レベル10の壁
前回のあらすじ:クエストクリアのための準備が整いました。
「シロ君、質問良いかな?」
無事にクエストを完了し、町に戻るまでの帰り道、ずっと気になっていたことをシロ君に聞いてみることにした。
「質問ですか?何でしょう?」
クエスト達成の高揚感からかシロ君は少々ふわふわした声色で私の質問に応じてくれた。
「私、風魔法が使えるはずなんだけど、念じてもびゅーっと風が吹くだけなのよね。シロ君みたいな攻撃魔法にならないの。なんでかな?」
「おそらくですが、美雪さんは魔法発動前の詠唱を知らないからだと思います。詠唱は魔法発動前に唱える言葉のことで、基本属性魔法は詠唱を必須とします。」
「詠唱?それって、シロ君が石飛ばしたりする時に唱える呪文みたいなやつー?」
愛が握り拳を前に突き出しながら答える。どうやら拳でロックブラストを表現しているようだ。
「そうです。魔法は精霊が人から魔力をもらって現象を歪めることで魔法を発動している、とクエスト中にお伝えしましたが、詠唱を通して精霊に語りかけ、魔法の発動を実現しているのです。」
「つまり、どういうこと?」
愛が小首を傾げているので、助け舟を出しつつシロ君に私の理解度を確認する。
「つまり、精霊に私の魔力をやるから魔法を発動して頂戴ってお願いするのが詠唱ってところかな?」
「そんなところですね!威力が半減する代わりに詠唱を省略できる詠唱破棄もありますが、初回の魔法を覚える際には必ず詠唱が必要となります。レア魔法や生活魔法といった特別な魔法は、詠唱不要だったりしますが。」
「ふむふむ。それだと、私も詠唱部分を覚えれば魔法を使えるようになるのね!シロ君、風魔法の詠唱を知ってたりしないかな?」
「風魔法は専門でないので、ひとつしか覚えていないですがお伝えします!」
使わない魔法の詠唱を覚えているなんて…。さすがの博識シロ君である。私はシロ君から基本的な風魔法であるウィンドシュートの詠唱について教わる。目の前にちょうどいい大きさの木があったため、早速教わったばかりの魔法を試してみる。
「ちなみに、少し言葉を加えるとかアレンジしても良いの?」
「基本詠唱にオリジナル詠唱を追加して魔法の威力を上げるのは、上級冒険者がよく使う手法ですよ。あんまり変なこと言うと、精霊の機嫌を損ねてしまい、魔法が失敗したり魔力暴走を起こすので注意です。」
「了解!じゃあ私の初めての風魔法をとくと見ていてねー!」
私はスーツの袖をまくり気合を入れる。
「よし、じゃあ私の風魔法の一発目いってみよー!」
「美雪ー!がんばれー!」
愛の応援を背に、私は魔法の詠唱準備に取り掛かる。風魔法の基礎だけあって、ウィンドシュートの詠唱は短い。噛まない様に、頬を両手でムニムニし口をほぐす。一息ついて魔法の詠唱を始める。
「風の精霊よ、逆巻く風を圧縮し我が敵を吹き飛ばせ。」
ここまでは基本的な詠唱。この後にウィンドシュートと発声すれば魔法が発動する。
「我が初めての風魔法。魔力を糧に盛大に魔法を発動せよ!!」
初めての魔法発動だから、どうせなら盛大な方が良いかなとアレンジを追加してみた。魔力が高まっていくのを感じるが、暴走するほどではない。
「ウィンドシュート!!」
私が魔法名を叫ぶことで、視界の右上に青いゲージが現れ、三割ほど減る。
直後、目の前で空気が逆巻き吸い込まれ圧縮されていくのを感じる。あまりの勢いにメガネが飛びそうになるのを両手で押さえる。勢いすごいけど、本当に基礎的な風魔法?
