異世界の宿屋に泊まろう
前回のあらすじ:ブラウンウルフの素材を売って、当分の生活資金を得た。
当分の生活資金を得た私達は、次の目的地である宿屋を目指して歩く。
ブラウンウルフの素材を売却し、銀貨と小金貨と呼ばれるコインとして受け取った私は、ついでにこの世界の通貨事情についてシロ君に聞いてみる。この世界の通貨は全てコイン型で、銅貨が1G、銀貨が10G、小金貨が100G、金貨が1000G、一番上の通貨は白金貨といい10000Gの価値があるそうだ。普段の買い物等ではマグカを使うため、あまり目にしないがダンジョンの宝箱からはコインとして手に入るらしい。ちなみに、シロ君の話をまとめると1Gの価値は日本円にして百円くらい。
少し歩いたところでシロ君は歩みを止める。止まった先の建物は二階建ての立派な木造建築だった。看板に宿屋 銀字塔と書かれている。どうやらここが目的地の宿屋のようだ。
「はーい、いらっしゃーい!自称ファストの町一番の宿屋!銀字塔へようこそー!」
「ようこそ。」
宿屋に入ると、元気な女の子の声と静かだけど透き通る声が聞こえてきた。声のした方を確認すると、カウンターのようなところに、よく似た二人の少女が立っている。
「あ、坊ちゃまじゃん!今日は食事かな?」
明るく快活な方が笑顔でシロ君に聞いてくる。
「それともお菓子?」
物静かな少女が無表情でシロ君に聞いてくる。
「今日は僕の用事じゃなくて、こちらの二人がお客さんだよ!二人分の宿泊をお願いするね!」
シロ君の紹介の言葉に、双子の少女が愛と私に気付く。
「そちらの二人がお客様ですね!私はこの宿屋の看板娘、ナチュラ!こっちの大人しいのが妹のラルチ!よろしくね!」
「よろしく。」
「私は愛!よろしくー!」
「美雪と言います。よろしくお願いします!」
性格が間逆な姉妹の挨拶に、愛と私も応える。
「よろしくねー!この宿屋は宿泊だけでなく、美味しい食事やお菓子もお勧めだよー!」
ナチュラさんの言葉に宿屋の中を確認すると、私達が話している宿屋のカウンターの隣にお菓子が置かれたカウンター、奥に定食屋のような食事スペースがあった。
「一階は宿屋のカウンター、お菓子販売スペース、食事スペースなど。二階が宿泊スペース。今日は二人用の部屋がちょうど空いてる。そこに宿泊すると良い。」
きょろきょろしていた私達にラルチさんが補足をしてくれる。空室もちょうどあるらしい。良かった!
「ナチュラさん、美雪さんと愛さんの一週間分の宿泊と食事をお願いします!代金は僕がお支払いします!美雪さん、このくらいは助けていただいたお礼として受け取ってくださいね!」
「さすが坊ちゃま太っ腹ー!ありがとうございまーす!」
さすがに悪いとシロ君に断ろうとする言葉をナチュラさんが阻止する。シロ君とナチュラさんは料金の話を始めてしまったため、改めて断るタイミングを逃してしまう。仕方ないからシロ君の言葉に甘えることにした。
奢ってもらう時は、支払いの場から離れる社会人マナーに従って、愛と一緒にお菓子の販売スペースに移動する。お菓子を説明すると、ラルチさんも後をついてくる。
「宿屋の仕事は主に姉の仕事で、私の仕事がお菓子販売。どれか気になるのがあったら言って。」
「おー!お菓子がこんなにー!鬼火の里じゃお菓子は貴重品だったから、テンション上がるー!!」
愛の元気な声に販売スペースを確認すると、紙に包まれたお菓子がいくつか置いてあった。地球のものに比べたら粗末な包み紙だが、この世界でも紙は普通に使われているようだ。
