【幕間】帰り道
すっかり日も落ち、暗くなってきた道を僕は一人歩いている。僕の名前はホワイト・ヒューガルド。今歩いているファストの町とその近郊を領地とする二級貴族のヒューガルド家の長男だ。
ファストの町はとても治安が良く、領主の息子である僕が無用心に一人で歩いていても襲われることはない。すれ違う人が笑顔で挨拶をしてくれることからも、僕の父親である領主の統治力が高いことが窺える。
手には宿屋 銀字塔名物のクッキー。子供の頃に何かと用事を見つけては姉と一緒に銀字塔を訪れ、買ってもらえるようにせがんだ僕の大好物。
僕は歩きながら、目まぐるしく過ぎ去っていった今日一日のことを思い返す。
突然の爆音で起こされた朝。
朝食を食べる間もなくブラウンウルフの群れに奇襲を受ける。
ダースが奮闘するも馬車に追い込まれ危機に。
助けに来てくれたのは眼光鋭い少女と道着少女。
二人の少女のおかげで群れを撃退。
窮地に陥った群れのリーダーがブラックウルフに進化。
それすらも撃退する少女達。彼女達は転生者だった。
助かったと安心したのも束の間、魔王軍の幹部タツヒロ襲来。
タツヒロ少し話をして帰る。
もう驚くことは無いだろうと安心したところでラッキーバードの羽根。
最初から思い返してみたけど、本当に一日の出来事とは信じられない濃厚さ。
王都へのダンジョン発見報告という簡単なおつかいが、気がついたら大冒険。当事者である僕も信じられないくらいだから、メイコの報告を聞いた父も今ごろ頭を悩まされているだろう。
僕はそんな父の待つ家に向かって歩を進める。普段より足取りが重い。
連日の野営と、帰路で起きた出来事の多さにヘトヘトだからかな?でも、HP、MP、スタミナはまだまだ残ってる。
なぜだろう。歩きながら考える。やっぱり疲れかな?
いや、違う。歩くのが遅いのは、今日の冒険をまだ終わらせたくないからだ。
危機も多かったけど、乗り越える度に胸が躍ったことを今でも覚えている。普段の次期領主を目指しての学習生活では得られない経験。そんな貴重な経験をたくさんすることが出来た。
美雪さんと愛さんと一緒ならこれからもこういう経験が出来るのかな?明日以降もこんな冒険が出来るのかな?それを考えると足取りも軽くなる。
しかし、軽くなった足取りも一つの結論に辿り着き、すぐに重くなってしまう。
二人はこの町で力をつけたら、やがて旅に出てしまう。ひとまず一週間は宿屋を確保したため、その間はこの町にとどまってくれるだろう。でも、最低だと一週間しかない。もしかしたらもっと早く出発してしまうかもしれない。
そうなる前にたくさんの貴重な経験をしたい。今日の冒険の続きがしたい。
父には見つかったばかりのダンジョンの調査と言って家から抜け出し、二人の冒険に一緒させてもらおう。
「それに、シロ君か…。」
今日二人から呼ばれた新しい呼び名を思い出す。あだ名と言えなくもないかな。初めて人がつけてくれた名前以外の呼び名に、思わず頬が緩んでしまう。領主の息子である僕を名前や坊ちゃま以外で呼ぶ人との出会いは初めてだ。
それに呼び名だけじゃない。僕と接する人はメイコとダース以外、貴族と接するための丁寧な態度、言い換えれば距離を保った接し方をする。貴族に生まれたことの宿命だと諦めていたが、僕は内心で寂しさを感じていた。
でも、あの二人にはそれが無い。僕に自然に接してくれる。二人の接し方に、今日は何度貴族の顔を忘れて素の顔で接したことか。しかも、二人の態度は貴族と気付いていない上での無礼ではない。僕が気にせずに接してほしいと言ったから素で接してくれているのだ。
相手を牽制したり取り入るためでなく、お互いの腹心を探り合うわけでもない、お互いが自然に話し合う時間。それはとても心地良い時間であった。
どうしたらこの時間を長く続けられるか考えていると、領主の家、つまり自分の家に着く。少しの期間離れていただけだが、懐かしさがこみ上げてくる。そんな家の入り口に、見慣れたメイド服の女性が立っている。メイコだ。
メイコが満面の笑みで駆け寄ってくる。どうやら僕の帰宅を外でずっと待っていたらしい。春が近付いて来たとはいえ、まだまだ寒いのに。風邪引かないでね。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま。ご飯を食べながらにしますか?お風呂に入りながらにしますか?私以外を交えてにしますか?」
「ただいま、メイコ。父さんへ今回の旅の報告をするよ。メイコが報告してくれただろうけど、僕からも一応ね。」
メイコ流のご飯・お風呂・私の三択を無視しながら、溜息混じりに答える。
「旦那様に報告しながら…!?なんて高度な…!?」
「それと…、はい、お土産。美雪さんがメイコにって買ってくれたから、今度会ったときにお礼を言うんだよ。」
メイコの言葉を無視し、美雪さんがお土産にと持たせてくれたクッキーを手渡す。僕から手渡されたクッキーを複雑な顔で受け取るメイコ。なぜか美雪さんとメイコは仲が悪い。同じ位の年齢の女の子同士なんだから、仲良くしたら良いのに。
クッキーから顔を上げたメイコは、僕の顔を見てやれやれといった呆れ顔をする。
「坊ちゃま、随分と楽しそうな顔をしていますね。」
楽しそうな顔?頬を触ってみると確かに上がってる。見る人が見たら笑顔というだろう。
なぜだろう。美雪さんのことを考えると、頬は上気し自然と表情が緩んでしまう。この気持ちは何?
まだ見ぬ冒険への期待?
訪れるかもしれない未来の危機への不安?
それとも?
まだまだ人生経験の足りない僕には、この胸の高鳴りに名前を付けることが出来ない。美雪さん達と過ごしていけば分かるかな?
胸を膨らませながら、父への報告に向かう。
明日からが楽しみだ。