空気の流れが収まった瞬間、目の前の圧縮された空気が狙いをつけていた木に向かって飛ぶ。爆発音が響いた後、バキバキと木が魔法の当った部分から折れていく。
威力が上がるよう詠唱にアレンジしたけど、自分の想像以上の魔法が発動したことに驚く。
「風魔法ウィンドシュートを覚えました。MPを消費して圧縮した空気の塊を敵にぶつけます。」
頭の中に御馴染みの機械音が響く。
「はははー!木がバキバキってすごい威力ー!」
愛は楽しそうに笑っている。
「基礎的な魔法なのにこの威力…。普通なら枝を一本吹き飛ばす程度なのに…。ははは、相変わらず転生者は常識外ですね…。いや、美雪さんが特別なのかな…?」
シロ君は引きつった顔で私の魔法へ感想を言う。
「ねぇ、シロ君!私も魔法を使いたい!私にも魔法の使い方を教えてー!」
「良いですよー!愛さんの基本属性魔法は何ですか?」
「んー?んー?ん?美雪ー!私の基本属性魔法って何ー?」
愛は両手を組み、体を左右に揺らしながらしばらく悩んだ後、私に助け舟を要求する。愛の基本属性魔法?そういえば愛は何属性だろう?
「基本属性魔法は、マグカのステータス確認画面のスキルに記載されますので、確認してみましょう!」
私が困っていることを察したのかシロ君が助け舟を出してくれる。
愛はポケットからマグカを取り出し、ステータス画面まで画面遷移する。三人で覗き込むように確認すると、記載されていたスキルは次の通りだった。
スキル:鬼火流剛術、転生者、剛拳
「あれ?私の魔法は?」
愛のスキルには基本属性魔法が無かった。
ここで、愛に出会った時の言葉を思い出す。転生時、ノアに鬼火の里出身だと魔法を使えないから苦戦するよーと断られたと。
「愛、転生時のことを思い出して。残念だけど、愛は魔法使えないかも。」
「ん?転生時の?んー?あー!そういえばそんなこと言ってたかも。そっかー、魔法使えないかー。」
魔法が使えないことに落ち込んだのか、愛はとぼとぼと私が魔法で折った木の隣の木に歩いていく。
どうしよう、こういう時どんな言葉をかけたら良いんだろうと思っていると、バキバキと木が折れる音が聞こえる。音の方を見ると、愛が正拳突きを放った後の構えをしている。
「まぁ、木を折るなら鬼火流剛術で余裕だから難しい魔法は使えなくて良いやー!」
愛は満面の笑みで私達に胸を張る。どこまでも前向き一直線。そんな愛の頭を、私は思わずナデナデする。愛はとびっきりの笑顔で応える。
そんな温かい雰囲気のまま、私達はファストの町への帰路につく。
もう少しでファストの町に辿り着くと言うところで、シロ君がふと呟く。
「お二人に出会ってから僕の予想を超えることばかり起きますね。転生者はすごいと噂に聞いていましたが、僕の想像以上です。これだと、お二人はレベル10の壁として、どんな強敵を倒す必要があるんですかね…。」
「ん?レベル10の壁?なにそれ?美雪知ってる?」
シロ君の言葉に愛が小首を傾げる。私も聞いたことがない言葉だったため首を振る。
「そっか、美雪さん達には馴染みのない言葉ですね!レベル10の壁について説明しますね!」
シロ君は姿勢を正し、レベル10の壁について説明を始める。
「説明すると言っても言葉そのままの意味ですが…。レベル10の壁とは、レベル10になるために越えなければいけない壁のことです。この壁を越えないとレベル9から10に上がれません。」
「あー、それでレベル9から上がらなかったのかー。」
愛は納得といった感じで手をポンッと打つ。
スモールケイブドラゴンを倒すことで手に入れた経験値により愛と私は二人ともレベル9になった。
自分のレベルより上の適正討伐レベルのモンスターを倒すと多く経験値が入るらしい。スキル転生者の経験値ブーストの効果もあり、面白いようにレベルが上がった。
これなら今日中にレベル10を越え、ダンジョンに挑むことが出来る!と思っていたが途中からめっきりレベルが上がらなくなった。どうやらレベル10の壁が原因だったようだ。
「私達もシロ君と一緒にウィンドサーペントを倒したのに、レベル10に上がれなかったのは、トドメを刺さないとダメってこと?」
私の質問にシロ君は首を横に振る。
「いえ、モンスターを倒したときの経験値は一定以上のダメージを与えたパーティ全員に同じ量が割り振られるので、トドメを刺したかどうかは関係ありません!」
「えー?じゃあなんで私達はレベル10になれないの?」
「そこがレベル10の壁の難しいところで、長年いろいろな方が研究していますが、どうやらレベル10の壁は自分で無意識に作り出しているそうです。」
「「無意識に?」」
シロ君の言葉に、愛と私は揃って首を傾げる。
そんな私達にシロ君は説明を続ける。
「10というキリの良いレベルを前に、自分が倒さなければいけない敵を無意識に作るそうです。その敵を倒さなければレベル10に上がることは出来ない、と無自覚に自分の成長にストップをかけてしまうのがレベル10の壁と言われています。」
無意識に成長にストップをかける?