「ここは宿屋だけじゃなく、お菓子も有名なんですよ!特にこのクッキーがおすすめです!素朴な味だけど、やみつきになる味です!」
愛と私がカウンターのお菓子を見ていると、ナチュラさんとの料金相談を終えたシロ君が解説をしてくれる。シロ君のおすすめは、小さな紙袋に数枚のクッキーが入ったものだった。愛も興味津々といった感じでクッキーを凝視している。私は三袋手に取り、ラルチさんへ差し出す。
「じゃあこのクッキーを三袋ください!マグカは今回の旅路で無くしちゃったから銀貨で支払わせてもらえると助かりますが…。」
「銀貨で問題ない。クッキー三袋、60G。」
差し出されたラルチさんの手に銀貨6枚を渡す。後で聞いた話では、この周辺でも砂糖の流通が進んでいるが、まだまだ数が少なく貴重で値段が高いそうだ。
「ありがと。」
ラルチさんの無愛想だけどお菓子が売れて嬉しいといった感じのお礼を聞いた後、クッキー一袋を愛に渡す。愛はひとしきり喜んだ後、早速クッキーを食べ始める。ほっぺたを両手で挟んで喜んでる。そこまで喜んでくれると渡した方も嬉しい。ラルチさんも心なしか嬉しそうだ。
残りのクッキー二袋をシロ君に手渡す。
「え?」
シロ君は急に渡されたお菓子に困惑している。
「シロ君の家でメイドさんが待ってるんでしょ?お土産として持っていってあげて!もう一袋はシロ君へのプレゼント!今日色々と教えてくれたお礼!ありがとうね!」
シロ君は驚いた表情を浮かべた後、柔らかな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。家に戻ったらいただきます!メイコも喜ぶと思います!」
クッキーの袋を両手に抱えたシロ君を見送り、愛と私はナチュラさんの先導のもと、宿泊部屋に案内される。八畳ほどの部屋に小さなベッドが二つと棚が一つあった。
「二人の部屋はここね!はい、これは部屋の鍵!美雪ちゃんに渡すね!ちょうど夕食時だけど、先に当宿ご自慢のお風呂はどうでしょう?今なら他の客がいないから快適だよ!」
お風呂!?転生してからお風呂どころか水浴びも出来てなかったから、これは嬉しい!
「それで、これが濡れた体を拭く布と寝巻きと下着ね!他にも必要なものがあったら遠慮せず言って!坊ちゃまからいっぱい宿泊代もらってるから、いっぱいサービスするよ~!ふっふっふ!」
よっぽど儲かったのかナチュラさんは変な笑みを浮かべる。武器とショルダーバッグを降ろした私と愛に、それぞれ布と寝巻きと下着を渡した後、ナチュラさんは食事スペースの奥にあるお風呂の場所を紹介してくれる。
異世界の風呂はどんなものかと内心不安だったが、紹介された場所は狭いながらも男女別になっており、中は脱衣所、洗い場、湯船と立派な風呂場であった。さすがに洗い場に蛇口はなかったが、湯船の近くに風呂桶が置いてあり、日本のお風呂と変わらず使用できそうだ。
「わーい!お風呂ー!!」
お風呂を見た瞬間、愛は豪快に服を脱ぎ始める。私は愛の脱いだ服を拾っていく。見た目より重いな、この道着。これを着た状態で動き回っていたのかと驚いたが、愛なら普通か。
「脱いだ服は、そこの籠にいれておけば洗っておいてあげるよー!あと、お風呂の後は美味しい食事を用意してるから楽しみにしててね!寝巻きのまま食事スペースに来て良いから!坊ちゃまから二人はいっぱい食べるって聞いてるから、食事は大目に用意しておくよ!では、ごゆっくり~!」
ナチュラさんにお礼を言った後、私も服を脱ぎ始める。スーツだけど、一緒に籠に入れて洗ってもらって良いのかな…。籠の近くの張り紙に、当宿は魔法で洗濯するから生地は痛みませんと書いてあるけど大丈夫かな?
