺の大技を繰り出すから、お前もそのつもりで大技を繰り出してこい!!」
「ぐがぁぁぁあああ!!!」
愛の言葉にブラックベアが咆哮で応える。
ダメージを感じさせない力強いブラックベアの咆哮に、愛はニヤリと笑った後、あっという間に距離を詰める。
「連撃いくよー!!」
愛は右腕を大きく引き、力を溜める。
そんな隙だらけの愛に、ブラックベアは右腕を振り下ろす。
それでも愛は力を溜めるのをやめず、ブラックベアの攻撃を頭で受ける。
鋭い爪が愛の頭を捉え、地面に血が数滴飛ぶ。
しかし、頭に攻撃を受けても、愛の体勢は変わらない。
極限まで力を圧縮し、技名を叫ぶ。
「鬼火流剛術 壱の型 春草七連撃!!これより開幕!!」
力強く愛は春草七連撃という技名を叫ぶ。
「芹!!」
眼光鋭く溜めた力を爆発し、連撃の一打目、右の正拳突きをブラックベアの胸に放つ。
「薺!!」
正拳突きを放った右腕を折りたたみ、連撃の二打目、肘打ちを放つ。
「御形!!」
肘打ちの状態からブラックベアの鼻っ柱へ腕を振り上げ、連撃の三打目、裏拳を放つ。
「繁縷!!」
肘打ちにより頭が持ち上げられ、がら空きになったブラックベアの右の脇腹に、連撃の四打目、左のレバーブローが突き刺さる。
「菘!!」
強烈な肝臓への攻撃に、堪らずくの字に折れ曲がったブラックベアのあごをかち上げるように、連撃の五打目、上段蹴りを放つ。
「蘿蔔!!」
上段蹴りで上がった足で地面を強く踏み込み、再びがら空きになったブラックベアの腹に向けて、連撃の六打目、両手での鉤突きを放つ。
「終打 仏の座!!」
ブラックベアの頭に向けて、連撃の最後の一打、後回し蹴りを放つ。強烈な打撃音が響き、ブラックベアが吹き飛ぶ。
「これにて鬼火流連撃 春草七連撃、終幕。」
頭から血を流しながらも、ふーっと息を吐く愛。その姿はまさに空手の残心。
吹き飛んだブラックベアは立ち上がらない。頭の傷の回復のため、ポーション片手に愛に駆け寄ろうとしたところ、嫌な気配を感じる。
嫌な気配の出処に視線を移すと、ブラックベアが私達を睨んでいた。愛の連撃のダメージにより、口から血を吐き出しながらも眼光が緩むことは無い。ブラックベアの目には、まだ力が宿っている。
「ぐがぁぁぁあああ!!!」
今までで一番の咆哮をあげたブラックベアの体から赤いオーラが放たれる。周囲の空気を歪ませながらブラックベアが体を縮める。何故か嫌な気がする。
「あの連撃でも立ち上がるか!それでこそ、私が強敵と見込んだ相手!!」
愛は頭から流れる血を手で拭い、ブラックベアに向けて攻撃の姿勢を取る。
「美雪さん!ブラックベアがスキル背水を使った!!背水はHPが少ないほど、ステータスが上がるスキル!!ここからは流石に危険だ!!嬢ちゃんに加勢してくれ!!」
ダースさんの警戒の言葉もどこ吹く風、愛は嬉しそうに獰猛に笑う。まだ加勢する気はないが、念のため愛に確認する。
「愛、相手のステータスが大きく上がったみたいだから確認するけど、加勢は必要かい?」
「冗談言わないでよ!まだまだ私は戦えるよ!」
「そういうわけだから、ダースさんも加勢しないでくださいよ?本当に危なくなったら私が加勢するので、我慢してください。」
「いや、危険だ!!美雪さんがダメなら俺が加勢する!!」
「我慢してください。」
「あ、はい。」
震える体でなんとか立ち上がり加勢しようとするダースさんを笑顔で制し、愛の戦いに視線を戻す。
愛とブラックベアは睨み合っていたが、オーラを纏ったブラックベアが体を丸めたまま、肩から愛に向かってタックルを繰り出す。スキル背水の効果か、先ほどまでの動きとは比べ物にならないスピードでブラックベアの巨漢が愛に迫る。