普通なら信じない不思議現象だが、実際に愛と私のレベルは9より上がらない。
シロ君がレベル10に上がれたのは、過去に強敵としてトラウマを植え付けられたモンスターを自分の魔法で倒すことが出来たからだろう。
そう考えると、自分が倒さなければいけない敵を倒すまで無自覚に成長が止まるというレベル10の壁に、信憑性が生まれる。
レベル10の壁は、ダンジョンに挑む前に解決が必須な問題。
愛と私が無意識に倒さなければいけないと考える敵。
ファストの町へ戻る間、そのことが頭から離れることは無かった。
ファストの町に着いた頃には日も落ち、周囲は夜の帳が下り始めていた。
この時間帯は冒険者ギルドに酔っ払いが多くなるため、クエストの達成報告は明日にし、おばちゃんのゴルド商店へ向かう。昨日同様、スモールケイブドラゴンの素材を買い取ってもらうためだ。
店頭買取を依頼した黒狼素材はまだ売れていなかったが、スモールケイブドラゴンの素材はそれなりの値段で買い取ってもらえた。量が量だったため、多くのゴールドを手に入れることができ、ギルドへのクエスト達成報告を前に、寂しかった懐事情は改善した。一安心。
素材売却の後はシロ君と別れ、私達が宿泊している宿屋の銀字塔へ向かう。
昨晩、宿屋の前で絡んできた酔っ払いに道中出会ったが、愛の正拳突き一発で膝を折る。あれ、酔っ払いの絡みから助けてくれた方の男だっけ?まぁ、大差ないので気にしないことにする。
「うーん、この男を倒してもレベル10にはならないね~。」
愛も愛なりにレベル10の壁について考えてくれているようだ。
私達が無意識に倒さなければいけないと思う相手。この相手を倒さなければレベル10に上がれず、ダンジョンに挑むことも出来ない。
私達の倒すべき相手が誰かを考えながら宿屋に入り、クエストでかいた汗を流すため浴場へ向かう。
一日の冒険で疲れきっていたため、考え事は一旦忘れ、のんびり湯船に浸かることにする。うへぇ~とおっさんのような溜息が聞こえてくる。愛ものんびり出来ているようだ。
「愛ー。明日の予定ねー。レベル10の壁を越えるための敵が分からないけどー、用心しておくに越したことはないってことでー、装備品の調達や買出しをしようと思うけど、どうかなー?」
「準備は大切だと思うよー。昼は美味しいご飯でー、クエストを受けるなら強敵と戦う系でお願いしまーす。」
「愛さんやーい、昨日と同じような回答だけど、本当に聞いてるかーい?」
「聞いてるよー。バッチグーチョキパーだよー。」
私の確認に愛はグー、チョキ、パーとハンドサインで応える。最後のパーでバッチリじゃない感が出ているが気にしない。お風呂はのんびり空間だから細かいことは気にしないのだ。
「愛ー、武器は鬼火流だと軟弱って前に言ってたけど、今日装備したウィンドナックルはどうだったー?あと、鬼火流の考えだと防具も軟弱って考えかなー?」
愛はお湯をちゃぷちゃぷしながら、少し考える。
「普通に殴ったときより、ウィンドナックル装備して殴った方が、より遠くにトカゲが吹っ飛んでた!だから、武器や防具が軟弱って考えは、ここじゃ捨てた方が良いって感じた!郷に入れば剛に従えだね!」
「なんか愛が言うと漢字が違うように聞こえるわね。前に言ってた、剛を極めればみたいな意味で聞こえる。」
「郷に入れば剛に従え。見知らぬ土地でも自分が信じる鬼火流の剛に従えって意味!」
「剛極めればって意味だったー。ほんとすごいとこね、鬼火の里って。」
私が両手を上げて降参すると、愛がちからこぶを作りながら笑いかけてくる。見た目がボディビルダーくらいムキムキだったら信じられるけど、その細い腕で何故あの威力が出るのか。ステータスの恩恵かな?