考えていると、バシャーンと大きな音が聞こえる。見ると愛が風呂桶で頭から水を浴びていた。良かった、湯船に飛び込んだんじゃなかったと安心していると、愛が声を上げる。
「ぬるーーーーーい!!美雪、お湯がぬるいよーー!!」
服を全て籠に入れた私は、湯船に近付き桶で手にお湯をかける。
「確かにぬるいわね。こっちの世界だと熱々にしない文化なのかな?でも、大丈夫!私が一肌脱ぐわ!」
「え?美雪すっぽんぽんだよ?もう脱げないよね?」
日本の例えは愛に通じない。仕方ないから外し忘れていたメガネを取る。
メガネを取ったところで何が変わるの?と言いたげな愛に気付かないフリをし、余ってる桶いくつかに湯をたっぷり入れる。温度操作魔法で、風呂桶から湯船に熱エネルギーを移動する。すると、風呂桶が凍りつき、湯船から湯気が上がる。愛は湯船に近付き手をお湯に入れる。
「美雪がメガネを外したら、湯船のお湯が熱々になった!!何でー!?どうやったのー!?は、これが噂の熱視線…!?」
「違うわよ、熱視線ってそういう意味じゃないから。愛には私の温度操作魔法を説明しなきゃだね。頭を洗いながら説明するから、ここに座って!」
木製のイスに愛を座らせ、近くにあった固形石鹸を泡立て愛の髪を洗う。天然由来の石鹸だからか地球の石鹸より上質な泡の気がする。愛の頭を洗いながら温度操作魔法について説明するが、愛はちんぷんかんぷんといったところだ。
頭を洗ったついでに近くにあったスポンジのようなもので愛の体も洗う。この細身の体からなんであんなパワフルな攻撃力を出せるのだろう。不思議だ。
風呂桶で泡を流してあげると、愛は元気に湯船に向かい肩までお湯につかる。うへぇ~とおっさんのような溜息が聞こえる。
私も髪と体を洗い、お湯につからないよう長い髪を普段より上の方で簡単にまとめ、湯船につかる。肩まで湯につかると、体中の筋肉がほぐれていくのを感じる。重力から開放されることにより、自分の体が疲れていたことを実感する。
モンスターと戦ったり、熊から逃げたり、襲われてる馬車に駆け寄ったりと昨日今日いろいろあって、動き回っていたからなー。思い返すとオフィスでデスクワーク主体だった転生前では考えられない運動量だ。
愛も疲れているのか、ゆるみきった顔で大人しく湯につかっている。
「愛ー。明日の予定ねー。午前中はギルドに行ってマグカ手に入れてー、日用品や冒険に必要な物の買出しー。午後はギルドに戻って近隣のクエスト受けてみようかー。」
「昼は美味しいご飯でー、クエストはー、強敵と戦う系でお願いしまーす。」
湯につかっているからか二人とも言葉が間延びする。それ以外は会話をせず、しばらくの間、愛と二人並んで温かいお湯にのんびりとつかり癒される。
異世界にもお風呂あって良かったー。日本人でも困らないようになってるのは、この世界の基になったゲームが、日本人の創さん作だからかなー。そんなことを考えながらのんびり湯につかる。
たっぷりとお湯を堪能した後、お風呂から上がる。
愛は体をぶるぶると震わせ体の水気を取ろうとする。犬?ナチュラさんからもらった布を愛に渡し、体の水気を取り、寝巻きに着替える。布製とはいえ下着もあるとは至れり尽くせりだ。ワイヤー等は入っていないため、大きな胸の人は困るだろうが、愛と私には関係ない。ちくせう。
たっぷり濡れた髪を布で拭いているが、日本のタオルに比べ吸水力が心許ない。拭いて搾って拭いて搾ってを繰り返してる内に名案が思いつく。お風呂の熱エネルギーと風魔法で熱風を作れば、髪の毛を乾かせるじゃない!魔法を使った擬似ドライヤーだ!
今日はまだまだMPが残ってるから贅沢に使ってしまおう!
右手から風が出る。ぬるい。もう少し温度を上げてみる。ぬるい風が熱風に変わる。まさにドライヤーという温度に変わった時、頭の中であの機械のような声が聞こえる。え?何故このタイミング?