「やば、思ってたより速い!!」
ブラックベアの速さに、愛は反撃の体勢を取ることが出来ず、両腕を組んでガードを固める。
しかし、スキル背水による加速と重量がのったブラックベアの一撃を防ぎきることが出来ず、愛は吹き飛ばされる。
吹き飛んだ愛も大ダメージだが、吹き飛ばしたブラックベアも蓄積ダメージのせいか追撃することが出来ない。
私は握っていた弓に力をこめながら愛に確認する。
「愛、もう限界?」
大きなダメージのせいか、愛は倒れたままで返事がない。私は言葉を続ける。
「愛さーん、反応が無いなら加勢しちゃうけど良いんですかー?」
確認するように言葉を延ばすが返事がない。
「愛、強くなるんじゃなかったの?昨日言ってたあなたの覚悟はこの程度?」
真剣な表情で問いかけても愛は動かない。
「愛、聞こえてるでしょ!!答えなさい!!」
愛の指がぴくりと動く。小さいながらも反応をした愛に向けて言葉を続ける。
「なんのための一騎打ちだったの!?一人で打ち倒してレベル10の壁を越えるんじゃなかったの!!強くなるって決意は嘘だったの!!答えなさい!!」
愛の手が地面を掴もうと動く。もう一押し。
「愛!!いつまで寝てるの!!早く立ち上がりなさい!!立ち上がらないと本当に私も加勢するよ!!」
私は大声で愛の戦意を確認する。これで返答が無かった場合は加勢できるよう、弓に矢を番える。
「待って…。まだ私は戦えるよ…。」
愛は体を震わせながら立ち上がる。
「まったく、早く立ち上がりなさいよ。」
「ははは…、美雪は容赦ないね…。」
「余裕ぶってるから、そんな手痛いダメージを受けるのよ。油断せず早く勝っちゃいなさい。」
「ははは…、私なら勝てるって信じてくれてるんだね…。」
「当然でしょ。仲間なんだから。」
愛の勝利を疑わない私の言葉に、愛は笑みを浮かべる。
「じゃあ、私はその期待に応えなきゃだね…!!」
フラフラになりながらも、ブラックベアを睨み、拳を構える。
愛もブラックベアも互いに満身創痍。それでも、両者の目から戦意が消えることは無い。愛は獰猛に笑いながらブラックベアに声をかける。
「さっきのはお前の渾身の一撃だよね…?渾身には、渾身で応えないと…。見せるよ、私の渾身…!!」
「ぐがぁぁぁあああ!!!」
愛の言葉にブラックベアは咆哮で応える。
愛は満足そうに静かに頷き、構えていた拳を腰の横に持っていく。集中しているのか、周囲に静けさが訪れる。
「私の中の眠れる鬼の力、解放の時が来た。豪気のうねりと共に、目覚めよ。」
魔法の詠唱に似た言葉を、普段見ない真剣な顔で愛が呟く。少しの静寂の後、愛はふーっと息を吐く。
「鬼火流剛術 終の型!!」
力強い言葉と共に、愛の体からオーラが溢れ出る。放たれるあまりの威圧感に、仲間だと分かっていても思わず一歩後ずさる。
「これから放つ攻撃にお前が耐えられればお前の勝ち!耐えられなければ私の勝ち!正真正銘の最後の攻撃!!受けてみろ!!」
愛はオーラをまとったままブラックベアに接近する。ブラックベアは立ち上がり、全身で威嚇をする。
「咲き誇るは拳撃による花!!百花繚乱に百花繚乱を重ね、万を超える花が咲き乱れる!!奥義!!満開万花!!」
拳、蹴りによる目にも留まらぬ連撃がブラックベアを襲う。ブラックベアはなんとか攻撃を防いでいたが、あまりの攻撃量に腕が下がり、立っているので精一杯になる。
しかし、愛は止まらない。何度も何度も拳と蹴りがブラックベアの体を打ち抜く。
しかし、ブラックベアも倒れない。何度打ち抜かれても、牙を剥き出しにし愛を睨む。