見た目とステータスの関係性について考えていると、お湯をデコピンしながら愛が話しかけてくる。
「えーっと、武器や防具を使うと自分の剛をより貫けるって感じたんだー。だから、これからはナックル系の武器と動きに制限がかからないくらいの重さの防具を装備していくよー!」
「それは、すごい助かるわ!今日愛が怪我してるの見て、胸がギュッってなったんだから!あんまり心配させないでね!というわけで、明日、愛の武器と防具も買いましょー!」
「りょーかい!昼は美味しいご飯でー、クエストを受けるなら強敵と戦う系でお願いしまーす!」
「またそれかー!りょーかい!買い物メインだからクエストは受けれないかもだけど、昼ご飯は美味しいの食べましょー!」
「ほーい!」
そんなのんびり空間のお風呂を堪能した後、愛はそそくさと下着を着た後、私の前に座りびしょ濡れの頭を向けてくる。
「へい、ドライヤー!カモーン!!」
愛は私の生活魔法ドライヤーがお気に入りのようだ。うきうきわくわくといった様子で、体を揺らしながら今か今かとドライヤーを待つ。特に断る理由もないので、愛の髪をドライヤーで乾かしはじめる。
待ってましたとばかりに、愛は緩みきった顔でドライヤーを受ける。昼間のモンスターを目の前にした獰猛な顔とは大違い。まぁ、幸せそうなら何よりだ。はしゃぐ愛と一緒に身支度を整える。
「美雪ちゃーん、愛ちゃーん!今日は卵ありがとうね!晩御飯は、依頼どおり!もらった卵をふんだんに使ったオムライスだよー!楽しみにしててねー!」
風呂上がりの私達を、宿屋の看板姉妹の姉であるナチュラさんが笑顔で迎え入れる。
ナチュラさんの言っている卵とは、お風呂に入る前にお土産として渡した卵のことだ。つまり、クエスト納品数より多く手に入れたスモールケイブドラゴンの卵。
本当はトカゲに似たモンスターの卵を食べることに抵抗があったが、愛が食べると言って聞かなかったのだ。愛の出身地である鬼火の里には、倒した獣の肉は必ず自分の糧にしなければいけないという掟があるらしい。トカゲの肉を食べる抵抗感から拒否したが、愛に押し切られてしまった。ウィンドサーペントは食材がドロップしなかったのが唯一の救い。蛇は無理。
本当は肉も多く手に入れていたが、肉より卵の方がギリギリ食べられそうな気がしたため、卵を渡した。肉うっすら緑色。食べ物の色じゃない。
しばらく食事スペースで待っていた私達の前に、笑顔のナチュラさんが皿を置く。
「おまたせー!この時期限定の銀字塔名物のふわとろオムライスでーす!」
目の前には、赤いチキンライスの上に丸々としたオムレツがのせられた料理が置かれる。
「いただきまーす!!」
「愛ちゃん、ちょっと待ってねー!ここをこうして~。はい、出来上がりー!どうぞ、召し上がれー!」
丸々としたオムレツに切れ込みが入れられ、中の半熟とろとろ卵がチキンライスの上に広がる。ふわっと卵の香りも広がり食欲が増進される。
「うまーい!卵のふわふわとろとろが濃い目の味付けのチキンライスと見事な調和!これなら何杯でも食べられるー!」
愛も満面の笑みでオムライスをがっついている。あまりの食べっぷりに、見ているこっちも食欲をそそられるが、私はなかなか一口目を踏み出せない。
「ん?美雪どしたの?食べないの?」
そんな私の様子に気付いたようで、愛も食べる手を止めて首を傾げる。意を決してナチュラさんに目の前の現状を確認する。
「ナチュラさん、このオムライスの卵はなんで紫色なの?」
「え?スモールケイブドラゴンの卵で作ったから…ってそうか!美雪ちゃんはスモールケイブドラゴンの卵を食べるのが初めてなんだね!ドラゴン系の卵は、ワイルドターキー等の鳥系モンスターとは色がだいぶ違うんだよ!鳥の卵でいう黄身は青色で、白身は濃いピンクだよ!」