「生活魔法ドライヤーを覚えました。MPを消費して熱風を起こし、髪や服を乾かすことが出来ます。」
どうやら私は生活魔法ドライヤーを覚えたらしい。
えー?生活魔法って何?そのままの意味なら生活で用いる魔法だよね?しかも魔法名がドライヤーって…。魔法使ってモンスターと戦う異世界で、初めての魔法取得が家電なんですけど…?釈然としない気持ちで髪の毛を乾かす。
自分の髪が乾いたところで、愛の髪も乾かしてあげる。愛は初めてのドライヤーだったのか最初は驚いていたが、慣れてくると気持ちよさそうにしている。手櫛で愛の髪をとかしながら乾かす。子供の頃に妹の髪をドライヤーで乾かしていた頃を思い出す。
「はい、乾きましたー!おしまーい!」
「えー!?もっともっと!お願ーい!!」
愛はよっぽど心地よかったのか、再ドライヤーを要求する。
「えー、MP使うからもったいないなー、どうしようかなー。」
「お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い!!」
愛のお願い攻撃に負け、ドライヤーを使ってあげることにする。しかし、お願いの連呼って交渉のこの字もないわね…。愛らしいけど。
「負けたわよー。じゃあいっくよー!それー!!」
どうせならと両手で範囲を広げて、愛の全身に熱風をぶつける。
「うわー!熱いー!!多いよ!熱風多いよー!!」
「あははははー!!」
風呂上りで火照った体に熱風を受けた愛は逃げる!それが面白かったため、手から熱風を出しながら追いかける。熱風だとさすがに熱いので、温風に変えてあげる。
「生活魔法ストーブを覚えました。MPを消費して温風を起こし、体と心を温めます。」
私は家電か!!また、生活魔法を覚えたよ!!
機械のような声を聞いたことで冷静になり、熱風おいかけっこを終わりにする。風呂上りに動いたことで火照った体を、ストーブとは逆の原理で冷風を作り、愛と二人で浴びる。
「生活魔法クーラーを覚えました。MPを消費して冷風を起こし、火照った体に心地よい風をもたらします。」
うん、来ると思ったよ。私の家電化が止まらないが気にしないことにした。
「じゃーん!これが銀字塔名物のワイルドターキーの煮込み定食だよー!!今日はたくさんワイルドターキーの肉が手に入ったからじゃんじゃん食べてねー!って聞いてないねー。」
ナチュラさんが料理を紹介してくれるが、愛と私は料理に夢中だ。だって絶品なんだもん!
メイン料理のワイルドターキーの煮込みは、肉が柔らかくなるまで煮込んだ鳥料理で、甘辛い濃い目の味付けに肉から出るジューシーな脂が堪らない。
鳥を食べ続けて口がくどくなって来た時には、付け合わせの何かの漬物で口をさっぱりとする。しゃくしゃくという歯ごたえが心地よい。
さらに、一番驚いたのは一緒に出てきた白米に似た料理だ。少し茶色いのも混じっているが、食感は麦ご飯に似ている。異世界でも米が食べられるのは嬉しい。
まとめると、甘辛い濃い目の味付けの鳥煮込み料理に、漬物とご飯。日本人なら堪らない組み合わせ。隣でぺちゃくちゃうるさい冒険者たちが気にならないくらい、夢中で食べ進める。
私はご飯を一回おかわりしたところでお腹いっぱいだが、愛のおかわりは止まらない。本当によく食べるなーと思いながら食後の熱いお茶を飲んでいると、隣の冒険者がイスに足を乗せて厨房に向かって叫びだす。
「おい!!料理が冷めちまってるぞー!!ビールも温くなっちまったしよー!!新しい料理とキンキンに冷えたビールを用意しなー!!」
冒険者はクレーマーのようなことを言い出す。どうやら男は酔っているらしい。仲間の冒険者もいいぞー、いいぞーと一緒に騒ぎ立てている。いかにもな酔っ払いだ。
「料理が冷めたのは、あなたたちが騒いでいたせい。私達が料理を作りなおす筋合いは無い。」
ラルチさんが毅然とした態度で冒険者達の言葉を一蹴する。ラルチさんの言葉に、先ほどまでは煽る程度だった男の仲間も立ち上がる。一触即発の雰囲気だ。
「すみません、私は今おいしいご飯を食べ終わって満足感に包まれているところなんで、静かにしてもらって良いですか?それに、ラルチさんの言ってることの方が正論ですよ?」
ラルチさんに助け舟を出すため、丁寧な言葉で冒険者達を諭す。
「あーん?なんだお前?俺らに喧嘩売ってるのか?女子供でも容赦しねぇぞ、俺は!!」
男は机を叩いて威圧し、私の眼前に近付いてくる。立ち上がろうとする愛を片手で止める。愛が拳を振るったら怪我人じゃすまない。ここは交渉で穏便に済まそう。
「私の喧嘩を買うのですか?高いですよ?覚悟は出来てるんだろうな?あ?」
途中から乱暴な言葉を使いつつ全力で睨みつける。昨日から散々恐れられてる私の眼光を有効活用する時だ。さて、効果はいかほどかな?