「うぉぉぉぉおおおおお!!!」
「ぐがぁぁぁあああああ!!!」
愛とブラックベアの咆哮と鈍い打撃音が周囲に響く。
私とダースさんは言葉を失い、永遠とも思える乱打を見守る。
愛のスタミナが尽きるのが先か、ブラックベアが倒れるのが先か。
前者になることを願っていた私の目の前で、愛が膝から崩れ落ちる。
両腕は下がり、牙の隙間から血が滲んでいるが、ブラックベアは立ったまま愛を睨んでいる。
ブラックベアは愛の猛攻に耐え切ったのだ。
矢を弓に番えた私の耳に、小さいながらも愛の声が聞こえる。
「私の奥義…、最後まで倒れなかった敵は…、お前が初めてだ…。」
愛の言葉に、ブラックベアの頬が上がる。心なしかブラックベアが笑ったかのように見えた。
「でも、今回は私の勝ちだ…!!」
ブラックベアの体が光りの粒になって消える。
愛の猛攻で溜まったダメージが、ついにブラックベアのHPを削りきったのだ。HPが尽きるまで倒れないブラックベアに、モンスターながらも敬意を抱く。
ブラックベアの光の粒が全て天に昇るのを見送った後、傷だらけの愛に駆け寄り、上質ポーションを振りかける。愛の体が赤い光に包まれ、体中の傷が塞がっていく。しかし、愛は起きない。私は倒れている愛の上半身を抱きかかえて起こす。
「おい、嬢ちゃんは無事か!?」
大剣を杖代わりに立ち上がったダースさんが声をかけてくる。
「大丈夫、寝てるだけ。ほんとに渾身の力を使い切っちゃったみたい。」
愛は安らかな笑みを浮かべたまま、すぅすぅと寝息を立てている。強敵を倒せたことよりも、愛が無事だったことに安堵する。
「完全にスタミナ切れだな。しかし、俺でも倒せなかったブラックベアを、ポーション無しで一人で討ち取っちまうとは…。本当に恐ろしい嬢ちゃん達だぜ…。」
「達?なんで私も入ってるんですか?」
ブラックベアを一人で討ち取った愛が恐ろしいのは私も同感だが、なぜ私も含めたのか?
「ひぃ…!!すまねぇ!!えっと、言い間違い!!言い間違いだ!!」
必死になって謝るダースさんに疑問を覚えながら、私も謝らなければいけなかったことを思い出す。
「ごめんなさい、お弟子さんの復讐相手を奪ってしまって…。」
弟子がブラックベアに討ち取られたことに激昂し、一人で討伐に向かったダースさん。結果的に、そんなダースさんから仇を奪ったことを謝罪する。
しかし、ダースさんは手を伸ばし、私の言葉を遮る。
「モンスターは誰のものでも無いんだから気にするな!本音言うと、自分の手で敵討ちしたかったが、俺は負けたんだから文句言う資格ねぇよ!」
ダースさんは少し寂しい顔をした後、言葉を続ける。
「それに、俺たちは冒険者だぜ!冒険者が討ち取られたのを同じ冒険者が敵討ちしたんだ!天国に行っちまったノリスも喜んでるさ!」
ダースさんは笑顔を浮かべる。
「だから、気にするな!今は勝利を噛み締めようぜ!」
本当に気にしていない様子のダースさんに思わず笑みがこぼれる。しかし、これからのことを考えて、すぐに表情が引き締まる。
「でも、あまりうかうかしている暇は無いですよ。」
「ん?なんで?」
「愛は当分起きないでしょうから私が背負います。そうすると、両手が塞がります。ダースさんはポーションで回復したとはいえフラフラです。いくら初級冒険者向けの始まりの草原といっても、今の私達だとファストの町に戻るのも精一杯です!さぁ、どうしましょう?」
「確かに…。これはピンチだな。」
私達の現状を冷静に把握した後、学生の頃に散々先生が言っていた言葉を思い出す。
帰るまでが遠足です。