「あー、そんな色の卵を混ぜたから紫色なんだね…。」
紫色の半熟卵をスプーンでつんつん。日常的に食べられてるらしいし、マグカで見た道具説明に有毒という記載は無いし、愛が食べてるから毒は無いだろうけど、あまりに毒々しい色に本能的に躊躇してしまう。
「ちょっと抵抗あるかもだけど、絶品だから食べてみよう!美味しいよー!」
ナチュラさん親指を立てサムズアップ。愛もサムズアップ。
二人が後押しするが、やはり青系の食欲減退色に思わず手が止まる。愛とナチュラさんがなんで食べないんだろうという目で見てくる。視線に耐えきれなくなり、覚悟を決めスプーンでひとすくい、恐る恐る口の中へ持っていく。
「うわ、うまっ!!」
思わず声が出るほど、スモールケイブドラゴンの卵で作られたオムライスは美味しかった。先ほどまでの抵抗感が嘘のように、二口目三口目とスプーンを口に運ぶ。
地球で食べていた鶏の卵より濃厚な甘味が卵の下のチキンライスの酸味と合わさり、口の中に重厚なハーモニーを広げる。絶品。
夢中で食べ進める。愛とナチュラさんが無言で笑い合っているが、今は気にしない。とにかく目の前の絶品オムライスを堪能することを優先する。
半分ほど食べたところで、私の中にひとつの疑問が生まれる。
こんなに美味しい卵を産むスモールケイブドラゴン自身の肉も美味しいのでは?
疑問は即座に解決しなければ!
「ねぇ、ナチュラさん。ひとつお願いがあるんだけど、良いかな?」
「なにかな?今日はお客さん少ないからサービスしちゃうよ~!」
「申し訳ないんだけど、スモールケイブドラゴンの肉を焼いてもらって良いかな?卵が美味しかったから、肉の方も食べたくなっちゃった!」
「肉ー!!私も食べたーい!!あと、オムライスお替りー!!」
「スモールケイブドラゴンの焼き肉ねー!お安い御用だよー!愛ちゃんのお替り用のオムライスと一緒に準備してきちゃうねー!」
私からマグカ経由でスモールケイブドラゴンの肉を受け取ったナチュラさんは、厨房へ向かう。
「お父さーん!スモールケイブドラゴンの肉もらったから焼肉にしてー!あと、オムライスお替りー!」
ナチュラさんが厨房の奥に声をかける。どうやら厨房はナチュラさんのお父さん担当のようだ。
ナチュラさんを待っている間、ふと食事スペースを見回すと、確かに昨日に比べて客が少ない。その少ない客でさえ、私と目が合うと身をすくめ目をそらす。
もしかしなくても銀字塔に客がいないのは、私の目つきのせい?昨日、睨みと温度操作魔法で酔っ払いを大人しくさせたから、怖い女がいると噂になってしまったのかな…。
申し訳ない気持ちが溢れてくる。卵をお土産に渡したら喜んでくれたので、これから食材が手に入ったら積極的にお土産に渡していこう。食材で贖罪。いえ、何でもないです。
ひとまず、怖い印象を少しでも解消するため、愛と笑顔で話しながらナチュラさんを待っていると、香ばしい香りが食事スペースを包む。否が応でも食欲が刺激され、スモールケイブドラゴンの肉への期待値が上がる。
今か今かと待っていると、ナチュラさんが湯気の立ち上る皿を持って現れる。
「お待たせー!スモールケイブドラゴンの鉄板焼きだよー!味付けはシンプルに岩塩のみ!肉本来の美味しさを堪能して頂戴な!」
お皿くらいの大きさの鉄板の上で、焼いた肉がジュウジュウと音を立てている。火が通されたからか、緑色だった肉は地球の肉と同じような焼肉の色に変わっている。
卵が美味しかったことも相成り、少しの抵抗も無く焼肉を口に運ぶ。