私にからんできた男は怯んだのか数歩後に下がり、男以外の冒険者は全員姿勢良くイスに座って震えている。
え?効果ありすぎでしょ…。私の目つきどうなってるの?なんかビーム的なの出てる?ラルチさんも宿屋のカウンターに隠れてこっちの様子をおずおずと確認してるし。静まり返ってしまった食事スペースを和ませるために、キンキンに冷えたお茶を飲みながら言葉を続ける。
「それに、あなたたちが怒ってる原因の冷めた料理と温くなったビールってのはどれのことでしょう?私には全て熱々な料理とキンキンに冷えたビールに見えるのですが?」
冒険者達は自分の机の上を確認する。料理からは湯気が立ち上り、木のコップには水滴がつき中のビールがキンキンに冷えていることが分かる。
怖がらせてしまったお詫びに温度操作魔法を使ってあげ、彼らの怒りの原因を取り除いてあげたのだ。生活魔法レイゾーコとレンジを覚え、私の家電力がさらに上がったけど気にしない。
「くっ、覚えとけよ!!ちっ、どうなってやがる…?」
男も怒る理由がなくなったためか席に戻る。
怒った原因も解決し、喜んでくれるかなと思ったが、男以外の冒険者達は目の前の変化に更におびえている。食事スペースは机の上のビールよりも冷え切っている。
「美雪、やりすぎ。」
愛はジトーとした目で私を注意する。どうやら、またやらかしたようだ。お腹いっぱいになった愛と一緒に二階の宿泊スペースに退散する。愛も私も疲れきっていたため、ベットを整え早々に眠る準備をする。
普段より早い時間な上、寝慣れていないベットだったため、なかなか眠ることが出来ない。仕方ないから明日以降のことを考えていると愛がベットから立ち上がり部屋の外に出て行ってしまう。トイレかなと思ったが、なかなか戻ってこない。
心配になり、私も部屋から出る。
「愛さんですか?日課がまだだったと言いながら宿屋の外に出て行きましたよ?」
ナチュラさんに確認したところ、愛は宿屋の外に行ったようだ。女の子が一人で外に行くなんて危ないなと思いながら宿屋の外に出ると、愛の声が聞こえてくる。
「鬼火流剛術 壱の型 牡丹!!裏牡丹!!睡蓮!!薔薇!!山茶花!!とどめだ!!奥義!満開万花!!」
宿屋のすぐ近くに愛はいた。空手の型の練習のように、正拳突き、裏拳、上段蹴り、かかと落とし、両手での正拳突き、最後には目にも留まらぬ連続攻撃を繰り出している。なんとなくだけど見えない敵を意識してるように感じる。
汗をいっぱいかいてるし水分が必要かなと、部屋に戻り水筒を持ってくる。しばらく静観した後、攻撃が止まったところで声をかける。
「お疲れ様ー。ほい、お水。」
「あ、美雪!ありがとう!ごくごく、ぷはーっ!!うまい!」
愛は水筒の水を喉を鳴らしながら美味しそうに飲む。
「相変わらずの威力ね。ずっと気になってたから確認だけど、壱の型と参の型は使ってたけど、弐の型は無いの?」
私の質問に愛はニヤリと笑う。
「おや~、美雪も鬼火流剛術に興味を持っちゃったね~!良かろう!私が教えてしんぜよう!」
腰に両手を持っていき、ドヤ顔で愛が胸を張る。
「お願いします。」
今後の戦略を練るためにも、謎の武術である鬼火流剛術の説明を聞いておくのは大事だろう。愛に解説をお願いする。
「まず、壱の型は攻撃重視!パンチ、キックの威力が上がるよ!参の型はスピード重視!パンチ、キックが早くなるよ!私は、この二つが得意だけど、防御重視の弐の型は苦手なんだ~。弐の型は敵の攻撃に備えたり、カウンター系の技が多いかな?」
ふむふむ、鬼火流剛術は攻撃、防御、速度を型で切り替えてるのか。