卵が濃厚だったのに対し、肉の方は意外とサッパリとした味だった。ぷりぷりとした肉質は鳥に近く、岩塩の塩気が肉の脂の甘味を引き立てる。これも絶品。
ただ、ひとつ欠点が。
すごくネギとポン酢が欲しくなる。あと、ビール。絶対に合うんだよなー、と地球の社会人経験が語りかけてくる。マグノキスでは飲酒は自己責任で、何歳でも飲んで良いため飲んでも問題ないのだが、愛の教育に良くないよなー。我慢我慢。
愛は笑顔のまま猛烈な勢いでオムライスと焼肉を交互に食べ進めている。あまりの勢いに鉄板の上の肉がすぐ無くなる。まだまだマグカの中に焼いていない肉があるため、ナチュラさんに多めに渡す。余ったら他の客にサービスしたり、ナチュラさん達のまかないにしてと言葉を添えて。
周りの客から小さく歓声が聞こえたため、喜んでもらえたようだ。良かった。
改めて焼く前の緑の肉を見ると、忘れていた抵抗感が思い出される。しかし、実際に食べる前に比べたら抵抗感が小さくなっていることに気付く。今では緑色の肉も食材として受け入れられる。
今回の教訓。異世界の食材は見た目に反して美味しい。
毒があるかどうかはマグカの道具説明文で分かるため、地球での食事より安全なくらいだ。これからは積極的に食べていこう。決意を胸に、苦しいくらいに膨らんだお腹をさすりながら食事スペースを後にする。
少しの食休みの後、愛の日課の鬼火流剛術の型の素振りを見守る。今日も目にも止まらぬ正拳突きと蹴りを繰り出している。レベルが上がったためか昨日より速さが上がっている気がする。マグカの所持アイテム一覧を見ながら、ポーションに不足が無いか等を確認していると、暗がりから声がかけられる。
「殴るな!殴るなよー!頼むから殴るなよー!!俺はあやしい男じゃないぞー!!頼む!話を聞いてくれ!!」
昨日の同じ時間、今日のクエスト後と今まで二度話しかけられ、その度に愛に殴り倒された短髪、あごひげ、筋骨隆々の男が話しかけてきた。殴り倒しても何度も話しかけてきそうなので、私達は警戒しながらも、話を聞くことにする。
「なにか話があるようだから聞いてあげる。でも、不用意に近付くようなら、愛の拳が炸裂するわよ?」
「お、とりあえずは殴らないでくれるようだな!昨日は聞いてなかったかもしれないから、改めて自己紹介!!俺の名前は、ユウジ・タチバナ!日本風で言うと橘 勇司!お二人と同じ転生者さ!よろしく!」
「え、ユウジさんも転生者なの?」
驚きの情報、昨日から話しかけていた男は私達と同じ転生者だった。これは、転生者の先輩から多くの情報を入手するチャンス到来だ!
「え、おじさんも鬼火の里から?」
「おじさんじゃなくてお兄さん、いや、名前で気軽にユウジって呼んでほしいな!あと、鬼火の里ってのはどこだ?俺は普通に日本の埼玉県出身だぜ!」
「そう言われると確かにユウジを鬼火の里で見たことないな!埼玉ってのはどんなとこー?」
愛とユウジが埼玉県の話で盛り上がり始める。今は風が語りかける話をしている場合ではない。
「あの、お互いの転生状況や情報の共有は中で話しませんか?ここの宿屋には食事スペースもありますし。」
宿屋の入り口で話してたら邪魔になるかなという思いと、どうせ情報を聞き出すなら落ち着いた場所でしたいという思いで場所の変更を提案したが、なぜかユウジさんの顔色が悪くなる。
「ユウジさん、どうかしました?」
「出来れば別の場所が良いな。その宿屋は入れない事情があってだな…。」
「事情?」
愛が小首を傾げる。
「そんな純粋な目で見られると言い辛いところだが、銀字塔は出禁になってるんだ…。」
「出禁?ユウジさん、何したの?」
「この宿屋って看板娘の美少女双子がいるだろ?」
ナチュラさんとラルチさんのことかな?
ナチュラさんは元気いっぱいで明るい笑顔がチャーミングで人気がある。ラルチさんは普段は物静かで近寄りがたい雰囲気があるが、お菓子作りの時に見せる笑顔のギャップがたまらないと、これまた人気がある。私も二人の可愛さには同意。
ちなみにナチュラさん情報はラルチさん提供、ラルチさん情報はナチュラさん提供。
そんな美人双子のナチュラさんとラルチさんは宿屋の客だけじゃなく、町内の男性陣から圧倒的な人気を集めているのだが、この男もその中の一人と。
「その二人を全力で口説いてたら厨房からお父さんが出てきて、喧嘩勃発。ここのお父さん、元冒険者らしく俺はあえなく出禁ってわけさ。美人がいたら全力で口説くっていう男として当然のことをしただけなんだけどな。」
「ふむふむ、ではそんなユウジが私達に話しかけてきた目的って何?」
「ん?敬語じゃなくなったし、少し目つきが鋭くなったな。俺の心を射抜こうってか?」
「気にせずに、目的を話して。」
愛は私の考えを察したのか、私の目つきが怖くなったのか宿屋の中へ退避する。
「目的は二人の仲間に加えてもらうことだ!頼む!俺を仲間にしてくれ!」
「お断りします。」
片手を差し出してきたユウジに、私は即座に断りを入れる。
「え!?なんで!?」
「間に合ってますので。その筋肉を見たところ、あなたは筋肉重視のパワーファイターでしょ?うちには見た目によらずパワーファイターの愛がいるので、あなたは役割重複です。無駄です。」
「いや、俺は防御重視のタンク型だ!今日一日、二人のクエストをこっそり確認させてもらったが、二人とも速さ重視で敵の攻撃を引き付けるタンク役がいないだろ!だから俺を仲間にしたら助かる場面が多くあるはずだぞ!!」
ユウジの言葉に、今日タンク役がいたらを想定する。スモールケイブドラゴンのタックル攻撃や尻尾攻撃は重く危険な一撃だった。それを速さで無理矢理避けていたためスタミナを多く消費したが、タンク役がいたらその攻撃を受けてくれ、スタミナ消費を抑えることが出来たわけだ。
「確かにタンク役は必要ね。」
「そうだろ!必要だろ!というわけで俺を仲間に」
「でも、お断りします。」
「だからなんで!?」
ユウジは私がタンク役の重要性に気付いたところを幸いと仲間入りを再提案したようだが、即座に再却下する。
ユウジと話している内に気付いたことを本人に確認する。
「あなた、ノアが言ってた先輩転生者でしょ?「異世界ってことは色々な種族の美人がいるのかい?いる?良いね~!それじゃどうやったら転生できるんだい?」って1分くらいで転生オッケーした色ボケ。」
「あー、確かにそんなことを言ったな。それがどうした?」
私は思いっきりユウジを睨み、言いためていた一言をぶつける。
「どうしたじゃねぇよ、そんな色ボケ転生者が仲間にいたら、うちの愛に悪影響だろうが。」
放心状態になっているユウジを置き去りにし、私は銀字塔の中へ戻る。
「美雪ー、お疲れー!ユウジは帰ったのー?」
愛は入り口近くで私を待ってくれていた。いや、ラルチさん特性のお菓子売り場を見てたのかな。
「うん、丁重にお帰りいただいたわ!愛、お口直しにラルチさん特性のお菓子を食べようか!」
「やったー!私、これ食べたーい!」
愛の言われるがまま、メレンゲを固めたような焼き菓子を購入する。ちょうど今日の営業が終わるところだったラルチさんと一緒に、食事スペースでお菓子を食べながら談笑を楽しむ。
愛がいっぱい食べこぼしていたので、服の食べかすを払ってあげる。そんな私達の様子を見ながらラルチさんが呟く。
「なんだか、二人って親子みたい。」
ラルチさんの言葉に、愛は両手を腰に胸を張る。私は優しく微笑む。
自覚してる。本当の親ではないし、転生前の26歳という年齢でも親子と言うほど年は離れてないけど、この数日で私は確実に親バカになっている。