「お~、可愛い女の子が二人もいるじゃねぇか~。どうだい、お嬢ちゃん達~、おじちゃん達と良いことしないか~い。」
「本当だ~!!俺は髪の長い方な~。どうだい、嬢ちゃん達~!後悔はさせないよ~!」
見るからに酔っ払いのおっさん二人が話してくる。今日は酔っ払いに絡まれることが多いな…。
「おいおい、可憐な少女達が怯えてるじゃないか。お二人さんは、ひどく酔っ払ってるようだから家に帰って大人しく寝ることを勧めるぜ。」
さらに、男が一人追加される。でも助けてくれるっぽい?こっちの男に任せて宿屋に逃げちゃうか。
そんなことを考えていると、愛が一歩前に踏み出す。
「美雪、鬼火流剛術の例を教えるね!同じパンチでも型によって違うから見てて!まず、壱の型!牡丹!」
豪快な正拳突きの後、ドンという重々しい音が響き、酔っ払いの一人が吹き飛ぶ。ギャグ漫画のように数メートルほど吹き飛んだ後、横たわった酔っ払いは立ち上がらない。光の粒にはなっていないから生きているだろうが、重症は免れないだろう。
「てめぇ、何しやがる!!」
「参の型!桔梗!!」
もう一人の酔っ払いには、鋭い正拳突きが炸裂する。あまりの拳速に、目で追うことが出来ず、
酔っ払いが膝を折って崩れたことで、愛の攻撃が炸裂したことを知覚する。先ほどの重々しい一撃とは異なり、鋭さが際立つ一撃。
確かに同じ正拳突きでも、威力重視、速度重視と違いがある。
「おー、嬢ちゃん強いのなー!俺の助けは不要だったかな?おっと、自己紹介がまだだったな!俺の名前はユウジ!よろしく!」
ユウジと名乗ったのは短髪、あごひげ、筋骨隆々の男だった。ワイルドだけど、落ち着いていて不覚にも少し魅力的に思えた。
「ところで、お嬢様方。この町は酔っ払いが多くて危険だ。どうだい、安全な俺の宿で一緒に一夜を過ごすってのは?後悔させないよ?」
前言撤回。ユウジと名乗った男も酔っ払いと大差なかった。ユウジは笑いながら片手を差し出して来る。
「なに?口説いてるの?こんな年端もいかない少女達を、大の大人が?」
「年齢は関係ない!こんな美人さんがいたら口説くさ!だからそんなに睨まないでくれよ!美人な顔が台無しさ!」
ユウジと名乗ったナンパ野郎を全力で睨むが、私の威圧はどこ吹く風。差し伸べていた片手を、さらに前に出してくる。
「鬼火流剛術!弐の型!向日葵!」
愛はユウジが差し出した片手を弾き、がら空きになった胸に正拳突きを放つ。ユウジは短い呻き声を上げて、その場にうずくまる。愛さん、問答無用ですか!?確かにしつこいナンパに困っていたけど、問答無用の鉄拳制裁はやりすぎ!!
「このように!壱の型、弐の型、参の型で威力、スピード、使い方が違うんだよ~!終の型って強力なのもあるけど、これを使うと動けなくなるからね~!本当にギリギリの時にしか使えないよ!いざって時の奥の手だね!」
愛は男達を吹き飛ばしたことなど気にせず、鬼火流剛術の解説を続ける。
「いきなり殴ってくるとは…、とんだじゃじゃ馬ガールだな…。」
愛は解説を続けているが、そんな場合ではない!ナンパ野郎が復活してきてる!愛を連れて宿屋に逃げる。
自分達の部屋に戻った後、愛にむやみやたらに人を攻撃しないことを注意。繰り返しの説明で愛が納得してくれたので、今度こそ眠りにつく。
こうして、新しい発見だらけの転生二日目が終わりを迎えた。余談だが、現状の私の取得魔法は攻撃魔法ゼロ。家電魔法五つ。大事なことなので、もう一度。魔法でモンスターと戦う異世界で攻撃魔法ゼロ。家電魔法五つ。なにこれ。




